黎明廻戦   作:鯖のごった煮

3 / 11
日間ランキング入りありがとうございます。呪術と黎明卿パワーとんでもないですね。作者は戦慄しております。
では、第三話です。


第三話 輝けるもの

———なんと…素晴ら…しい……!

 

 それがかつての甚爾が聞いた、最期のボンドルドの言葉だった。

 

 自身の呪具の攻撃を避けられ、腹を刺され、両足を刺され、腹を捌かれて。それでもなお、ボンドルドは甚爾に賞賛を投げかけていた。

 

 あの、こちらを腑分けせんとするような視線。全身を舐め回すようなそれを、甚爾は死ぬまで忘れることはないだろう。身に纏っている外装のせいだろうか。あの時の彼はボンドルドの呪力も体温も、体臭でさえまばらにしか感じることが出来なかった。

 

 それはさながら。得体の知れない何かが、仮面を被ってヒトの真似事をしているようで。

 

 星漿体とボンドルド、どちらが危険なのか、どちらを優先すべきなのかなど。『術師殺し』には、最初から分かりきっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ああ…君は本当に素晴らしい」

 

 唐突に現れた襲撃者を眼の前にして、ボンドルドの声はひどく穏やかであった。

 

 あくまで甚爾への賞賛の言葉を続けながら、彼は自らの右肘を甚爾の顔前へとあてがう。その動きは滑らかそのもの、腹に太刀を刺されているとはとても思えない。

 

 直後に、右肘が異様な光を帯び始める。

 

「『枢機へ還す光(スパラグモス)』」

 

 右肘に付けられた武装、その砲口から悍ましい熱量が火を噴く。咄嗟に甚爾は獲物をボンドルドの体から抜き取り、上体を反らすことでそれを回避した。

 

 特級呪具『枢機へ還す光(スパラグモス)』は、あらゆるものを消し飛ばす光の刃だ。ボンドルドが特級となった所以。謎めいたその光線は、あらゆる物質、そして呪力を焼き尽くす。現存の法則を超越したそれをまともに受けてしまえば、甚爾の肉体とてひとたまりもないだろう。

 

 因みに『枢機へ還す光(スパラグモス)』は、ボンドルドの両肘に装備されている。

 

「危ねぇな」

「おやおや、これを避けますか」

 

 右肘の光刃を躱した甚爾に振るわれた左肘の『枢機へ還す光(スパラグモス)』。上から下に振り下ろされたそれを、甚爾は横に跳ぶことで再び避けた。そのまま彼はバックステップ。蒸気に包まれたボンドルドから距離を取る。

 

 凄まじい威力を内包する『枢機へ還す光(スパラグモス)』だが、何分発熱も馬鹿にならないのだ。故にボンドルドは、極僅かな間しか連続して『枢機へ還す光(スパラグモス)』を展開出来ない。

 

 蒸気を掻き分け、体勢を整えるボンドルド。彼にまず声を掛けたのは天内であった。

 

「大丈夫、ボンドルド!?」

「ええ、パパは無事ですよ」

 

 優しげに天内に語りかけながら、ボンドルドは一歩前に進んでいく。

 

「あなたの愛があれば、私は不滅です」

 

 瞬間、甚爾は動き出した。

 

 右へ左へステップを繰り返し、最後には正面で太刀を振りかぶる。甚爾の持つその呪具は、金額にして5億の価値を含有するもの。並大抵の武装など相手にならないそれと、ボンドルドに生えた機械めいた尾が激突する。

 

 その時弾けたのは、黒い火花。

 

「なッ!?」

 

 くるくると、甚爾が持っていた呪具が宙を舞う。彼の意識がそちらに傾く。その明らかな隙を逃すボンドルドではない。

 

 ボンドルドは更に尻尾で連撃を放った。その全てを、甚爾は身のこなしだけで躱し続ける。

 

「『枢機へ還す光(スパラグモス)』」

 

 そして再びの『枢機へ還す光(スパラグモス)』。横薙ぎのそれを屈んでやり過ごし、甚爾は同時に落ちてきた呪具を回収。左前に跳躍しつつボンドルドの胴体を斬りつける。

 

 踏み込みが浅かったのか。甚爾の反撃は外装の内側までは傷つけることが出来なかったが、それでも怯ませられたのなら十分だ。甚爾は振り向いてボンドルドを視界に収め、太刀を構えながら息を吐く。それから、何も持っていない左手を口にあてがった。

 

「いやはや、やはり天与呪縛は驚異的です」

 

 ボンドルドは自らの尻尾をしならせながら、恭しく両手を広げた。

 

「よもやサトルとスグルにさえ打ち勝つとは。なんと素晴らしい」

「男に褒められても嬉しかねぇよ、クソ仮面」

 

 呪術には、『縛り』というものが存在する。自身にまつわる何かを引き換えに、自身の術式を強化するという概念。天与呪縛とは、それが生まれつき備わっている事例を指す。

 

 例えば伏黒甚爾。彼は己の呪力の全てを代償に、他を寄せ付けぬ圧倒的な身体性能を得ている。

 

 呪力さえも捉える優れた五感、目に止まらぬ速度、あらゆるものを磨り潰す膂力。その上本人自体には呪力がないので、術師には彼の気配がまるで読めないのだ。変幻自在な彼の刃はあらゆる術師を逃さない。だからこその『術師殺し』。

 

「極限の環境下でも、君の吸収力や感受性は一切衰えませんでしたね。君が禪院家を出て行った時などは本当に感動しました。『祝福』を受けるにふさわしい」

 

 しかしながら、ボンドルドは五条と夏油の二人が勝つと予想していた。

 

 片や数百年に一度の無下限呪術と六眼の抱き合わせ、片や際限なく呪いを使役出来る呪霊操術。どちらの術式も非常に強力で、更には連携すら難なくこなす。彼らなら天与の暴君をも十分に下し得ると、そうボンドルドは考えていた、期待していた。

 

 自らの期待を覆されて、こうして行く手を阻まれて、けれどボンドルドの声は喜色に満ちている。ただひたすらに、楽しげなまま。

 

「…ハッ。相も変わらず、良く動く減らず口だ」

「とんでもない。トウジ、あなたは特別なのですよ」

「勝手に言ってろ」

 

 悪態を吐いた甚爾。彼の口から、一匹の呪霊が吐き出される。むくむくと姿形を膨らませるそれを見て、ボンドルドは驚きの声をあげた。

 

「これは驚きました。君は呪いの気配すら隠せるのですね」

「まぁな。透明人間は臓物まで透明なんだ。オマエなら分かんだろ?」

 

 こと戦闘時において、甚爾は無数の武器を取り込ませた呪霊を文字通り体に住まわせている。呪力を持たない彼の肉体は、時に呪力の遮断材として機能するのだ。

 

 今回彼は一本だけ呪具を持ちボンドルドを急襲したが、本来は何の効果もないただの小刀を使用するのが望ましいところだ。それをしなかったのは、ボンドルドの装備を貫けないことを危惧したから。完全に気取られることなく近づけたとしても、攻撃が通らなければ意味がない。

 

 やがて元の大きさを取り戻した武器庫呪霊。芋虫めいたフォルムのそれを体に巻きつかせて、甚爾は改めて敵を見据えた。以前とは立ち姿も振る舞いも異なる、明らかな脅威を認識した。

 

「さて、とっとと殺り合おう」

「『術師殺し』の実力、是非見たい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 薨星宮本殿前。聳え立つ大樹を背景にして、二人の男が相対する。

 

 まず動き出したのはボンドルド。彼はゆったりとした動作で自らの仮面に右手を伸ばして、紫に輝くそれを軽くさすった。

 

「『明星へ登る(ギャングウェイ)』」

 

 ボンドルドの仮面の光が弾けた。光の帯が四方八方に飛び散り、反射し、甚爾の元へ殺到する。

 

 それは、ボンドルドによって秘匿された等級不明の呪具の一つ。その光は強く意識したもののみを傷つける。目標が複数で、かつ射線が通っていなくとも使える優れものだ。

 

 甚爾の前面、その全範囲に展開された輝く凶器たち。

 

 その全てを、甚爾は軽やかな動きで斬り刻んだ。人の四肢程度は軽く寸断するはずの光の帯が、甚爾の手により呆気なく霧散していく。彼の左手には、いつの間にやら一本の短刀が握られていた。刃の部分が枝分かれした歪な形状。ボンドルドは、その形状に見覚えがあった。

 

「おお、それは『天逆鉾(あまのさかほこ)』ですね」

 

 『天逆鉾(あまのさかほこ)』は『枢機へ還す光(スパラグモス)』と同じ特級呪具である。その効果は、発動中の術式の強制解除。五条の無限すら突破可能な甚爾の鬼札の一つだ。それは宿した術式をその効果とする呪具とて同じ。『天逆鉾(あまのさかほこ)』の前では『明星へ登る(ギャングウェイ)』の光など、ただの呪力の塊でしかない。

 

 数少ない特級呪具を目の当たりにして感嘆に震えるボンドルド。甚爾は既に、彼のすぐ前まで駆け抜けていた。

 

 再び甚爾の太刀とボンドルドの尻尾が激突。黒い火花が、弾け、轟き、連鎖する。

 

「チッ。巫山戯てやがるな」

 

 呪力が黒く光る現象は、呪術界で一般に『黒閃』と呼ばれるもの。空間の歪みにより引き起こされるそれは、通常の呪力の2.5乗の威力を内包している。瓦礫に罅を入れるレベルの威力が、人や呪霊の手足を捥いでしまう程のものにまで引き上げられる。そう表現すれば、『黒閃』の凄まじさが分かるだろうか。

 

 だがしかし、『黒閃』を狙って出せる術師は存在しない。

 

 当然だ。そもそも『黒閃』とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に初めて生じるものなのだから。そんなこと、いかに腕が立つ術師とて出来はしないだろう。呪力の源泉は自らの負の感情、早々思い通りに出来るものではない。

 

 けれどもし、0.000001秒を制御出来るならば。その手段があったとしたら。

 

「世界は『呪い』のみを与えているのではありません。強すぎる負荷で見えなくなっていた効果…いわば『祝福』を私たちに授けてくれている」

 

 ボンドルドのしたことは簡単だ。

 

 まず生体と機械を組み合わせた呪具——現在ボンドルドに付けられている尻尾——を作成しその動きを完全に機械によって制御する。そして自分自身を薬漬けにして、己が感情も一律に制御する。最後に必要なのは試行錯誤だ。何度かの失敗を経て彼は、現代呪術界唯一の『黒閃』を狙って出せる術師と成った。

 

「トウジ、可愛い『祝福』の子」

 

 やがて、ボンドルドの尻尾と甚爾の太刀がかち合う。甚爾は『黒閃』の衝撃を筋力によって強引に押さえ込み、ボンドルドとの鍔迫り合いを展開した。

 

「もっと見せて、そして委ねて下さい」

「ハハ、誘ってんのか?」

 

 しばらくの膠着。その隙を利用して、甚爾は左手の『天逆鉾(あまのさかほこ)』を振りかぶり。

 

「素晴らしい」

 

 尻尾に隠れるようにして、甚爾の腹部に向けられていたボンドルドの右手。その手甲から放たれた数本の黒い針を、甚爾は咄嗟に左腕で庇った。

 

 直後に、彼の体に変化が起きる。

 

「三級の負荷分の『呪い針(シェイカー)』です。安心して下さい、少々内臓がひっくり返るだけです」

「そりゃまた、堪らねぇな」

 

 『呪い針(シェイカー)』は、触れた質量に応じた等級の呪いを植え付ける『呪い鋼』から切り出した呪具だ。『明星へ登る(ギャングウェイ)』と同じく等級不明。呪いに対しては少々効果が薄く、主に対人で使用される。

 

 尻尾の追撃を避けながら、ふらつく足取りで甚爾は後退。左腕に刺さった『呪い針(シェイカー)』を抜き取る。彼は体勢を直しながら、左右に握る呪具を呪霊の口へと放り込んだ。ずぶずぶと取り込まれていくそれを、ボンドルドは興味深そうに見つめている。

 

 甚爾が代わりに取り出したのは、これまた凄まじい呪力を纏った三節棍。

 

「特級呪具『遊雲』。オマエは知ってるだろ」

「なんと…」

 

 ボンドルドの返事を聞くことなく、甚爾はボンドルドへと肉迫。両手で手繰り、『遊雲』をボンドルドへと振るった。尻尾と三節棍が強くかち合う。

 

 黒い火花が弾け、ボンドルドの体が大きく吹き飛ばされた。

 

 宙を舞った彼は、すぐに地に足を着けて衝撃を何とか殺した。攻撃を受けた尻尾には、僅かながらだが歪みが出来ている。ボンドルドは思わず感嘆の声を漏らした。

 

「驚異的な破壊力ですね。いやはや、羨ましい」

 

 『遊雲』は、特級呪具の中で唯一術式効果が付与されていない。小細工なしの純粋な暴力。持つ者の膂力に威力を大きく左右されるそれは、天与の暴君にこそ相応しい。

 

 甚爾は『遊雲』を携えて、真っ直ぐにボンドルドへと駆けていく。

 

「『明星へ登る(ギャングウェイ)』」

「遅ぇよ」

 

 咄嗟にボンドルドは仮面から光の散弾を撃った。反射し対象を追尾する無数の魔弾。しかしそれを放った時には既に、甚爾はボンドルドの眼前まで到達している。扇状に発射されるが故に発生する、『明星へ登る(ギャングウェイ)』の死角。

 

 下から上へ、『遊雲』のアッパーが放たれる。それをボンドルドは尻尾で防御し、それでも上空へと弾き飛ばされた。

 

「これはこれは、ごきげんですね」

 

 着地を狙うため、地上で待機する甚爾。その立ち姿を視界の端に、ボンドルドは上空で宙返りをした。胸に付けられた白笛がからりと揺れる。

 

 そしてそのまま、右手を下へ。

 

「『月に触れる(ファーカレス)』」

 

 ボンドルドの手から射出されたのは、無数の黒い触腕だ。不定形に蠢くそれらが、さながら鳥籠がごとく甚爾の周囲へと展開された。

 

 二級呪具『月に触れる(ファーカレス)』は、厳密には呪具と表するべきではない。

 

 なぜならそれは、無数の呪霊の集合体であるのだから。ボンドルドは準二級から一級までの呪霊を生きたまま解体し、再生しようとするそれらを強引に組み合わせることで一つの呪具とした。常に混ざり合い、あるいは反発する『月に触れる(ファーカレス)』は扱いがとても難しく、使用者にすら牙を向きうる困りものだ。ボンドルドとて、少なくない犠牲を払って使いこなすに至っている。

 

 それだけにその強度、拘束力は折り紙付きだ。

 

「閉じろ」

 

 ボンドルドの言葉を皮切りに、高速で触腕の檻が落ちてくる。

 

 甚爾は全速力で駆け出した。襲い掛かる触腕の波を躱し、やり過ごし、時に『遊雲』でその軌道を反らす。辛うじて甚爾はその攻撃範囲から難を逃れることが出来た。

 

 軽く息を吐いた甚爾は、やがて背後を振り返った。

 

「ああ、なんと素晴らしい」

 

 ボンドルドは軽やかに地面へと降り立っていた。右手に呪霊で編まれた触腕を従わせながら、こちらへゆっくりと歩み寄っている。彼は甚爾に自らの左肘を向けていた。

 

 甚爾が目にした砲口は、既に光に満ち満ちていて。

 

「『枢機へ還す光(スパラグモス)』」

 

 反射的に甚爾は右へと跳ぼうとした。相手は無限遠に伸びていく光の刃。しかし光線であるからには、その攻撃範囲は大きく限られている。多少ボンドルドが振り回しても結果は同じだ。

 

 そうして自らの足を動かそうとして、彼は気づいた。

 

 甚爾のすぐ前の石畳。そこに張り付いていたままの『月に触れる(ファーカレス)』の触腕の一部がこちらへと伸び、彼の足首に絡まっている。『枢機へ還す光(スパラグモス)』はもうすぐ側まで迫っていた。このままでは、土手っ腹にあの光刃を喰らってしまう。

 

「チッ」

 

 舌打ちを一つ。甚爾は右肩の呪霊の口に左手を突っ込んだ。取り出したのは『天逆鉾(あまのさかほこ)』。術式封じの刃を熱線の軌道上に構える。

 

 直後に、『枢機へ還す光(スパラグモス)』と『天逆鉾(あまのさかほこ)』が激突した。

 

 『天逆鉾(あまのさかほこ)』はあらゆる術式を強制的に解除する。故にその刃は『枢機へ還す光(スパラグモス)』により焼き切られることはなかった。しかしながら、術式以前に『枢機へ還す光(スパラグモス)』は莫大な呪力の奔流として成立している。『天逆鉾(あまのさかほこ)』を振るったとしても、その事実は変わらない。

 

 結果として甚爾は、『枢機へ還す光(スパラグモス)』の莫大な呪力の渦に呑み込まれる形で、薨星宮の寺社の一角まで吹き飛ばされることとなった。




もう少し続きます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。