雪に届く絆(BUMP二次創作)   作:シリウススプナー

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第1話

雪に届く絆① スノースマイル 飴玉の唄

中世ヨーロッパ

とある小さな村の郊外に『魔女の森』と呼ばれる森があった。代々魔女の一族が住んでいたが、現在は末裔の『雪の魔女、スノウ』が一人暮らしている。近年、教会から『街で流行る病は魔女の仕業だ』という噂が公然と広められ、魔女と関わるあらゆる事から人々が遠ざかった。『魔女の森』に近付く人間もほとんど居ない。そんな森の中、冬が間近になり、広葉樹は葉を落とし、随分淋しい景色となった木々の中で、二人の若者がゆっくりと歩いていた。一人は、件のこの森に住む魔女の末裔、雪の魔女スノウ。黒いローブに身を包み、木の実や薬草を手早く手元の籠に集めていく。もう一人は、随分くたびれたコートを着た男性だ。髪もボサボサで伸び放題、コートの端は所々が擦り切れ、あちらこちらに様々な色のシミが付いている。彼もキョロキョロと周りを見回し、戸惑いながらも木の実を集めているようだ。先に行く魔女に遅れないように少し早歩きで進もうとした矢先に、降り積もった落ち葉に足元を掬われ、盛大に尻もちを着いた。

ノーマン「うわっ!いたた……」

スノウ「ノーマン…なんで何もない所ですっ転んでるの?」

ノーマン「いや、落ち葉踏んだら結構滑っちゃって……へ、へっくしょん!」

スノウ「あぁもう!なんでそんなに薄着なのよ?この前あげた私のお古のマフラーは?」

ノーマン「あーあれ…その…この前、絵の題材探して森の中うろついてたら、綺麗なリスを見付けてさ、結構頑張って追い掛けて、走ってたら暑くなって…そのー…どっかの木に引っ掛けておいたんだけど……」

スノウ「……失くしたってハッキリ言ったらどうなの?」

ノーマン「ごめん…」

スノウ「いいわよ、元から捨てるつもりのやつだったし。それより、そろそろ立ちなさいよ。お尻冷たいでしょ?ほら」

ノーマン「あ、ありがと。よいしょっと……」

スノウ「うわっ、手冷たすぎでしょ、もー…帰るわよ」

ノーマン「え?でも薬草とかキノコとかいっぱい集めるからって…。まだ全然少ないだろう?もうすぐ雪が降りそうだし…」

スノウ「あなたが風邪ひきそうだからでしょう?別に明日でもいいし…ほら、これ食べて」

ノーマン「でも、僕は明日からは街に移り住むから、今日までしか手伝えないのに…って、何これ?飴玉…だけど、金色でキラキラしてる。すごく綺麗だね!」

スノウ「生姜をベースにしたのど飴よ。体が少しは温まるわ。キラキラしてるのは…星の欠片を空から集めて練り込んであるの」

ノーマン「へえ、そうなんだ!スノウって、魔女ってやっぱり凄いなぁ!いただきまーす」

スノウ「星の欠片は嘘に決まってるでしょ?」

ノーマン「え?そうなのか…」

スノウ「むしろ、何で全く疑わないのよ?教会が嫌う魔女の言葉なんて…」

ノーマン「ん?だって僕、スノウの事が大好きだから。何言われても信じるよ?」

スノウ「えっ!?ちょ、ちょっと!そんな事急に言わないでよ!」

ノーマン「えー?だって、スノウが変な事言うからでしょー?そもそも僕は教会の言うことって上から押し付けてくるから嫌いだし。スノウが、森の中で行き倒れになってた僕を助けてくれて、その後もこうやってお節介してくれたり、色々お話ししてくれるの、本当に有難いし、大好きなんだよ?村の奴らは、僕が絵を描くのに夢中になってご飯も食べ忘れてるのを見て、変人扱いして誰も話し掛けてくれないしさ」

スノウ「でも…私と、雪の魔女と親しくしていたら、ますます孤立しちゃうんじゃ…」

ノーマン「…スノウ、あのさ」

スノウ「え?な、なに?」

ノーマン「手、繋いだまま歩いてるけど。冷たくない?」

スノウ「…あっ、えっと、これは、その、あなたの手が冷たすぎるから!もう…もっとこっちに寄って?」

ノーマン「え?こう?」

スノウ「ほら、こうやってポケットに手を入れておけば温まるでしょ?子供の時におばあちゃんがよくしてくれたわ」

ノーマン「う、うん。あったかい…けど…」

スノウ「けど?」

ノーマン「さすがに、ちょっと、恥ずかしい…かな」

スノウ「…いーでしょ?一応、恋人同士、なんだし?」

ノーマン「うん、そうだね…そうだね?ふふっ♪…あーあ!いっそ雪が降っちゃえばいいのに!人通りが少なくなればもっと村の近くまでスノウと歩けるのにな!」

スノウ「…そんなふうに落ち葉を蹴飛ばしてたら、またすっ転ぶわよ?」

ノーマン「ん?ちょっと怒ってる?」

スノウ「ノーマンが変人だから、話してると疲れるの」

ノーマン「え、酷いな。でも…スノウが楽しそうだから、いいか」

 

サクッ、ザクッ、ペキッ、サクッ……

 

ノーマン(好きな人と手を繋いで歩くのって、なーんか、夢みたいだ。……幸せ)

スノウ「ねぇ、もうちょっと早く歩けない?あなたの方が歩幅広いんだから」

ノーマン「あーごめん。今度描く絵の構図探して周り見てた。……ちょっと遅く歩かないと、君が視界に入らないし」

スノウ「ん?私が、何?」

ノーマン「なんでもない。あ、家に着いたね。じゃあ、これで…」

スノウ「待ちなさいよ」

ノーマン「え?」

スノウ「このまま帰ったって風邪引くわ。ハーブティー淹れてあげるから、ちょっと上がってって」

ノーマン「えっ!?いいの?」

スノウ「いいの?って…初めてじゃないでしょう?それに、ちょうど渡したい物もあるし」

ノーマン「だって、最初に助けてくれた時に、しょうがなく家で介抱してくれた時以来じゃないか?おじゃましまーす」

スノウ「どうぞ、その椅子に座ってて。同居人がそこで寝てるから騒がないでね」

ノーマン「同居人…?うわぁっ!綺麗な白フクロウ」

スノウ「さ、わ、が、な、い、で。私の使い魔のパールよ」

ノーマン「へぇ、きみ、使い魔が居たんだ。本当に綺麗な真っ白い羽根だなぁ…」

スノウ「…ねぇ、ノーマン。あなた、明日には街に引っ越すんでしょう?」

ノーマン「うん。絵描きで食べて行きたいからね。ある程度大きな街のコンクールに絵を出さなきゃいけないから……」

スノウ「それなら、これ、持って行きなさい」

ノーマン「これ…いつも塗ってくれる傷薬?瓶に詰めてくれたんだ。ありがと!」

スノウ「あなた、いつも転んだりぶつかったりしてるから、それくらいは持っていかないと、傷だらけになっちゃうでしょ」

ノーマン「さ、さすがにそこまでじゃないけど…ありがと。ありがとう…ゔ〜…」

スノウ「え、ちょ、何でいきなり泣き出すの?」

ノーマン「いや…人に親切にして貰えるってのが…嬉しくって…スノウ、本当に、大好き。うぅ〜泣き止まなきゃ…困るよねこんなの…ごめん…」

スノウ「いや、そんな困ったりしないから。ほら、ハーブティー飲んで?落ち着くわよ」

ノーマン「ありがとう…うん。美味しい。あったかい…」

 

ノーマン「最後までありがとう、スノウ。明日の準備もあるからもう帰らなきゃ」

スノウ「うん。気をつけて行ってらっしゃい」

ノーマン「…あのさ、スノウ」

スノウ「なに?って、ちょ、ちょっと!なんで急に抱き着いてるの?!」

ノーマン「スノウ。僕が街で成功して、絵で食べて行けるようになったら、大きな屋敷を建てて君を迎えに来るから。それまで待っててくれる?」

スノウ「わ、分かった。分かったから!落ち着いて!」

ノーマン「うん。…じゃあ、行ってくる」

スノウ「…うん。待ってる。行ってらっしゃい」

 

スノウ「あ、あの人、薬忘れていってるじゃない…」

 

雪に届く絆② K embrace

 

週末の大通りを、黒猫が歩く。

御自慢の鍵しっぽを水平に、威風堂々と。

人目も気にせず道の端を歩くその猫を、通りを歩く人間たちは目に入った瞬間に顔を顰めて避ける。

黒猫「ふっふーん。さっき肉屋の前を通りかかったのは正解だったなぁ。切れ端だけど久々にあんなに旨い肉食えるなんて!

しかも、あの肉屋の主人、デブだから余裕で逃げられるし!」

街の人間「あー!悪魔の使者だ!」

街の人間「やっつけろ!」

黒猫「おっと!どーこ狙ってんだよ!そんなの当たんねーよっ」

黒猫は自慢の足の速さと身軽な動きで子供達の追随を躱し、薄暗い裏路地に逃げ込む。その時、空から一片の白い欠片がヒラヒラと舞落ちて、対象的な色を纏う猫の首筋に当たると、ゆっくりとその毛並みに溶け込んだ。

黒猫「ひゃっ!冷たって…雪か?…うっわ、本格的に降ってきたじゃねーか!あーもーさっむい……」

軒先にどうにか身を寄せて、雪を避けながら体を舐めて露を拭う。その体は野良猫にしては立派な毛並みで、味方の居ないこの街で上手く生きている事を証明するかのようだ。

ノーマン「はぁ〜、懐も、心も、体も、寒いよー…。魔女の絵がダメまでは分かってたさ。でもさ、何で風景画も全然見てくれないのかな。『宗教画は描かないのか?』って当たり前のように訊いて来るの何なの?どんだけ神様好きなんだよ…。」

雪の中で、ゆっくりと近付く影が現れた。大きな荷物を持ち、項垂れた様子で歩く若者だ。ふと、視界の端に黒猫を捕らえると、不思議そうな面持ちで視線を上げた。黒猫をしばらく魅入られたように見つめると、不意に表情を崩し、そっと手を延ばすと、小さな闇を抱き抱えた。

ノーマン「……こんばんは。素敵なおチビさん。こんなに寒い時にひとりぼっちなの?僕ら、よく似ているね」

黒猫「ん?……は?!お、お前、いつの間に……離せ!離せよ!俺をどうするつもりだっ!」

ノーマン「いった!ごめんごめん、急に抱き上げたりして悪かったよ。って、ちょっと!待ってよ!」

黒猫「なんだ?なんなんだ!?冬なのに温かくって…あれはなんだ?人間なのに、痛い事しないなんてっ……はぁ、もう、撒いたかな…?」

 

ダダダダダンッ

 

ノーマン「あっ!居た!待ってってば!もし君が良ければ、」

黒猫「ひえっ!?なんで追いかけて来てんだよ!?お前からは何も盗ってないだろ!?」

ノーマン「あっ、また逃げないでよ〜…ってあれ?そこは……」

黒猫「……ふぅ、上手く逃げれたかな……。とっさに開いてたドアから入っちゃったけど……ボロアパートだし人間居ないよな?あ、部屋のドア開いてる…。今日はもうここで寝るかな。疲れた…なんか、やたらと紙が落ちてる部屋だな……」

ノーマン「……猫ちゃん?」

黒猫「げぇ!なんでお前がっ!」

ノーマン「ここ、僕んちなんだけど……あ、そんな狭いとこ入らないでよ。全然掃除してないんだから埃溜まってるんだよ?」

黒猫「こっち来んなよ!くそっ、出入口がアイツの横にしか……」

ノーマン「……ねぇ、猫ちゃん?そんなに威嚇しないで。仲良くしようよ?君も『黒猫』だからひとりぼっちなんでしょ?ほら、こっちおいで?」

黒猫「さっきから何言ってんだよ、こいつ……人間、だよな……?街の他の人間と違うのか?」

ノーマン「さっきはいきなり抱えて悪かったって……君の綺麗な黒い毛並みを見たらさ、故郷の恋人の事を思い出して急に切なくなっちゃったんだよ。だから、その……君が、良ければさ。僕達、一緒に暮らさないか?」

黒猫「……そんなこと言ったって……」

 

一時間後

 

ノーマン「あーあ、ランプの油を買うのも節約してるから、もう真っ暗だ。猫ちゃん、夜はこんな真っ暗な部屋だけど…良ければ、ここで暮らさない?そーだなー…、確かここの棚の瓶詰めが…お、これかな?ニシンの油漬け!」

黒猫「な、何?!ニシン?!あ、この匂い…たまらんっ…!」

ノーマン「えーと、この辺に小皿が…よし。はい、どうぞ。お近付きの印に、これ、食べて?」

黒猫「ニシン…大好物だ…あぁ…もう、毒入りでも…」

ノーマン「あっ…出て来た…」

黒猫「ムシャッ…モグ…ムグッ…あぁ、旨い…」

ノーマン「…ちょっとだけ、触っても、良いかな?」

黒猫「モグモグ…ゴクン。うーん、まぁ…少し、だけ、だぞ?」

ノーマン「あ、逃げないね…うわ、温かい…ふわふわしてて、柔らかい…」

黒猫「くすぐったいな…。でも、お前の手…冬なのに、温かいな 」

ノーマン「一緒に…居てくれるのかな?猫ちゃん…猫ちゃん、っていうのもなんだし、名前、付けちゃっても、良いかな?」

黒猫「な、名前?飼い猫みたいじゃねぇか。やだよ」

ノーマン「うーん…本当に綺麗な黒い毛並みに……あ、瞳は金色なんだね!夜に浮かぶ星みたいだなあ、目も綺麗だ。」

黒猫「お前さっきから綺麗だ綺麗だって、恥ずかしいからやめろよ…」

ノーマン「夜、夜か…ちょうど今夜はクリスマス・イブだし…よし。君の名前はホーリーナイト!黒き幸って意味だよ。どうかな?」

黒猫「俺の……名前……」

ノーマン「ダメかな?君にピッタリだと思ったんだけど」

ホーリー「……好きにしろ、もう…お前の話聞いてると調子狂うな…」

ノーマン「ん?ちょっと喉鳴らしてくれた?ふふっ、可愛いなぁ!じゃあ、今日から君はホーリーナイト!」

ホーリー「はぁ〜……」

 

雪に届く絆③ インタールード 星の鳥

 

この街に越してきてから数日後。家賃が破格だったから借りたボロアパートは、どうやって建ち続けているのか分からないほどボロボロで、建付けが悪すぎてドアがマトモに閉まらない。まあ、盗まれるような物もないし、雨風は凌げるから、これでいいや、と思うことにした。むしろ、街に来て真っ先に出来た同居人にとっては、ドアをいちいち開けてもらわなくても出入り出来るから好都合だろう。

深夜、部屋に元々置いてあったカビ臭いベッドに潜り込み、どうにか毛布を体に巻き付けて寝ようとしてみるが、手足の先から冷えてきて、いつまでも眠気が来なかった。時折冷たい北風が強く吹いてはガタガタと窓を鳴らし、窓や壁の隙間から部屋へ入り込んで一段と寒気を増していく。

ノーマン「…このまま寝たら死ぬんじゃないか?」

毛布の中で手足を擦り合わせながら呟く。

コツコツコツ。

ふと、風で揺れるのとは違う音が窓から聞こえてきた。誰かがノックしたようなその音を確かめるために視線を窓に向ける。相変わらずの真っ白な雪景色かと思ったが、よく見ると、白い服を着た人間の輪郭がうっすらと見える様な気がして、ぎょっとして体を勢いよく起こす。

間違いない。白いフードを被った人の輪郭が見える。意を決して窓に近付き、氷のように冷たい窓をゆっくりと開けた。

ノーマン「…何、してるんですか?」

10cm程窓の隙間が開いた所で止めて、外の人影に問う。長いフード付きの真っ白なコートの人影は身動きひとつぜずに立っていたが、やがて、ゆっくりとコートの隙間から手を伸ばすと、フードを捲りあげた。そのフードの中から覗いた顔を見て、思わず大声を上げる。

ノーマン「…スノウ?!どうして…」

パール「違うわ。私は、パール」

ノーマン「パール…?え?フクロウの?」

ほのかな雪あかりに浮かぶその姿は、どう見ても愛しい恋人の姿だったが、冷やかな視線でこちらを見つめるその表情から冗談を言っている雰囲気でもない。『彼女』はやれやれと首を振りながら、自分の懐に手を突っ込むと、何かを取り出してこちらに差し出した。よく見ると、手の中に小さな小瓶が握られている。

パール「貴方、コレ忘れたから、届けて来いって。直ぐに追いかけて渡せばいいのに、あの子ったら…」

ノーマン「え?あっ、傷薬!あ、ありがとう、ございます…?」

パール「じゃ、私はこれで」

ノーマン「ま、待って!」

パール「はぁ?これからディナーの時間なのよ?邪魔しないで頂けるかしら」

ノーマン「ちょっと、すぐ終わるから!待ってて!」

窓を開けたまま踵を返し、机の上にある紙に慌てて文字を書き記す。こんな申し訳ない事になって、スノウはさぞかし怒っているんじゃないか?出来るだけ早く謝罪したかった。

ノーマン「お待たせしました。すみませんが、この手紙をスノウへ届けて下さいませんか?」

パールの尊大な態度に、何故か萎縮してしまいながらも、手紙を届けて欲しい旨を伝えると

パール「私は伝書鳩じゃないのよ?」

眉をひそめ、明らかにイラつきながらも受け取ってくれた。

ノーマン「ありがとう!」

一瞬視線を下げ、再び窓の外へ目を向けると、パールの姿は既に無かった。慌てて窓から身を乗り出すと、真っ暗な夜の中を飛んでいく、真っ白な美しいフクロウの姿が見えた。

 

親愛なるスノウへ

まず、傷薬をパールに届けさせてくれてありがとう。そしてごめんなさい。

君の家を出る直前に色々考えてて、せっかくの君からのプレゼントを忘れてしまっていたよ。本当に申し訳ない。でも、今ちゃんと受け取れて、凄く嬉しかったよ。ありがとう。大事に使わせてもらうね。

そうそう、この街に来て直ぐに友達が出来たんだ。とても綺麗な黒猫でね?ホーリーナイトって名前を付けたんだ。君に似て素直じゃないけど、凄く可愛いやつだよ。今度紹介したいな。

あぁ、パールを待たせてるんだった。今度はちゃんと手紙を書くよ。それじゃ、元気でね。

ノーマンより

 

雪に届く絆④ K 飴玉の唄 embrace

 

数ヶ月後

 

それからホーリーナイトは、ノーマンと共にボロアパートで暮らすようになった。ノーマンは毎朝、身支度を済ませると、大きなカバンに絵の具や筆や紙を入れ、広場に行っては似顔絵や綺麗な風景を描いている。でも、それだけでは金にならないから、煙突掃除や荷運び等で日銭も稼いで、どうにか暮らしていた。

ノーマン「絵だけで暮らしていけるようになったら、あの山の向こうで僕の帰りを待っている恋人と結婚して、この街で一緒に暮らすんだ!こんなアパートよりずっと大きな家を自分で建ててさ!」

ホーリー「ふーん。人間って、大変なんだなー」

そんな夢の話を、ノーマンはホーリーナイトに時々話して聞かせた。ホーリーはねぐらをこの部屋にすると決めただけで、基本的には以前と変わらずに外をほっつき歩いていたが、アパートに帰ってくれば、ノーマンが必ずニシンをやった。たまに家でも絵を描いていたが、ホーリーが身体を擦り寄せて鳴けば直ぐに笑って用意した。そんな温かい日々を重ねていたある日。

 

俺はいつものように、美味いものを漁ろうとアパートから出た。街を歩いていると、唐突に通りを歩いていた人間に蹴られた。小さな体は簡単に飛ばされて、運悪く鉄柵の尖った部分に背中がぶつかり、激痛が走った。

街の人間「不幸の元凶めが。消えてしまえ」

血走った目の男が、吐き捨てるように呟く。その異様な行動と眼光に背筋が寒くなって、その場からそそくさと逃げ出した。

ホーリー「いっててて……しまったな、まさかいきなり蹴られるなんて…なんか前よりも人間どもが荒くれてきてるような…。あ、背中から血が出てる。でも今止まったら、また何されるか…。帰ってから見るか」

痛みを堪え、時おりふらつきながらどうにかアパートへ帰り着く。

ホーリー「ただいま。って、アイツは仕事だな。今日は煙突掃除と似顔絵描きだっけ?毎日大変そうだな……。どれどれ?あ、床に血が垂れてる。結構深いのか?」

部屋へ入るとようやく落ち着いて、ノーマンがいつも座っている椅子の下で腰を下ろして背を丸めた。

 

ノーマン「ヒマだなー」

街の中央にある教会の大きな建物の前は、かなり広大な広場になっており、四方八方から人や馬車が行き交う。広場の真ん中には噴水とベンチが配置され、簡単な憩いの場となっていた。その噴水の傍らで、キャンバスとスケッチブックを構え、「似顔絵描きます!」の看板を足元に立てて、あとはただひたすら客を待つ。なかなかの出来栄えだと思う風景画を目に着きやすいように立て掛けておけば、目を留めてくれる通行人も居たが、 広場の反対側で宗教画を飾っている身綺麗な青年の画家の方に客が流れていた。退屈していてもしょうがないので、スケッチブックを左手に、黒鉛を右手に持ち、雑にラフを描いて構図の練習をする。だいたい描くのはスノウとホーリーナイトだ。黒鉛で黒い被写体達を描いていくので、スケッチブックはどんどん黒ずくめになっていった。

昼近くなり、そろそろ煙突掃除でも探しに行こうかと思い始めた時、黒いスケッチブックに陰が映った。顔を上げると、10歳くらいだろうか?女の子が目を丸くしながらスケッチブックを覗いている。

ノーマン「…こんにちは」

一応、笑顔で挨拶をしてみると、女の子は何故かビクリと肩を震わせて驚き、慌てて顔を跳ね上げてこちらを見た。

ノーマン「遊びに来たの?これはね、僕の大切なお友達を描いてたんだ」

女の子「…おともだち?」

ノーマン「うん。こっちの綺麗な女の人がスノウ、このかわいい黒猫がホーリーナイトっていうんだ」

女の子「…かわいい」

ノーマン「ふふ。かわいいでしょ?ありがとう」

少しづつ、少しづつ、内気な女の子とゆっくりと会話を重ねていく。ふと、女の子の瞳に、無邪気な興味の色が付いた。

女の子「私も、描いて?」

ノーマン「キミ?こっちに黒鉛で描くのでいい?」

女の子「うん!」

さすがにお代は持ってないだろうと思って、絵の具や画用紙を消費せずに済むようならちょっと描いてあげることにした。女の子も了承したので、お客様用の簡素な木の椅子に座らせて、あとはただ黒鉛をスケッチブックに滑らせていく。15分程で描きあげると、女の子にスケッチブックを差し出した。

ノーマン「こんなんで、どうかな?」

女の子「わぁっ…すごぉい…!」

木の椅子の上で、女の子が笑顔でぴょこぴょこと体を揺らす。その様子があまりにも可愛くて、こちらまで満面の笑顔になる。

ノーマン「良かった。ちょっと待ってね…はい、どうぞ」

女の子「えっ?くれるの?」

ノーマン「うん、似顔絵は描いたら渡すんだ。貰ってくれるかな?」

女の子「えっ、で、でも、お金、持ってないの」

ノーマン「あぁ、お代はいいよ。黒鉛でちょっと描いただけだから」

女の子「でも、でも、あ、ちょっとまって…はい、これ。あげる」

ノーマン「ん?赤い…飴玉、かな?」

女の子「うん、おいしいの…だめ?」

ノーマン「ううん、ありがとう。凄く嬉しいよ!」

飴玉と、スケッチブックから破いた一枚を交換する。

ノーマン「またおいで」

女の子「また?」

ノーマン「うん、いっつもここで似顔絵描いてるからさ。こんなので良ければまた描いてあげるし。またおいでよ。この辺に住んでるのかな?」

女の子「…ううん、もう、だめなの」

ノーマン「…ん?ダメって…何が?」

女の子「…だめなの。おそと、もう出ちゃだめなの」

ノーマン「…どういう事?」

女の子「…わたしのママは、まじょだから、あんまりおそとにいると、こわいめにあうかもって。だから、もう、あんまり、おそとはだめって…」

ノーマン「…うん、分かった。泣かないで。いつか、大丈夫になるから。きっと」

女の子「もう、じかん、ないって。ママ、きのう、どこかいった。かえったら、すぐ、どこかいくって。わたしも、いっしょ」

ノーマン「そっか。じゃあ…元気でね。もう、お家に帰った方がいい」

女の子「うん…ばいばい、えかきさん。ありがとう」

ノーマン「うん、ありがとう。ばいばい」

女の子を見送りながら、彼女の言った言葉をゆっくりと整理する。母親が魔女で、『怖い目に遭う』…。何となく背筋に悪寒が走る様な感覚がして落ち着かなかった。女の子の姿が見えなくなると、直ぐに立ち上がり、帰り支度を始める。真っ直ぐアパートに帰るつもりだった。ホーリーナイトは、アパートに居るだろうか?

荷物を持って、広場から出る直前、背後に金切り声が

響き渡った。嫌な予感を感じながら、ゆっくりと振り返る。先程の女の子が、聖衣を纏った大柄な男に腕を掴まれて捕まっているのが見えた。一瞬、目が合った様な気がしたが、直ぐに男に引きづられて、教会の中へ消えていった。

街の人間「なんだ?今、子供が…」

街の人間「あぁ、『魔女狩り』だろう?疫病を鎮めるために、魔女を世の中から消すってさ。身内も対象らしいぞ?」

ノーマン「…は?魔女狩りって…?疫病を、鎮めるためって?違うだろ?魔女は、薬を作り出して痛みを和らげる者達だろう?どうして」

見知らぬ人達のあまりにも理不尽な言葉に、思わず反論の声を上げると、気味の悪い物を見るような目でこちらを見て、直ぐに遠ざかっていく。

ノーマン「…教会、そうだ。教会に行って、そして…」

無力な僕に、何が出来る?

 

バンッ

 

急に部屋の扉が開き、ノーマンが部屋に入ってきた。足音も呼吸も荒々しく、普段の彼とは掛け離れた苛立った様子に、ホーリーはビクリと体を震わせる。

ホーリー「うおっ?!ビックリさせんなよ!」

ノーマン「……魔女狩りなんて……あんなの、ただの弱いものいじめじゃないか……」

ホーリー「ん?どうしたんだお前?なんか…怖いぞ?」

ノーマン「…あ、ホーリー。帰ってたの?……って、その床のシミ……血じゃないか?ホーリー、怪我してるのか?街のヤツらにやられたのか?!ちょっと見せてみろ!」

自分の思考の中で憤っていたノーマンは、ふとホーリーの姿に気が付くと、表情を和らげた。しかし、自室の床の特異点を見付けると、途端に悪い予感に心が乱され、先程までの険しい表情になり、ホーリーに急に迫りながら鉤爪の形の手を延ばす。

ホーリー「うわっ!待てよ!お前今日なんか怖いって!やめろ!」

ノーマン「ホーリーナイト!どうして逃げるんだ!」

ホーリー「お前こそどうしたんだよ!今日のお前、街の人間みたいだ!」

ホーリーは最初にこの部屋へ訪れた時のように、狭い隙間へ身を隠し、ノーマンに向かって威嚇の声を上げる。その様子を見て、ふと絵描きの中に戸惑いが生まれ、昂っていた思考が徐々に平静を取り戻していく。

ノーマン「……ホーリー?どうして僕に威嚇するの?」

ホーリー「ごめん。怖い。今は、触るな」

ノーマン「……あ、えっと…。ごめん。なんか、焦っちゃった。怖かった…よな?」

ホーリー「落ち着いたか?ったく……」

ノーマンが落ち着いたと見ると、ホーリーも威嚇をやめ、物陰からじっと様子を伺う。ノーマンは床に膝を着き、ため息を吐いて完全に苛立ちを収めると、改めて自分の小さな友達に向かって謝罪する。

ノーマン「ホーリーナイト、ごめん。でも、心配だから。…おいで?その傷口、ちゃんと見せて欲しい」

ホーリー「……は〜。うん、その方がお前らしいや。俺も唸って悪かったよ」

ホーリーはゆっくりと物陰から這い出でると、項垂れるノーマンへゆっくりと近付く。ノーマンが動かずに様子を見ていると、ホーリーはいつもそうするように、頭をその温かい手に擦り付けた。

ノーマン「ホーリーナイト…ありがとう。まだ、僕と居てくれるんだな。良かった。どれどれ?…背中に、これは…何か刺さったのか?結構深いな…。傷口を洗わないと」

ホーリー「え、水を掛けるのか?…いててっ、う〜…」

ノーマン「…うん、傷口自体は小さいかな。布を当てて…。あ、そうだ!たしかスノウに貰った薬が…あった!これ、よく効くんだよなぁ。ちょっと染みるけど…うん、これで良し!」

ホーリー「う〜ん…薬塗ったところがベタベタで気持ち悪い…」

ノーマン「あれ、お腹に泥が付いてる?…まさか、蹴られた…?ホーリーナイト、誰かに蹴られたのか?」

手際よく治療を終えると、ノーマンは膝の上にホーリーナイトを乗せ、ゆっくりと体を撫でる。ふと、親友の体の汚れに気付くと、その表情は再び曇り始めた。

ホーリー「ん?どうした?お前、またなんか怖いんだが…うわっ」

ノーマン「ホーリーナイトっ…痛かったなぁ。ごめんな?痛かったよなぁ?」

ホーリー「ちょっと…っ!痛い!苦しいっ!」

ノーマン「街のヤツら…本当にとち狂ってやがる!魔女が何をしたんだ?!君も、スノウも、こんなにも温かくて綺麗なのにっ!神様がなんだ?君たちをこんな目にあわせるやつなんて、僕は…信じない。もう、見えない、救わない神様なんて信じないぞ。今目の前にいる、僕に温もりを与えてくる君たちを信じる!」

ホーリー「分かったからっ、ちょっと、離せっ!」

ノーマン「あっ、僕、また……。ホーリー、ごめんな?さっき、教会の前の広場で……いや、なんでもない。なんでもないから…もう少し、このまま撫でさせてね?」

ノーマンは、先程の光景を伝えかけたが、ふと部屋の片隅のキャンバスに目を留めるとその口をつぐむ。そのキャンバスには、全身全霊をかけて描いた最愛の恋人が描かれていた。その黒い衣装と物憂げな表情を纏った恋人を愛おしそうに眺めながら、絵描きは黒猫の体を撫で続けた。

 

親愛なるスノウへ

スノウ、久しぶり。元気か?

スノウには何も影響は無いか?村はまだ大丈夫とは思うんだが…心配なんだ。

今日、魔女狩りの現場を見てしまった。教会は本気で疫病を魔女のせいにして、魔女を根絶やしにしようとしているようだ。僕が見たのは、まだ小さい女の子だったんだよ?無理矢理教会に連れて行かれてて……本当に酷い話だ。

でも、僕は、何も出来なかった。情けないよ。もっと、もっと力を手に入れないと。君と一緒に暮らしても、君を守れなくちゃ意味が無いじゃないか。

パールは、まだこちらの街まで来ているのかい?パールも危ないかも知れない。ホーリーが、ホーリーナイトが怪我をしていたんだ。どうにも街の人間に蹴り飛ばされたみたいで…この街は、どうかしてる。おかしいよ。

本当に、気を付けてくれ。もっと、もっと頑張るから。君達が普通に笑って暮らせるように。

スノウ、愛している。

ノーマンより

 

雪に届く絆⑤ K embrace 飴玉の唄

 

数ヶ月後 クリスマス・イブ

 

ホーリー「ふー…まだかな?」

ノーマン「ホーリー、動かないで」

ノーマンの言葉に、ホーリーナイトはピタリと動きを止める。ホーリーナイトが傷を負った日から数ヶ月、ノーマンはアトリエも兼ねた自室に籠り、ひたすらホーリーナイトの絵を描き続けていた。絵の具やホーリーナイトの食事が切れると意を決して外に飛び出し、仕事をこなしては必要な物を買って急いで戻ってくる。ホーリーナイトはアパートの中から出ない生活が続いていた。

ノーマン「…違う。ここはもっと丸みがあって…黒に少し赤を足してみるか?…尻尾の鍵をもっとちゃんと目立たせて…」

ホーリー「…はー…」

ホーリーナイトが退屈さに思わず欠伸をすると、ノーマンは手を止めてすっかり凝り固まった体を伸ばす。

ノーマン「…今日は、ここまでにしようか?お疲れ様。ホーリー、ご飯にしようか……」

バタン

ノーマンは立ち上がり、いつもの食糧棚に近付こうとしたが、足元がぐらつき、気がついた時には床に倒れ伏していた。

ホーリー「……え?どうした?なんで急に寝てるんだよ?」

ノーマン「……くっ。もう少し…なのに……。ホーリーナイト…ごめん、今まで、ありがとう…」

ホーリー「えぇ?急に何言ってんだよ?最近ろくなもん食ってねぇから腹減ったのか?お前が動けないんなら、俺が何かかっぱらって来ようか?」

ノーマン「行かないで!…行かないで。頼む。ホーリーナイト、こっちへおいで?」

ホーリー「…どうしたんだ?今日は特に変だな、お前」

ノーマン「ホーリー…腕の中へ、おいで。怖がらないで、おいで…うん、いい子だ。ホーリー、よく聞いてね?僕は、もうここまでみたいだ。もうパンを買うお金まで絵の具代にしちゃってたから…コンクールに、君とスノウの絵を出したかった…僕に才能があれば…君たちを、教会に認めさせられたのに…」

ホーリー「…体が、冷たいぞ?いつも、あんなに温かかったのに…」

ノーマン「ホーリーナイト、僕は君を信じたから。だから…最後に、お願いがあるんだ。君なら、きっと叶えてくれる。あのさ、そこの机の上に、手紙を書いて置いてあるんだ。それを、スノウに。いつも教えてるだろう?あの山を越えた先の、村の向こうの森の中に、スノウの家がある。そこまで、君が、届けてくれ。頼む…ホーリーナイト…スノウ…大好きだよ……」

ホーリー「分かったよ。分かったから、今はなんか食おうぜ?こんな所で寝てちゃダメだ!」

ノーマン「あ、そうだ。この前、似顔絵書きを公園でやってたらさ、小さい女の子が来てね?描いてって、言われたから、小さいスケッチブックに描いてあげたらさ。ほら…お礼に、飴玉あげるって。ホーリー、ご飯まだだろう?これ食べなよ。って……猫は、飴なんて、食べないか。じゃ、僕が食べようかな…うわ、こんなに甘いもの、久しぶりに食べたな。ほら、ホーリーも、ちょっとだけ。…甘いだろ?ふふ、ホーリー、温かいなぁ…」

ホーリー「…おい?おい!待てよ!お前が消えたら、俺はどうすれば良いんだ?!今更独りにしないでくれよ!お前の事なんて、もうこれからずっと忘れられやしないんだから、だから、離れたくないよ。なぁ、怖いよ…止まらないよ。何なんだ、この気持ちは?なぁ、返事してくれよ……」

ホーリーナイトがどれ程鳴こうと、もう二度と親友が動くことは無かった。解っていた。不吉な黒猫の、自分の絵なんて、描いたところで売れやしないのに。自分が怪我をして帰ってきたあの日から、親友は何かに取り憑かれたように自分の絵ばかり描いていた。もしかしたら、自分のせいで、親友の命は消えてしまったのではないか?

しばらく項垂れていると、親友の最期の願いを思い出した。

ホーリー「……解った。手紙か。届ければ、良いんだな。…さよなら、親友」

机の上に飛び乗ると、少し分厚い紙があった。しっかりと糊付けしてあるそれを口に咥えると、あとは振り返ることも無く、アパートから外へ出る。真冬のただひたすら凍える夜が、黒猫を包み込む。

ホーリー「夜中だから、誰も居ないな。よし。急ごう…」

教会の前を通りかかると、聖夜ということもあり、夜遅い時間にたっぷりと灯りを輝かせて賛美歌を歌っていた。自分達が持たない贅沢を享受するその神の子達を横目に、黒猫は夜の街を走り出す。

ホーリー(お前らの言う、神様だったら、見えなければ、死ななかったのかなぁ?…いや、それじゃあ、アイツに会うことも無かったんだ。アイツは、神様なんかじゃない。俺は、お前と出会えて良かったよ)

 

雪に届く絆 原文⑥ K 飴玉の唄

 

それからは何も考えず、ただひたすらに足を進め続ける。その甲斐あってか、夜明けには峠を越えていた。

ホーリー「足が冷た過ぎて痛い…山は越えてきたな…夜も開けたし、そろそろ危ないか?」

村の人間「見ろよ!黒猫だ!」

村の人間「悪魔の使者だ!やっつけろ!」

ホーリー「げ、もう見つかったか!早く逃げないと…」

ガッ

無慈悲に投げられた石は、狙い通りに小さな闇を打った。咄嗟に避けようとしたが、ホーリーナイトの体は自分が思っている以上に悲鳴を上げ、動きは鈍くなっていた。

ホーリー「いってえ?!くそ、疲れと痛みで動きが鈍る…」

村の人間「穢らわしい悪魔め!魔女の手先め!とっとと消えろ!」

ホーリー「違う!俺は聖なる夜、ホーリーナイトだ!お前らなんかに、神様なんかに負けるかよ!……くっそ、もう、俺も長くは持たないか…。仕方ない。街を突っ切って、一気に駆け抜ける!」

村の人間「うわっ、黒猫じゃないか…汚らしいねぇ…」

村の人間「森の方に向かってるぞ?」

村の人間「魔女の遣いじゃないか…気色悪いな…」

村の人間「こっちへ来るんじゃないよ!」

様々な罵声と暴力を四方八方から受けながらも、親友との約束を口から離すことなく、出来るだけ素早く村の中を駆け抜ける。村の外れの森へ近付いた時には、ホーリーナイトの体は満身創痍で、ノロノロと這うように歩いていた。

ホーリー「はぁ…はぁ…もう、手足が付いてんのかも分かんねぇ…アバラが痛てぇ…ここは、森の、入口か?もう少し…」

それでも歩みを止めず、ただひたすらに前へ前へと進む。

ホーリー「あぁ、視界が暗い。もう、歩けてんのかどうかもよく分かんねぇ。…あ、柵が、横にある…?なんか、そこに、大きな家があるな…着いた…か?」

パタッ

視界に目的のものらしき影を見付けると、体中の力が抜けてしまい、その場に倒れ伏してしまった。もう体に力を入れる事など出来ず、そのままホーリーナイトの意識は闇へ沈んでいく。

ホーリー(あぁ、何だか本当の真っ暗闇の中に居るみたいだ…でも、不思議と寒さも痛みも感じないな…むしろ、何だか温かいような…あぁ、お前、また俺の事抱きしめてんのか?これ、温かくて、優しくって、大好きなんだよなぁ……)

 

雪に届く絆 原文⑦ K スノースマイル

 

村の外れにある『魔女の森』の木々は、すっかり葉を落とした枝に雪を乗せ、根元にも雪が降り積もっていかにも寒々しい景色となっていた。そんな真冬の凍える夜の中、真っ白なコートを纏った姿のパールが、森の中の古びた家から出て来た。

パール「じゃ、行ってくるから」

続けて、対象的な漆黒のローブを身に纏ったスノウが、家から出てくる。全く同じ顔を見合わせ、手短に挨拶を交わす。

スノウ「パール、気を付けて」

パール「食事一つ摂るのに命懸けだなんて…全く、いつの時代も、偉い人間は馬鹿ばっかりね」

やれやれと首を振りながら、パールは外へ向き直り、両手を広げ飛ぼうとして、ふと、何かに気付き動きを止める。

パール「スノウ、血の匂いがする」

スノウ「えっ?」

パール「待って…あそこに何か居るわ。見える?あの柵の所よ」

スノウ「…何も見えないわよ。私はフクロウじゃないもの。危なそうなの?」

パール「分からない。動かないわ。何かしら…黒い…猫?」

スノウ「猫?…まさか」

使い魔の言葉に、スノウの脳裏には、恋人からの手紙に書いてあった『友達』の話が思い浮かぶ。予感を確かめるため、部屋に置いてあるカンテラを手に持つと、慎重に指し示された場所へ向かう。やがて、柵の外側に、黒い小さな生き物の姿が見えた。駆け寄り、カンテラを脇に置くと、両手で掬うように抱き上げる。

スノウ「黒猫!…まだ温かい…けど、死んでる…」

パール「ちょっと!少しは警戒しなさいよ!何かの罠だったらどうするの?」

スノウ「…あら?口に何か咥えてる?この封筒、ノーマンの…」

見覚えのある封筒は、随分と汚れ、折れ曲がって、今抱えている黒猫と同じくボロボロだった。悪い予感が強まり、スノウは黒猫と手紙を大事に抱えたまま、足早に家へと引き返す。軟らかい布の上に黒猫を静かに横たえると、逸る気持ちを抑えながら封筒を開き、手紙を読む。

 

スノウへ

愛するスノウ。ずっと待たせてごめんなさい。でも、約束は果たせそうにないんだ。きっと、これが最後の手紙になる。

僕は、教会のやり方がどうしても許せない。こんなにも美しい君達が迫害されるなんて、あんな権力に塗れた穢らわしい心の、外側を飾り立てた奴らに、君達が脅かされるなんて、許されていいはずがない。僕は、自分に出来るやり方で、世の中に訴えかけるつもりだ。クリスマスから年明けまで、教会で絵のコンクールをするってさ。慈悲深いことに、宗教画だけじゃなく、神様じゃない被写体でも良いらしいから、僕は、君とホーリーナイトの絵を出品する。たぶん直ぐに捕まっちゃうだろうね。でも、構わない。この絵を見る誰もが、「美しい」と思える程凄い絵を描いてやる。僕のこの行動で、誰かの心に波紋を与えられたなら。君達が、少しでも普通に、笑って暮らせるようになったなら。だから、もう僕の全てを懸けて、この絵を描きあげる。

コンクールに出る前に、この手紙をホーリーナイトに届けさせるよ。彼、結構頭が良いんだよ。きっと、君の元へ送り届けてくれるって信じられる。もしも彼が無事にこの手紙を送り届けられたなら、彼を君の使い魔として迎えてあげてくれないか?前にも書いたけど、素直じゃないけど可愛いところ、君達そっくりだよ。きっと楽しくやれるさ。

本当にごめん。君が大好きだから、大切だから、愛しているからこそ、約束を破るよ。元気でね。出来れば、笑っていて。さよなら。

ノーマンより

 

パール「なんなの?それ、ノーマンからでしょう?」

スノウ「…なんか、結局一緒には居られないって。この子を使い魔として迎えてあげてってさ」

パール「はぁ?何なのよ一体…。そいつ、死んじゃってるじゃない」

スノウ「でも、最後のお願いだから…。最期の…」

パール「…え?まさか、あの絵描きも死んじゃったわけ?」

スノウ「分からない。分からないわ…。使い魔として迎えるなら、名前を、授けないと…。」

パール「でも、もう『ホーリーナイト』って名前があるんでしょう?」

スノウ「そうね。Holy night、聖なる夜。…こんなにもボロボロになってまで、彼の手紙を届けてくれた。…そうね。ただ夜の闇として消えるのではなく、彼の最後の務めを立派にやり抜いた、その勇気と力強さに敬意を表して。聖なる騎士『Holy Knight』と名を授けよう。契約のキスを…」

夜が開けてから、私は、私の使い魔である黒猫を、庭の片隅に手厚く葬った。彼の最後の願いを護り、叶えるために、誰とも関わらず、森の中で静かに暮らしていく。出来るだけ笑顔で。パールに取ってきてもらった、彼の2枚の遺作を眺めながら、自分の身を最優先に護りながら。

雪が降り積もる度に貴方を思い出す。本当はもう少しだけ一緒に歩きたかった。誰も居ないこの森で、綺麗なままの雪の絨毯に、足跡の平行線を、貴方と描きたかったな。そんな小さな願いを思い出しながら、今日も君の居ない道を歩いて行く。

 

原曲 BUMP OF CHICKEN『飴玉の唄』『スノースマイル』『K』『embrace』『星の鳥』

作詞作曲 藤原基央

編作 シリウス


使用楽曲コード:07364369,10544496,11814934,14605236

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