(旧)娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない 作:丹波の黒豆
ようやくその研究が終わりを告げ、これから皆が紫の領を去ろうという頃合いに。
公爵が我々の健闘を讃え、大きな晩餐を用意してくれたので私達はみなその会場にいた。
コンソメか。これもまた異常な代物だな。今日でコレが、このダシが効いた料理が食えなくなると思うと、研究にしか興味のない私ですら気が重くなるよ。
こんな劇物。一度味わったらもう辞められん。そう。コレは劇物なのだ。砂糖と同じか、それ以上の。一度それを味わえば決してもう辞められぬ麻薬の類だ。
第一コンソメなどという言葉は、……どこにもないんだ。その癖にそれは
は。認めようジルクリフ・G・アーディン。お前という化け物は私などの手におえんヤツなのだろう。
確かにとんだ傑物だよ。
だがお前は相手が悪かった。
お前はもう王国宰相である我が父上に、脅威であると見なされた。
だからこそこの後。
お前は地獄に墜ちるのだ。
私が引き入れ手引した、あの俗物な神の下僕達の手にかかってね。
ああ、お前は凄いさ。凄い奴だジルクリフ。……だがね。お前には目に見える弱点があるじゃあないか。
ならばそれを突いていくのが貴族というヤツだろう。
貴様を信望する淑女達の前で自分の娘を悪魔だと罵られ、その死を求められた時。
お前はどうするジルクリフ。
娘を守る為に神に楯突くか?
それとも己を守る為に娘を神殿に捧げるか?
……どちらにしてもお前は終わりだ。
貴様が神殿に楯突くならば責任を持って我が領は他領を率い、貴様を神敵として打ち倒してやろうじゃないか。
貴様が娘を売るのなら。それを見たお前が呼んだ淑女達は、お前を娘を売った程度の男として多くの国で言いふらしてくれるだろう。
そこから信用を、切り崩してやればよい。
ふふ。……ずるいとは言うなよ。この為に我が青の領は、あのくだらん烏合の衆に金を渡して、神の権威とやらを吹聴して来たのだからな。
一介の貴族が国を超えて力を持つ神殿を敵に回す愚を、どうかお前が選んでくれる事を祈っているよ。
ふふ。そう考えるとこの美食の数々も悪くない。
まさに最後の晩餐というヤツだ。
しっかりと味わうがいい。
そうして私が弄した策を思い返し、その美味なる料理の数々に舌鼓をうっている内に。誰かが食卓の話題としてアーディン領の今後を公爵に問うたらしい。
ジルクリフはその問いに、いつものように何でもなく答えた。
「これから私は、平民達が豊かに暮らせるような領を築くつもりです」
と。その場の貴族達にとってあまりに異質な答えが、返ってきた。
我々貴族にとって平民とはいくらでも替えがきき、我ら貴族にその富を捧げ続ける奴隷のような存在だ。
いくらジルクリフが真の貴族など言われていても、実際に平民を豊かにする意味などその実、皆ピンとこないのだ。一部の頭の軽い女はそれで納得しているみたいだがね。
そんな彼等にジルクリフは詳しく説明しましょうと、言葉を続けた。
難しい話はなんなので笑い話に形をかえて、貴族を羊飼いに、民を羊に例えて、面白可笑しく語っていくのだ。
・・・
ある裕福な羊飼いの羊は、とてもとてもやせ細っていた。羊飼いがあまり羊に餌をやらず、その癖いつも羊たちから毛と肉を採ってやろうとするからだ。
あんまり羊飼いが無理やり毛と肉をとるものだから、餌もロクに与えられないかわいそうな羊たちは次第に数を減らしていき、羊飼いの得られる毛と肉は減るばかり。
それに怒った羊飼いは自分の羊の毛と肉を売った金を世話役に渡し、もっと羊から毛と肉がとれるようにせよと命じたそうだ。
金を貰った世話役は、いつも羊飼いが贅沢な暮らしをしている事を知っていた。だからそれに自分もあやかろうと、その金を少しだけ掠め取る。一人だけならまだしも大世話役の下の子世話役も、その下の下人さえも皆くすねるものだから、さぁ大変だ。
結果。羊の下に与えられる餌を買うその金は、ほんの僅かなばかりとなった。
当然。羊はやせ細るばかり。
次に羊飼いは、また無理やり羊たちから毛と肉を集め、今度は商人に金を渡して同じ命令をすることにした。商人は物の価値に詳しいのでこの金を持って、他の牧場から羊を買ってきた。今と同じ程に飢えてやせ細った羊を。
この結果。羊の数が増えてより多くの毛と肉がとれるようになった事に満足した羊飼いは、今まで以上に羊から大量の毛と肉をとり。それが少なくなればその度に商人に金を渡した。
商人が金を渡される度に、やせ細った羊は増えていく。
しかし羊飼いから与えられる餌の数は変わらない。だから羊一匹に渡される餌はどんどん少なくなり、羊は皆どんどん痩せていった。その度に羊の値は安くなり、商人はまたどこかから羊を大量に買ってくるのだ。
そんな事が何度も続き、いつしか商人が買い付ける羊がいなくなった時。……それは始まった。もはやろくに餌すら与えられない羊達が、可哀想に次々と死んでいったのだ。
餓死した羊は肉にはならず。その毛ももはや商品にはならなかった。
羊飼いは商人に金を与え、役人に金を与え、羊を増やせと命じたがもはや羊飼いに羊を売るものはなく。
結果。羊飼いの羊は元いたそれよりずっとずっと数を減らしていったんだ。
・・・
その男が語るお伽噺調のその例え話を耳にして、私の背筋は凍りついた。
ああ、ああ!
この男は今、経済の真理を述べているのだ。水の国の自称知恵者達がどう頭をひねっても解決出来なかった問題を、ズバリ切り分けて見せやがった。
役人を小間使いと例え、商人の在り方をそのまま口にして。この国の腐敗の原因をまさに今、言い当てて見せた。
そして何より。コイツは、平民を資産として、市場そのものとして見ていて。市場から餌という名の金が消えれば、市場そのものが死ぬ事を教えてくれたんだ。
羊飼いと役人が腐っていれば、金は市場に回らず。その市場の価値で利を得る商人に金を渡せば、その市場を富ませるのでなく、商売の範囲を広げて、新たな貧民を雇い入れる。
横へと増えてさらに一人一人が貧しくなった民の、衣食住、最低消費だけで市場の資産を食いつぶせば。
ひいては市場そのものが死ぬのだと。
国に生産力がなくなるのだと。
何気ない顔で言ったのだ。
そんな話を聞いて、すっかりお伽噺か何かだと思い込んだこのバカ者達は、羊達が可哀想とか、愚かしい羊飼いだわと、愚にもつかん事を宣っているが。
それこそが私達の、お前達の、この国の有り様だろうに。
この男は、……つまりこう言っているのだぞ!
お前達は愚かしい、と。
今この時。
現在形で笑顔で猛毒を、致死の毒をばら撒いている。
笑いながら、笑わせながら、面白可笑しくみせかけて。私達の行い全てを否定する言葉を語り、コイツは今。貴族の在り方そのモノを完全に否定して見せたのだ。
い、一体どんな神経をしてる?
ああ、
ああ、
思わず