(旧)娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない   作:丹波の黒豆

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2.5)【別視点】青の領の公爵令嬢3

・・・

 

 そんな羊飼いに自分の娘が生まれ、愛しい娘に自分の全てを与えたいと思った羊飼いが自分の羊小屋を手ずから調べ、そのあまりの酷さに絶望し。

 娘の為にやり直す事を決めた。

 

・・・

 

 あの話の続きはそんな冒頭から始まって。

 そして本題である傾いた国の立て直し方にと続く。

 

 だがそれは私の求めたモノではなかった。

 

 公爵の語った内容など縮めてしまえば語る程の事でもない。

 傾いた国の解決策などたった一つ。

 民を治めるモノが正しく民と国が富む事を考えて実行し、彼等を守り導いていく。

 

 要約すればたったこれだけ。

 

 この答えを聞いた私は、大きく落胆した。

 それはもう我々経済に携わるモノがとっくの昔に出した結論であり、そして私の目も正しいとは認めたが、実現不可能と判断されているモノなのだから。

 

 はは。なんだ。

 コイツの叡智もこんなものか。

 

 そう構えていた気が抜いていた時の事だ。

 アイツからアレが飛び出したのは。

 

・・・

 

 そして羊飼いは妻が死ぬ時に見せた夢から、熱を熱さと寒さに分ける道具を作り。羊たちが夏は涼しく、冬は暖かく暮らせるようにしました。

 そして冷たい食べ物をいつでも食べられる箱と凍らせる箱を作って、羊たちの餌が腐らないようにしたのです。

 

・・・

 

 は?

 

 いきなり公爵の話がおかしな方向に走っていった。

 誰もが耳を疑う言葉を吐きながら、その道化らしいふざけた語り口をさらに強めていったのだ。まるで冗談だと悟らせるように。

 

 そこからはもう、その場の淑女達。私と我が従姉妹殿である空の領のお姫様ソラン以外の、全ての淑女が腹を抱えて笑い転がされる羽目になる。

 

 そんな中。私だけは背筋を凍らせていた。

 

 そう。ここからだ。

 ここから公爵は、

 どこまでも荒唐無稽な絵空事を繰り返していく。

 

 曰く、疲れを知らず馬のいらない馬車を作って、千里も先の場所から多くの物を買付けるとか。

 曰く、それは馬の1000倍、いや2000倍の力を持っているという。

 曰く、牛よりも強い力で農地を耕すカラクリを作り、あっという間に畑を広げ。

 曰く、一分で100以上の精緻な工作品を、人の手も借りずに作り出す工場を作り。

 曰く、多くの羊をのせて、はるか上空を高速で飛ぶカラクリで海を越え。

 

 そしてこれだ。極めつけのコレだ。

 

 空気から作った肥料で育てた小麦でパンを焼き上げる。

 

 ああ、こんな馬鹿げた現実感のない話。

 純真な子供しか素直に喜べない。決して本当の事とは思えない。

 誰もが公爵の作り上げた愉快な話と笑うだろう。

 

 でもな。でもさ。

 

 嘘じゃ、……ないんだ。何…一つ……。

 

 物の知識、その技術が可能であると識っていて話しているかどうかを見抜く。私の魔力の、そのほとんどを占めるこの左目が。叡智の神に捧げた探求者の瞳が告げるんだ。

 そんな技術が確かに実在してるって。

 

 この男は。

 何一つ嘘をついて、……いないんだ。それなのにあまりにも技術が違いすぎて、皆には冗談のようにしか聞こえないだけ。

 ありえない事に。コイツは皆の前で一切の真実を語る事で、今から行う自分の行いをごまかしてみせた。一切を笑い話に見せかけてみせたんだ。

 

 はは、なんてデタラメ。

 

 頭が、おかしくなりそうだ……。

 

 ・・・

 

  ・

  ・

  ・

 こうしてようやく満足した羊飼いは。これで愛する娘を幸せにできると胸を張り、その娘といつまでもいつまでも幸せに暮らしました、とさ。

 

 私はね。そんな未来を手に入れる為に、まずは平民を豊かにしようと、思うのですよ。

 

 ・・・

 

 やっと公爵の長い例え話が終わった。

 

 周りにいる淑女達はソラン以外。みな偽りの笑い話に転がされている。随所に盛り込まれた公爵の娘へ愛情の深さが伝わる言葉も合わせて、漫談としては大成功の結果だろう。

 

 そこまで聞いてやっと分かった。

 コイツは経済を難しくなんざ考えてない。

 

 ある程度、最低限に役人や商人を押さえたら。

 後は自分のその異常な技術の数々で、一度市場の価値を全て壊して。……そこから正しく民が富むように作り直す気なんだ。 

 

 それだけの力がある。我々とは違いすぎる巨人の類だ。 

 経済の叡智なんて関係なかった。

 技術という他の叡智で、ルールごとぶっ壊そうとしてるだけ。

 技術で殴って、経済を倒すんだ…。

 

 そ、そんなの化け物以上じゃないか!

 

 ……ああ。それでも。

 私は聞かなければならない。

 彼が領主なのか、その先の存在なのか。

 

「大変面白い話だったよ公爵様。ところで質問が幾つかあるがいいかね?」

「ええ、もちろん」

 

「羊飼いの羊小屋はとても立派だろう。もし羊飼いの所に、他の羊飼いから逃げたやせ細った羊が逃げてきたとすれば、羊飼いはどうするだろう」

「もちろん羊飼いにとって羊はいくら増えても嬉しいものですから、受け入れますね」

 

「では。その結果羊小屋が狭くなったら、羊飼いはどうする」

「新たに羊小屋を立てて羊達を迎えるでしょう」

 

「そうか。最後に、羊飼いの下に逃げてきた彼等の元主が、羊を返せと言ってきたら?」

「まずは交渉を。それでダメなら、……そうですね。

 良い羊飼いは優れた牧羊犬を飼い、羊を守る立派な柵をこしらえているものです。そして多くの狩人とその友の猟犬に繋がりを持ち、いつでも羊達の危機に備えているものなのです。

 

 もしその不埒な輩がその柵を越えて、羊達を追いかけてくるなら、……彼等には相応しい鉄槌が下されるのではないでしょうか?」

 

 問う度にさっきと同じ、ふざけた口調で答えた公爵の言葉に笑いが起こった。

 もちろん。私にそんな余裕は、ない。

 

 は、はは……。

 隠そうともしないのか。

 ハッキリ言った。

 

 言いやがった。

 

 コイツは今ハッキリと。

 腐った国から民と土地を、力ある者が吸い上げるのは当然だと、そう言ったんだ。かかってきても叩き潰すと。

 

 言い切った。

 

 これで証明された。

 

 コイツはやるぞ。

 ……国取りを、する。

 

 それだけの覚悟と、力がある。

 いつかこの世界のルールは、コイツに全てぶっ壊される。

 

 吸い上げた金で民を富まし、更に多くを吸い上げる土台を作って。他領の民も何もかも。コイツに飲み込まれる事になる。

 

 それすら視野に入れて動くコイツはもう領主じゃない。

 王だ。もはや一国の王。

 

 王族らしい威厳を持った男?

 当然だろう。

 

 こいつには、その覚悟がある。

 ただそれだけの事なのだ。

 

 私があまりの事実におののいていると。横目でソランが公爵に向かって騒がしく訴えかけていた。

 

「ねぇねぇ公爵様!

 何かさっき言ってた凄い道具、どれか見せて貰えないかなぁ?

 ボクすっごく見てみたいんだけど!」

 

 そちらを見ると。キラキラした目でソランが、公爵の前でくるくると回ったり、飛びついたりしている。

 周りにいる淑女達の目もどこか温かい。

 完全にほら話を信じてしまった子供を見る目だ。

  

「では、一つだけ」

 

 そんな彼女に請われて公爵は涼しい顔で自分の執事に、ソレを持ってこさせた。

 

 公爵の肩幅ほどの、一見翼を広げたまま止まった、あまりに無機質な出来損ないの鳥のおもちゃのようにしか見えないソレをよく見ると。その羽根の両下にはなぜか四角いコブがつき、そこから顔の方に風車のようなモノが1つずつのびている。

 

 公爵はそれに自分の重力の魔力を流しながら、皆に言う。

 

「これより見せるは、本日の余興を締める羊飼いの奇跡の道具。空を飛ぶカラクリに繋がる、そんな不思議なおもちゃです。

 これからの時代、風魔法に頼ることなく人が空を飛ぶ。そんな未来の夢のほんの欠片を皆さまに見せられればご愛嬌。

 どうか皆さま、ご照覧あれ」

 

 言い終わるのを待たずに食卓の上へと水平に投げられたソレは、紫の魔力を輝かせながら横すべりに宙を舞い。

 次第に回り初めた2つの風車で風を掴むと。

 そのままゆっくりと飛び始めた。

 

 重力の魔力では重くするか軽くする事しかできず、決して横には物を動かせない。そんな王国の常識を簡単に壊しながら。

 ソレは食卓の上をゆっくりと、……飛んでいく。

 

 多くの淑女が息を飲み驚きの声を上げ。ソランが輝いた目でソレを追い駆け。公爵に懸想する女達がその頬を朱に染める中。

 

 私は必死にそのおもちゃを凝視した。あの風車を動かしてあれが進んでいるのはわかるが、そのタネがわからない。

 重力魔法でそんな事が可能なのか?

 クソ、わからない。

 

 しかし続けて語られた公爵の言葉に、私はさらに驚く事になる。

 

「今はまだ私の力を使わなければ動かず、その速さもなんとも頼りないモノではあるが。さらに羊飼いの力が強まればいずれ誰でも魔力なく、これなど比較にならない速さで空を飛ぶ時代が来るでしょう。これでそんな眩い夢を皆さまが見られたとしたら。

 

 私の手品も中々、捨てたモノでもないでしょう?

 

 さて。この夢のある話の真偽を語る事こそを、今日の余興の締めとしましょう」

 

 この彼の言葉一つで。

 会場にいる者はもう何が嘘で、何が本当かわからなくなって大騒ぎだ。だが皮肉な事に、彼は一つも嘘などついていない。

 

 ああ、そうか。

 そうなのか。

 

 人は……いつか。

 魔力がなくても。

 あのようなモノで空を飛びまわる。そんな時代が来るのだな。

 

 静かに食卓の中程で折り返し、公爵の元へと戻らんとする希望の翼の下で。

 

 我が従姉妹殿はあまりの興奮に公爵へと飛びついて、手伝わせてと叫びだし。

 長い赤髪の女を中心とした公爵を想うモノ達が、それに対抗するように声を上げ。

 多くの淑女達が公爵の話がどこからが冗談で、どこからが本気なのかと論議する。

 

 そんな彼らを見つめながら。

 公爵はただ微笑むのだ。

 まるで王族の如き威厳を持った、いつもの姿で。

 

 その混迷に満ちた食堂で。

 

 あまりの感動に、私はその右目から涙を流した。

 

 今。完全に私の心は、奪われた。

 コイツは本気で作ろうとしているんだ。かつて人類の栄光を極めたという古代王国すら霞む、輝かしい超技術国家を。

 

 ああ、目の前の男が簒奪者であっても。

 例えこの世界の破壊者であってもいい。

 

 私もその夢を追いかけたい。

 貴方の作る世界を共に築きたい。

 

 その気付きは、私の胸を締め上げて熱くした。

 彼の事をもっと知りたいと魔力が疼き、不思議と頬に熱が籠もるのを感じる。

 

 

 そんな時だ。

 無粋の極みがその場所に現れたのは。

 

「さぁ公爵殿。今日こそは貴方の娘、邪悪な黒き悪魔の申し子を我々に渡して貰いましょうか!」

 

 乱暴に開かれた扉の先を見ると。そこには愚かな私が招き入れてしまった腐り果てたクズども。

 神官達の姿があった。

 

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