(旧)娘が悲劇の悪役令嬢だったので現代知識で斜め上に頑張るしかない   作:丹波の黒豆

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この章の話は全て
2)とりあえず女性を巻き込んでゴー、の別視点です。


第1章 第2話の裏側で
2.1)【別視点】赤の領の侯爵令嬢


 あらあら、これはなんて素敵な集まりなのでしょう。

 

 ワタクシ、赤の領の侯爵家の娘スカーレッドは、紫の領のご当主であるジルクリフ公爵様の空色便(※風魔法を使った速達便の事)を使っての呼びかけに、もう居ても立っても居られずに自分の家を飛び出しました。

 

 これまで多くの男性から顔をしかめられてきた、お月の触りのご不浄をより清潔に・快適に・そして誰の非難なく過ごせるような道具を作りたい、だなんて。

 

 今までそのようなモノと女の誰もが諦めていた問題を解決したいと、男であられる公爵様がおっしゃったなど。

 そんなお話を聞かされたらもう私は止まれません。

 

 自分の魔力の情熱に任せて飛び出せば、そこは遠く離れたアーディン領。私は多くの女性達と一緒に肩を並べ、その研究に参加していたのです。

 

 ここにいるのは女性を憂う同士達。

 そう思うとワタクシの胸はどうにも熱く燃え上がります。

 

 そんな期待に応えるべく公爵様は、自らの領地の研究室の中、とても手際よく会議を進めていきます。

 

 皆に伝えたい事を事前に資料にまとめ上げ、多くの例えを用いた人を飽きさせない緩急あるスピーチと共に説明されるこの研究の趣旨に、誰もが今は釘付けです。

 王国学校の教授すら霞むそのわかりやすさに、ワタクシ達は目を見開くばかり。

 

 なんと聡明なお方なのでしょうか。

 

 未だ22才というワタクシのバカ兄達と変わらぬ若年でありながら、その威風にはまさに王者の風格が感じられます。

 誰よりも強い魔力の証たるその濃紫の御髪の下に、それに恥じぬ威厳を持ったこの美貌の人が、このような才知に優れた賢者であるとは。

 それでいて女性の不遇を嘆いて心を痛め、実際に手を上げるだけの行動力があるなんて。

 

 実に素晴らしい方ですわ。

 ふと横目を見れば、そんな彼を見て頬を染める女性達の姿が目に留まります。

 

 フフ、これは公爵様は大変ですね。

 

 まさに他人事の感想を述べて。ワタクシは改めて公爵様の話に没頭していくのでした。

 

 

 それからしばらく。

 

 女性の夢の実現に燃えたワタクシは、その情熱をそのまま研究へとぶつけました。公爵様のお話は実に理にかなっていましたし。研究の為に手を惜しまない彼の姿が、ワタクシを更に燃え上がらせてくれました。

 

 そして、その日がやってきました。

 

 ワタクシは公爵様が提案した討論の場で、自分の説明をよりわかりやすく相手に伝える為に、実物の必要を感じ自分のメイドに「下着を脱いで皆にみせろ」と言いつけてしまうのです。少ないとはいえ男性の目も交じる衆目で、

 

「机の上に乗ってスカートをめくり、自分のモノを見えるように用意しなさい」

 

 と、バカな命令をしてしまいます。

 

 幼い時からワタクシと付き合いの長い彼女は、少しだけ恥じらいを見せて戸惑うも、その命令に従おうと言われた通りに机に乗って、自らスカートを咥えこみ下着を下ろそうとしました。

 その時です。

 

 公爵様が鋭い声で、それをお止めになりました。

 

「すまない。

 集まって頂いた紳士淑女の皆様の気勢を削ぐわけではないが。

 女性の尊厳を守る道具を作るという高い志を持ったこの集まりで、例えメイドであるとはいえその女性の尊厳を傷つけるような真似を皆様にさせてしまうのは。

 

 皆様をこの場に集めた者として、実に心苦しく思うのだ。どうにも娘が彼女のように誰かに辱められたならば等と思うと、とても平穏ではいられんのだよ。

 

 どうかこの小心者の心の平穏の為と思って、こちらに用意したハリボテを使って実験を進める事をお許し頂きたい」

 

 そう言われ。

 そこにいる誰もががハッと息を飲みました。

 

 女性の尊厳を守る為といいながら、同じく女性である彼女の尊厳を踏みにじる行いを行う事は間違っていると。正道を損なう事だと。

 公爵様はそんな当たり前の事すら忘れたこの愚かな女の事を気遣って自らを道化にし、この場を抑えてくれたのです。

 

 平民には何をしても許されるという貴族社会に毒されることなく、優しくもハッキリと告げられたその言葉は。そこに集まる多くの淑女にある伝承を思い出させました。

 

“貴族とは立場の為に生きる者、自らが汚れる事を恐れず、誇ることなく務めを果たす者なり” 

 

 幼き頃に誰もが聞いた夢物語に謳われる、今は遥か昔に失われてしまった真の貴族の誓いの言葉。国の為に、民の為に命を捧げたそんな英雄譚の理想の姿が、……目の前にあるなんて。

 

 実在するなんて!

 

 そんな方の前でワタクシはなんと愚かな行いを、してしまったのか。そう思ったとたん。ワタクシの魔力が急に冷えていく事を感じました。情熱が、心が。止まっていきます。

 

 永遠とも思える一瞬の沈黙の後。 

 

 弾けたように時は再び動きだし。

 誰もが公爵様のこの勇気ある行いを称賛する中。ワタクシはもう自分が恥ずかしくて、恥ずかしくて、うつむいて、言葉も出なくなりました。

 

「あ、うぅぅ……」

 

 考えてすぐ実行する。ソレだけが取り柄なのに。 

 今すぐに自分の非道をわびて頭を下げる。それだけの事がすごく遠くて。そんな事すら出来ない自分が、情けなくて涙が溢れてきます。

 

 集まる視線が恐ろしくて、英雄の目が恐ろしくて。

 そうして何も何も出来なくなったワタクシを。

 

 ……救ったのは、他からぬ公爵様でした。

 彼はすぐにワタクシの元へとやってきて、どこまでも優しく諭すのです。

 

「ネイル嬢。

 今回の件は他の誰かが受けたであろうその事を、貴方が受け止めて、皆に知らせてくれただけの話だ。

 そう自分を追い詰める必要はない」

「……で、です…が。わ、ワタク…シは」

 

 公爵様のよく通るお声を受けて、それでも震える声で言いよどむワタクシを見て。公爵様は静かに、しかし堂々とお言葉を続けます。

 

「今の君の顔を見れば、誰もが君が悔いている事に気づくだろう。そしてもう決して繰り返さないだろうことも。それに気づける君は、誰よりも尊い。

 ならばそれをなじる者こそが。

 

 恥じるべき事であると俺は思う」

 

 ワタクシを真に気遣う優しいお言葉に、ふと見上げれば。公爵様のその威厳あるお顔に、どこまでも柔らかい笑顔を浮かべていらっしゃって。

 ワタクシの顔を伝う涙を、ご自分のハンカチで拭きながら。……どこまでも優しく優しく諭して下さるのです。

 

 その周囲から。

 

 公爵様のお言葉に賛同する淑女達の声が届き、ようやく固まったワタクシの心が溶けてゆくのを感じました。

 そうして動けるようになったワタクシは、お返事を返すのがやっとです。

 

「……はい、は…い」

 

 それから公爵様はどこかの道化のようにわざと砕けた笑顔を作って、ワタクシの肩を優し小さく叩きながら、軽い口調で促しました。

 

「さぁ。君のいつもの熱意を見せてくれないか。君が伝えようとしてくれた事を、ぜひ俺たちに教えて欲しい。

 我々の夢を実現する為にね?」

 

 まるで重い空気を全て振り払うように、公爵様にまったく似合わない陽気さで放たれたその言葉は。どうやらワタクシを完全に立ち直らせる魔法の言葉だったようです。

 

「……ええ、ええ、もちろんですわ!」

 

 それを聞いたワタクシの胸にはいつもの情熱が、いつも以上の情熱が溢れていました。

 そうして見事、ワタクシを救い上げた英雄は。

 興奮冷めやらぬ淑女達の騒ぎを軽く鎮め、主役は貴方だと言わんばかりにその場を退き、もうまるで何事もなかったかのように振る舞うのです。

 

 それから自分が何を喋ったのか、何があったのかを。……実はあまり覚えていません。

 ただ言えることは。ワタクシの中をこれまでになく情熱が迸り、この身を焦がす程に高ぶって。

 気づけば会議が終わっていて。

 

 その後にわざわざ改めてワタクシとそのメイドの部屋へと訪ねてくれたあの方が、

 

「すまない。もっと早く止められれば、誰も恥をかかずに済んだのにな」

 

 と。こんなバカな女に改めて謝ってくれた事実だけ。

 

 そんな素敵な英雄様に。

 恋を抱かぬ乙女が、一体どこにいるのでしょうか?

 

 気づけばもう、手遅れでした。

 ワタクシはあの瞬間に。あの方に何もかもを、奪われてしまっていたのです。

 

 他人事のように、傍観していたワタクシはもうどこにもいなくて。今、この瞬間を逃して。

 誰かに公爵様を奪われたらと思うと、何よりも怖くて。

 

 その激情のまま、自分の魔力に身を委ね。

 

 ワタクシは愛を叫んだのです。

 思いの丈をぶつけたのです。

 

 ああ、公爵様。

 英雄譚の王子さま。

 

 どうか、この思いを受け取り下さい。

 ワタクシの、胸は、この情熱は。

 今にも弾けてしまいそう!

 

 

「すまんな。俺の心は未だ亡き妻の下にある。今は自分の娘以外を愛せない。

 ……それに俺の娘は黒の魔力持ちだ。

 だからこそ俺は、妻とこの身の潔白を誰よりも示さねばならんのでな。

 何、私程度の男はいくらでもいるものさ」

 

 それがワタクシに告げられた、終わりの言葉。

 一方的に呼び出して。

 好意を伝え、一夜だけでもと愛をねだった。

 

 そんな女に似合う結末。

 

 ああ、ああ!

 でも、でも。

 そんなのずるい。ずるいです公爵様。

 

 どこまでも高潔で、気高いなんて。

 

 そんな理由で断られたら。

 もうどこまでも。

 諦められなくなってしまうのに。

 情熱が、より情熱が燃え上がるだけなのに。

 

 貴方のようなお方など、どこにもいよう筈がない!!

 

 あの方が去った後。

 ワタクシはその場に控えさせていたメイドに尋ねます。

 

「ねぇ、エリゼ」

「はい、お嬢様」

「ワタクシが紫の領に嫁ぎたいと言ったら、お父様はどう思うかしら」

「……おそらくお認めにはなられないかと」

 

 ええ、そうね。赤の領から紫の領は遠いもの。血縁の旨味は少ないから、決して父は認めようとしないでしょうね。

 

 でもそれがなに?

 

「そう。でもねエリゼ。

 ワタクシはもう、止まれないわ」

 

 止まらないの。

 

「この熱が。

 この身を焼き尽くすまで」

 

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