目覚まし時計というのは何かと難しく、自分が設定した時間ピッタリに設定した音で起こしてくれる便利機能だが、結局二度寝三度寝して遅刻しそうになる。設定した音は嫌いになるし、二度寝を見越して何度もアラームを設定した経験があるのは俺一人ではないだろう。だがしかし、それでも人間の三代欲求の一つである睡魔には勝てるわけがなく。今日も今日とて、時間ギリギリで陽葉学園へと向かった。
でも安心して欲しい。俺の携帯のアラームに設定しているのは、我らがピキピキの曲である。よって、これで寝過ごすことがあろうものなら天音からの天誅待ったナシだ。これ安心できるような事じゃねぇな。でもアラームの設定音変えようとすると、それも天音に怒られるからな。もう俺にはどうすることも出来ないのだ。たった一つ出来ることがあるとすれば、二度寝しないでアラームでしっかりと目を覚ますことだろう。
~陽葉学園~
「───であるからして、俺は遅刻ギリギリなわけよ」
「長ったらしい説明ありがとう。半分くらい聞いてなかったわ」
「でも私達の曲を設定してるのはポイント高いよね!」
何だよそのポイント。ピキピキポイント貯めれば特典あるとか?ついうっかり100万ポイントくらい貯めちゃいそうで怖い。
「天音ちゃんには怒られなかったの?」
「怒るも何も、アイツの方が先に家出てたからな。というか響子、お前天音と一緒に登校したんだから分かるだろ」
「うん、怒ってたけどそんなにかな」
「大体アンタが朝弱いのがダメなのよ」
「うっせぇ。しのぶだって起きれない時あるだろ」
「それは徹夜した時だけじゃん」
それから俺vsピキピキの"どっちが悪いか"について討論したが、ものの数分で俺の負けが確定してしまった。1対4は卑怯だと思います。まぁ屁理屈ばっかの俺が勝てるわけないんだけどな。
「あ、そうだしのぶに聞きたいことあったんだ」
「なに、言っとくけどリミコンの話なら完成するまで教えないから」
「それも聞きたかったけど今ので諦めた。リミコンちゃーくてゲームの話だよ」
「今度のイベント?それとも新キャラの性能?」
「どっちもだ。昨日も一昨日も忙しくてな」
公式から出てくる情報を追うだけなら出来たが、俺が知りたいのはプレイヤー側の意見そのものだ。もっと具体的に言えば、俺やしのぶのような上位プレイヤーの意見だな。前回のイベントの総合順位は、俺が35位でしのぶが12位。勿論、プレイヤーの総人口は千や二千のレベルではない。俺の順位がしのぶと比較して低いのは、単に最近のリアルでの忙しさが原因だ。
「まず今度のイベントね。アンタが前に当てたキャラがメインのストーリーらしいよ。その関係で装備も追加されるって話もあるし」
「ん〜、でも俺の推しキャラじゃないんだよなぁ」
「新キャラ枠でいたような気もするけど」
「しのぶさんそこんとこ詳しく」
「あーやって話してるの見てると、なんだか二人が兄妹っぽく見えるよね」
「仮にそうだとしても、しのぶって天音ちゃんと似てるところあるから今とあまり変化は無さそうね」
「まぁ二人とも子供っぽいところあるから」
「キョーコにとっては弟と妹って感じ?」
「それにしてはちょっと大きすぎる気もするけどね」
しのぶからおおよその情報を得て満足した俺だが、ふと周りを見てみると温かい目で見守られていた事に気付く。話に夢中で我を忘れていた。この目は多分アレだ。親が小さい子供達の遊ぶところを見守るような目だ。でも仕方ないよね、男の子はゲームとか大好きだからね。かと言って女の子でゲーム好きなのも全然問題ない。俺的にはむしろウェルカムまである。
とまぁゲームの話は一旦置いておくとして。遅刻ギリギリの言い訳、もとい弁解......これじゃ言い方が変わっただけか。ともかく何故か響子達にバレていた為に説明していたのは、みんなで昼ご飯を終えて少し経った頃。最初に聞かれなかったから案外イケると思ったのも束の間、食べ終えて一発目に全員から尋問されるとは。
「......コホン、俺から一つ提案があるんだが」
「あ、じゃあ私はパフェが食べたいな♪」
「俺今提案って言ったよね?何で
「違うの?」
「違うわ。まぁ俺の提案聞いてくれたら奢ってやらんこともないがな」
可愛くお願いされると自然と奢っちゃおうかなとか思う辺り、随分とコイツらには甘いなと自分でも気付かされる。昨日に引き続きデザートなのが気になるが、背に腹はかえられぬということか。まぁ別にそんなに大した事じゃないんだがな。
「それで、アンタの提案ってそもそも何なのよ」
「よくぞ聞いてくれたしのぶ君。ライブのハコは押さえたし告知のフライヤーも完成した」
「フライヤー作ったのは天音ちゃんだけどね」
「だからライブの告知をするゲリラライブを放課後にしよう!......っていう提案なんですが如何でしょう」
「何で絢斗は営業先のサラリーマンみたいになってるの」
提案って言っても結局やるのは響子達だからな。要するにこれはピキピキファンの俺からのお願いというか何というかだな。案外ライブを待ちきれない俺がいるのは内緒にしておくが、ピキピキにとってもリハのような感じでメリットは多いはずだ。断られても文句は言えんが、軽く気を落としそうで怖いのが本音。この後の授業とかまともに受けられなくなりそうだ。
「私は大歓迎よ」
「私も!身体動かしてる方が楽しいし!」
「でもゲリラライブのハコはどうするのよ」
「そんなこともあろうかと今朝こっそり取っておいたぜ!」
「アンタもしかしてそれが遅刻ギリギリの理由じゃないの?」
「.......そんなことありませんですよ」
半分当たりで半分外れといった感じだな。職員室に入って予約取ったはいいものの、あれやこれやと先生の頼まれごとをこなしてたらギリギリの時間になったからな。よって、俺は悪くないのだ。何かと理由を付けて俺に用事を押し付けてきた先生達のせいだ。
「んで、そういうしのぶはどうなんだ?」
「別にいいけど」
「......なら決まりだね」
「おっ、やっぱ響子は乗り気だな」
まぁ最初からこうなることは想定済みだ。今から楽しみな気持ちが抑えられそうにないが、その前に午後の授業という難敵を倒さなくてはならない。正直寝ときゃ何とかなるが、それをするとピキピキメンツから何言われるか分からんからな。
「しのぶ、セトリとかどうする?」
「授業中にでも適当に考えとく」
「じゃあ私は振り付けを──」
「それは元から決まってるでしょ由香」
「......」
「何を考えてるの絢斗」
「別に何でも。お前らとの付き合いも長くなったなとか、そういうのをふと思っただけだ」
頭の中を様々な思い出が駆け巡り、それら一つ一つを懐かしんでいるところを絵空の一言で現実へと引き戻される。セトリやら何やらの話をする他の三人を見て、出会った最初の頃を思い出した。何故今になって急にそんな事を思い出したのかは分からないが、その時と変わらず今もコイツらの隣に居られる事に感謝するべきなのかもしれない。
「高等部に上がってすぐのことは覚えてる?」
「上がってすぐってことは......あれか」
「あの頃の絢斗は一生懸命で可愛かったわ」
「......忘れてくれ恥ずかしい」
高等部に上がってすぐのこと、と言えば俺史上でも類を見ないレベルの黒歴史だ。絵空は勘違いされやすい性格......というかお家柄の為、逆らったら何されるか分からない等といった変な噂が流れてしまっていた。そういったものを全て払拭するべく動いた俺だったが、空回りをしてしまい俺の方まであらぬ疑いをかけられてしまうという事態に。
「私はあのままでも良かったのに」
「......アホか。それは流石に俺が許せねぇよ。それに響子達だって同じ気持ちだったし」
「あら、私はそっちじゃなくて絢斗の方の噂の話をしてたんだけど?」
「俺に対するヘイトが尋常じゃなかったからな。まぁ結局は時間が解決してくれたんだけど」
俺が絵空の件で色々と動いていたのが原因で、何故か俺と絵空が付き合っているという噂話が流れてしまったのだ。絵空の時と同じく、他にも尾ヒレの付いた噂話がどんどん増えていき、終いには子供が既に居るだとか理事長を従えているだとか意味の分からん事態になっていた。本当にあの時は苦労させられた。しかしながら、人の噂も七十五日と言うべきか、時が経つにつれて噂も無くなり今に至るというわけだ。
「今度あんな事になったとしても、絢斗はまた助けれくれるのかしら?」
「最後は絵空が解決したようなもんだろ」
「そこはロマンチックに"どんな事になっても俺が助けるよ"とか言うんじゃないのぉ?」
「勘弁してくれ。俺はそんなにキザな奴じゃないし、ロマンを俺に求めるのはナンセンスってもんだ」
アニメや漫画の主人公のように力があれば、それもまた選択肢の一つなのかもしれないが、残念ながら俺にはそんな力はないからな。身内を見ればプロの世界で活躍する両親に、音楽センスが限界突破しててダブルアビリティの妹ときてる。本当に、この世界の神様は力の配分間違ってると思います。
「でも私は絢斗に助けて欲しいかな」
「......まぁそん時に暇だったらな」
「あ、デレたわね絢斗。案外、絢斗は攻略される側なのかもね♪」
「絵空、絢斗と何話してたの?」
「ん〜?それは二人だけの秘密よ。ね?」
可愛らしくウインクする絵空にドキッとしてしまう。だがそれも束の間、聞きつけた他の三人にまたしても尋問されるハメになった。こういうのも全て絵空の読み通りなのだとすれば、やはり恐ろしい女の子だと思う。
しかし同時に、清水絵空という女の子は素敵な女の子なのだと改めて実感する。絵空は、物事を冷静に俯瞰的に考えることが出来る人間だ。自分がどういう立ち位置で、どういった立ち回りをすれば上手くいくかを計算して動くことの出来る人間なのだ。まぁそれが出来てしまうからこそ、しのぶにちょっかいかけたり俺に何か仕掛けたりするんだろうけどな。
『それでは授業を終わります』
『ありがとうございました』
特に何事も無く終わりを迎えた午後の授業。俺の前の席の前田君は授業中に寝てたから注意受けてたけど。時を同じくしてウトウトしていた俺だったが、前田君のお陰で難を逃れた。前田君、そんなに思ってないけどありがとう。
「っと、もたもたしてる場合じゃなかったな」
教科書や筆箱、その他諸々を鞄に詰め込んで教室をすぐに出る。響子には先にフロアの控え室に向かうように言ってある。今向かっているのは俺の最後の仕事をする場所だ。
最後の仕事と言ってもそれほど難しい事ではなく、今から行おうとしているゲリラライブの緊急告知の放送をするというものだ。俺一人じゃ何かと心配だったらしく、しのぶと二人で放送を行う手筈となっている。まぁ俺が意気揚々と放送するよか、DJクノイチ本人が放送したほうが効果も高まるってもんだな。
ガチャ
「遅いよ。もうコッチは準備終わってる」
「しのぶさん早すぎません?俺も結構急いで来たんだけどな」
「つべこべ言わずに席に着く」
「はい、すみませんでした」
放送室に入ると準備万端のしのぶを発見。隣の席に座るよう言われてしまったので、ここは大人しく従っておく。放課後の過ごし方は人それぞれであり、部活だったり居残り勉強だったり、はたまた男女二人だけでアオハルしてたり。若干最後の一つは許し難いが、そういった人達全員を虜にさせる準備は整った。
──
〜♪
『いきなりですが陽葉学園アフタースクールグルーヴのお時間です』
『ランチタイムグルーヴの丸パクリでは?と思ったそこのあなた。今から発表する内容を聞けば、一目散にフロアに向かうこと間違いなしでしょう』
俺の演技を見て隣のしのぶはやれやれといった様子。だって仕方ないじゃん、こういう形でしか放送出来ないんだから。ミサミサみたいにイケイケな感じで放送しても上手くいかないし、そもそもそんなの俺のキャラじゃないし。
『では早速今回のゲストをお呼びしましょう。我が陽葉学園が誇る人気No.1ユニットのDJであるDJクノイチさんです!』
『......どーも』
『おや?何だか不満そうな顔をッ!?』
「続けるようならもう一発入れるよ」
「はい......すみませんでした」
しのぶの容赦ない一撃が顔、ではなく足元へ直撃する。途中でマイク切っといて正解だったな。流石に演技っぽくやりすぎたか。まぁここから先はしのぶに任せても大丈夫だろう。
『アタシから言いたい事は一つだけ。ピキピキを感じたいなら、今すぐフロアに来ること』
「しのぶ、それだけで本当に良いのか?」
「別に良いよ。アタシ達も早く移動しないと巻き込まれるよ」
「へいへい。んじゃ行きますかね」
放送室を出てフロアの控え室に向かう最中、放課後であるにも関わらず生徒達が一心不乱にフロアを目指しているのが分かる。これには先生達もお手上げの様子だ。俺の最後の任務は、この生徒達から見つかることなくしのぶを無事送り届けることになるな。
~フロア控え室~
「はぁ......やっと着いた」
「あら、二人とも遅かったわね」
「途中でちょっとな。それよりフロアの方はどうなってるんだ」
「予定通り満員!しのぶの一言が効いたみたいだね!」
控え室に向かう途中で他の生徒にバレそうになったから隠れてて遅れた。由香の言った通り、控え室を出てフロアを覗くと生徒達で満員。その最前列には明石さんと愛本さんの姿がある。まぁ俺が二人には事前に伝えてたからなんだけどな。愛本さんはDJに興味あるみたいだったし、それならピキピキのライブを見せるのが一番だと思ったからな。
「それじゃあ待たせると悪いから行こっか。みんなも準備は良い?」
「勿論よ」
「いつでも大丈夫!」
「アタシもいけるよ」
全員準備万端でやる気マックスの最高のモチベーションだ。かく言う俺もテンションマックスだしな。他の生徒には悪いが、俺は特等席とも言えるフロアすぐ側で見学させてもらおう。
そして、俺を含めた全員で円陣を組んでから控え室を後にする。響子達がフロアに現れてからは声援とも悲鳴とも聞こえる声がフロアを揺らす。それほどまでにピキピキは人気だということだろう。軽いメンバー紹介を終えたピキピキが各々配置に着いてから、一度フロアは静粛に包まれる。流石は鍛え上げられた観客(生徒)だけあるな。こういう時にどうするべきかを全員が理解してる。最早ドルヲタ顔負けの訓練された兵達だな。
「それじゃあいくよ!!」
響子の合図とともに一気にフロアの熱気が上がる。一曲目に始まったのは俺の推し曲でもある"Gonna be right"である。浅く直訳すれば"まぁ大丈夫でしょ?なんとかなるべ"みたいな意味になるな。歌詞とか曲調とか諸々含めて大好きなこの曲に、響子達ピキピキの力が合わさって最高の作品となっている。身内贔屓になってしまうかもしれないが、やはりピキピキが学園No.1というのは間違い無いだろう。
『響子さぁーんっ!!』 『DJクノイチマジカッケェ!!』
「声援も全然負けてねぇな......」
短い間奏があればすかさず声援を送り、それに対してメンバーは一つ一つ丁寧に反応していく。絵空や由香であればダンスをしながら手を振ったり、響子なら目線を送るだけでも黄色い声がいくつも上がる。しのぶならDJのテクニックでフロアを沸かせる。
最前列にいる明石さんと愛本さんを見てみると、明石さんはしのぶのDJに釘付けになっていた。少し口が開いてぽかーんとしているが大丈夫だろうか。愛本さんの方は......うん、すっごいノリノリで楽しそうですね。今にもフロアに上がって一緒にダンスでもしそうな勢いだ。
「次でラストの曲だね!」
『えぇ〜』
「みんなありがと。今日はゲリラライブだったけど、来週にまたライブを予定してるから来てくれると嬉しいな」
『絶対行きます!』
今回のゲリラライブの主目的であった、次の本命のライブの告知がやっと終わる。生徒達の中にはライブを見ながら携帯を操作して、今週末の予定の確認をしている猛者なんかもいる。まぁそれもそのはず、本来であればピキピキのライブチケットの倍率は比較的高い水準にある。今日だってフロアに入りきれていないだけで、フロアの外で少しでも楽しもうと生徒がぞろぞろと集まっているのだ。その内フロアの改修工事とかした方が良いのかもしれない。
そして、最後の曲も終わり挨拶を済ませて控え室へと帰ってくるメンバー。戻ってきたみんなの額には大量の汗が流れており、ダンスをしていた絵空や由香は肩で息をしている。それでも観に来てくれている生徒達にはそんな姿は見せまいと平然を装っていたのだろう。少ない時間でもパフォーマンスの質を下げずに観客を魅了する。言うなればピキピキクオリティというやつか。
「お疲れさん」
「ありがと絢斗。ちゃんと見ててくれた?」
「勿論。相変わらずの人気で安心したよ」
「響子、2曲目の途中でちょっと走り気味だった」
「しのぶごめんね。ついつい気が乗っちゃって」
早くも反省点を洗い出し始めたしのぶ。だが控え室のソファに寝そべってするものでもないだろう。今は休むのが一番だ。
「取り敢えずは休憩な。言いたい事とかあるんだろうけど、体調崩したら元も子もないから」
「明石さんと愛本さんも見に来てくれてたわね」
「まぁな。俺が予め呼んでおいた」
「二人共楽しそうで良かった」
そう言って嬉しそうに微笑む四人。俺の我儘で決まったゲリラライブだったが、本番のライブの告知も出来たし響子達も満足そうで良かったかな。こうやって接してるとマネージャーみたいな感じだな俺は。
いずれはもっと大きなライブ会場やイベントでライブをするのだろうか。だったらその時にも今のような関係性を築けていれば良いんだけどな。......こんなたられば話はやめにして、取り敢えずライブ成功の余韻に浸るとしよう。
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もっと感想と評価くれてもええんやでぇ......