――2136年。人類は人口の増加による停滞期に陥り、世界中で食料不足や貧富の格差などの社会問題が発生していた。
誰もが変革を求め欲していた時代に、それは突如として現れた。
IS《インフィニット・ストラトス》
それはたった一人の少女によって開発された、宇宙空間での活動を目的としたマルチフォーム・スーツ。
その画期的な発明はCPUからセンサー類、装甲用の合金にいたるまでの全てが、従来のテクノロジーをはるかに凌駕しているものだった。
人々は手にしたそれをこぞって解析し、模倣し、量産した。
その結果経済、産業、物流、そして軍事力など現代のあらゆる情勢はほんの数年で一変し、本来であれば百年以上はかかるであろう科学の進歩は一気に繰り上がったのだった。
そして人類はその心の成長を待たずして、身に余る力を手に入れることになった――。
前にこの浜辺に来たのはいくつの時だったか。
曇り空の下、広い浜辺には人ひとり見当たらない。季節相応の肌寒い潮風が頬を撫でる。
この季節の日本海は荒れ模様も多く、海底の砂が巻き上がった海は濁り曇っていた。
(たしか午後から雨の予報だったかしら。)
現在私は在学しているIS学園の冬休みを利用して、地方に所有する別荘を訪れていた。
いくつか所有する内では比較的よく利用する場所で、子供の頃は長期連休になると訓練のために父に連れてこられた。この浜辺はそこから少し歩いた所にある。
波打ち際を眺めていたが、おもむろに手首に付けていたブレスレット型の端末を起動し、登録してある大学病院の電話番号にかける。
きっちり2コールの後に繋がる。
「すみません、更識です。いつも妹がお世話になっています。」
毎回同じあいさつから始まり、同じ経過を聞き、通話を終える。代り映えのない報告を聞くたびに、私はひどく陰鬱な気分になる。
最初の頃はもしかしたら何か変化があるのではないかと期待する時もあった。
しかし、一年経った辺りからは電話口の看護師の辟易が混じった声を聴くルーティーンに成り代わった
妹の更識簪が病に伏したのは5年前のことだった。
当時、抜きんでたISの才能を見込まれ、専用機の開発に明け暮れていた私がその報告をきいたのは、完成させた専用機を妹に披露すべく帰宅したときだった。
医者から告げられた病名は聞いたこともないもの。
日本人には前例が無く、確実な治療方法も不明。
ただ一つ確かなことは病魔が更識簪を
他人に聞かれたくない話ではあるが、今別荘を利用しているのは私一人だけで、わざわざここにきて電話をする必要はなかった。
ここまで足を運んだのは、部屋で一人で掛けるよりはいくらか気がまぎれるかもしれないという、なんとなくの思い付きだった。
しかし結局のところ、どこで電話を掛けようと同じなのだ。
そして、そんなことは私自身にも分かり切ったことのはずだった。
「何やってんのかしら、私」
自然と漏れ出た言葉。それは、この数年間常々思っていることだった。
その時、ひと際強い風が吹いてきた。
しばらく浜辺にいたので体もだいぶ冷えてきた。目的の電話も済み、ここに長居する必要もなかったので帰路に就くことにする。
ふと、少し離れた波打ち際に広がる奇妙な光景に目が留まった。
周りに散乱する、流木や夏の海水浴客が捨てたごみなどではない。何か人工物の破片のような物体が、大小様々に散ばっていた。
近づいて拾い上げると、それは所々錆びついた平たい金属片だった。
おそらく漂流してきたものであり、見たところこれ自体は何か珍しいものでもない。
しかし、同じような塗装の色をした金属片が多数散乱していることを私は奇妙に思った。改めて辺りを観察する大きいものでは2ⅿ以上のものもあり……。
「うそ……」
それは間違いなく人間の腕だった。
ひと際大きな金属片の陰に見つけたそれに一瞬衝撃受けるも、すぐに駆け寄り体にのしかかっていた金属片をどかす。
下敷きになっていた腕の主は、うつぶせで横たわる若い男性だった。
羽織っているコートは海水を含み重くなっていた為、仰向けにするのに難渋するも、すぐに呼吸を確認する。
「……まだ息がある。」
改めて確認すると呼吸、脈拍共に安定していて命に別状はなさそうだった。
ただあちこちに傷が見られ、体温も低下していた。すぐに濡れた上着を脱がして病院に連れていく必要があると判断し、コートを剥がす。
「――これは」
しかし隠れていた右足の傷を見た私は、それまで手際よく進めていた処置の手を止めた。
他人が見ればただの傷に見えただろう。ただし私にとっては違う。
その傷は私が手を止めるだけの“見覚えのある傷”だった。
生来、寝起きは良かったつもりの彼だが目覚めた時、自らの状況にいささか困惑した。
まず、いつの間にか着ていた浴衣にも、寝ている自分に掛けられていた布団にも、自分が寝ているこの和室にも覚えがない。
何故だか彼は記憶がひどく混乱し、寝る前の事が酷くぼんやりして思い出せなかった。
そのため眠りから覚醒したのは少し前だが、目を閉じたまましばらく様子を窺っていた。
しかし、誰が来るでもなく部屋の外にも人の気配がしないので、今はこうして身体を起こして周りを観察している。
畳の敷かれた部屋には和室らしく座布団やら高そうな壺やらが置かれているも、エアコンの空調が効いているしテレビもあった。こんな快適な環境で寝たのは、いつだったかイギリスを逃亡中に匿って貰った屋敷の時以来だった。
(それにしても、ずいぶん久しぶりに熟睡できた。ずっと寝ている最中だろうが気を張っていたからな。船に乗っている最中も寒さに耐えながら……)
「――ッ!」
そこまで思考が至り、ようやく眠る前の記憶を思い出す。
布団から飛び出し机の上にあったリモコンでテレビをつける。
用心のため、液晶に映像が映し出されると同時に消音してからチャンネルを変える。何度か操作を繰り返したのちに、丁度目当ての内容を取り扱っていたニュース番組で止めた。
『今月15日未明、日本海沖合にて入港予定の貨物船の積み荷の一部が爆発し貨物の一部が炎上する事件が起きました。尚この爆発による負傷者は無く、乗組員は全員救助されたとの……』
そこまで聞きテレビの電源を落とす。ひとまず負傷者は無かったようで彼は深く安堵した。
彼はこれまでの逃亡中も周りへの被害が無いよう最大限注意してきたつもりだった。
それだけに今回大勢の船員を巻き込んでしまった事は、彼にとって痛恨の極みだった。
(今回、日本への渡る為に船に密航したのも苦肉の策だったが、ISが出張ってきたからには、今まで以上に慎重な行動に徹する必要があるな。さもなければ
嫌な記憶と最悪な結末が頭をよぎり、思わず彼は舌打ちする。
経験上、この事を考え込んでも不快な感情が募るばかりだと分かっていたので、すぐに思考を切り替える。
今のニュースと自分の記憶からして妙な点があることに気が付いた。
甲板に出てISに囲まれたあの時、自分はイチかバチかで船の横から海に飛び込むためにハーフデッキを突っ切ろうとしたはずだった。
実際に彼は扉から走り出し、船から飛びでる一歩手前の位置までたどり着いたのである。
だが本来であれば、ハイパーセンサーを搭載したISの前では、とっさの動きも見逃さず瞬時に彼を蜂の巣にすることの可能な筈だった。
そうならなかったのはいくつかの幸運と不自然の産物。
彼を後ろから追い立てていた潜入部隊がかなり近くまで彼に迫っていたこと、それによりISが味方への誤射を恐れたこと、そして……。
(なぜか、爆発が起きて海に投げ出された……)
最初はISからの爆発系の武器を撃たれたものと思ったが、ニュースを聞く限り爆発は積み荷から起きたものだという。
普通、コンテナの中から爆発が起きれば破片が彼に直撃したはずだ、それに爆発が起きたのが積み荷の内部か外部なのかは、現場の破損状況を見れば間違えようが無い。
(捜査にあたった警察が隠蔽した?もしくは……)
しかし、そんなことを今考えても確かめようがなかった。彼はかぶりを振ってそのことを思考の隅に置く。
とにかくあの爆発で自分は海に投げ出された、そして何者かに救助されここで寝かされていたのだろうと彼は判断した。
(普通、日本じゃ救急隊を呼んで病院に連れて行くんじゃないのか?)
改めて自分の体を確かめる。
船で撃たれた右脚の傷は先程まで気が付かなかっただけあり、包帯こそ巻いてあるが痛みは無かった。
しかし、自分がどれだけの時間寝たきりだったのかは不明だが、身体の節々が鈍く痛み、ひどい倦怠感と吐き気が感じられた。
早いうちにここから出て目的地に向かいたいが、見たところ着替えや鞄は部屋に無い。
もっとも鞄に関しては海で流されてしまった可能性が高いため彼もあまり期待はしていなかった。
足音を殺してふすまに近づく。
開いて外をを覗くと、そこは吹き出し窓が続く廊下になっていた。
窓の外は松の木やら庭石やらに彩られた和風庭園になっており、垣根に遮られ家の外までは見えない。
時刻は昼頃だろうか、窓からは日差しが差し込み廊下は明るかった。廊下には誰もおらず、遠くから人の気配がすることもない。
まさか素性の知れぬ人間を放置して、住人全員が外出するとは考えにくい。
しかし、日中にも拘わらず外から喧噪も聞こえないこの家は、無人としか思えないほどに静まりかえっていた。
彼は耳をすましてみたが、自分の呼吸がやけに大きく聞こえるだけだった。
廊下に出ると、先ほどまで温い布団で包まれていた身体が冷たい空気に晒される。
体調は万全とは言えずもう少し体力を取り戻してから出発するべきだが、襲撃により時間を失った以上彼は早く目的地に向かおうと急いていた。
すぐに自分の着替えを見つけてここを出なければと、彼は家探しを始めようと一歩踏み出したところで……。
「目、覚めたんだ」
――静寂に差し込まれる凛とした声音。
緊張を悟られないよう、彼はなるべく自然に声の方を向く。
澄んだ空を思わせる水色の頭髪にワインレッドの瞳。
その女はやわらかな微笑を浮かべ、こちらの瞳を真っすぐに覗き込んでいた。
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投稿機能等々探り探りの第二話です。
彼の名前……。
忘れてるわけじゃないんです。
もう少しお待ちを。
それから投稿の進捗等々を報告する為にTwitter始めようと思います。
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