IS ULTRAMAN AGUL   作:青い人間

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第三話 天才より

 一瞬、彼は強い眩暈に襲われるも不調を悟られぬように平静を装う。

 

 彼が目の前の女を見て思ったのは、『美しい』という至極単純な一言だった。

 

 顔のパーツの全てが、およそ美人と呼ばれる人間にあるべき場所に収まり、各々が存在感を放っている。

 

 その完璧なまでの()()()()()は、どこか作り物地味ていて非現実的でさえあった。

 

 彼女の特徴的な水色の髪は長めのショートに切り揃えられ、サイドは外に跳ねていた。小顔でシャープな輪郭をしており、まつ毛は長く、くりくりとしたワインレッドの瞳はガラス玉のように透き通っている。肌は色白で、ともすれば血色が悪く見える程であったが、それすらも彼女の非現実的美貌に一役買っているようだった。彼女は白いオフショルダーのトップスに暗い色のパンツという服装。シンプルなネックレスを付けているだけでその他の装飾品は特に付けておらず、どうにも狙ったかのような清楚さが感じ取れた。

 

 

 

「身体の調子はどう?脚の怪我の方はもう大丈夫だと思うのだけれど」

 

 彼女はゆったりとした動きでこちらへ近づいてくる。

 

 物音一つたてず現れた女に、彼は強い警戒を抱く。彼女の色白の肌も相まって、実はこの女は幽霊なんじゃないかとすら思えた。

 

 彼は何も喋らずじっと彼女の目を見る。

 

「あら、私ったらいけない。起きたばっかりで貴方も混乱するわよね」

 

 彼女はたった今思い出したと言わんばかりに、ぽんと手を打った。

 

「貴方がこの近くの浜辺で倒れていたのを私が見つけたのよ。見たところ怪我してるみたいだったし、身体も冷えきっていたからここまで引っ張ってきてお父さんに診てもらったの。」

 

 彼は沈黙で続きを促す。

 

「私のお父さん関東の病院でお医者さんの仕事してて、傷の手当や点滴の取り寄せなんかも出来たから」

 

 彼は説明を注意深く吟味する。でき過ぎのような気もするが、一応の筋は通っている。

 

(これで闇医者がよくやる『怪しい傷について詮索をしない分の料金』でも請求されれば信憑性も増すがな……)

 

 相手の素性は勿論、ここがどこなのかすらも分からない以上、相手が悪意のある人間なら、喋っても相手の術中に嵌められる可能性が高い。

 

 彼は沈黙に徹して、彼女の所作を注意深く観察していた。

 

 人間の感情とは往々にして、本人の意思とは関係なく身体に出てしまうものである。

 

 それは身振り手振りだけでなく声の張りから相手との距離、多くの要素が感情と密接した関係にある。

 

 それらはノンバーバル・コミュニケーションと呼ばれ、古くから様々な研究がされてきた。

 

 例えば人は、相手よりも自分が優位に立っていると考えている場合、相手と視線を合わせる時間が長くなると言われている。その点、彼女は状況的優位な筈だが、彼と視線を合わせる時間が非常に短い。

 

 また、先程から彼女がしきりに人差し指で鼻の下を触れていることは、主に心配事の存在を表し、彼女がこちらの体調を気に掛けていることには一定の信ぴょう性があった。

 

 その他、複数の点を知識と照らし合わせてみても、彼女が脅威となる存在である可能性はかなり低いと彼は判断する。

 

 しかし、そうしている間にも彼は体の不調に襲われていた。

 

(こいつは問題無いとして、さっきからこの眩暈はなんなんだ……)

 

 隙を見せないよう努めて無表情を浮かべていたが、そのせいで顔に力が入っていたのだろう。彼女は仏頂面で黙りこくってる男に対し、次第に戸惑いの色を見せてきた。

 

「えーっと、もしかして私の言ってる事、信じられなかったりする?」

 

「……治療の件で礼が言いたい。父親は今どこにいる?」

 

 警戒の必要が無い以上、無闇に不安がらせるのも得策ではないと彼は判断し、ここで初めて彼女に喋りかけた。

 

 突き放すような口調だったが、それでも彼女は彼が話を始めたことがたまらなく嬉しいといった風に笑顔を浮かべる。

 

「ありがとう!でもお父さん今出掛けてて……夕方になったら帰ってくると思うわ!」

 

「他の家族は?」

 

「お母さんも今はいないし、家にいるのは私だけよ」

 

「(不用心だな……)今みたいに1人の時に、俺が起きてきたらどうするつもりだったんだ」

 

「お母さんには、失礼の無いよう応対しなさいって釘をさされてたわよ?」

 

「……お前の両親は急いで抑制帯でも買いに行ったのか?」

 

「いいえ?親戚のおうちに顔を出しに行ってるのよ?」

 

 この家の人間、少なくとも彼女は目の前にいる素性の知れない怪しい男が、自分に危害を加えるなど露程も考えていないのだろう。

 

 彼女は、何故彼がそんな事を聞くのかさっぱりといった風な顔でいた。

 

 医者の親を持ち、裕福な家庭でこれといった不幸もなく育った世間知らずの女の子―――。

 

 彼は目の前にいる女の人物像をそう捉える。彼は彼女に対する警戒が次第に馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 

 だがそこで、緊張を緩めたせいか、彼はいきなり強い眩暈に襲われた。

 

「ねぇ、まだ顔色が悪いようだけど……」

 

「……チッ。今日は何日だ?」

 

 彼はあまりの眩暈に舌を鳴らすも、そのまま心配の声を遮って質問した。

 

「3月17日、あなたを見つけたのが15日の朝だから丸二日寝ていたことになるわ」

 

 日付を聞いた途端、彼は眉をひそめる。

 

「俺はもうここを出る。着替えを返してくれ」

 

「でもあなたずっと寝たきりだったし、なんだかまだ辛そう。……もう少しここで休んでいった方がいいわよ」

 

 確かに、彼は二日間身体を動かせなかったこともあり、起きた時から体中が不調を訴えていた。

 

 彼自身は平静を装っているものの、傍から見てその身体の不調は明らかなのだろう。彼女は彼の身体支えるために駆け寄ろうとする。

 

 しかし、彼は右手を前に突き出し拒絶の意思を示す。

 

「これくらい大したことはない。それよりも着替えと、この辺りの地図があれば見せてくれ」

 

 先程の話通り打ち上げられたのが近くの浜辺なら、潮の流れからして目的地もそれほど遠くない筈だとと彼は推測する。

 

 しかし、移動手段が手に入らず目的地まで徒歩となると話は別だった。距離によっては日が変わる間際にたどり着けるかどうかといったところだろう。

 

 そのため、彼はここで休んでいるわけにはいかなかった。

 

「着替えなら、貴方が寝ていた部屋の押し入れに入れてあるけど……あ、ちょっと待って!」

 

 聞くが早いか、彼はおぼつかない足取りで押し入れに向かおうとする。

 

「ねぇ、急いでるのかもしれないけどやっぱり心配よ。」

 

 彼は彼女の言葉を無視する。他人の家だろうとお構いなしに押し入れを開け、中から自分の着替えを取り出した。

 

「足の傷だってまた開くかもしれないわ。お父さんが帰ってきたら車を出してくれるだろうから、今は安静にしてましょ?」

 

「なぁ、見たいのなら別に構わないが。気が済んだら地図を持ってきてくれないか?」

 

「ッ! もう!」

 

 彼女はそのまま足を鳴らしながら部屋を出て行った。

 

 足音が遠ざかったところで、彼は嘆息した。腹の内を探るためとはいえ挑発しすぎたかもしれないと、少しばかり後悔する。

 

 しかし、あの調子ではここを出ていけたとしても付いて来かねない様子だったので丁度良かったか、と気を取り直して着替えに取り掛かった。

 

「ん?」

 

 そこで服を掴む手が妙に痺れていることに気が付く。

 

(これは……)

 

 疑問の答えを思いつく間もなく、彼は足元がひっくり返ったような感覚に陥る。

 

 視界に映る景色にピントが合わなくなり、立っていられず膝をつく。そのままゆっくりと畳の床に崩れ落ちていった。

 

 

 

 しばらくしてから彼女が廊下から声が響く。

 

「ねぇ、着替え終わった?地図持ってきたわよ?」

 

 返事が無いので、彼女は不審に思った。そのまま部屋を覗き、畳の上で伸びてる彼を見つけた。

 

 まさか一刻を争うような容体かと一瞬身体が強張るが、彼の腹が飢餓に喘ぐ間抜けな音を鳴らすの聞き、彼女は深く息をついた。

 

「この人、どのくらい胃に物を入れてなかったのかしら……」

 

                

 

                    

 

 

 

 

 

 

「ふんふんふーん」

 

 芸術の都パリ、その夜明け前の冷たい風が女のハミングを運んでゆく。

 

 パリの観光名所エッフェル塔と言えど、もうすぐで日の出に差し掛かるこの時間では周囲の人影は少ない。

 

 ましてや地上276mに位置する展望台は、人ひとりいない無人の空間だった。

 

 しかしこの場において、時間帯などはさして関係ないのである。

 

 何故なら彼女がいるのは展望台の、さらにその()だからだ。

 

 そこには無数のアンテナが伸びているだけであり、強風から身を守る壁など存在しない。

 

 まさしく死と隣り合わせの空間に彼女はいた。

 

 そんな危険な場所にいるにもかかわらず、彼女はワルツでも踊るかのように、アンテナとアンテナの間をすり抜けていく。

 

 そして同時に彼女は手元で何やら作業をしているようだった。

 

 彼女は今、絵を描いていた。

 

 薄く紫がかった頭髪は腰の辺りまで伸びており、あちこちが跳ねて乱れている。肌の血色は悪く、化粧の類を一切していない事が分かる。しかし目じりが垂れたその瞳には、見つめられた者の骨の髄まで蕩かすような甘さを含んでいた。服装はタイトな黒いセーターの上に丈の長い白衣を身に纏っている。目立った装飾品は身に着けていないが、耳には白衣のポケットから伸びるイヤホンがついており、彼女が何かの音源を聞いていることが分かる。いかにも医者や科学者のような格好だったが、芸術の都を意識したのか頭にはベレー帽を被っており、それらがどうにもアンマッチだった。

 

 いや、アンマッチというならそれだけに止まらない。

 

 まず、ハミングとイヤホンから発せられる音源のリズムはまるで噛み合っていなかった。

 

 ハミングの調子が上がったかと思えば、足は空き巣に入る泥棒のごとくそろりそろりとした動きに。

 

 フラメンコのようなキレのある足裁きになったかと思えば、筆を動かす腕は流麗な線を描く。

 

 各々が切り替わるタイミングも、変わる方向性も全てがバラバラ。

 

 統一性のある動作は何一つとしてない。

 

 それは傍から見て居たら、とても奇妙な光景に見えるだろう。

 

 その無秩序な動きに不可解さ、あるいは何とも言えない不愉快さを感じるかもしれない。

 

 しかし実際のところ、この動作にはいちいち気にする程の深い意味は無い。

 

 まずこの動作は、絵を描くだけでは暇だった彼女がなんとなく身体を動かしている、貧乏ゆすりのような物なのだ。

 

 そしてなぜ貧乏ゆすりが、こんな器用で一貫性のない動作になっているのかは、実に単純な理由だ。

 

 動作に彼女の性格が出ているだけなのである。

 

 人間は誰しも、「明るい音楽なら激しい動きをするものだ」「青い色は冷たそうだ」といったように、この場合にはこうというカテゴリー分けを無意識にするものである。

 

 そして、より多くの人と共有出来るカテゴリー分けの線引きを『一般的な感性』と呼ぶ。

 

 彼女はその『一般的な感性』というものが著しく欠落していた。

 

 彼女は固定観念という物を持たず、発想は決して常識に捕らわれない。

 

 言い換えれば彼女の思考回路は完全にフリーダムな状態なのだ。

 

 100人が青黄色の次は赤と言い張ろうが、彼女の回答は色以外の物を指すかもしれない。

 

 80億人が空の下は海と陸と断言しようと、彼女から見る空には上も下も無いかもしれない。

 

 彼女はどんな過程でも結果を決めつけはしないのだ。

 

 物事を秩序立てて型にはめる事を嫌い、乱雑と自由を当然とする。

 

 聡明叡智にして理解不能。

 

 IS開発者篠ノ之束(しのののたばね)とはそういう女だった。

 

 

 

「そういえば、そろそろ助手君は目覚める頃かね……?」

 

 ふとそう言いながら、彼女はキャンバスから顔を上げる。

 

「ん~最後に監視衛星から確認した時には、変な女にお持ち帰りされてたけど……ま、助手君なら上手くやり過ごすか」

 

 そう言って彼女は再び筆を動かし始める。

 

 

 

 10年前、各国の政府機関によって全世界同時にその存在が公表されたIS。

 

 現代科学の粋を集めたとしても、実現不可能とされるような技術をいくつも搭載したそれを、博士号も持たない無名の女子高生が開発したという事実に、少なからず疑いの声も出た。

 

 しかし、そんな声が出たのも政府の発表後に行われた学会発表までのことだった。

 

 篠ノ之束本人の希望により途中質問可能という異例の技術発表だったが、それはISの技術力とは別に、世人が到達しえない絶対的天才がいる事を世界に知らしめる事になった。

 

 発表は、束が当時の科学ではまだ使われていないような単語を交えて解説し、その度に出てくる各分野のエキスパート達の質問に即答しては、彼らが驚きの表情を浮かべながらも納得して着席する、その繰り返しだった。

 

 確かに、途中質問可能の形式でなければ、誰も内容を理解できるものではなかっただろう。

 

 一連の光景は、最早発表というよりは講義に等しかった。

 

 オリンピックなどの実力を比べる趣旨では無かったが、この発表により彼女こそが人類史上最も優れたの頭脳の持ち主である事は証明されたも同然だった。

 

 無論、そんな存在を世界が放っておくはずが無い。

 

 国や企業果ては宗教などのあらゆる組織が彼女の身柄を手に入れようとし、現在彼女は世界中から追われる身となっている。

 

しかし、こんなところでのんきに絵を描いているところからして、彼らの努力が未だ実ってないことが伺える。

 

 

 

 不意に、足元に気配を感じ彼女は視線を向ける。

 

「お、設置完了かな?」

 

 そうつぶやいた彼女の足元には何もない。

 

 否、一見すると分かりずらいが狭い足場の一部に、空間が奇妙に歪んで見える箇所があった。

 

 15㎝程の歪んだ空間は、足場の色から徐々に元来の色に戻っていき、輪郭をあらわにする。

 

 それは、束がとある作業の為に放っていた機械仕掛けのカメレオンだった。

 

 カメレオンは彼女の白衣をよじ登り、そのまま愛玩動物よろしく肩にちょこんと鎮座した

 

「こっちもあと少しで…………よ~し! これで完成だねぇ~!」

 

 完成した絵は良く言えば抽象的、悪く言えば高熱にうなされる幼稚園児が描いた、家族の似顔絵のような出来栄えだった。

 

 そして彼女は、なんの未練も無しに絵を画材と一緒に足場の外に放り投げた。無論、違法行為だ。

 

 彼女は耳からイヤホンを外し、丁寧に古い音楽プレイヤーに巻き付け始めた。

 

「あれから3年。まるで時間が止まっているみたいに長く感じられたけど、ようやく始まると思うと不思議と一瞬だった気もするよ。……今日、逃げ続けるばかりだった君の人生は転機を迎える。プレゼントをどう使うかは任せるけど、しっかり見届けさせてもらうよ。」

 

 巻き終わった音楽プレイヤーをポケットにしまい、物憂げに目を細める。

 

「気に入ってくれるかな……」

 

 それはまるで、想い人に囁きかけるような声音だった。

 

 彼女は目をつむって、気を取り直すように一つ息をつく。

 

「しっかし意外だねぇ~」

 

 夜が明け、暗い空に橙色の絵具が少しづづ混じっていく。街が目覚めてゆく光景を見下ろして、彼女はつぶやいた。

 

「散りゆくとしても、憐憫すら湧いてこない……」

 

 

 

 

 




三話読了ありがとうございます。

ISよりあの天才博士が登場です。
こっちでは天災ではなく天才として書いていくつもりです。
つまりキャラ変が激しいという……。

読書の方々に気に入ってもらえるような子に育てていければなぁ、と思います。
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