IS ULTRAMAN AGUL   作:青い人間

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第四話 温いそうめん

 ――――空は息の詰まるような分厚い黒雲に覆われていた。

 

 発展した科学を誇示するようなあの近未来的な街並みは、木造りのハリボテだったかのようによく燃えている。

 

 気が付くと俺は夢の中にいた。

 

 よく同じ見る夢という事ではない。

 

 しかし、すぐにこれが夢だと気づいた。目に映るほとんどが今ある筈のないものであふれているからだ。

 

 そう、周りはあり得ないものばかり。

 

 静かなモーター音で街中を飛び回っていたホバーカーはあちこちに乗り捨てられ、先ほどから盗難防止用のブザーをけたたましく鳴らしている。

 

 俺にはイマイチ造り手のセンスが理解できなかった前衛的デザインの高層ビルも、今はかがり火として街を明るく照らしている。

 

 ISの誕生により科学は飛躍的発展を遂げたとはいえ、流石にここまでSF映画じみた街はまだあるまい。

 

(宗教家達のいう地獄とか、黙示録的っていうのは、こういうものなんだろうな)

 

 そんな考えがぼんやりと頭に浮かんできた。

 

 現実であれば危機的状況と言えるだろう。

 

 しかし、夢の中と分かっているからなのか心はひどく落ち着き払っていた。

 

 周りは炎に囲まれているものの、どこか別の場所、遠い国の出来事のように感じられる。

 

 俺は視線を正面に向けた。

 

 こんな悪い冗談のような夢の世界に、ただ2人だけ、やけにリアリティを感じる存在がいた。

 

 1人はボロボロの黒いスーツを着て、がれきの上に横たわっている。白衣姿のもう1人はその前に立って、いつもと変わらない甘ったるいたれ目でこちらを見つめている。

 

 それはどちらも見知った女性で、俺にとってなによりも大切な二人だった。

 

 白衣の彼女は何も語らない。俺はただなんとなく、あの人はこの惨状を俺に見せつけているような気がしていた。

 

 侮辱され、踏みにじられた己の、復讐の正当性を問いかけているのだと。

 

 スイスの心理学者ユングの説によると、夢とは見ている者の深層心理を表すといわれる。

 

 それによるならば、この夢は俺が無意識のうちに考えていた光景ということになる。

 

 俺はつまらないものを見た時のような気分になり、顔をしかめた。

 

 こんなことを考えていた自分の無意識とやらに、心底嫌気がさしてきた。

 

 不意に、先ほど出会った女の声が聞こえてきて、この夢は終わることになる。

 

 けれど、俺がこの先を見続けたからといって、倒れているもう一人の女を助けられた訳ではないし、白衣の女にかける言葉も見つからなかっただろう。

 

 

 

 

 

 

 ずずっ…………ずっずずずっ……。

 

「ごめんなさい、そうめんってほんとは夏に食べるものなんでしょうけど。私が作れそうなのこれぐらいしかなくて」

 

「ん……」

 

 ずずずずっ……。

 

 彼女の謝罪をてきとうに聞き流して、彼は勢いよく麺をすすった。

 

 起き抜けの彼を出迎えたのは、安っぽいプラスチックのざるに盛られた大量のそうめんだった。

 

 すでに自分の服に着替えた彼は、隣の台所で軽く片付けをしている彼女を差し置き、先に食べ始めていた。

 

 確かに冬にはあまり食べないかもしれないが、軽くてさっぱりしているので、久しぶりに胃に入れるものとしては正解だった。

 

 つゆは彼の胃を気遣ってか少し温くしてあった。

 

 市販の物らしいが、空腹だったためどんどん箸が進む。彼はざるに盛られていた麺の一塊をほとんど一口でたいらげていく。

 

「おかわりがいるならまた茹でるから言ってね」

 

 そう言いながら、台所から戻った彼女は机の向かい側に座り、自分も食事を始める。

 

「いや、これだけ食べれば十分だ。食事まで世話になって悪いな」

 

「……そんな、これぐらいしか用意出来なくて恥ずかしいくらいよ。普段はお母さんが料理してくれるからレパートリーも少なくて」

 

「そんなものだろ」

 

 元々彼がかなりの勢いで食べていたところに彼女も加わり、大量にあったそうめんの減りは一段と加速した。

 

「そうかしら。でもあなたもお嫁さんに貰うなら、やっぱり料理出来る人の方がいいでしょ?」

 

「別に」

 

「飛びっきり不味くても良いの?」

 

「特にこだわりは無い」

 

「ふーん結構寛容なのね」

 

「家事は女がするものなんて考えは昔の話だろ」

 

「確かにそうかもしれないわ。最近は女尊男卑なんて言葉も聞くものね」

 

「……そういう意味を抜きにしてもだ」

 

「なら、貴方が料理出来たりするの?」

 

「いや」

 

「……それでいて相手も出来なくていいのね」

 

「食事は栄養が取れればそれでいい」

 

「あー、こだわりは無いってそう言う事」

 

 それから少しの間二人は黙って麺をすすり、また彼女の方から話し始めた。

 

「ねぇ?今更なんだけど、なんであなたあんなところで倒れていたの?」

 

 彼それまでよりも幾分かゆっくりと咀嚼してから答えた。

 

「……色々あったんだ、あまり詮索するな」

 

「えー、気になるわよ。あなたを見つけた時、周りに船の破片みたいなのが沢山落ちてたわよ?あなた最近ニュースでやってた爆発した貨物船に乗ってたんでしょ?当たり?」

 

 彼は口に運ぶ途中だった箸を止め、目の前の女を見た。

 

 彼女はこちらの視線に気づかず、食事を続けている。空腹で倒れる前と同じ髪、同じ服装だが僅かに違和感があった。

 

 同一人物ということに間違いは無い。

 

 しかし、なんとなく最初とは像がぶれるような、まるで別人を相手にしているような感覚があった。

 

「詮索するなと言ってるだろ」

 

「言い方がダメ、さも何か秘密がありますって言ってるようなものよ。あ、そー言えば私貴方の名前まだ聞いてなかったわね。ねぇお互い自己紹介しましょ?」

 

 彼女は明らかに今までと違い、こちらの目的や経緯を探る質問に踏み込んでくる。

 

 そして彼は彼女が踏み込んだ質問を始めたのが、自分が出されたそうめんをたべ始めてしばらくしてからだということに気が付く。

 

 彼の違和感は徐々に確信に変わっていった。

 

「お前、そんな喋り方していたか?」

 

「ん~?()()()変えてないけどねー。あ、最後のもーらい!」

 

 彼女はゆっくりと咀嚼し、食べ終えてからごちそーさまと手を打った。

 

 

 

「つゆ美味しかった?」

 

 

 

「お前……ッ!」

 

 彼は素早く立ち上がり、彼女と距離を取る。憎々し気に先ほどまで自分が使っていたつゆに目をやった。

 

「ふふっ、冗談よ。毒なんて使わなくても、あなたと交渉するだけの材料はもう握ってるし」

 

「なんだと?」

 

 彼は今度こそ油断なく彼女の一挙一動を観察した。

 

 先ほどまでの世間知らずのお嬢様は見る影もなく、むしろその手の人種を誑かす性悪女がするような意地の悪い笑みを浮かべていた。

 

 彼女は自分がポケットに手を入れる。

 

 それだけで身構える彼に、警戒しすぎよとぼやきながら一通の手紙を取り出した。

 

 それは彼が恩師から送られ、大切に持ち歩いていた手紙だった。

 

 着替えた際にポケットから無くなっていることに気付いていたが、海で漂流中に無くしたものだとばかり思っていた。

 

「これ読ませてもらったわ。『3/17までに 新潟港 佐山倉庫へ』最低限の情報しか書かれてないのは、こうやって謎のお姉さんに読まれた時のためかしら?」

 

 それは書いた本人の性格ゆえの物なのだが、彼は黙って話の続きを聞いた。

 

「行先が分かったならあとは簡単。あなたが無理にでも行こうとするなら、警察をそこに向かわせるなり騒ぎを起こして邪魔するわ。もし私をここに拘束しても、しばらくしたら私の仲間ここに来るから無駄。なんにせよ私の要求を聞いてくれなければ、貴方は穏便にここに向かうことは出来ないってこと」

 

 彼は平静を装いながら口になかで歯噛みをした。騒ぎを起こされれば当然自分を狙っている奴らの目を引くことになるのは間違いない。

 

それは何としても避けたい彼は、瞬時に頭の中でブラフを組み立てていく。

 

「別に構わない、怪しいことをしようってわけじゃないんだ警察が来ても正直に話せばいい」

 

「その割には私のこと随分警戒していたようだけど?」

 

「それは極秘の仕事の途中だったからだ」

 

「仕事?」

 

 彼が眠っている間に調べようはいくらでもある、かなり苦しい賭けだった。

 

「そうだ、俺があの船にいたのは日本のある商社と取引をするためだ。このことはうちの役員の中でも一部の人間しか知らない。そんな身で爆発事故が起きて見ず知らずの女に拾われたと来た、警戒するのも当然だろ?」

 

「ニュースでは乗組員の行方不明者なんて無かったわよ?それに調べてみたけど乗組員に日本人の名前は無かった」

 

「父方の家系が中国なんだ、なんなら中国語でも喋れる。ニュースに関しては知らないね、大方うちのお偉いさんが圧力でもかけたんだろ」

 

立て続けの質問で誤魔化すつもりだったのかもしれないが、彼は冷静に対処する。

 

 爆発事故という不測の事態後の対応を把握しているとしたら違和感がある、後半をぼかしたのはあえてのこと。前半は実際に中国語を喋れるが故の脚色だった。

 

だが、彼女は机に頬杖をついて勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「ん~及第点ではあるけどまだまだわきが甘いわね」

 

「何のことだ?」

 

「目を覚ましても暫くは寝たままのふりをして相手の様子を窺う、沈黙に徹して相手のボディ・ランゲージの観察、機転も利くようだしその点は褒めてあげる」

 

「……それはどうも」

 

「でも、一度自分に害はないと判断しただけであそこまで油断するのが駄目。全体的に知識はあるけど、それに頼りきってるって感じ。今まで人に騙された経験が少ないのかしら?」

 

「……」

 

「乗組員に日本人がいなかったってアレは嘘。長い航海で20人程度の同僚の名前も知らなかったなんて事は無いわよね?」

 

 彼は自分の迂闊さに思わず舌打ちをした。

 

「まぁ今回は状況把握できる時間に差がありすぎるし、仕方なくはあるけどね。これからは清純そうな女の子でもころっと信じちゃだめよってこーと♡」

 

つまり彼は起きてから今に至るまで彼女の手のひらで踊っていたということだった。

 

そんな状況と彼女のひとを食ったような喋り方も相まって、彼は苛立ちを隠さずに言い返す。

 

「それで……偉そうに人を評価するのは勝手だが、お前は結局何がしたいんだ?はっきり言って、お前に俺の邪魔をする理由は無いだろ?」

 

「もう……拗ねないでよ。私、貴方の敵じゃないわよ?むしろ協力できるかもしれないわ」

 

「協力?」

 

 そこで、彼女の雰囲気は再度ガラリと変わる。

 

今度は先程までと違い、真剣な表情で真っすぐに彼の瞳を見つめていた。そしてその口から出たのは意外な言葉だった。

 

 

 

「手紙の場所に着くまで、私があなたを守ってあげる」

 

 

 

 

 

 




読んでいただきありがとうございます。

彼女の本性がだんだんあらわになってきました。(勿論二話で登場したあの人ですがここでは『彼女』と呼びます)
原作でも魔性のお姉さんって感じのキャラだなぁと個人的には思っていたので、その辺はあまり変えてませんね。

理由は後々に説明しようと思うのですが、ISヒロインの中で一番好きなのは彼女だったりします。

お気に入りのキャラですし、頑張って彼女の魅力を表現していきたい……。

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