IS ULTRAMAN AGUL   作:青い人間

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第六話 元ブリュンヒルデ

「……分かった、いやこっちの事は気にしなくていい。じゃあ」

 

 繋いでいた電話を切る。そこで織斑千冬は息をついた。

 

 緩やかなカーブを描く海沿いの道、静かな運転で進む軽自動車の助手席に乗り彼女達は予約したホテルに向かっていた。

 

「更識さんからですか?わざわざ東京から来てくれたのに、悪い事しちゃいましたね」

 

 そう申し訳なさそうな声音で話かけてきたのは、運転している山田真耶だった。彼女達は教員として所属しているIS学園の同僚同士であり、今も仕事の一環として地方で開催される講習会に講師として共に参加する予定だった。

 

「いや、そうでもない。なんでもこっちで急用ができたらしく、断りの電話のつもりで掛けてきたらしい」

 

 そういって千冬は電話がかかってくる前と同じく助手席側の窓に顔を向け、後方に流れゆく景色に目をやる。

 

 外には広い砂浜が続いているが、まだ肌寒いこの季節では海も荒れており、人一人見当たらない。

 

 予定ではこの時間、彼女は当初の目的である講習会の檀上で『IS飛行におけるフレキシブル軌道運動の基礎』について語っているはずだった。

 

 しかし、この近くの近海で起きた貨物船の積み荷爆発事件という、一見講演会とは無関係の事件により状況は一変した。

 

 実際、二日前に彼女達が東京でこのニュースを聞いた時には、そういえば会場から近い場所だな、という認識でしかなかった。

 

 だがこの爆破した積み荷というのが、実は二人の前に行われる講話に使う機材だったことが発覚したのである。

 

 確かな爆発原因も依然として不明らしく、講習会に参加する人間を狙ったテロの可能性もあるため、講習会は中止という判断が下された。

 

 かくして、高速で四時間かけて来た二人だったがつい先ほど決まったというその話を現地で聞かされ、その足で既に予約していたホテルに早めのチェックインをしに行く最中なのであった。

 

「更識は元から、講習会の手伝いが無くてもこっちにある別荘に用があったんだ。急用とやらもこっちでできた物らしい、案外丁度良かったかもしれないぞ」

 

「そうだといいんですけど……」

 

 そう言う山田の顔は浮かばない。

 

 少し前まで彼女は、自分が携帯を切っていたせいで中止の連絡が来なかったと、千冬に謝り倒していたが未だに気にしているようだった。

 

(どうにも、この同僚は私に対しては卑屈になるな)

 

 千冬としては、これ以上陰鬱な空気のまま二人でいるのは勘弁してほしかった。

 

 これ以上引きずられても迷惑だったので、彼女はなんとか公演の話から逸らすことにする。

 

「そういえば、更識が頼まれた仕事を断るのは珍しいな」

 

「あ、確かに!更識さんって仕事は完璧にこなすタイプですし。頼んだ仕事を断るなんてこれが初めてじゃないですか?」

 

 話題に食いついてくれたようでなによりだが、実際のところこの事は千冬も不思議に思っていた。

 

 更識楯無という生徒は、どんなに難しい仕事も命令とあれば実直に遂行し、確実に水準以上の成果を上げる所謂優等生である。

 

 予定が重なるなどして事前にというケースを除けば、頼んだ仕事を途中で断られる事など今までなかった。

 

 それは仕事の大小関係なく、今回のような簡単な手伝い程度でも変わらない。

 

「ひょっとして、男の子関係だったりするんでしょうか!」

 

「……いや、あいつのプライベートなんて聞いたこともないが、普段からあの激務をこなしていて男がいると思うか?そもそも遠方に出ていて男がらみの急用ができるものだろうか」

 

 更識は彼女達より先に何日か前から現地入りしていて、所有する別荘で用事を片付けてから会場で落ち合う予定だった。

 

 そのため今はこのそのため車内にいないが、実はまだ東京にいるなんてことも無い。

 

「それは勿論、旅先で出逢った男の子とのラブロマンスですよ!」

 

「……あぁ、そうかもしれないな」

 

 またこの同僚はおかしなことを言いだしたなと、千冬は密かに嘆息した。

 

 千冬にとって山田真耶という女は、職場の誰よりも勤勉であり、最も信頼できるパートナーといっても過言ではない。

 

 しかし時として彼女は夢見がちな、白馬の王子様を信じる少女のような発言をする。

 

 だが、色恋沙汰とは無縁の人生を歩んできた千冬にとってその手の話題は、適当に話を合わせる事にすら自信がなかった。

 

 今も、学生時代も、千冬は周りの何倍も多忙だった。その苛烈なまでの半生には男と遊んでいる隙間など一ミリ足りともなかったのだ――。

 

 

 

 

 

 

 『()ブリュンヒルデ』

 

 それが今の織斑千冬表す肩書である。

 

 全21ヵ国が参加する、ISによる対戦の世界大会である『モンド・グロッソ』。国内大会を制した選りすぐりの実力者達が、地上最強の機動兵器と謳われるISを用いて戦うこの大会。

 

 実質、人類最強と言えるその優勝者に与えられる称号が『ブリュンヒルデ』である。

 

 しかし、世界大会とはいうものの、これまでの開催は2回のみとモンド・グロッソの歴史はまだ浅い。

 

 今でこそ近接や射撃等の種目別の試合に分かれ、ルールや出場規定など見直しも形にはなってきているものの、千冬の参加した第一回は出場選手は各国からそれぞれ1名ずつという少人数であり、危険行為のみを禁じた総合格闘技のような有様だった。

 

 そのため開催前は、本当にこれで人類最強が決まるのかと疑問に思う声も少なくはなかった。

 

 だが、千冬はそれらの疑問を完璧に打ち砕いてみせた。

 

 世界でもレベルが高いとされていた日本の国内大会だったが、千冬はすべての試合をただの一撃も食らうことなく勝ち上がり、優勝候補としてその名を世界中に轟かせた。

 

 当然モンドグロッソでは、他国の選手は対オリムラ用の作戦や装備を用意してくるため、誰もが千冬の苦戦を想像した。

 

 だが、ふたを開けてみればそれらの対策も、千冬の前では激流に飲まれる藁にも等しい無力だった。

 

 接近格闘術や機動技術など、すべてにおいて他の追随を許さない圧倒的実力により千冬は二位以下をねじ伏せた。

 

 その時、世界中の誰もが認めることになった、織斑千冬こそが人類最強の存在であると―――。

 

 

 

 

 

 

 窓の外に顔を向けていた千冬は、ちらりと運転席に目を向けた。

 

 先程の恋愛話は、なぜ自分には浮いた話が無いのだろうから一転、今は再び自分の不甲斐なさを嘆く、ナーバスに突入している。

 

 千冬は同僚のこの、ころころと表情が変わるところを密かに気に入っていた。

 

 

 

 

 

 

 無論、千冬も簡単にそれだけの実力を手に入れた訳ではない。

 

 苛烈なまでの鍛錬とそれを実行する決意があってこそ、千冬はその力を手に入れられた。

 

 千冬の半生はISと共にあったといっても過言ではない。

 

 

 

 

 

 

 再び千冬は窓の外に目をやる。だらだらと続く浜の景色など、彼女は既に見飽きていた。

 

(山田君も、私より優秀な所がいくらでもあるのだから、卑屈になるようなことは無いと思うのだがな……)

 

 千冬は無意識のうちに、自らの脚をさする。

 

(まぁ、今となっては……ISも私より乗りこなせるだろうな)

 

 空は厚い雲に覆われ、その向こうの青さなど微塵も感じさせない。

 

 隣にいる同僚の話は耳をすり抜けていくばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 刀奈との舌戦の後、藤宮は彼女と地図を確認してルートを軽く擦り合わせ、屋敷を出発していた。

 

 現在は目的地まで車で移動中である。

 

 運転は刀奈、藤宮は万が一敵に顔を見られる事を恐れ、後部座席で寝転んでいた。

 

 刀奈と言えば、流石にオフショルダーでは寒かったのか家を出る前に着替えており、現在は紺色のブラウスに白いダウンコートを羽織っていた。

 

「ごめんなさいねー、古い車だから結構揺れるでしょ?酔いそうになったら教えて頂戴」

 

「いや、平気だ。しかし今どき日本でガソリン車に乗るとは思わなかったな」

 

「でしょー?燃料も市販じゃ売ってないから、車好きの人が個人輸入したのを売ってもらってるのよ。ちなみにこれはコレクションとかじゃないわよ、あの屋敷もう使ってない別荘だからこれも車庫で眠ってたってだけ」

 

 整備してあるのか等は藤宮も気にはなった。しかし元々は公共交通機関を利用なかったのは、一般人を巻き添えにする事を危惧した彼の都合なのだ。よって、とくに不満を言うつもりはなかった。

 

 寝たまま窓の外に視線を向けると、木々の切れ目から射してくる日光に少し目がくらんだ。

 

 現在の時刻は午後一時半。屋敷から目的地の港までは、この山道から都市部へ向かいその先の工業地帯を抜けていくという道筋で、順調にいけばあと1時間とかからずに到着できる。

 

(問題はどこでこの女を撒くかだな……)

 

 表面上は普通に会話している藤宮だが、腹の内では彼女を出し抜く策をめぐらせているのだった。

 

「ねぇ?着いたら分かることだしもう聞いちゃうけど、なんの為にその倉庫に行くの?」

 

「手紙に書いてある通りだ、お前も読んだだろ」

 

「ん?時間と場所しか書いてなかったけど?」

 

「そうだ、つまり何故その倉庫に行くかは俺にも分からない」

 

投げやり気味に藤宮は答えた。

 

「え?あなた、自分で目的も知らないのに向かってるってこと?」

 

「強いて言うならその場所に行くってことが目的だな」

 

 恐らく刀奈の最初の質問には言外に「銃で撃たれてまで」という意味も含んでいただろう。

 

 その事は藤宮も察してはいたが、実際に目的を知らされてないのは噓偽り無い本当のことだった。

 

 必要の無いところで噓は付かない。それは洞察力に長けた刀奈に対して不用意な噓は、逆に怪しまれる元だと判断した藤宮の対抗策でもあった。

 

(思うに、この女が先程からぺらぺらと喋っているのは、こちらの緊張を解き自分を信用させるつもりなんだろう。ならば逆に、俺が策に嵌り自分を信用したと思わせればそれ以上の手段を取らない筈だ。そうして目的地に着く直前でこの女を撒けば、邪魔をされる心配もない……)

 

「その手紙を出したのは、俺にとって恩人のような人だ。だから行かなければならない」

 

「……ねぇ?あなたってここに来るまでに割と無茶して来た訳でしょう?それを踏まえると、今結構危ない考え方を喋ってると思うのだけれど自覚はある?」

 

「あるさ、別に盲目的になってる訳じゃない。だが実際にあの人は俺の何倍の賢いんだ。従っておいて間違いは無い」

 

「ふーん、そっか。その人のこと信頼してるのね」

 

 とは言うものの、刀奈も内心では彼の答えを全く信用していなかった。

 

 藤宮の答えは、目的を隠したいが為に作った出まかせという線も充分に考えられた。だから彼女は最初から、この質問で真実を聞けることは全く期待していないのだった。

 

 それは単に全く気にしないのも不自然だと思っての質問だった。

 

(どうも、まだ私の事警戒してるようなのよね。別にそれでもいいんだけれど、彼いざって時に大胆な行動に出そうで怖いし……最悪、また昏倒させちゃおうかしら)

 

 出会ってから数時間、半ば刀奈の脅迫により出来上がったこのコンビだが、その間に信頼や絆といったものが産まれる様子はない。

 

 交わされる会話は全て、相手の出方を窺うけん制のような物だった。

 

 お互いがそうならないように意識している為ギスギスしてはいないが、表面上の会話だけに空虚なものだった。

 

 

 

 ふと、藤宮は身体を起こして後部座席の窓から外を覗く。

 

(そろそろ通るか……)

 

 それは更識邸で地図を確認した際に、気になった点を確認する為の行動だった。目的の地点に差し掛かり、そちらに目を向ける。

 

(やはり林の中……か)

 

「ん~?どうかしたの?」

 

「いや、同じ体制で疲れただけだ。なんでもな……」

 

 不意に、車から聞こえた異音に気づき言葉を切る。

 

「あら?」

 

 刀奈も異常に気づいたようだがその直後、再度異音が聞こえて唐突にエンジンが急停止した。

 

「あ、あらら~?」

 

 当然の事ながら、動力を失った車は物理法則に従いゆっくりと減速していく。

 

 そして、路肩に入ったところで遂に力尽きた。

 

 刀奈はエンジンを再始動すべくキーを捻るも、セルが回る音が虚しく響くだけだった。

 

 何度か試した後に、エンジンがかからない事を察すると諦めたのか、刀奈は神妙な面持ちでシートにもたれかかる。

 

 ここは街からまだ距離のある山道、他の車が通る様子は無い。

 

エンジンが切れた車内は重い沈黙に包まれ、互いの息遣いだけがやけに大きく聞こえた。

 

「……なぁ?」

 

「待って、言い訳させて頂戴」

 

「いや、こっちが先だ。お前さっきあの屋敷はもう使ってない別荘だと言っていたが、この車何年放置していた?」

 

「えーと…………10年くらい、かなぁ」

 

「……だろうな」

 

 このまま寝ていても、仕方がないと判断した藤宮は、車を降りてエンジンルームを見に行く。

 

「お前は、周りを警戒していてくれ」

 

「ねぇ?怒ってる?あとこれ治るかしら?」

 

「さぁな、工具は積んであるか?」

 

「あ、持ってく」

 

 トランクを開けて中を確認する。ライトで照らすが配線等の断線は見当たらなかった。

 

(異音は二度あった。一度目は何かモーター音のようだったが……)

 

 原因と思しき場所を確認する、古さは感じるが特に異常は無かった。一目で分かるような不具合ではないらしく、藤宮は工具を使い、手際よくパーツを取り外し始める。

 

「機械とか詳しいの?」

 

「前に発展途上国にいた頃もあったが、むこうじゃガソリン車はまだ現役だ。これぐらい出来ないと不便だったからな」

 

 藤宮は各部を確認しながら応える。

 

「へぇ……そうなの。ねぇ?あなたの職業ってもしかして、世界中を旅して回ってる冒険家!とかだったりする?」

 

「だから詮索するなと言ってるだろ……分かったぞ、これだ」

 

 工具でカバーなどを外した結果、遂に見つけた原因、それはエンジン内にあるベルトだった。

 

「タイミングベルトが切れてバルブクラッシュしている。まぁ経年劣化のせいだろうな」

 

「それ……分かりやすく言うと?」

 

「致命傷ってことだ」

 

 藤宮は早々に修理を諦め、外した部品もそのままにバンパーを閉じる。彼は眉間にしわを寄せて、今後の方針を練り始める。

 

 本来であれば、あと一時間程で目的地に到着していただろうことを考えると、この時間のロスは大きい。さらに、巻き添えを防ぐために歩いて向かうとなれば、当然敵に発見されるリスクも高くなるだろう。

 

 しかし今日中にたどり着くには、今から新しい移動手段を調達していている時間は無い。苦肉の策だがすぐにでも徒歩で向かう必要がある。

 

 そこまで考えたところで、藤宮は気づかれないように刀奈に視線を向ける。

 

 彼女は自分で直そうとしているのか、ベルトをガチャガチャと弄っていた。

 

 護衛を買って出た彼女だが、その協力が自分にとって追い風となっているのかというとそうでもない。彼女といると一進一退を繰り返すような歯がゆさを感じてならなかった。

 

 無論、それが刀奈が意図しての事だという確証は無い。彼女を問い詰めた所で根拠の無い押し問答になるだけだろう。

 

 正直なところ、一刻も早く彼女を撒きたい藤宮だが、今は共に行動せざるを得ないのだった。

 

「ここからは歩いて向かう、車は置いていくが構わないな?」

 

「えぇ、それはいいのだけれど……ごめんなさい、私あなたを守るなんて言いながら」

 

 屋敷で啖呵を切った手前、責任を感じているのか、刀奈は伏し目がちに謝罪する。

 

「気にしていない、とにかく急ぐぞ。こんな山道を歩いているとかなり目立つ」

 

「あ、そうね。……ねぇ?街に入ったら私が道案内していいかしら?車じゃ通れないような人目に付かない道なんかも知ってるの」

 

 失態の穴埋めをしようとしているらしく、食い気味に刀奈は提案してくる。

 

 藤宮の方も、いつまでも気にされるのは迷惑だったので了承する。それに、もしも目的地から外れた道を行こうとしたら察知するだけの自信が藤宮にはあった。

 

「ねぇ?地図は持っていかなくていいの?私はいいけど、あなたは念のため持っておいた方がいいんじゃないの?」

 

 歩き始めようとした藤宮に刀奈は助手席に置いてあった地図を取りだして見せてくる。だが藤宮は「必要無い」とだけ言って歩を進める。

 

「必要無いって、万が一私とはぐれたらどうするのよ?あなた端末も持ってないでしょ?」

 

 そう言いながら、刀奈も彼を追って歩きだす。彼女が横に並んだところで、藤宮は特に何事も無く問いに答えた。

 

「あっても邪魔なだけだ、町の道は全て覚えたからな」

 

 

 

 

 

 




読んで頂きありがとうございます。

織斑千冬登場です。本作品ではこの人もなかなか魔改造しましたのでその辺りはご了承ください。

作品の内容とはあまり関係無いのですが、織斑姉弟の下の名前はどちらも季節の名前がありますよね。

そういえば、原作ISでは亡国機業にオータムと言うキャラがいましたが、何か関係あるんでしょうか。

アニメを見ていた当時、ふとそんな事が気になりました。


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