IS ULTRAMAN AGUL   作:青い人間

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第七話 ISと人間

 

 

 

 現在の時刻は午後三時過ぎ。無事に山道を抜けた藤宮達は都市部の中心に近いショッピングエリアを歩いていた。

 

 とはいえ人だかりのある所はどこから攻撃されるかも分からず、巻き添えが出る可能性も高い。彼らは大通りを避けて、なるべく人目の付かない路地裏などを選んで移動していた。

 

 空には多少雲がかかり始め、辺りは仄暗い。

 

 排気ダクトから出る空気のせいか、冬にもかかわらず肌にべたつくような湿気に包まれていた。

 

 まさに街の裏側といえる場所ではあるが、全く人がいないわけではない。

 

 狭い通路に座りこんだ浮浪者、やけに目がぎらついた若者や、ブランド物で着飾っているがどこか化粧のくたびれた女。

 

 時々すれ違う人間は一様に、ただならぬ気配を身に纏っており、路地裏全体の空気が張り詰めているようだった。

 

 土地勘のある刀奈に先導を任せた藤宮は歩きながら、時折建物の切れ間から見える表通りに目を向ける。

 

 地方の都市とはいえISにより生み出された技術を享受するこの現代は、藤宮が知る数年前の日本の街並みとは大きく変わっていた。

 

 何よりも目に付くのは、街中をせわしなく動き回るロボット達だ。

 

 掃除用や介護用、警邏用等々の市が公共設備として各所に配置させた多様なロボット達が自分たちに与えられた仕事をこなし、人間たちの生活に違和感なく溶け込んでいた。

 

 どのロボットも実に静かなモーター音で動き、四肢を使って難なく段差を乗り越え、アームを器用に使って物を持ち上げる。

 

 それらは全てAIによるオート機能であり、人間はただ口を使って命令するだけで彼らを利用できた。

 

 他にも、公共交通に類するバス、タクシーは運転が自動化されていて運転席というものが存在しない。

 

 頭上には配送用のドローンがいて、それなりの数が飛び交っているが、お互いがぶつかり合うような様子はまるでない。

 

 これは刀奈が家で使っている時点で気づいたことだが、道行く人々が使っている携帯端末も進化していた。

 

 数年前まで薄型のタブレットだった物が手首に嵌めるリング型に変わっており、使用者はコンタクトレンズ型のスクリーンを装着して、手元に投影されるホログラムを操作する仕様になっている。

 

 立場上、都市など人工の多い場所を避けて生活していた藤宮ではあるが、時代に取り残されないように情報だけは新しい物を仕入れるようにしていた。

 

 しかし、こうして数年ぶりに実際に見る生まれ故郷の様変わりした様子には目を見張るものがあった。

 

「あなたって育ちは外国だったりするの?」

 

 物珍し気に大通りを見ている彼に、歩きながら刀奈が質問する。

 

「いや、単純に帰って来るのが久しぶりなんだ。……随分様変わりしたな」

 

「えぇ、そうね。ここ2、3年の間に色んな物が出来たり無くなったりしたわ。もちろんそんな事はいつの時代でも同じことが言えるのでしょうけど、ISが出来てからはそのサイクルスピードが比べ物にならない」

 

「IS、か。確かにあれだけの発明でなければ、こんなペースで文明が発達することはないだろうな」

 

 刀奈は妙に含みがある言い方に違和感を感じた。

 

「他に要因があると思うの?」

 

「あるさ、元々人間に備わっていた『欲深さ』だ。それが無ければISがどれほど優れた技術であったとしても、もっと緩やかな発展だっただろうな」

 

「あら、哲学ね」

 

「茶化すな」

 

 口だけは剣呑に咎めるも、気にした風でも無く彼は続ける。

 

「ISの恩恵がここまで早く一般に普及したのは、そもそもがその技術で物流や情報インフラが発達したせいもある。だが、根本はもっと単純だ。人間がそれを急いだからだ」

 

「当たり前じゃない?自分たちの暮らしが今よりもっと豊かになるって知ったら、誰だって早くそうなってほしいと思うものよ」

 

 彼はうつむき、どこか沈んだ面持ちで、彼女の言葉に応える。

 

「だが、欲っていうのは人間を前へ前へと急かす割には、進む道を見えずらくさせる。車やインターネットが開発された時も、普及した後になってそれが危険性も伴う事に気づいたんだ。少し考えれば分かっただろうにな」

 

「今の人間はISの危険性が見えてないって言いたいの?」

 

「あぁそうだ。ISが発表された当初はどの国も他国を出し抜くために、検証もろくにせず本来とは違う使い道に利用しようとした。だから()()()()()だって起きる」

 

「……。」

 

「……絶対に起こる失敗なんて無い。あるのは予想すれば避けられる過失だけだ」

 

 刀奈も彼の言う事故には心当たりがあった。それはこの時代、情報社会に属した人間なら誰もが知っている惨劇。

 

 彼に気づかれぬよう刀奈は後ろに目を向ける。出会ってからの警戒して強張った顔ではない、失望に打ちのめされ擦り切れた男の顔がそこにはあった。

 

「早すぎたんだよ、人間がISに触れるには。なのに誰もその事実を認めようとはしない。あまつさえ自分達は立派に使いこなせるなんて思いあがった結果がこの異常なまでの発達速度なんだ。そんなもの見てくれだけのハリボテにすぎないのにな……」

 

 堰を切ったように吐露された独白の余韻は、二人の間にしばしの沈黙をもたらした。

 

 しばらく歩いてから急に、なんの前触れも無く刀奈はその場で立ち止まった。

 

 唐突なものだからうつむいていた藤宮は彼女を追い越してしまう。妙な挙動をとる刀奈に藤宮は胡乱な目を向けると、彼女は怪訝そう、というよりは心配そうな顔を浮かべていた。

 

「それって、ちょっとおかしくない?」

 

「なに?」

 

「急ぐことが欲深さに直結するなんて考え極端だと思うわ」

 

「……ならなんだって言うんだ?犠牲を払ってでも実用化を急ぐのは当然だったとでも言うのか?」

 

「犠牲を良しとは言ってない。でも実際にやってみなきゃ分からないことだってあるわ。少しづつ失敗を重ねて成功に向かうことだって立派な進歩じゃない?」

 

「……。」

 

「あなたの言うように全ての危険が予測して回避出来るなら、失敗や犠牲も全て、本当は必要の無い、無駄な物だったってことにならない?」

 

 それはまるでいたずらをした子供に言い聞かせるような口調だったが、決して神経を逆撫でするような類のものではなかった。

 

 藤宮は次の言葉が出せない。

 

 その理由は刀奈の目だった。

 

 それはまるで、本当にそう思っているのかと問いかけるような、何かを懇願するような目だった。

 

 藤宮は熱の籠った部屋に涼風が吹き込むような感覚を胸の内に感じていた。

 

 確かに彼女の言葉は正しい。

 

 藤宮も分かってはいたのだ、たった今自分が喋った主張は明らかに筋が通らないと。

 

 口を衝いて出た言葉は理性というフィルターを通したものではなく、事実と客観性に欠ける幼稚なエゴイズムだと彼自身分かっていたはずだった。

 

 

 

 

 ISの存在は藤宮博也にとってのコンプレックスに等しい。

 

 ISが関わると時々、自分でも気づかない内に心がささくれ立ち、ISを利用する人間を無条件に否定したい感情に駆られることが彼にはあった。

 

 単なる悪癖とは違う。藤宮のとある境遇からして発露せざるを得なかったそれは、ある種の呪いのようなものだった。

 

 

 

 だがそんな事情など刀奈にはもちろん知る由もない。彼女には同伴者が突然おかしなことを言いだすという、気味の悪い光景に感じられただろう。

 

 いままで普通に話していただけに、心配するのも無理はなかった。

 

 決まりの悪さを感じて藤宮は早々に会話を締めることにした。

 

「確かにお前の言う通りかもな、今言ったことは忘れ……」

 

「―――でもね、私あなたの言う事も分かる気がするわ」

 

 終わる筈だった会話は、刀奈の意外な言葉で続く。

 

 感情的になって事実を伴わない持論を並べ立てたと藤宮は自覚していただけに、それを肯定される事はある意味恥の上塗りでしかなかった。

 

 それとも適当にやさしい言葉を並べて、こちらの警戒を解こうとしているのだろうかと藤宮は勘ぐる。

 

 だが刀奈は、続く言葉に身構える藤宮の横をすり抜けすたすたと歩き始めてしまう。

 

「おい……」

 

 声を掛けるも刀奈はそのまま歩みを止めない。

 

 肩透かしの展開に釈然としないが、藤宮としてもこの話題を切り上げたかったので何も言わず後ろをついていくことにした。

 

 日は徐々に傾きつつある。ここまで襲撃にあうことなく順調に進めたが、それを僥倖と思える程藤宮は楽観的ではない。

 

 追っ手と刀奈の両方の障害を乗り越えなければいけない以上、少なくとも刀奈に対しては残りの道のりのどこかで行動を仕掛けなければならない。

 

 目的地まであと3時間ほどの距離、藤宮は来るべきタイミングを虎視眈々と窺っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その女達は周りを行き交う人々と完全に同化し、誰もそれがただ一つの目標を持った集団だとは思いもしなかった。

 

 彼女らはスーツやパーカーなど不揃いな恰好をしていたが、皆一様にツールバッグやギターケースなど長物の()()を入れられるケース類を持ち歩いている。

 

 不意に、各自が身に着けたリング型端末が同時にメッセージの着信を告げた。

 

 

 

 

 

 

『ターゲット確認。当該区域の構成員は行動を開始せよ』

 

 

 

 

 

 

 メッセージに添付されていた位置情報プログラムが起動し、この地区のマップが写しだされる。

 

 そしてターゲットの現在地を指すアイコンは、都心部近くのショッピングエリアで点滅していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後しばらく、お互い無言で足を動かしていた。

 

 路地裏を抜けシャッター街へ、そこからさらに進んで住宅街へ。

 

 雲が散った空には橙色が混ざり始め、時折家路を急ぐ学生やらサラリーマンやらとすれ違う。

 

 あれ程うるさく、藤宮が答えなくても勝手に一人で喋っていた刀奈はその間何も喋らない。

 

 また何か企んでいるのではないかと警戒していた藤宮も、あまりにも喋らずこちらを振り返りもしない刀奈が次第に不可解に思えてきた。

 

 この女は自分が後ろをついてきている事を確認しているだろうか?いっそここで自分だけ足を止めても気づかないのではないか?とすら思えてくる。

 

 藤宮は足元に目線を向ける。

 

 太陽との位置関係を考えても、影を見られて止まったことがばれる事は無さそうだった。

 

 本当に立ち止まってみようかとしたところで、不意に刀奈は大きく息をついた。

 

「はぁ……やっぱりこのままじゃ駄目よね」

 

 数十分ぶりに喋りだしたと思えば、第一声は謎の独り言から始まった。

 

「……なんのことだ?」

 

「ちょっと色々考えていたの」

 

 そう言って刀奈は歩を緩め、歩きながらお互いの顔が見える所まで来る。

 

「私、さっきの話を聞いていて思ったの。あなたはきっと悪い人じゃないって」

 

「……どうしてそうなる」

 

「私は悪人だけど、あなたは私とは違うと思ったから」

 

 そう言う刀奈の顔は自嘲するような卑屈さは感じられない。自分はそういう人間だと割り切ったような表情だった。

 

 怒らないでほしいのだけど、と刀奈は前置きをしてから語り始める。

 

「どちらかというと、あなたって傷付けられる側の人間なのよ。ISか、もしかしたら全く別のものかもしれないけど、何か大切な物を抱えていてそれを傷つけられた経験のある人。そしてそれが原因で今の社会を生きてる人間を否定する」

 

「……お前が勝手にそう思っているだけだ」

 

「ふふっ、かもしれないわね」

 

 刀奈は薄く笑う。まるで姉が年の離れた弟にするような笑い方だった。

 

「もちろん私には、あなたの過去に何があって、どんな想いでさっきの話をしたのかなんて分からない。否定するどころか、恨んですらいるのかもしれない」

 

 藤宮は黙って刀奈の話を聞く。

 

「……けどあの事故の話をする時のあなたは、犠牲者をいい気味だと嗤う人の顔じゃなかった。大勢の人の死を悔やんで、辛そうだった」

 

「……。」

 

 

 

「きっと根が優しいのね」

 

 

 

 いつの間にか、町工場が密集する工業地帯に入っていた。周りから聞こえてくる重苦しい機械音の中、刀奈の声はやけに明瞭に聴こえる。

 

 

 

「そんな風に、傷つけられた相手の為に悲しんだり出来る人が、これから行った先で悪い事をするはずがないって思った……」

 

 

 

 藤宮は自分の中で、疑問や興味が湧いてくるのを感じていた。それは出会ってから常々思っていた、この怪しい同伴者の正体や思惑などに対するものではない。

 

 

 

「だから私、本当の事を話そうって決めたの」

 

 

 

 純粋に刀奈がどんな人物なのか、藤宮は知りたくなっていた。

 

 

 

「私が、今まで案内してきた道筋って実は……」

 

 

 

 それは藤宮自身も自覚していない、出会ってから初めて抱いた歩み寄りの気持ちだった。

 

 

 

「なぁ少し待……ッ!?」

 

 

 

 刀奈の言葉を遮り発言しようとした藤宮だったが、唐突に強い衝撃を受けて後ろに吹っ飛ぶ。

 

 

 

 確かに目を開けていたはずだが、突然の出来事に藤宮は何が起きたか理解が追いつかなかった。

 

 

 

 ただ、吹っ飛ぶ瞬間に空気の抜ける様な乾いた音が聴こえた気がした。

 

 

 

 それが消音器付きの銃声だと気付いた時には既に、彼の身体はアスファルトの上に沈んでいた。

 

 

 

 

 




第七話読んでいただきありがとうございます。

今回はこの作品における世界観や、人とISの関係に踏み込んだ事を書いたのでかなり難産でした。

少し無理矢理な展開も多かったかなと反省しつつも、今の実力を出し切った気がします。

何事も試行錯誤ですね。

次回も頑張ります。

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