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《中庭 サクラの樹の下》
「おにいちゃん、何してるの……」
「…!」
頭上から突然降りかかった声にはっと顔を上げる。人が近づいてきている気配を全く感じられなかった。
まさか幽霊、と思って振り返ると、そこに立っていたのはありがたいことにすっかり見覚えのある顔だった。
「びっくりした、掃気さんか…」
彼女はおどおどとしながらも、こちらをじっと観察している。視線の先には僕が池の近くで千切ってきた青い小ぶりの花があった。この花の種類も花言葉が何なのかも知らないけど、お参りといえば花だろう、と思ってとりあえず集めてきたのだ。
ここにいる理由について何か適当な嘘をつこうかとも思ったが、礼儀としては正しいことをしている訳だし、特に偽る必要もない。
「─もう死体はないけどさ、せめてもの供養にこうやってここの木の下にお花を集めてるんだ」
本音だ。相当恨まれただろうし、夜中に寄宿舎に化けて出られたりしたら困る。僕をやたらと目の敵にしていた彼は皮肉なことに隣室にいたので、襲われるにはある意味絶好のコンディションだ。
生きている彼に対しては恐怖や嫌悪の感情というより、どうでもいいという気持ちの方が強かったけれど、死んだらまた話は別だ。彼だけに通ずる話ではない。名前、なんだったっけ─そう、笑至くんに限った話じゃない。先に死んでいた照翠くんなんか、背も高いし髪も長くて、幽霊になって出てきたら特に恐ろしそうだ。
残念なことに、"不謹慎"という感覚が僕には分からない。自分に害を与えるかもしれないモノを怖がって、何が悪いんだ?人は誰だって自分の身が一番大事だろう。
第一どちらの遺体も、どこに安置されているのかすら分からない。桜の木の下には死体が埋まっているとも言うのでこの場所にしたけれど少し後悔した。
…これじゃあ彼らに出てきてくださいと言っているようなものじゃないか。さっさと終わらせて、天国でも地獄でもどこへでも成仏してほしい。
沈黙を守ったままの隣人を横目にそんな事を取り留めもなく考えていると、彼女が不思議そうにこてん、と首を傾げた。
「どうして…?ほんとうは、すきじゃないのに……?」
「……!君は…」
「…もこも、てつだう……」
僕の内心を理解ってくれているのか。一瞬そう思ったけれど、それは期待しすぎだ。
─でも、自分にしては珍しいと思った。「他人に期待する」という行為をしたのはいつぶりの経験だろう。
こうやって語らずとも、僕の世界に気づいたらいるような彼女。そもそも二人の関係にこんな余計なモノローグは要らないのかもしれなかった。
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彼らが去った後には、手頃なものにしては綺麗に見える角の取れた円い石と、青いロベリア。それだけで作られた、素朴な弔いの墓ができていた。
【1章 END】