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「はーい、みんな集まったかな〜?それじゃあ、これから…」
夜時間、妄崎さんの部屋の中に所狭しと集まった僕達。これから一体何をするんだろう…?
「しなぐお姉さんの、下ネタ講座を始めま〜す♡」
…そういうことか……。
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《2章イベント お姉さんの下ネタ講座♡》
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「ちょっと、しなぐちゃん…!?そういうことをするためにおにーさん達を呼んだの…!?」
妄崎さんの話を聞き終えた途端、月詠くんが焦った声を上げた。
「そうだよ?澄輝くんも興味あるでしょ?下ネタ」
「おにーさんは、そういうの苦手だって何回言ったらわかるの…!?」
「へー、おもしろそうじゃん。やろうよ」
根焼くんは早くも乗り気だ…。妄崎さんはその言葉を聞いてニヤニヤと笑みを浮かべながら、このためにわざわざ部屋に運び込んだと思われるホワイトボードに、大きく"下ネタ講座"と書いた。
「まずは基礎知識から…そうだなあ」
「だめだって!こんなに女の子がいっぱいいる前で、そんな教育に悪い話しちゃいけません!しなぐちゃんも女の子でしょ!?」
月詠くんが必死で止めようとすると、
「へー。月詠は男がいる前だったらそういう話するんだ?」
横から根焼くんがヘラヘラとからかう。
「〜〜っ!?」
月詠くんは頭から湯気が出てきそうなくらい真っ赤になって、そのまま俯いて黙ってしまった……。
「じゃ、まずは(規制音)の話からするね〜」
妄崎さんは邪魔者がいなくなったとばかりにギリギリアウトぐらいの下ネタを平然と話し始め、みんなは真剣に聞き入っている。えっと、これで本当にいいのか…?
夜が更けるにつれて、だんだん内容も過激になっていく。
「……で、これが(規制音)だから、(規制音)になって〜」
「あーわかる。でも(規制音)の場合もあるじゃん?そういう時ってどうしてる?」
「あ〜、それはねえ…」
妄崎さんと根焼くんのすさまじい会話のキャッチボールに、誰もついていけていない。
周りを見ると、赤らめた顔を手で覆いながら聞いている荒川さんと野々熊さん、けろっとした顔で聞く片原さんや揚羽くん、必死で掃気さんの耳を塞いで自分がガードできてない月詠くんなんかが目に入ってきた。
なんだろう、このカオスな感じ……。
下ネタが加速し続け、そろそろかなりマニアックというか、聞いていてこれはさすがにまずいだろうという域に入ってきた時─
「コラー!!オマエラいつまで起きてるんだ、それぞれの部屋に戻りなさーい!!」
ピンクのエプロンにくるくるパーマに、右手にはフライ返し。なぜか大阪のオカンのような格好をしたモノケンが扉を開けて入ってきた。
「ちぇっ、興醒めだよ」
「やっと終わった………」
「え、えっと、(規制音)が(規制音)で………?」
みんながバラバラと各自の部屋に戻っていく。
「切ヶ谷さんは大丈夫だった…?」
たまたま一緒に部屋を出た切ヶ谷さんに話しかける。
「え?全然何の話してるかわからなかったよ?」
「…よかった……」
切ヶ谷さんがあんなどぎつい下ネタの知識を蓄えてしまったらどうしようかと思った…。
でも、確かに刺激は強かったけれど、みんなで1つの部屋に集まるって修学旅行みたいで楽しかったな。なんだかんだ言っていい会だったのかもしれない……二度と行きたくはないけど。
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翌朝、食堂へ向かうと既にみんなが座って朝ごはんを食べていた。最近は眠れなくて早く目が覚めちゃう日が多かったから、なんだか新鮮だ。月詠くんが炊きたてのご飯を運んできてくれる。
「ありがとう、月詠くん」
「いえいえ。今日は目のクマがなくなってるね。こむぎくん、最近ずっと寝不足だったみたいだからおにーさん心配してたんだ…よかった」
そんなところまで気づかれていたのか…。月詠くんって本当にいい意味でお母さんみたいだなあ。
全員の配膳を終えると、月詠くんはそのまま僕の隣に座ってご飯を食べ始めた。しばらく他愛もない話をしていたが、ふと月詠くんが僕の顔をじっと見つめる。
「…僕の顔、何かついてる?ご飯粒とか…」
「!ううん、ごめんね、なんでもないよ。ただちょっと、家族のことを思い出したんだ…こむぎくんに、よく似てる気がして」
彼の表情に初めて見るような少し寂しげな微笑みが、一瞬浮かんですぐに消えた。
「僕に似てる…?月詠くんって、兄弟がいたりするの?」
「うん。でも、こんなところで話すのもなんだし後片付けが終わってから話すよ…あ、そうだ。今日の昼に、いよいよ人形劇の本番をする予定なんだけど、よかったらこむぎくんも見にこない?」
「もちろん!昨日準備してたやつだね。今日の午前中もなにか手伝えることがあったらやるよ」
「ほんとに?助かるよ。じゃあ準備しながらおにーさんの兄弟の話をしようか。…あんまり、おもしろい話ではないと思うけど」
「うん。人形劇、うまくいくといいね」
「ありがとう。おにーさん、頑張っちゃうよ〜」
そう言って微笑む月詠くんはとてもいきいきとした表情をしていた。みんなを喜ばせるのが本当に好きなんだろうなあ…。
僕は月詠くんの研究教室で待ち合わせる約束をして、食堂を後にした。
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「ハロー!宗形くん、今日はなんだか元気そうだね!」
食堂を出て廊下を歩いていると、昨日と同じく切ヶ谷さんが声をかけてきた。
「ありがとう。切ヶ谷さんもいつも元気そうだね」
「ボクはいつでも元気だよ!月詠さんの作る牛乳寒天が今のボクのエネルギーの源さ」
「そうなんだ…」
毎朝切ヶ谷さんが何度もおかわりして食べてた謎の白い物体って、牛乳寒天だったんだ。そうわかると途端に微笑ましく思えてくる。
「月詠くんって、ほんとにいろんなことをしてるんだね」
「夜時間も怖くてトイレに行けない子についていってあげたりしてたみたいだよー」
「すごいなあ…面倒みが良すぎて、同じ高校生とは思えないよ」
「そうだ!今日の人形劇、キミも行くのかい?」
彼の名前を聞いて思い出したように切ヶ谷さんが尋ねてくる。
「うん、準備を手伝うことになってるんだ。切ヶ谷さんは?」
「ボクも声をかけられたから荒川さんを誘って行くことにしたよ!」
「そうなんだ…」
荒川さんと切ヶ谷さんって、全然タイプが違うように見えるけど案外仲良しなんだな…。ハンガーラックの事件がやっぱりきっかけになったんだろうか。
そうこうしているうちに、2階にある月詠くんの研究教室に着いた。
「じゃあ、僕はここで」
「うん、また後でー!」
切ヶ谷さんと別れて、僕は研究教室の中へと入った。
ベビーベッドや子供用の滑り台、カラフルなおもちゃなどが置いてある、パステル色を基調としたファンシーな部屋だ。真ん中のテーブルで月詠くんと野々熊さんが作業をしていた。
「遅くなってごめん!」
「ううん、今始めたところだから大丈夫だよ」
「裁縫以外はあんまりやりたくないぜ…」
野々熊さんは少しげんなりとした顔をしながら、背景の絵を描いていた。
「こむぎくんはここにお花の背景の絵を描いてもらってもいいかな?」
「わかった!お花を描くのは好きだから精一杯頑張るよ」
こうして3人で小さな机を囲み、黙々と作業を始めた。
1時間ほど経ったあと、ふう、と月詠くんが大きく息を吐いた。
「…少し休憩しようか」
「疲れたぜ〜!!!」
野々熊さんがクレヨンを投げ出して柔らかいカーペットにごろんと寝転がる。
僕達は月詠くんの入れてくれたオレンジジュースを飲みながら、しばらく雑談することにした。
「そういえば、朝言ってた僕に似てる兄弟って月詠くんのお兄さん?弟?」
「ああ、弟だよ──おにーさんが小さい頃に、亡くなったんだ」
「え……」
呆気にとられた顔をする僕と野々熊さんを見て、月詠くんは慌てたように付け足す。
「と言っても昔のことだから、あんまり覚えてないんだけどね」
「ほんわかしてるところとか、お花を見ると嬉しそうに笑うところとかがこむぎくんによく似てたんだ…。それで弟のことを思い出したんだよ」
「…弟は、どうして死んじゃったんだ?」
野々熊さんが眉を下げて遠慮がちに聞く。
「親が出張に行っていて親戚の家に預けていた時に、ベッドから落ちてしまって、そのまま…ね」
「…親戚の人は子供がいなかったからあんまり知識がなかったみたいでね、ベッドから落ちる危険があるのにも気づかなかったらしいんだ。…しょうがないよ」
「そうだったんだ…」
悩みなんてなさそうに見える月詠くんにそんな過去があるなんて、当たり前だけど知らなかった。
「でも、悪いことばかりじゃないんだ」
「…どういうことだ?」
「あの不幸な事故があったからこそ、おにーさんはベビーシッターをやろうと思ったんだよ」
「…?」
不思議そうな顔をする僕たちに彼は微笑みかけた。
「子供の扱い方が分からない人が面倒を見る前に、しっかり面倒を見られる人がいればそんな不幸なことは起きないでしょう?」
「おにーさんのところにお子さんを預けてもらって、1人でも多くの赤ちゃんの命を救いたいって思ったんだ。
それに、弟がいなかったら今頃は普通の生活を送ってたし、こむぎくんやひろちゃんとも出会えてなかった。
だから今は、これでいいって思えるんだ。自分のやることに、ちゃんと胸を張れる」
「…私も、師匠やこむぎと出会えてよかったぞ」
「僕も、月詠くんと野々熊さんと会えて、こうして話がよかったよ」
「そう言ってもらえると嬉しいな。弟には感謝してる。弟の分まで精一杯生きるって、おにーさんは誓ったんだ。だから、こんなコロシアイになんて負けない」
月詠くんの目には、まっすぐな、強い光が灯っていた。
「そのためにも、今回の人形劇、ぜってー成功させないとだな!」
野々熊さんが作りかけのうさぎの人形を顔の横に掲げて、にっと笑う。
「そうだね、みんなが喜んでくれるように頑張ろう」
僕達は互いにこつんと拳を突き合わせる。そして、残りの作業を協力して進めていった。