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翌朝。朝食を食べに食堂に行くと、いつも僕より早く来ているはずの切ヶ谷さんの姿が見えなかった。
(どうしたんだろう?まさか…)
ふっと嫌な想像が頭をよぎったその時、
「ないないないない、なーーい!!!」
切ヶ谷さんが叫び声を上げながら、食堂に走り込んできた。
「ちょっと…どうしたのよ、小町」
「大変なの、昨日使った薙刀がなーい!」
「薙刀が…?」
昨日の戦闘訓練で活躍した、あの薙刀のことだろう。随分お気に入りだったみたいだし、そう簡単に無くすことがあるんだろうか?
「小町、落ち着きなさいよ。とりあえず手分けして探してみましょ」
こうして僕たちの朝は、切ヶ谷さんの薙刀を探すところから慌ただしく始まった。
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薙刀探しは揚羽くん、荒川さん、妄崎さん、佐島くん、掃気さんの5人が手伝ってくれることになり、何グループかに分かれて探し始めた。
「小町、あなたもしかして体育館に置いてきたんじゃないの?」
「確認してなかった……」
みんなと別れた後、揚羽くんの問いかけに切ヶ谷さんは愕然とした表情をする。
僕と切ヶ谷さん、揚羽くんの3人はまず体育館を見に行くことになった。
「うーん、ないなあ…」
しかし、どこを探しても昨日の薙刀は見当たらない。
「じゃあ、小町が帰ってくる途中にどこかに置いてきたんじゃないの?」
「そうかも……」
切ヶ谷さんはまたコクコクと頷く。本当に彼女には心当たりがなさそうだ。
「あっ!でもその前にトイレに行きたい!」
切ヶ谷さんはハッと気づいたように揚羽くんに言った。
「そのぐらい1人で行けるでしょ?あたし達は体育館をもう少し探してるから、行ってきなさい」
「はーい!」
切ヶ谷さんは返事をすると、ものすごいスピードで出口の方へ走り去っていった。よっぽど我慢してたのかなあ…。
「あの子を怖がらせないようにと思って直接言ってはいないけど…誰かが盗んだ可能性もあるかもしれないわね」
揚羽くんはステージの上を探しながら、小さくため息をついた。
「薙刀を盗む…?そんなことする人いるのかな…」
「まあ、あくまで可能性の話よ」
「…そうだよね……」
彼女の薙刀を盗んだところで、大きなメリットがあるとも思えない。やっぱり、切ヶ谷さんがうっかりどこかに置き忘れた、という説が有力な気がする。
ステージの裏なんかも探してみたけど、薙刀は一向に見つかりそうになかった。
「他の人達は今どうしてるんだろう…」
「電話をかけてみたらどう?こういうみんなが離れてる時にこそ有効なんじゃないかしら」
「なるほど、そうだね!」
僕はタブレットの電源を入れて、電話機能の画面を開いた。
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暗い部屋に、人影がある。そこには無数の巨大なコンピューターが置かれている。
「……」
人影はタイミングを見計らっている。実行の機会を。
「…………」
まだ、早い。息を潜めて"その時"を待っていた。
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(うーん、誰に電話しようかな…)
荒川さんと妄崎さんは寄宿舎、佐島くんと掃気さんは別館付近を探している。どちらにかけるのがいいんだろう。
迷っているうちに、突然タブレットが小刻みに震え出した。どうやら誰かから着信があるみたいだ。慌てて通話ボタンを押す。
「………」
電話の向こうからは、沈黙と小さなノイズ音だけが聞こえる。そういえば、焦ってしまって発信者を見るのを忘れていた。
「…もしもし?」
僕が恐る恐る話しかけると、か細い声が聞こえてきた。
「…………た…す……け、て……」
それは──聞き慣れた、切ヶ谷さんの声だった。
「…切ヶ谷さん?切ヶ谷さん!!」
その声を最後に、プツッと電話は切れてしまった。
「小町に何かあったの?」
揚羽くんが訝しげな顔をして僕に尋ねてくる。
「わからない…でも、助けてって……うわっ!」
僕が説明しようとした矢先に、タブレットに2回目の着信があった。
発信者は──荒川さんだ。
「もしもし、荒川さんどうしたの?こっちも今ちょっと立て込んでて…」
「あ、む、宗形さん…!すぐ、か、管理棟の美術室に……!!」
嗚咽とともに、彼女の必死な叫び声が聞こえてきた。
「管理棟…?何があったの!?」
「あ、あの、え」
その瞬間、辺りが真っ暗になった。
「停電…!?」
荒川さんと繋いでいた電話も、その瞬間に切れてしまった。切ヶ谷さんにも、荒川さんの側にも何かあったのは確かだ。
「…さっきの電話は?」
すぐ近くから、揚羽くんの声が聞こえてくる。
「荒川さんから。向こうでも何かあったみたい……」
「そう、じゃあ二手に分かれた方がいいわね…」
臆病な荒川さんはきっと、僕のことを信頼して電話をかけてくれたんだ。今はその信頼に報いるべきだろう…。
「揚羽くん、2人で手分けして会いに行こう。僕は荒川さんの方へ向かうよ」
「了解。あたしは小町の方に行くワ。急ぎましょう」
僕達2人は体育館を出て、暗闇の中を慎重に進んだ。
転ばないように気をつけながら校舎内を進むのに苦戦し、僕が美術室の前にたどり着いたのはかなり時間が経ったあとだった。
「荒川さん!」
「あ、あ、宗形さん……」
暗闇に目が慣れてきたのか、怯えた顔をした荒川さんがかろうじて見える。
その時、パッと廊下や教室に明かりが戻った。思わず眩しくて目をつぶる。
再び目を開けると眼前に広がったのは、ドアが開けっ放しになっていた、美術室の内部の景色だった。
そこには──片原さんの変わり果てた姿があった。
「片原さん…!?」
「ひぐっ……宗形さん…どうしましょう…どうして、片原さんが………」
荒川さんは泣きじゃくっている。彼女と一緒にいた妄崎さんは何も言わずに、腕を組んで静かに美術室の中の様子を眺めている。
片原さんはその出血量からして、どう見てももう助かる見込みはなさそうだった。
そして、あの忌々しいアナウンスが廊下に鳴り響く。
『ピンポンパンポーン!死体が発見されました、オマエラ、すぐに現場の管理棟1階の美術室へ向かってくださーい!』
「……ッそうだ、切ヶ谷さんは…!」
揚羽くんからまだ連絡はない。電話をかけるより早く、足が動いた。
「ごめん、2人ともあとはお願い!」
僕は全速力で本校舎へと駆け戻った。
息を切らしながら本校舎に着く。切ヶ谷さんの研究教室の前に、揚羽くんが呆然と立ち尽くしていた。
「どうして…どうしてなの……」
嫌な予感がして、無我夢中でそちらへ駆け出す。彼の視線の先では──
切ヶ谷さんが、死んでいた。
「………………」
死体発見アナウンスを聞きつけ、美術室に向かうはずだったであろうスティーヴンくんと芥原さんが、彫像のように動かない僕らの前を通りかかる。
「…なっ……小町君!?」
「ややっ…!?」
当たり前の出来事のように、慈悲もなく、僕の耳にあの放送が鳴り響く。
『ピンポンパンポーン!死体が発見されました、オマエラ、すぐに現場の本校舎2階の研究教室IVに向かってくださーい!』
「……………」
何も言葉を発せない。今すぐ目を逸らして顔を背けてしまいたいのに、まるで石になる呪いにかけられたみたいに体が固まっている。
その光景は、僕の淡い希望も、眩しい思い出も、何もかもを打ち砕いた。
【3章 日常編】END