超特急論破 前編   作:鳶子

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非日常編3

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「Let’s start…始めようぜ、議論を」

スティーヴンくん──いや、ジョンくんが挑発的にくいっと手招きをする。

「…君が出てきたってことは、さっきの僕の推理は合ってるってことでいいのかな」

僕は遠慮がちに彼に尋ねてみる。

「あー…オレが薙刀を盗んでスリッパの嬢ちゃんと待ち合わせしてたって話か?」

「うん…そうだよ」

 

「名推理だったなァ…アレにはあのメアリーもビビってたよ。HAHA,Thanks a lot!お陰でオレの計画が台無しだ」

「君は随分嫌味っぽいんだね。スティーヴンさんとは大違いだ」

佐島くんがそう言うと、ジョンくんはまた不敵に笑う。

「ハッ、アイツは脳なしのバカだからな」

 

「そう言えば…日本には能ある鷹は爪を隠すってことわざがあるんだったか?まさに今の状況に合ってるな。なァ、アンタはどう思う?」

「……」

ジョンくんの饒舌なしゃべりに乗せられていてはダメだ。彼が片原さんを呼び出して殺害したのはほぼ間違いないし、ここは一旦引いた方がいいなろう…。

それに、ジョンくんの犯行がほぼ確実になった今、情報を全て開示するのはまずいかもしれない。彼にも隠していることがきっとまだあるはずだ。

時には…"嘘"をつくことも必要になってくるだろう。若干卑怯な手のようにも思えるけど…真実を暴くためのひとつの手段だと考えよう。

 

 

 

「…切ヶ谷さんの事件についても考えておこう。彼女は1階で毒矢で襲われたあと、研究教室で刺されて殺されたんだ」

「それは相当苦しいし痛かっただろうね…」

「……」

月詠くんや荒川さんの表情が曇る。

「切ヶ谷さんも君が殺したんじゃないの?」

佐島くんは単刀直入にジョンくんに尋ねた。

 

「キリガヤ…ああ、あの和服の嬢ちゃんのことか?」

「うん。君なら寄宿舎をこっそり抜け出て殺害することはできるよね?」

ジョンくんは追い詰められているにも関わらず、相変わらずにやにやと笑っている。

 

「俺は小町君を殺してない!って"スティーヴィーが"言ってるぜ」

 

それは、スティーヴンくんが完全に無数の人格の中の一部に紛れ込んでしまったような言葉だった。いや、実際にそうなんだろう…。

 

「だってさ。どうするの?宗形くん」

佐島くんが唐突に僕に話を振ってくる。

「2人の死亡推定時刻がわからないからなんとも言えないけど…片原さんを殺した後なら可能だと思う」

 

「そういえば、なんでこむぎくんは小町ちゃんが危険な目に遭ってるってわかったの〜?」

妄崎さんが何気なく聞いてくる。

「それは……」

いや、今この不確定な状態で、死亡時刻に関わる決定的な情報を伝えるのは良くないかもしれない…。これはきっと、相手を論破する鍵にもなりうる。

 

「…揚羽くんが、切ヶ谷さんの帰りが遅いから見に行こうって言ったんだ。そのすぐ後に停電が起こったから、彼女を1人にしておくのは危ないと思って」

「…?」

揚羽くんが怪訝そうな顔をして僕を見る。頼む、乗ってくれ…!

「…そうよ。あたしが小町の様子を見に行こうって言ったワ」

揚羽くんは話を合わせてくれた。

 

「ふんふん、なるほどね〜」

「ちなみに、毒矢はあたしの研究教室にあったものよ。あたしは朝から体育館にいたから使えないけどね」

揚羽くんがその後もうまく話を逸らしてくれる。心の中でひっそりと感謝した。

「毒矢は持ってて不自然じゃないの?」

と根焼くんが尋ねてくる。

 

「それもまた、ジョンくんならマントで隠してればできるんじゃないかな…」

月詠くんが考える仕草をしながらそう言う。

「HAHA…ヒール役は世知辛いねェ」

ジョンくんは大袈裟な仕草でため息をつく。

「それにしても…スティーヴィーが言ってた程おもしろくねえなァ、アンタら」

 

「オレはもっと白熱したディベートができるモンだと思ってたんだが…」

「議論を白熱させたいなら、君が情報を開示したらどうなの?」

佐島くんがそう言うと、ジョンくんは笑い出した。

「Nice idea!中々面白いこと言うな、アンタ…そうだな、じゃあ教えてやるよ。いいよな?スティーヴィー」

 

「…はァ?ハッ、お前の意見なんてオレが聞くと思ったか?」

ジョンくんは1人で誰かと会話しているようだ。おそらく、それがスティーヴンくんなんだろう…。

「スティーヴィーはやめろと言ってきてるが…アンタらは聞きたいんだろ?」

「うんうん、ジョンくん教えてよ〜」

妄崎さんが楽しそうに彼に向かって手を合わせる。

 

「OK…教えてやるよ」

ジョンくんが演技がかった仕草で咳払いをする。

 

 

「スリッパの嬢ちゃんを殺したのも、和服の嬢ちゃんを毒矢で襲ったのも…オレ達だよ」

 

 

「え…!?」

「そこまで言っちゃっていいんだ…」

「もうコイツがクロで終わりで良くない?」

みんなが一気にざわめき出す。ジョンくんはそんな衝撃の一言を発した後も、にやにやとみんなの様子を眺めている。

「……」

そこまで正直に言われると、何か裏があるようにしか思えない…。

片原さんを殺したというのも、切ヶ谷さんを毒矢で襲ったというのも、そのまま彼女を研究教室で殺害したのも…全てが怪しく思われてきた。

 

「へえ。そういう揺さぶりのかけ方なんだね、君は」

この状況の中で、ただ1人、佐島くんだけが平然としたままだった。

 

「敢えて真実を話すことで、嘘のように思わせる…なかなかいいアイデアだと思うよ」

それを聞いても、ジョンくんの表情は全く変わらない。

「Ah、アンタとはいい酒が飲めそうだ…あ、未成年はまだ飲めないんだったか?早く自由の国アメリカに戻りたいね」

「お酒は大人になってからですよ!」

芥原さんがぴっと指をさして彼を注意する。

 

「話が逸れてるワ。犯人がせっかく自供してるんだし、活かせばいいじゃない」

揚羽くんが主導権を奪い返すように言う。

切ヶ谷さんを毒矢で襲った後、ジョンくんが追いかけたとして…現場に残っているのは、彼女を殺害した凶器の謎だ。

 

「ジョンくんは、教室に毒矢を置いて切ヶ谷さんを追いかけた…そこまでは確かなんだけど、本当にジョンくんが彼女も殺したのかはわからない…」

ジョンくんは首を横に振る。

「和服の嬢ちゃんは仕留め損ねたぜ。どっちが先に死んだかわからない今、オレをクロと決めつけるのはアンタらにとっては危険だろ?」

 

…そうか、だからその余裕なのか?僕達がまだ切ヶ谷さんを殺したクロを断定することができていないから。つまり彼の余裕を崩すことができれば、真実は近い…。

「…だったら、暴くしかない。君のその仮面を」

「HAHA…いい目だ。ようやくオレを痺れさせてくれるのかァ?待ちくたびれたぜ、全く」

 

きっと彼があの状況で使えたのは、切ヶ谷さんの研究教室にあった薙刀だけだ。でも、あそこに置いてあった薙刀はどれもすべて綺麗なままだった…。

「いや、これは割と簡単でしょ?」

根焼くんが僕の思考を遮るように声を上げる。

「刃物についた血なんて、拭き取ればいいじゃん」

「拭き取る道具は、さっきから出てきてるよね?」

佐島くんが彼の後に続ける。

 

「そのマント。それで薙刀に付いた血を拭きとれるはずだよ」

 

「……!」

佐島くんと根焼くんの言う通りだ。マントで拭き取れば、付いた血を元通りの状態にして薙刀を戻しておくことができる。その上、それを使えば返り血を防ぐこともできるだろう。

つまり今、彼のマントの裏側には…切ヶ谷さんの血液がついているはずだ。

 

僕は指摘された途端に黙り込んだジョンくんに、声をかける。

「ジョンくん…そのマントの裏側を見せてよ」

 

「……Shit」

 

ジョンくんはその余裕の笑みを初めて崩した。

顔を歪めて舌打ちをして…渋々とマントを外し、僕達に裏側を向けてきた。

 

そこには──血も何もついていない、綺麗なマントの裏側があった。

 

 

「なっ……」

「どういうことだ…?」

これには佐島くんと根焼くんも、面食らった顔をする。

 

その様子を見たジョンくんは心底楽しそうに嗤う。

「HAHAHAHAHAHA!!!いい推理じゃねェか。まァ、大ハズレだったけどな?」

 

あの表情も、仕草も…全てが演技だったんだ。

 

「で、でも、マントを取り替えればいいんじゃ…」

「Hmm…そんな時間があの時になかったのぐらい、アンタ達ならわかってると思ってたけどなァ?」

「……」

「それに、血を拭き取ることができない以上、そもそもオレ達に犯行は不可能なんだぜ?」

 

…認めざるを得ない。ジョンくんに切ヶ谷さんにトドメを刺すことは不可能だ。毒矢で死んでいなかった以上、切ヶ谷さんを殺したのはジョンくん以外の人、ということだ。

「じゃあ、一体誰が……」

切ヶ谷さんの殺人は、完全に白紙に戻ってしまった。

 

(こんな時に笑至くんがいてくれてら、こんなピンチも助けてくれるのかな…)

ふとそんなことまで思い始めてしまう。現実逃避をしちゃダメだ。早く考えないと…。

「………おにいちゃん…」

その時、ずっと裁判を静かに傍観していた掃気さんが口を開けた。

 

「……ほんとに…おねえちゃん…なぎなた、で…ころされたの……?」

「!」

まさに、鶴の一声──そうか。薙刀で殺されたというのは僕らの先入観だ。死体についての情報がない今、それ以外の刃物で殺されることだってありえるはずだ。

 

「………あ」

 

僕はそこで、最悪の可能性に気づいてしまった。

 

薙刀以外の刃物を常に持っていて、かつ切ヶ谷さんに接触できた人物が、あんなに近くにいたじゃないか。

 

 

「……………………揚羽、くん」

 

「…あたしが、何か?」

揚羽くんは平然とした顔だ。

「その、日本刀…」

 

「へー!揚羽、お前が切ヶ谷さんを殺したんだ!」

根焼くんが、僕が話すより早くそう言った。

 

「…なんのことを言ってるのか、わからないワね」

「相棒のフリして黙ってるつもりだったとか、いやー、悪いヤツだなァ、お前」

「ちょっと、根焼くん…!」

「何?宗形の代わりに問い詰めてあげてんじゃん、お前も嫌でしょ、裏切り者と話すのなんか」

 

「…あたしはあんたと話をする気はないワ」

「揚羽くん…!」

僕は必死に声を上げた。

「君のその日本刀を見せてよ。君が殺したなら…切ヶ谷さんの血がそこについてるはずだ。でも、そんなことある訳ないよね……!?その日本刀を抜いて、僕達に見せてよ!!」

「…………」

 

揚羽くんは目をゆっくりと閉じ、俯いて無言のまま動こうとしない。

「ねえ、何隠してるの?」

再び根焼くんが嘲笑うように声をかける。

「早く見せなって。宗形だけじゃない、みんなが見たがってんじゃん」

「……」

「ねえ〜〜」

 

揚羽くんは再び目を開けた。今までの彼とは違う。目線を向けられていない僕ですら、背筋がぞくっとするような瞳。

 

「うるせぇ、殺すぞ」

 

「……………」

根焼くんはそれ以上口を開かなくなった。じっと観察するように揚羽くんを睨みつける。

 

「……ここまで来て、隠しきれる訳もないワね」

そう1つため息をつくと、揚羽くんは日本刀を腰元からするりと抜いた。

 

それは──乾ききっていない、生々しい血の色で彩られていた。

 

「っ、揚羽、くん…………」

 

「そうよ…あたしが、小町を殺したワ」

日本刀を鞘に仕舞いながら、彼は静かにそう言った。

 

「…あたしが見た時にはもう手遅れだったって、あんたに言ったわよね」

「……うん」

捜査の時、揚羽くんは確かにそう言っていた。

「実際、手遅れだったのよ……呼吸はあったけど、もう助からないほど毒が回ってた。小町は必死に息をして、苦しんでたワ…」

 

「このまま放置していても、小町は苦しんだままいずれ死んでしまう。だからあたしは…あの子の胸に、この日本刀を刺した」

 

 

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「…あの子を、救うために……」

 

「…………」

裁判場は何度目かの沈黙に包まれた。

 

「…さて、どうするんだ?」

再び口を開いたのは、ジョンくんだった。

 

「今の状況では、日本刀の坊ちゃんとオレ達、どちらがクロになるかはわからないぜ?」

「………」

「このまま裁判が終われば、全員道連れ………、ッ!?」

突然、ジョンくんが苦しそうに頭を抱えた。

 

 

「…………ふ、ざける、な……」

ジョンくんの口から、誰かの声が聞こえる。

 

 

それは、聞き覚えのある声色だ。

「…そんな結末…許しちゃ、いけない……」

「……邪魔するなよ、スティーヴィー」

ジョンくんは顔をしかめる。

「っ、邪魔したのは、君だぞ、ジョン……」

「オレは…お前を守るために前に出てきたんだ」

「……確かに、君の助けには今まで何度も助けられた」

 

「…でも、もう俺はいつまでもガキのままじゃない。君に守られたままやり過ごすのは…もう終わりにしたいんだ」

「………Shit」

ジョンくんは、最後に一つ舌打ちをした。

 

「……………ほんっとにどうしようもないクソガキだよ、お前は」

 

「…ありがとう、ジョン」

再び顔を上げたのは──スティーヴンくんだった。

「すまなかった、みんな。俺が人格達をまとめられなかったせいだ」

「スティーヴン、くん……」

「宗形くん。この状況を打破できるのは君しかいない。わかっているだろう?」

「………うん」

スティーヴンくんは小さく笑った。

 

「最後に…"僕達"との勝負に、応じてくれるな?」

「…うん」

「容赦はしないぞ、宗形こむぎ。君の推理…僕達が撃ち抜いてみせる」


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