帝都ヒノカミ奇譚   作:龍羽

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 帝都の北に聳える白亜の巨大な建造物の麓に、双子のように寄り添って建つ木造建築物がある。背後の建造物と比べれば極小に見えるとは云え、周囲の建物や庭園と比べれば、充分に大きい高層の建造物だ。

 これこそが、大国ヤマトの宮廷である。


 その宮廷の麓に色鮮やかに広がる、風光明媚な大庭園。ヒトの手により丁寧に整えられた庭園を、ぐるりと囲む(みやび)な廻廊がある。

 足を留めれば見渡せる筈の、この美しい庭園に目もくれず、足早に歩く漢がひとり。腰まで届く稲穂のような髪を(なび)かせる、眼光鋭い偉丈夫だ。
 両手両足には金色の金具で縁取られた暗紅色の籠手に脛当て。同じ色の胴当てには、緩く結わえられた橙色の帯。この帯と同じ色の襟巻きは、対峙する者に急所を定めにくくさせる為の物だろうか。真夜中色の袖の無い羽織が 漢の歩みに合わせてはためくと、(かすり)糸で織り込まれた夕暮れ色の裏地が 雷と雨紫吹を連想させた。

 そして漢の強面をさらに凶悪に見せしめる、顔の左側を覆う白い仮面(アクルカ)

 彼こそが、このヤマトを統べる帝より、左近衛大将を任された漢。
 ヤマトの双璧が一柱   ミカヅチである。

 視線だけでヒトを威殺せそうな漢の数歩後ろには、幼げな相貌をした銀髪の少年   ミルージュが足早に続く。
 大柄なミカヅチはゆっくり歩いているのだが、如何せんふたりの背丈が違いすぎる。小動物のようにパタパタと後に続く少年が、ミカヅチから滲み出る迫力を和らげる所か 逆に一層引き立ててしまっていた。

 太陽は 天の頂より僅かに早い頃。空は雲こそあるが快晴で、美しい庭園と廻廊を照らし出している。にもかかわらず、ミカヅチは陽の元に似つかわしくない空気を纏っていた。
 不機嫌を絵に描いた表情のまま廻廊を往く彼を、留められる者は誰もいない。むしろ誰もがコソコソと遠ざかって行く始末であり、通り過ぎては堰を切ったようにヒソヒソと声を潜めて話を始める者ばかりだった。


 そんなミカヅチの往く先に、庭を眺め佇む青年がひとり。

 空色の着物に海色の袴。梔子(クチナシ)色の帯紐で結ばれた、瞳と同じ暁色の帯。ミカヅチとは対照的な、藍色の筋を縁に垂らした白い外套の胸元には、赤い紐で繋いだ帯紐と同じ梔子色の房飾りが 庭園を抜けて来た風になびく。
 そしてその顔の上半分の目元を覆う、一ツ角の白い仮面(アクルカ)

 ヤマトの双璧のもう一柱    右近衛大将 オシュトル。

 仮面があってもなお隠せぬ美貌の微笑みがミカヅチに向けられる。後ろでゆるく結わえられた黒檀色の髪が、彼の動きに合わせて揺れた。

「ミカヅチ殿」
 清廉潔白・公明正大の呼び声に相応しい、澄み切った水音のような心地よい低音。近くに女人が居れば、一体何人のヒトが溜め息を吐いただろうか。ミカヅチの仮面に覆われていない右の額に、凶悪な渓谷が刻まれた。

 ヤマトの双璧が揃い踏み。

 ミカヅチの纏う空気がずっしりと重くなる。遠くからうっかりとその様子を目撃してしまった者は、風神(フムカミ)独特の稲光を幻視したかもしれない。ふたりの仲は、大変悪いと専らの噂ゆえに。
「オシュトルか。此処で貴様から声をかけて来るなど珍しい   何用か」
 頭半分ほどの身長差から降りかかるひと睨み。周囲の者たちは、遠巻きにしているにも係わらず震え上がった。
「昨夜の事で少々話がある。少しばかり時間をいただきたい」
 対するオシュトルは涼しげな表情を崩しもしない。おそらく仮面が無くとも眉ひとつ動いたようには見えなかっただろう。

 ミカヅチは返事をしなかった。ただ、眉間の皺だけが深くなる。
 周囲の者たちも、声は聞こえずともオシュトルが何か良からぬ事を言ったのだろうと息を呑む。
 一触即発か。
 これは、あの漢   オシュトルの失脚の種にできぬだろうか。

「それと   ウコンから言伝がある」
 オシュトルは返事を待たずに次の要件を伝えた。
 途端に「ハッ」とミカヅチの声が上がり、遠巻きがビクンッと肩を揺らす。
「上司に言伝とはな。 あの漢も随分 遠慮のないものよ」

ニヤリ

 元から凶悪な顔が、さらに凶悪に釣り上がった。
 うっかりその顔を正面から見てしまった者たちが(すく)み上がる。それはもう、ミカヅチのすぐ後ろにいるのに微動だにしない、幼気な顔をした少年に尊敬の念を送る程に。

「まあ良い。こんな所で何時迄も立ち話をする訳にもいかぬ   来い。ウコンの話ともども詳しく聞かせよ」
 オシュトルは深々と礼をして、ミカヅチの後に続いた。

 やがて廻廊からミカヅチらの姿が見えなくなると、彼方此方で奏でられる大きな溜め息の音。
 遠巻き一同、心に過ぎった言葉はひとつ。

    怖かった・・・!

 廻廊のあちこちには、しばらく魂の抜けかかった貴人や検非違使たちが居たと云う。










第拾夜  未知なる都

 

 

 

 

 

 白亜の巨大建造物へ続く、中央大路 昼   

 正午の陽光を浴びて金色に輝く髪を揺らし、少年   我妻善逸は、現在 大変どんよりとした空気を(まと)っていた。

 

 

 

「夢じゃないんだー」

 

 チラッと視線を送れば、大通りを連れ立って歩く、同年代か年上であろう女性たち。

 その誰もが色と形状の差こそあれ、可愛らしく動く大きな獣の耳と、綺麗に整えられた美しい毛並みの尾を揺らしていた。

 

 切れ長の綺麗系女子も。

 目元ぱっちり可愛い系女子も。

 垂れ目がちな艶やか系女子も。

 

 通りを往く 全ての女性に獣の耳と尾が生えているのだ。自他ともに女好きな善逸は、可愛らしい少女たちという目の保養を得られて頰を緩ませ、締まりのない目を細めてほんわりと微笑んだ。

 

「獣耳尻尾、とってもかわいい。かわいいんだけど   

 

 今度は反対側にある修繕中らしい建物のある場所を見る。

 

 そちらでは筋骨隆々の漢臭い野郎どもが、フリフリと尾を揺らしながら精を出している。「あっちーなー」とか言って手拭いで額に張り付いた汗を拭く髭面の男の顔の左右で獣耳がピコピコッと愛らしく動く。

 あっちで小さな子どもにお菓子を配っているのは、長い耳をピンと立てた大柄で禿げヅラで白いちょび髭の好々爺で   

 

「だぁああああああああ! 何っっで野郎共にもついてんだよ!耳と尻尾が! 女の子だけなら可愛いのに!もぅ台無しだよ!色々と!!」

 

 ぐねぐねと可笑しな動きをしながら騒ぐ善逸。猪頭を被った伊之助が首を傾げる。

「別に変なもんじゃねーだろ」

 山育ちの彼にとっては特に可笑しな事ではないらしい。

「だーまーれーや この野生児がっ!!」

「まあまあ・・・」

 炭治郎は善逸を(なだ)めつつ、まだ何時もよりも大人しいと感じていた。

 何故なら普段の善逸なら間違いなく 浮かれに浮かれて飛び跳ねて、そして恥も醜聞も関係なく目に入った女の子たち総てに声をかけまくって求婚しまくるという醜態を晒していた所だろうから。

 そう考えれば、男の人にも耳と尻尾が生えている事は善逸の理性をかろうじて繋ぎ止めているようにも見えた。その意味では一応 不幸中の幸いと言えるんだろう・・・たぶん。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、どうすんだよ」

 

 ひと通り騒いだ善逸は、ひとつ息を吐き出した後にじとりと疲れたような目で炭治郎を振り返った。相変わらずの突然の変化に首を傾げていると

「今朝、依頼 受けてただろ」

と答えが返ってきて目を丸くする。

 

「善逸、起きてたのか」

「寝てたよ! でも聞こえてきたっつーか   だから何を話してたかは大体知ってる」

 最後は尻すぼみになってブツブツと独り言のようなトーンになっていった。

「そっか・・・善逸は本当に耳が良いんだな」

 気まずそうな匂いには気付かないフリをした。

 

「・・・気持ち悪いよな。寝てるのに、人が話してたことを知ってるなんて」

 善逸は今まで 自分が寝ている間の事をうっかり言い当てたのが元で 嫌な思いをたくさんしてきた。

 炭治郎と伊之助は、気にしないでくれる事は分かっていても、これまでの経験からどうしても不安に感じてしまう。

 

 だから、ありがたかった。

 

「なんでだ? それが善逸の特技だろう。すごいじゃないか   それに俺は安心した」

 続く炭治郎の思いがけない一言に、善逸は間抜けな声とともに顔を上げる。本当に泣きたくなるくらい優しい音をした炭治朗が微笑んでいた。

「善逸も一緒に話を聞いていてくれてよかった。俺だけ話を聞く格好になっていて、本当は心細かったんだ   一緒に聞いていてくれて、ありがとう」

 善逸はカッと顔が熱くなるのを感じた。

「お お前っ そう言うとこだぞ。ほんとに」

 きっと今、自分の顔は真っ赤になっているだろう。

 

 本当に、ありがたかったんだ。

 自分のこの耳の事を知っても、嫌な顔せずに傍にいてくれる このふたりが。

 

 

「オイコラ!! 何の話だ!俺だけ聞いてねーぞ!?」

 鼻息荒く怒鳴る伊之助に、ふたりそろって笑い出した。

 

 ふたりは掻い摘んで、白い青年   ナナシから聞いた話を聞かせた。

 そして聴き終わった瞬間   

 

「っしゃあ!! この伊之助様がひとつ残らず見つけてやるぜ!出て来やがれ鬼共ォ!!」

「落ち着けって! 今は昼だぞ。鬼は出てこねーよ!」

 案の定騒ぎ出した伊之助を(なだ)める。

「そうか!・・・じゃあどうすんだ!」

 ハッと我に返って踏み留まる伊之助に、炭治郎は微笑ましく思いながら向き合った。

 そもそも彼の粗野な部分は知らぬが故の事が多い。教えてやれば彼はしっかり覚えて ちゃんと実行してくれる素直さを見せてくれる。日に日に人間らしい情緒を学んでいく様が、殺伐とした鬼殺の日々の中でとても尊いものとして炭治郎には映っていた。

 

「うん、先ずは義勇さん   水柱を捜そう。あの人もこの街にいることは間違い無いし。多分、ナナシさんの言った『先に遣った専門家』って、義勇さんの事だと思うんだ」

 ナナシはあの場所に、自由に人を呼ぶ事ができるようだったから、きっと炭治郎達より前に義勇と接触したんだろう。彼の口ぶりから、あそこで名前を呼ぶ事自体が良く無いことのようだった。

 もし『鬼退治の専門家』と、何らかの約束をし、さらにその『約束を補う』なら、必然と炭治郎達よりも上の階級の者、と限られてくる筈だ。

 何人と約束したかは判らないが、義勇は鬼殺隊の最高位   水柱だ。彼ほどの専門家もそういないだろう。

 

「見つからなかったら? 言っとくけど此処 人が多くて聴き分けるのちょっと難しいぞ。夜まで待つのか?」

「それは俺も・・・」

 善逸が言ったのは最もだ。

 ここは夜こそ人の往来が殆ど無かったが、朝になればこの通り   流石に浅草ほどでは無いが、人の往来はちょっとした田舎ならまるでお祭りのような賑わいを見せている。

 善逸の耳と同じように 鼻の利く炭治郎にとっても、この往来の中から たったひとりを嗅ぎ分けるのは難しかった。

「とりあえず昨日の場所まで戻ってみよう。きっとまだ匂いが残ってる筈だ。匂いを辿れられればきっと   

 

 

ざわっ

 

 

 不意に周囲の空気が変わった。

「なんだろう?」

 この大路に続く路地からどんどん人が出て来ている。押し合いになりながらも、大路の真ん中を空けるような集まり方だ。

 その空けられた場所を、青系の色で統一された独特な鎧兜の一団が此方に   正確には巨大な建造物のある方向に向かって進んで来るのが見えてきた。

 

「オシュトル様」

「オシュトル様だ」

「今日ってミカヅチ様の警邏の日じゃなかったか?」

「連日続けてお目にかかれるなんてついてるわ」

「ちょうどお帰りになるところなのね」

「今日も変わらず素敵・・・!」

 

 周囲の人々が口々に褒めそやし、衆目を集める先は空を溶かしたような青い衣に白い外套、そして一ツ角の白い仮面の漢   

 

「あの人は・・・!」

 昨夜出会した仮面の青年だった。

 翼の代わりに脚が発達した(キジ)のような大きな鳥に(またが)り、ゆっくりと進んでくる。彼の周囲には他にも同じように鳥に跨った者が数人。鳥に乗らず歩く者はその倍以上はいるだろうか。どの人もそれぞれ刀や弓、槍などを携えている。

 だが昨夜 彼と一緒にいた、濡羽色の髪の少女や長身の漢は見当たらなかった。

 

「どうする?」

 善逸が話しかけてきた。周囲の人は皆 仮面の青年の一団に気を取られ、また青年の方もこの人混みの中にいる炭治郎達に気が付いていないようだ。

「・・・今はこのままやり過ごそう」

 背負子の肩紐に手をかける。

 頭を過ぎるのは昨日のやりとり。

「あの人   禰豆子に気付いてた」

 善逸の息を呑む気配。「そうか・・・」と拳を何度も閉じたり開いたりして、仮面の青年を見上げた。

 

 禰豆子は鬼だ。

 

 本来なら鬼殺隊にとって討伐対象であり、連れているだけでも隊律違反だった。

 しかし禰豆子は、強靭な意志でもって人喰い鬼の本能に抗い、一度も人を喰っていない。それは鬼殺隊を率いる御館様と、柱の前でも確認された事。幸いにして炭治郎の周りにいる親しい人々は、善逸や伊之助を含め皆 禰豆子の事を理解してくれた。

 でも快く思ってくれない人も確かにいるのだ。蝶屋敷で治療中の時にも、心無い言葉を掛けられた事だってあった。

 

 初対面の相手に理解してもらうのは本当に難しい事だ。ましてや相手に動かせる部下がいて、それを引き連れているこの状況。最悪 禰豆子を失う可能性だってある。

 

「距離を置いて後をつけよう。幸いこの人混みだ。このまま黙っていれば気付かれな   

 

「っしゃぁあああああ!! 見つけたぜ! 昨日のオッサン!」

 

 炭治郎と善逸は心臓をまろび落としそうになった。

 

   伊之助ェェェ!!?

 

 高笑いする伊之助。

 何だ何だと周囲の視線が集まるのを感じる。

 

   マズイ!!

 

「しょう むぐ!!」

 大急ぎで伊之助の口を塞ぎ、側にあった屋台の陰に隠れるように飛び込んだ。未だモガモガと喚き続ける伊之助を小声で諌める。

 

「大声は駄目だ伊之助!」

「見つかるから!見つかってしょっ引かれるから!そうなったら水柱どころか元のところに帰れるかも判らないんだぞ!?天麩羅だって食えなくなるんだからな!?」

「てんぷら」

 好物を食えなくなると知った伊之助がピタッと大人しくなる。落ち着いてくれた伊之助に炭治郎も善逸もホッと一息吐くも、周りの喧騒はいつまで経っても静まらない。

 屋台の陰からそっと身を乗り出し、様子を伺う   行列は 何故か未だ其処に居た。

 そして最も警戒すべき仮面の青年は

 

   こっちを見ている・・・!

 

 見つかった!?

 動揺して肩が跳ねる。

 絶体絶命。

 そう思った時   黄色い悲鳴が上がった。

 

「こっちを見たわ」

「目が合った!」

「オシュトル様ぁぁ!」

 

 そこでオシュトルと呼ばれる青年がふわりと微笑んだ。

 

 

きゃぁぁぁああああああ!!

 

 

 其処此処から上がる黄色い悲鳴。中にはあてられたようにフラッと倒れる者までおり、何だかとても凄い事になっている。

 

 伊之助はこの場に満ちる雰囲気に気圧され、炭治郎も人の多さで酔ってきた。ふたりとも山育ちで、そもそも人が多い所はあまり得意では無いのだ。ましてやこんな気配や匂いにも耐性なんて無い。

 一方 町育ちの善逸は、人の多さに慣れてはいるものの、耳が良いので黄色い悲鳴の段階で己の耳を塞いだ。が、自他共に認める女好き故に、繰り広げられた光景を前に、目を血走らせて歯ぎしりしながら青年を睨み付けた。

 

 あっちの綺麗系な娘も。

 あっちの可愛い系な娘も。

 あっちの艶やか系な娘も。

 

 さっき彼の目の保養になってくれた娘たちがこぞってあのオシュトルとか言う男に釘付けになっているなんて   羨ましすぎる!

 

 

 オシュトルの一行が再び動き出す。

 一団が完全に視界から消え、喧騒も去って人々が元の様子に戻った頃、3人はようやく一息ついた。

 

 

「はぁ・・・びっくりした・・・」

「見たか オイ!」

 伊之助が立ち上がった。

「アイツやる奴だぜ! 一睨みしただけで女が何人も倒れやがった・・・!」

 善逸はがっくりと肩を落とした。

 

   いきなり立ち上がって何を言い出すかと思えばコイツは・・・

 

「イヤ・・・アレはなぁ・・・」

 でも似たような事なら伊之助にもできる気がする。喋らなければイケる気がする。

 絶対に言ってやらないけれども。

 

「おうい、坊主ども。何だか知らんがさっきからヒトの店の軒先でコソコソと固まりおって。買うてくれるつもりも無いんじゃったら、退いとくれんかのう?」

 善逸は今度こそ心臓をまろび落としたと思った。

 

 

「出たぁあああぁぁぁぁぁ!! バケモノどぅぁああああああ!!!」

 

 

「失礼だぞ善逸!」

「だってヤバいよ炭治郎、こいつの音! アイツと同じバケ   

 

ぐわしっ

 

 ビクッと肩を震わせ、押し黙る善逸。頭には翁の大きな手が置かれている感触。頭に置かれた手から伸びた腕を目で追って、翁の 目が笑っていない笑顔とかち合った。

「何じゃい、小僧。こんな幼気(いたいけ)なジジイを指して化け物みたいに」

 嘘のような禿げ上がった頭と口髭の翁が善逸を捕らえる。

 

「ヤダもうすっごい音してるもんこのオッサン! なんか確実に、面白いもん見つけたって物騒な音してるよ炭治郎ぉおおおお!」

「なにぃ?」

「あだだだだだだだ!?」

「ん? 力が入りすぎたか」

 翁はパッと手を離した。途端に善逸が頭を押さえて(うずくま)る。

 

   ミシミシミシッて頭骨から嫌な音が・・・割れるかと思った・・・」

「善逸・・・大袈裟だぞ」

 炭治郎が傍目から見た感じでは、本当に力を入れているようには見えなかった。何か恐ろしいものに出遭うと泣き喚くのは何時もの事だが、藤の花の家紋の家でお世話になった時といい、こんな優しそうな人に対してする反応じゃないと常々思う。

「ゔゔっ だって・・・」

「すまんのぅ。大丈夫だったかい?」

 老爺が声を掛けると善逸は「ぴぎゃ!?」と悲鳴を上げて弾かれたように炭治郎の後ろへ回る。

 ああもう、善逸が変に怖がるから この人から何だか寂しげな匂いがするぞ。ショックを受けてるじゃないか。

「いえこちらこそ 不躾なことを言ってしまってすみませんでした」

「ホッホッホ 礼儀の正しい子じゃ」

 

   優しいお爺さんだなぁ

 

「おいオッサン。このキラキラ何だ?」

「お前は呑気だな・・・」

 善逸のピンチ(?)にも目もくれず、伊之助は物珍しそうに屋台に並べられたものを熱心に眺めていた。

 一体何をと思って、炭治郎も屋台を見る。

 

「うわぁ・・・綺麗ですね」

 大通りに面した側に並ぶのは、竹串の先に彩り豊かに飾られた硝子細工の品々だった。

 まず目を惹くのは動物を模ったものだ。丸々としたカラフルな鳥や、尾がふたつある猫又、端正なのは犬じゃなくて狼だろうか。その他にも風車や、手鞠、花、そして何故かさっきの青年の仮面とそれに似た物が何種類かある。

 何れも手が込んでいて 見応えがある品々だ。

 

   あれ、甘い匂いがする・・・?

 

 よく見ようと屋台に近寄った炭治郎は、ふと硝子細工から仄かに漂う甘い匂いに気が付いた。そもそも硝子細工にしては、変わった陳列の仕方をしている。まるでお祭りで見かける林檎飴のような   

「おう、よくぞ聞いてくれた。これらはこのサコンが手ずからひとつひとつ丹精込めて作り上げた飴細工じゃ。どれも逸品じゃぞ」

「え、飴なのコレ   すごっ」

 それまでの恐怖も忘れ、善逸も思わず声が出た。今まで見てきた飴細工の中でも一二を争うほどの出来だ。大きさこそ掌に乗る程の小振りなサイズだが、身形の良い御仁への贈り物として遠目で見たものに目劣りしない。

 飴屋の親父   サコンが、炭治郎達の反応を見て満足そうに頷く。

「せっかくの縁じゃ。ひとつずつ買うて行かんか? ひとつ2セン   三本で6センじゃ」

 

 さてここで少々話を外らすが、大正時代は現代の『円』の他に『(せん)』も利用していた。大正十年ごろの基準で大体 キャラメル一粒1銭。あんぱんや大福が一個約2銭。ラムネが5〜6銭だったらしい。

 飴3本で6銭ならば、甘味としてはちょうど良いくらいだった、とここでは考える。

 

 だから炭治郎は何の警戒も無く、ごく普通に懐から財布を取り出し、銭貨を掌に乗せたのだ。

 

 

「待て、炭治郎」

 善逸の珍しく低い声に、炭治郎は小銭を数える手を止めた。

「その『(せん)』じゃない   多分だけど」

 炭治郎が掌に小銭を取り出した時点でサコンの音が変わった。炭治郎は確かに言われた通りの銭貨を財布から取り出したが、サコンの求める『せん』ではなかったのかもしれない。

 そもそも『せん』とこの翁は言ったが、本当に『銭』なのか。

 別の『せん』だという気がしてならない。

 微妙な音の違いすら聞き分けた彼は、誰よりも先に違和感を看破した。

 

「え?でもこの人は銭って?    あっ」

 しかし時既に遅し。炭治郎が善逸に気を取られた隙にサコンはかくも鮮やかに炭治郎の掌から銭貨をひとつ摘み上げ、目の高さに掲げてしまった。

「改定前のカネかの?」

 

 フム、と息を吐き、銭貨を握り込んだサコン。さっきまでの好々爺然とした笑顔は何処へやら、額に青筋を浮かべて三人を睨みつけた。

 

「どちらにせよ、このカネでは売ってやれんのう   坊主たち、一体どこから来たんじゃ」

 その迫力に炭治郎は思わず息を呑む。伊之助には羽織の裾を掴まれているようだ。

 

ヒィイイィィィィィィ!!

 

 極め付けに善逸の声を殺しきれていない悲鳴が大袈裟に響いた。それがいつもよりも過剰な反応の気がして、炭治郎は違和感を覚えた。

 恥を晒すのは何時もの事だけど、今日は随分 過剰なんじゃないか?

 

「おい」

 翁にしてはやや低く唸るような声で我に返った。

 

 そうだった。何とかごまかさなきゃ!うまい言い訳を言うんだ!バレないように!   バレないように!!

 

 顔に力を入れ!

 歯を食いしばって唇を噛み!

 バレないようさらに力一杯目を逸らす!

 

「遠い田舎から! 今朝やって来たばかりなんです!!」

 

 

 

 とんでもねえ炭治郎だった。

 

 

 

 

 

 

 

 




帝都コソコソ噂話:
伊之助にとって、相手が強ければ細かいことは二の次なのです。


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