帝都ヒノカミ奇譚   作:龍羽

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とんでもねぇ炭治郎だった。


第拾壱夜  (かたど)られるもの

 

 

 

 

 

 我妻善逸という少年は、生来 大変耳が良かった。

 

 それは、起きている間に耳で拾うもののみならず、寝ている間でも他人が喋った事を聞き取り、理解するほど。 その能力の及ぶ範囲は、人の内面にまで届き、相手の話が嘘か真か見極める事すら出来る程だった。

 

 そんな善逸だから、これまで数多くの嘘や誤魔化しを見聞きしてきた。

 自分が騙されたものも含めて、大抵嘘を吐く人間というのは、人のいい顔をして内心 相手をせせら嗤う音を立てるのだ。 それでも稀に、優しい音で嘘をつく人もいるものだから、善逸は自分に向けられた冷たい音の嘘を気のせいだとして気付かない振りをし   そして騙された。

 

 表面上の優しい笑顔と、内面の冷たい音の奏でる不協和音が、今の善逸ならはっきり『嫌い』だと断言できるだろう。

 善逸はこれまで、数多の嘘に触れて生きてきた。

 

 そう 故に。

 かつてこれ程まで、嘘や誤魔化しが下手な人間がいただろうか。

 

 

 

 

 目線は明後日の方角を見上げ、歯を食いしばって唇を噛み、顔中の筋肉がこれでもかと力が入って   友の思い掛けない変顔に、開いた口が塞がらない。

 

 

「・・・面白い顔じゃのう」

 善逸はこの世の終わりを覚悟した。

「権八郎お前・・・ 何でそんな馬鹿みてェな顔してんだ?」

 伊之助にまで突っ込まれる始末。

 『ギクゥッ!?』と肩を揺らす炭治郎。

「イヤ何ビックリしてんだよ。こっちがビックリだわ」

 

   駄目だ終わった。ごめんよじいちゃん、俺、ここで終わったわ。

 

 脳裏に善逸の師匠・桑島慈悟郎の顔がよぎる。諦めるなって?いやこればっかりは無理。

 

 目の前で 腰を曲げた身の丈六尺強の翁が動き出す。

 ビクリと身構える善逸。

 翁の一挙手一投足に全集中し   

 

「しかしそう言う事なら目出度い事じゃ   どれ 初めての帝都上洛記念に、このサコンの飴を楽しんでゆけ」

「え”ええええええええええ!!?」

 

 予想外の展開。さっきまで警官に突き出すどころか引っ捕らえる勢いの音を立てていたのに如何云う事なのか。

 力一杯叫んだ事で大通りを往く人々の衆目を集めているが そんな事はもう気にしちゃいられない。

「何そこで話合わせてんだよ可笑しいだろぉ!? 怪しいよ炭治郎! やっぱりこのオッサン怪しすぎだよ炭治郎ぉおお!!」

「喧しいわ!ちっと黙っとれ!!」

 拳を振り上げて怒鳴られ、善逸は慌てて口を噤む。

 

 善逸が静かになったのを見届けて鼻息を鳴らしたサコンは、屋台の裏側に回り 天板の一部を持ち上げた。

 途端にふわりと上がる白煙と強くなる甘い香り。開けられた天板の下   屋台の内部部分には鉄黒の竃が()め込まれており、天辺にはやはり鉄の円盤が乗っている。その円盤の上いっぱいに広がり 甘い湯気を立てているのは半透明の飴の塊だった。

 サコンが屋台から出た把手(はんどる)を下ろす。ふしゅっと空気を吹き込む吹子(ふいご)の音に、炭治郎が思わずそわりと反応した。炭焼きの家の息子ゆえに。

 

 そうして竃の火を(おこ)した翁は、じっと伊之助を(にら)みつけた。伊之助が身動(みじろ)ぐ。

「な、何だよ・・・! やんのか!?」

「こりゃ、動くんじゃない。じっとしとれぃ」

 一喝してさらに伊之助を(にら)みつける翁。その視線が伊之助の猪頭のみに集中している事に炭治郎が気が付いた頃、ようやく(と言っても彼にそう感じられただけで実際には短い時間だったかもしれない)サコンの目が竃に移った。

 そして円盤の飴の端の方をいつの間にか手に取っていた(へら)と素手で()み起こし、起こした分を(へら)から持ち替えた(はさみ)でじょきんと切り取った。天板の蓋を閉めて飴を手早く伸ばしては畳み、伸ばしては畳みと繰り返す。丸めると卵より少し小さい程のそれは、みるみる白っぽい色に染まっていった。すっかり白くなったそれを竹筒から取り出した串に刺し、くるくる回しながらサコンは(はさみ)を入れていく。

 

 ぱちん

 ぱちん

 くるくる

 

 時折竃の火入れ口に近づけて。

 鋏を入れ。

 指で曲げ。

 

 すっかり形が出来上がった串に、今度は竃の隣の天板を開ける。

 そこには色とりどりの液体が入った小瓶が、格子で仕切られて入っていた。それぞれに細い棒が刺さっていて、サコンはそのうちひとつ   薄紅色の小瓶から棒を引き抜いた。液体に浸かっていた棒の先は筆になっていて、ちょん、ちょんと色を置いていく。

 

 瞳は青色。

 ふたつの突起の先と伸びた鼻は桃色。

 最後はカラメル色を全体に。

 

 

「ほれ、お前さんの被り物はこんな感じじゃろ」

 そうして出来上がったものが伊之助に手渡された。

 

 伊之助の被り物   イノシシ頭を(かたど)った飴だった。

 

 ほわほわ

 

 飴細工を見つめる伊之助から そんな気配が立ち昇る。そんな彼の手元を左右から覗く炭治郎と善逸も各々声を上げた。

「うわあ 猪だ! よかったな、伊之助」

「え ナニコレ。普通に凄いんだけど。アンタ器用だな」

 

 年相応に素直な反応を見せた3人の少年たちに、サコンも思わず目尻のシワを深くした。

 ここ最近は暗い世間話を聞く事もあった彼にとって、こう云ったものは彼の心を軽くしてくれる。本当はお得意さんの躑躅(つつじ)色の少女が一等好いのだけれど、それはまた後の楽しみに取っておこう。

 

「お前さんらは何がいい」

 吹子(ふいご)(ふか)してサコンが炭治郎と善逸に問いかける。今はヒトを待つ身なのだ。ここ最近の気分転換も兼ねて付き合ってもらおうか。

 

「え、そんな。いただけません」

 ふわりふわりと漂ってくる甘い香り。思わず喉が鳴りそうになるが、炭治郎は何とか飲み込んだ。

 しかしサコンは朗らかに笑う。

「ホッホッ 祝いだと言うたじゃろ。遠慮はいらんぞ、ほれほれ」

 

 笑い(じわ)を浮かべる好々爺に促され、ふと脳裏に禰豆子の顔が浮かぶ。

 

 昨日の任務は他にも隊士がいっぱいいて、出さないようにと念を押されてしまっていた    一晩中こんな小さな箱の中にいて、さぞ窮屈だったろう。

 食べることは出来ないだろうけれど、せめて目で見て楽しませてあげたい。

 

「えと・・・、じゃあ   花 がいいです」

「あ、じゃあ俺は可愛い動物とかがいいなぁ!」

 おずおずと答えた炭治郎に弾かれるようにして善逸も欲しいものを答える。サコンは訝しげに眉間にシワを寄せ片方の眉を上げた。

「なんじゃい、男が花に可愛いものとは   さては想い(びと)でもいるんか」

 ニヤリと笑うサコン。

 その瞬間 桃色の蝶とともに誰かの顔が頭を過ぎった気がしたが、すぐに霧散した為に炭治郎の意識には残らなかった。顔は少し火照った。

「いえ 違います。妹に、あげたくて」

「俺も禰豆子ちゃんにあげる」

 サコンの目に映ったのはとても優しげな、けれど少し影の含まれた微笑みだった。その隣の金髪が締まりない顔で明らかに少女のものであろう名前を口にしたのは聞こえないふりを決めた。

「ほう、妹か」

 ますます頭に過ぎった少女を思い出す。彼女の兄貴たる親友も、妹を大事に想っているのを知っているゆえに。

「はい!禰豆子といいます!」

「俺のお嫁さん」

 

   ふむ 身内の公認か。

 

 善逸が飴を贈りたい相手の名前と炭治郎の妹の名前が一致して よほど仲が良いのかと思いきや。

「何を言ってるんだ善逸。禰豆子はお前の嫁じゃないだろう」

「音 怖っ!?」

 とても澄んだ顔ですげなく バッサリ切り捨てる兄。

 

   なんだ 非公認か。

 

「ホッホッホ 妹さん思いじゃのう   ならば妹さんの好いた色はどれかの?」

 音が怖い とはよく分からないが、公認ではないなら遠慮はいらない。彼はまず花を造る事に決めた。

 

「えっと・・・多分 桃色とか・・・薄紅色だと思います。妹は   禰豆子は、薄紅色の着物を好んで着るから」

 炭治郎の答えを聞いたサコンは「そうかい そうかい」と言って破顔する。そして再び蓋を開けて透明な塊を切り出した。

 

 今度はあまり()ねる事なく(はさみ)を入れ、八重に重なる花が出来上がる。最後に花びらを着色すれば、あっという間に薄紅から躑躅(つつじ)色に移ろう色合いの 可憐な花が出来上がった。 猪頭を(かたど)った物とは違って透き通っており、陽の光を浴びてキラキラ輝いている   珠世さんの血鬼術で見た 幻の花のような可憐さだ。

「冷めたら紙と紐をやるでの。それに包んでおくといい」

「ありがとうございます!」

 サコンの心遣いが暖かかった。

 

 きっと 禰豆子に見せるのは夜になってしまうだろう。

 陽の下と同じようには見せられないだろう。

 

 けれどこれなら仄淡(ほのあわ)い月明かりや 行灯(あんどん)の揺らめく灯りの下でだってきっと綺麗に見える。

 

   はやく 見せてあげたいな

 

 

 炭治郎の、親友の とても嬉しそうな、幸せそうな音に、善逸もまた心が暖まった。

 あんな感じの可愛い動物を、善逸も禰豆子に贈れる   きっと喜んでもらえる。

 

「そして恋人のいるお前さんには、これぢゃ」

 期待に胸を膨らませた善逸に、サコンは色水の瓶が並ぶ隅の方から(おもむろ)に その『ナニカ』を取り出し 押しつけた。

 

 

「ぎゃああああああああああああ!?」

 

 

 善逸が思わず放り投げた『ナニカ』が宙を舞い、すかさず炭治郎が捕まえる。手に取った飴細工を間近で見て 流石の炭治郎も顔を引きつらせた。

 

 それは頭がクワガタ、前脚がカマキリの形をしたサソリのような   やけにリアルな蟲の形に(かたど)られた飴細工だった。

 

「す スゴいデスネ・・・」

 炭治郎の精一杯の言葉でも気を良くしたサコンが高らかと宣言する。

「これぞワシの傑作『ギギリ飴』! 味も(こだわ)っておるぞ?   蟲味ぢゃ」

 親指を立てて ドヤ顔である。

 『ぎぎり』とやらが何なのか判らないなりに察するに、この飴細工の見本となった蟲の事なのだろう。山育ちの炭治郎でも見た事は無いが、この辺りに棲息しているのかもしれない。

 恐る恐る『ぎぎり飴』の匂いを嗅いでみる   元の飴の匂いとともに苦そうな薬草の匂いがした。訓練の時の薬湯よりはまだマシなくらいだろうか。

 サコンと善逸のやり取りを余所に、炭治郎は手に取ったギギリ飴の前脚を一本摘んで力を入れた。

「蟲味ぢゃ〜、じゃねえわ!気持ち悪すぎだろこんなもん!」

「安心せい。渡しておるのは男だけじゃ」

「余計悪いわ!   あっ 炭治郎!」

 パキンと乾いた音を立てて折れる前脚。善逸の制止も構わずそのまま口に頬張ってみる   たくさんの生薬が混ざったような 苦みの強めな味がした。

 

「そんなに不味くはないぞ。薬草の味がする」

「ええ・・・」

 善逸が信じられないものを見る目でドン引いた。サコンは腕を組み踏ん反り返る。

「当然じゃ!何種類もの薬草を煎じ、研究に研究を重ねて再現した傑作じゃぞ!体に悪いもんなぞ入っとらんわ」

「だとしてもこの見た目! 気持ち悪すぎるだろ!!   つーか俺 可愛い動物って言ったのにどっからどう見てもコレっ キモい害虫じゃねぇか!」

 とてもじゃないが女の子にあげられる代物ではない。もし禰豆子に いつぞやの炭治郎よろしく(ごみ)を見る目で見られたりした日には しばらく立ち直れそうにない。

「なんじゃい、たかが蟲の十匹くらい。逆に平らげて好いた女子に漢を見せてみぃ 若造が」

 唾を吐く意地悪じじい。さりげなく数が増えている。

 

   当て付けだ! このオッサン 当て付けで(わざ)と寄越しやがった!! 

 

 善逸が喚き散らす   その瞬間二人の間に割って入る影。

 

 伊之助の猪頭がサコンの視界いっぱいに現れた。

 

 

「おいオッサン、なくなった!」

 サコンの鼻先に突き出されたひしゃげた棒は、最初に(こしら)えた猪頭の飴細工が刺さっていた筈の物だった。

 

「ぬし、もう喰い終わったのたのかい・・・」

 最終的に食べて無くなってしまう物とは云え、目の前で、ちょっと目を離した隙に消えてしまった事に 翁の肩ががっくり落ちる。

「今度はアレ作れ! ヒラヒラしたやつ! 青いのがいい!」

「仕方がないのう・・・ちょっと待っとれ」

 次の飴を要求する伊之助に炭治郎が注意をしようとするが、その前にサコンは竃に戻って次の飴細工に取り掛かってしまった。既に一本ずつ戴いてしまっているので申し訳なさでいっぱいになったが、「ええんじゃ ええんじゃ」と言って サッサッと音が聞こえそうなほど手早く整形し、仕上げに藍色の汁を塗って爽やかな青い色の蝶が出来上がる。

 禰豆子に と造ってもらった花と同じく透き通った飴だった。

「ほれ、次はもうちょっと目で見て、愛でてから存分に味わって   

 

ガリッ バリボリ ゴリゴリゴリ・・・

 

「ああぁ ワシの飴をそんな容赦も無く・・・」

 稲刈りの鎌のような形の眉を八の字にしてさらに肩を落とすサコン。

 受け取った飴を躊躇(ちゅうちょ)なくガリガリと音を立てて完食した伊之助は、再び棒を突き出して催促した。

「次はもっとキラキラしたやつ作れ!いろんな色のやつ!」

「伊之助! もう二本も頂いただろう!」

 

 そもそもこうして無償で飴をもらえる経緯の始まりは、炭治郎たちが持っている銭貨が どう云う訳か使えないと判った所からだ。今の炭治郎たちは無一文と同じ   対価を払う事はできない。

 今 無償で作ってもらえているのは 完全にサコンの好意なのだ。

 そして甘いものは基本的に高価だ。

 今でこそ鬼殺隊に身を置いている炭治郎だが、元は炭焼き   炭を売って生活をしていた。商売の大変さは身に染みて解っている。

 

   これ以上はサコンさんの生活に関わってしまう。

 

「あんまり我儘を言ってこの人を困らせるな」

 

 そこで不意に爽流の匂いがした。

 

 

「よぅ サッちゃん! 今日は随分と賑やかだなあ!」

 

 

 匂いに気付いたと同時に聞こえてきた声。

 振り返ればそこには こちらに向かって颯爽と歩いて来る、黒檀色の蓬髪(ほうはつ)の漢。

 紺青(こんじょう)の襟巻きを襟元に収め、肘より少し長い位置でバッサリ切った袖口から、臑当(すねあて)と同じ銀鼠色の革籠手が覗く。胴当てにゆるく巻いて垂らした布と同じ色の、浅葱色の羽織の裾や袖を飾る 向日葵色の金飾りが、はためく度にカラカラを音を立てた。

 

 

ぎゃああああああああああああ!!!

イィィィィヤァアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 善逸は狂乱じみて叫びだした。それはもうビックリして、口から心臓をまろび落とすほどに叫び声をあげた。

「うっせえぞ紋逸!」

 伊之助が拳を振り上げて怒鳴りつけるのもお構いなしだ。

「嘘だろ嘘だろ!オッサンの音に気ィ取られてて近付いて来んの全然気付かなかった!! しかもどう言う事だよさっきぃ   

 

ゴチン!

 

「ったぁあ!!?    なんだよ! 殴ることないだろお!!?」

 思いっきり不意打ちを食らった善逸は、殴りつけてきた伊之助に抗議した。

「ハァァンッ!? さっき黙ってろっつったのはオメーだろォが!!」

「それなら殴る以外にもあっただろぉが! 止める方法が! 殴らなくってもよくない!?」

 殴られた頭に手をやった。心なしかヒリヒリしてきたような気もする。(こぶ)になってしまったかもしれない。

 その(こぶ)に気を取られて音が背後に来ているのに気付くのが遅れた。

「仲良いなぁ お前ら!」

「ひぃうっ!?」

 背後からガッチリ首に腕を回され、全身の毛という毛が逆立つ。

 ガタガタ歯を鳴らしながら恐々と振り向くと、暁色とバッチリ目が合った。無駄に整ってるのに(ひげ)面の 右眼の下の泣き黒子(ぼくろ)まで怖い。

「んん? 何でェ、そんなに見られたら照れっちまわァ」

 破落戸(ごろつき)らしい悪辣(あくらつ)な笑顔。

 絡んできた いかにも胡散臭い漢の表情と、その彼から聞こえる音とのギャップで酔いそうだ。逆ならよくあるよけどコイツ、コイツは   とんでもねえ奴だなコイツ!

 

「やれやれ ウッちゃん。遂に小僧ッ子にまで手ェ出すようになったんじゃな」

 

びくぅっ!

 

 全身の毛が逆立って身震いする。

 

   手ェ出すって何!? まさかそっちの道の人なの!?

 

 身の危険を感じた善逸は、全力で逃げようと身を(よじ)る。

 しかし背後に立つ青年の強靭な腕が、がっしりと善逸を捕えて離さない。ピクリともしない。

 

   やだコレ 逃げられないんですけど!?

 

 一方の青年は、半目になってがっくりと肩を落とした。一部の界隈では((はなは)だ不本意ながら)そう云う話のネタとされている身としては、断固 忌避したい話である。

「そんな訳ねぇだろ」

「ほどほどにするんじゃなぁ」

 袖で口元を隠して揶揄うサコン。面白がっている。

「だから違ェっての   ほら、この坊主もすっかり怖がっちまってんじゃねぇか」

 サコンがついにカッカと笑い出した。

 

 炭治郎は話の内容に着いて行けず首を傾げる。

 剃髪の飴屋のサコンと親しげに話す、突然現れた若い青年。見た感じはずいぶん歳が離れているように見えた。

「えっと、あなたは・・・?」

 おずおずと尋ねると、青年は善逸を抱えたまま快活に自己紹介してくれた。

「俺はウコン。この帝都で困った事がありゃあ何でも相談に乗るぜ。ここにいるサコンのじーさんとは所謂呑み友って奴でなァ   見ての通り ウッちゃんサッちゃんと呼び合う仲なのさ」

 隣に立ち腕を組んで うんうんと口の端を上げて頷くサコン。 ふたりからは強い信頼の匂いがした。

「サコンさんのお友達でしたか。俺は竈門炭治郎と言います。こっちは嘴平伊之助。貴方が抱えているのが我妻善逸です」

「いやちょっと待て 何自己紹介しちゃってんの!?」

 

   さっきから善逸は一体どうしたんだ?

 

「かまどた・・・? ああ、『みょうじ』って奴か」

「え? はい。竈門が名字で 名前が炭治郎です」

 少し首を傾げる。何と無く違和感を感じた。

「なるほどな。で、そっちが『イノスケ』でこいつが『ゼンイツ』っと   よろしくな!」

 ニカっと音が聞こえそうなほどの人懐っこい笑顔だ。炭治郎の中に過ぎった違和感が吹き飛んでしまう程の。

 そして善逸が泣き叫ぶことで完全に吹き飛んだ。

 

「よろしくヤダァ!! この人怖いんだけど! 遭ってからずっっっっと!碌でもない音しまくってるんだけど!?」

 善逸は恐怖に震え上がった。

 背後から聞こえる音が怖い。まるで躰どころか魂まで喰われそうな   しかも二重奏だ。

「ほほう、 坊主お主・・・」

 サコンが目を細めて善逸を見下ろすと、さらに殺しきれなかった悲鳴が漏れる。

 

 完全に怯えきった善逸に、サコンはひとつ溜息を吐いた。

 これ以上怯えられると 流石に周りの目が痛い。今後 可愛い子が立ち寄らなくなってしまったらとても困る。気が滅入る。

「まあ良いわ。   で? ウッちゃんよ。今日はどんな目新しい話をこさえてきたんじゃい」

 散々待たされた他諸々の仕返しはこのくらいで済ませる事にした。

「おう、聞いてくれよ、サッちゃん」

 

「え ウソ。まだこのまま話続くの。野郎に引っ付かれたままとか、嫌すぎなんだけど」

 あんまりな事態に喚くことすら忘れて スンと真顔になる善逸。

 

「実はなぁ 昨日の夜   とはいえもう夜明けも近ェって頃の話らしいんだが   オシュトル様とその部下のアンちゃんたちが、可笑しな連中とばったり出くわしたらしいんだ」

 

 ウコンが話し始めて炭治郎もひたと固まった。

 

 おしゅとるってさっきの・・・

 え? 鎧や兜は着ていないけれど、まさかこの人   あの白い仮面の人の部下 なのか?

 

 逃げようにも善逸が捕まったままだ。

 すっかり怯えきった善逸。さっきからずっと挙動不審でいる。

 

 そこでようやく気が付いた。

 

   そうか だから善逸はずっと変だったのか!

 

 きっと善逸は オシュトルって人とウコンさんが言葉を交わすのを聞いていたに違いない。

 そもそも一緒にいた部下の人たちは みんな鎧やスカーフで顔がよくわからなかった。こちらから見えなくなった頃合を見計らって行列から外れ、その辺の空き家で着替えたんだ。

 これだけの規模の街だ。今朝俺たちが忍び込んだ空き家のような場所がたくさんあるに違いない。

 やっぱり善逸は凄いな。

 でも   

 

 匂いを嗅ぐ。

 

 辺りに留まった飴の匂い。その匂いの中から青年の匂いだけを探る。

 言い回しや立ち居振る舞いは伝法だけど、この人からはどこか清々しい、誠実な匂いがする。

 

 あとは、 なんだろう。

 

 ほんの幽かだけど    花・・・?

 いや、 酒 か・・・?

 

 

「その内のひとりを確保したってんで今、オシュトル様にそいつの顔見に行ってこいって言われたとこなんだよ」

 善逸は怯えながらも感心していた。嘘と本当を織り交ぜて、ここまで人は滑らかに言葉を操れるものなのかと。

 どれだけの経験を重ねれば、ここまでの技術が身につくのか。

 これほどの虚実、いつもならねっとりとした重たい汚水のような音になる筈なのに、この青年からは   どこまでも澄んだ湧水のような音が聞こえるのだ。

 この辺 ちょっぴり炭治郎にも見習ってほしいと思った。この人からなら 炭治郎にもぴったりの上手い誤魔化しの手段を得られるんじゃないだろうか   変顔とかしなくても。

 

   炭治郎・・・黙り込んだけどこの音、匂いで探ってるな。

 

 当の炭治郎の音が さっきから変わった事に善逸も気付いている。おそらく『オシュトル』という名前が聞こえたあたりから。きっとすぐに自分と同じ事に気付いてくれる   

 

「どうせだからサッちゃんもどうかと思ってな。 何でも   オシュトル様と互角に()りあった御仁らしいぜ」

「ほう 」

 サコンが翁らしからぬ低い溜息を吐いた。

 

ビックゥウウ!!

 

 とたんに全身の毛という毛が逆立つ。

 

   もうヤダ この人たち。怖すぎる。

 

 なんとか、せめてここから脱出を   すぐに動き出せるように離れなければ。

「興味あるのう     一体どんな御仁なんぢゃ」

「聞いた話じゃ、肩より長いくらいの長髪を後ろでひとっ括りにした、左右で柄の違う派手な羽織を着た兄ちゃんらしいんだ」

 

   怖くても、何とか動かなければ・・・

 

「義勇さん!」

「ちょ、馬鹿 炭治郎!?」

 炭治郎は思わず声を上げてしまった。

 それまで逃げる事で頭がいっぱいになっていた善逸が、我に返って慌てて注意を促すが後の祭りだ。

「なんでェ 坊主。お前さんら、その男の知り合いかい?」

 ニヤリ と悪戯っ子のように笑うウコン。

「さてはオシュトル様が言ってた3人組ってのはお前らのことだなァ?」

 さらに駄目押しの一言。しどろもどろになる炭治郎。その笑顔と音から、善逸は確信した。

 

   コイツ・・・! それ確認する為に(わざ)と此処でその話しやがった!

 

 前言撤回。こんな奴から見習ってほしくない。ひとつも。

 

 しかし炭治郎は意を決したように まっすぐウコンに向き合った。

「左右で色と柄の違う羽織で、俺たちが着ているこの服と同じものを着ている人の事なら、おそらく俺たちが逸れてしまった人   冨岡義勇さんだと思います」

「ちょっと炭治郎ぉ!?」

 善逸が悲痛な叫びをあげる。

 炭治郎ならば 匂いで善逸と同じ結論を導き出せると思っていただけに、馬鹿正直に喋られてしまって驚きを隠せない   いや、さっきの事を考えると、嘘を言ったら言ったでバレそうだけれども!

 

「大丈夫だ善逸。この人から悪い匂いはしない」

「そりゃそうでしょうよ!俺も悪い音聞こえねーもん!   でも、 炭治郎? ・・・おまえ、この人から何にも感じないのかよ   前に会ったとか」

 炭治郎は善逸を落ち着かせるためにも微笑んでみせたが、あまり効果は無いようだった。それどころか不思議な事を逆に尋ねられ 首を傾げる。

 

「いや、ふたりとも強そうではあるけど・・・初対面だぞ?」

 炭治郎の発言に気を取られた善逸は、一瞬で交わされたふたりのやりとりと音を聞き逃した。

「え、でも匂いは? 嗅いでたんじゃない、のか?」

 善逸の耳と同じように、炭治郎は鼻が効く。

 彼を前に 嘘や誤魔化しは通じない筈だ。

 

 さっきだって何かを探る音が聞こえていたのに。

 

 

「あー・・・悪りぃな。さっきまで走り回ってたもんだからよ。臭かったか?」

 そこでようやくウコンの腕が善逸から外れる。よほど怖かったのか、何時もなら炭治郎の後ろに周って来る彼が、伊之助の後ろに隠れ込んだ。

「あ、いえ。確かに汗の匂いもしますけど、貴方からは清々しい水の匂いと青々とした山の匂いがします   ちょっぴり酒の匂いがするのは如何かと思いますが、とても良い匂いですよ」

「お、おう? あんがとよ・・・?」

 

 流石のウコンも、体臭とは別のものまで嗅ぎつけられて戸惑った。鼻が効く者に相対する事はあっても、そんなものまで嗅ぎ付けられた事はない。

 

 しかも嗅ぎ付けられたのは『水の匂い』   水神(クスカミ)の匂い。

 地水火風   誰もがその身の内にひとつだけ宿す 何れかの属性(かみ)の内、ウコンの宿す『水』を当てられた。

 その意味を噛み締め、知らず知らず口角が上がる。

 

   ほんと、おもしれェな、この坊主らは。

 

 ウコンが事態を楽しむのとは反対に、善逸はこの状況が信じられなくてさらに怯えた。開いた口が塞がらない。

「何じゃい、お前さん 昼間っから一杯やる気か?」

 サコンが深くため息をついてやれやれと首を振るも、ウコンは悪びれもなく むしろ楽しげに腰に下げていた徳利を掲げて振ってみせた。

「おう! キョウさんに呑ませてやろうと思ってなァ。サッちゃんも如何だい?」

「そう言う事なら儂もあの若造に呑ませてやりたいとっておきがあるわい   ふむ、そうじゃの。ちと早いが 店じまいとするか」

 「そうこなくっちゃ!」

 目の前で交わされるふたりの会話が遠い。

 炭治郎と話が噛み合わなかった事が、頭の中でぐるぐる回る。

 

    一体どうして・・・!?

 

「そうだ!   伊之助!お前は!?」

 ハッと気が付いて伊之助を見上げる。

 伊之助は気配に聡い。

 もし善逸の聞いている音が本物なら、伊之助が黙っているはずがない。きっと猪突猛進に看破する筈!

 いつの間にか新たにもらってしまっている飴細工   贅沢にも七つの色をした糸状の飴を使った 手の込んだ手毬型だ   をガリっと噛み砕き   

「おう、わかってるぜ! 俺は!」

 格好良く意気込んだ。

 

   さすが気配に敏感な男!

 

 後ろで「ワシの傑作・・・」とか聞こえた気がしたが もう構うものか。

 頼りになる。

 そんな風に思った事が、俺にもありました。

 

「こいつらが 強えって事がな!」

「そうだけど! お前に聞いた俺が馬鹿だったよ!」

 

   そう云う奴だよな! お前は!!

 

 何だか目眩がして、ふらりと ウコンに倒れこみそうになったところで   

「ゼンイツは派手な(なり)をして疑い深いんだなァ」

 

ビックゥウウ!!

 

 慌てて炭治郎の後ろに回り込んだ。

 特徴的な二股に割れた眉を八の字に描き、残念そうな顔と声色でとても面白がっている音がする。

 いやそんな事よりも・・・!

 

   名前 覚えられた・・・!

 

 恐怖で息が詰まる。血の気が引いていく音が聞こえ、身体中に力が入る。 炭治郎の緑と黒の市松模様の羽織の袖を シワが取れなくなるくらい握り込んだ。

 

「善逸    大丈夫だから」

 炭治郎の優しい声が耳に心地好く届く。

 

 陽だまりのような、温かな音。

 泣きたくなる程 慈しい音。

 

 正直、逃げ出したいくらいだけど・・・

 

「・・・炭治郎が言うのなら   しんじる」

 炭治郎の言う事ならば、 信じられる。

 善逸はこくりと頷いた。

 炭治郎のかさついて豆だらけの手が「よしよし」と 善逸の頭を撫でる。

 心地好くて、安心する。

 

 

「話はまとまったみてェだな」

 

 ふたりのやりとりを目を細めて見ていたウコンの声が掛かる。

 

「はい!」

 炭治郎が 大きく返事をする。

 その澄んだ声に、瞳に、ウコンの心も弾んだ。

「なら行くか! 着いて来な!」

 

 

 

 店を片付け始めたサコンには「また後でな!」と軽く手を挙げ、ウコンが颯爽と歩き出した。

 

 慌てて後を追いかける3人。

 大通りからすぐに狭い脇道(と言っても今までいた大通りがとんでもなく広かった為、そのように見えるだけで幅自体は2間半程の広さ)へ入り、どんどん先を行く。

 

「あの、ウコンさん   行くっていったい何処へ・・・?」

 小走りになりながらも追いついて声をかける。着いて行くのは決めたけれど、まだ何処に行くのかは聞いていない。

 ウコンの右隣を歩きながら、炭治郎はそっとその顔を見上げてみた。

 蓬髪と頰と顎の髭に惑わされがちだが、よく見れば整った顔立ちをしている。背丈は 探していた義勇と同じくらいか・・・それともあの人くらいだろうか。

「そりゃもちろん、お前さんらの探しビトを預けてある処だよ。探してんだろ? 昨日逸れたって奴を」

 返ってくる返事はとても朗らかで、楽しそうな匂いがした。

 すれ違った人に軽く手を挙げ人懐っこい笑顔を向けている様からは あの人とはまた違った面倒見の良さが滲み出ている。

 

   駄目だ さっきから何だかチラついてしまうな。

 

 ウコンの纏う浅葱色からは連想しようもない筈の緋色を思い出してしまい ゆるゆると首を振ってその思考を追い出す。

 いくら昨日の任務の場所が あの列車の場所に近かったとは云え、亡くなってしまった煉獄さんの事を思い出してしまうなんて・・・

 

   しっかりしろ。 あれからもう ひと月も経つんだぞ。

 

 気を取り直す為にも、炭治郎は再び青年を見上げた。

「そういえばさっき、顔を見に行くように言われたって言ってましたね   義勇さんは今 どちらに・・・」

 そこでどきりと跳ねた心臓の音を聞く。

 見上げた先の 暁色の瞳と泣き黒子(ぼくろ)

 

 暁色と緋色。

 朝と炎。

 

    あかいいろ(血の匂い)

 

 

「オシュトル様とチイとばかり縁のある連中が預かってんだ。 帝都でもそこそこ名の通った旅籠(はたご)   『白楼閣』でな」

 

 どこからか 薄紅色の花弁(はなびら)が舞い降りた気がした。

 

 

 

 

 

 

 




一尺=約30cm 六尺強=約182cm強
一間=約1.8M 二間半=約4.5M



アニメ版のムカデ形態より、ゲーム版のサソリ的な形態の方が好みです。
(より凶悪そうな蟲という意味で)




帝都コソコソ噂話:
 酒の徳利は、とても良い笑顔で「今日はもう帰って来ないでくださいね」と言って渡されました。

帝都コソコソ噂話その弐:
 その他の場所では、ウコンと親しいオシュトルの部下のヒトが私服姿でスタンバってました。


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