帝都ヒノカミ奇譚   作:龍羽

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開幕。


【 起 】ノ部
第壱夜  ヒト喰いの獣


 

 

 

 

 

 ヤマトの國 帝都 夜   

 路地裏に、炎が上がった。

 

 異形が燃え上がる。

 その数間先には、ずんぐりとした丸い体躯で足の大きな巨鳥が一羽。飛ぶことよりもむしろ地を駆けることに長けるように見えた。ひょろっと伸びる頭の飾り羽根が揺れる。

 その背には、二人の少女。

 そのうち異形に杖を向けるのは、躑躅(つつじ)色の衣の幼い少女だ。肩で荒く息をしている。

 

 

「もう少し休まれてください、ネコネさま!」

 背後にいる幼い少女に悲鳴のような声をかける、長い黒髪に薄紅色の花のような色の布飾りを左右にあしらった少女。こちらが2人を乗せている巨鳥の手綱を握っているようだった。

 

「大丈夫、なのです」

 髪を左右で結った少女、ネコネは、肩で息をしながらも気丈に応えた。

 ぎゅう、と口を引き結ぶ。自身の術で焼いたはずの異形が、炎の中から再生しようとしているのが見えるからだ。

 

 彼女たちの力では、あの異形は倒せない。

 

 解っている事でも、こうしてまざまざと見せつけられてしまうと悔しくて仕方がない。

「行きましょう、ルルティエさま。一刻も早く、兄様かキョウジュロウさんの所におびき寄せるですよ!」

 少女   ネコネが、手綱を握る少女の腰に腕を回す。それを確認し、ルルティエと呼ばれた少女は、ネコネよりも少し年嵩の顔を引き締めて意を決したように手綱を握り直した。

 

 そう、彼女たち(と、1羽)の役目は、異形のモノをおびき寄せること。この倒せない異形たちを、倒せる者は自分たちではない。

「お願い、ココポ」

 

コココココ!

 

 けたたましく鳴き声を上げ、巨鳥ココポはばさっと羽をばたつかせる。いざ、走り出そうとしたその刹那   

 

どっっ!!

 

 突然の衝撃が、少女たちが乗った巨鳥を襲う。

 立っていられなかった巨鳥は、そのまま横に倒された。乗っていた2人が投げ出される。躰の小さいネコネは、勢い余って地を転がってしまった。

「ネコネさま!   っ!?」

 

 ネコネとルルティエの間に降り立つ異形。

炎で焼いた異形とは、また別のもの   

 

「見てたぜ餓鬼ィ!」

 新手の異形だ。目測にしてざっと八尺は有ろうかという巨躯。下卑た嗤い声をあげながら、一歩、また一歩とネコネに近づいていく   その歩調を早めながら。

「俺たちみてぇな術を使いやがって   オメェから喰ってやるぅうう!」

 血走った目を開き、鋭い牙の並んだ口から大量の涎を垂らしながら、異形が襲いかかって来る。

 

 防御なんて、間に合わなかった。

 影が落ちる。

 

 獣(ケダモノ)の呼吸・参の牙   喰い裂き!

 

 交叉した刃が、獣が獲物を喰い千切るが如く異形の頸を斬り落とす。その勢いをそのまま乗せて、異形の巨躰が蹴り飛ばされた。

 巨躰は塀にぶつかり、落とされた頸は地面を跳ねて転がり、やがて止まると、呆気にとられるふたりが見ている前で、躰とともにずぐずぐと灰のように崩れて消えていった。

 

 

「たおした・・・?」

 倒せないはずの異形が、倒された。

 

 刃がボロボロの二刀を携えた男は、黒い履き物に毛皮の腰巻姿。月を背負うように立つその上半身は、鍛え抜かれた肉躰が惜しげなく晒されている。だがその頭は   

 

 ネコネが恐る恐る目を開ける。

 

 牙のある豚(ブルタンタ)と 目があった   明らかにヒトではない。

 

 ヒッ、と声にならない悲鳴をあげる。

 ゆらりと持ち上がる、刃を携えた腕。

 ギュッと縮こまる躰。

 

 目を閉じてしまう。

 風を切る音。

 

 振りかぶられた歪な刃はしかし、少女に届くことなくそらされた。

 

ぎゃっ!?

 

 頭上で聞こえた悲鳴に、ハッと目を開ける。

 もう一体の異形の頸が宙を舞っていた。さっきまで、ネコネの炎で灼かれていた方だ。

 頸はルルティエとココポの方へ転がると、間も無くボロボロと音を立てて崩れていった。

 

 また 異形が倒された。

 まさか、助けてくれたのだろうか?

 

 おそるおそる顔をあげて、肩が跳ねた。

 じっとネコネを見つめるケモノ頭の男。鼻息荒く顔を近づけてくる男の迫力に体が動かない。

 

 だが鼻息がかかるほどまで近付かれてようやく気付いた事もある。

 男と視線が合わないのだ。

 

 ケモノ頭の異形と思ったそれは、ただの被り物だった。

 

 

「   違うな」

 

 荒い鼻息でネコネを観察していた男は、そう言ってようやく顔を離した。

「な、何が違うですか」

 その問いかけに、男は答えなかった。

 

ゴロゴロゴロゴロ・・・

 

 その代わり彼は遠方から聞こえてきた音に反応する。

 

「今の音は・・・?」

「ハッ!!」

 ルルティエのと言うか細い声に被さるように男の声が上がり、二人はビクッと肩を震わせた。

 

「ひゃはははは!」

 そして高笑いを始める。奇抜な格好を裏切らない 低く野蛮な笑い声。

 

「まったく今日は大量だぜ!一匹残らず喰い散らかしてやらぁ!」

 

 ケモノ頭の男は言うや否や バッと力を溜め込むように身を屈め   

「ひゃう!?」

 思わず頭を抱えて身を守るネコネ。

 そして彼は助走もなく足のバネの力のみでネコネを跳び越えると、ふたりには目もくれず走り出した。

 

「猪突猛進! 猪突猛進!   伊之助様のお通りだぁあああ!」

 

 雄叫びを残し、ココポ顔負けの速さで瞬く間に見えなくなる。

 嵐が去ったような静けさが後に残った。

 

 

「一体何が・・・?」

 ルルティエも呆気にとられて既に人影も見えなくなった路地を眺めた。彼女の元にココポがすり寄ってくる。ルルティエは労わるように柔らかなその毛並みを優しく撫でた。

 

「   さっきの音、カミナリの音みたいだったのです」

 ケモノ頭の男が走り出す前に、反応していた 音。

 まるで雷鳴のようだった。

「でも、雲は見当たらないようですけれど・・・」

 『カミナリ』と言うネコネの言葉に、空を見上げるルルティエ。

 彼女の言う通り、今日は月夜   雨雲なんて見当たらない。

 

 雲もないのに雷が落ちたのだろうか?

 誰かの呪法だとしても、一体誰の?

 

 それにさっきの男。雷のような音がした方角と同じ方に嬉々として走って行った。何か知っているのだろうか?

 そもそもあっちの方角は確か   

 

 

 そこまで考えて我に返る。

 

「ルルティエさま、急ぐです!」

 がばっと起き上がり、ネコネは少しばかりふらつきながらもルルティエのもとに駆け寄った。

「さっきのケモノ頭のヒトは、頸を斬って異形を倒していました。キョウジュロウさんと同じなのです。もしかしたら、あの異形について何か知っているかもしれません」

 ルルティエがハッと息を飲む。

 

 あのケモノ頭の男が走り去った方角も、雷鳴のような音が聞こえてきた方角も同じ   ネコネの兄が待ち構えている場所のある方角だった。

「だとしたら大変   あんなお姿でオシュトルさまたちの前に現れたら斬り合いになってしまいます!」

「急ぎましょう   ココポは大丈夫ですか?」

「ココォ   !」

 勇ましい鳴き声で応えるココポ。

「乗ってください!」

 ルルティエはココポに乗るとネコネを自分の後ろに引き上げた。

「お願い、ココポ!」

 

 鳴き声をあげて巨鳥が走り出す。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

 朧の月夜に刃が煌めいた。

 

 水が滴る刃が捉えたのは、異形の頸。

 胴と離されたそれは、切り口から瞬く間に炭化して消えていった。

 

 それを見届けて、刀を納める青い人影。

 闇夜にあっても映える白磁の仮面が、月明かりに照らされて闇に浮かぶ。

 

 

「終わったか?」

 その背にのんびりとした声がかかる。仮面の男が振り向いた先には彼と同じくらいの背格好をした別の青年と、濡羽色の髪の少女。

 

「ああ、追い込み役ご苦労であったな   ハク殿、クオン殿」

澄んだ声がふたりを労った。

 青年   ハクがグッと伸びをする。

「まあ自分が言い出した策だったし、いいんだが   まったく毎夜これじゃあおちおち眠れん。何でこんな夜中に出てくるのかね」

 やれやれと手に持ったままの鉄扇で自分の肩を叩く。その態度は仮面の男にとっては微笑ましいものだったのだが、彼の背後に立つ少女の釣り上がった眉にそれは控えられた。

「昼間堂々と熟睡してたヒトの台詞じゃないかな・・・」

 地の底から響くようなおどろおどろしい空気をまとって、少女   クオンがハクの後ろで凄む。ハクが「ひえっ」と悲鳴をあげた。

 

「もぉお! オシュトルなんか、昼間の政務も、警邏も熟しての夜間任務なんだよ?いくらミカヅチと交代してるからって言っても限度があるかな!」

 

 腰まで届く濡羽色の髪を揺らし、ぐいぐいと彼女の背丈よりも高いハクに詰め寄る。今にも彼女の白い尾が彼の額に巻きつきそうな勢いだ。

 仮面の男   オシュトルはいつもの光景に笑みを深くした。

「仕方が無かろう? 捕縛も難しい相手なれば、見つけた側から徹底的に殲滅せねば   民が安らかに暮らせぬゆえ」

 その一言にハクの眉間に皴が寄る。

 オシュトルにとっては当然の事でも、ハクにとっては見過ごせない事だった。何せ彼は 隙あらばサボりたい精神の塊であるゆえに。

 

 だからこそ今日という今日は言わせてもらいたい。

 

「お前なぁ、代われるものはどんどん部下に任せろよ!   何徹目だ!?」

「さて?」

 がっくりと肩を落とすハク。

「この清廉潔白め・・・」

 ハクとオシュトルは何かと気心の知れた仲ではあるのだが、如何せんこう言う事には納得できないものがあった。

 

 

 その一連の流れを少し離れたところで眺める3つの影。

 そのひとりである金色の巻き毛を後ろにまとめあげた少年が、ぎゅっと自分の得物の弓を握る手に力を込めた。

「・・・見つかるといいですね、例のアレ」

 まだ少年の域を超えられない年頃の表情は暗かった。

 少年にとってオシュトルは兄のような存在。その義兄が、普段にも増して激務をこなす状況にある。

 何もできない自分が不甲斐なく、心苦しかった。

 

 ふふ、と。

 少女の笑う声に視線が集まる。

「普通だったら、絶対に遭遇したくないけどなぁ?」

 おっとりと笑う華奢な少女が、引きずっていた異形を放り、足元に縫い止めながら「こっちもよろしく〜」と仮面の男に声をかける。もがき出した異形に一撃を加えて   その衝撃で首が明後日の方向を向いた   気絶させるのを忘れない。

 頰には真っ赤な返り血がべっとりと付いているので、またずいぶんはしゃいだようだ。

 

「現状、打開策が他にないのだから、仕方無いじゃない」

 一仕事終えてぷかぷかと一服するのは、長身に長い黒髪を一括りにした男。肩に担いだ長剣は使い込まれ、貫禄のある様は渋く響く声も相まってここに集った者たちの中で一番の年嵩に見えた。

 

 ハクは集まった彼ら   形式上は自分がまとめている仲間たちを改めて見回す。

 

 先の戦で仲間になった最年長の剣客 ヤクトワルト。

 おっとりと微笑むのは海洋国シャッホロの姫君 アトゥイ。

 周囲に振り回されがちではあるが弓の名手のキウル。

 腰まで届く濡羽色の髪の少女は自分の恩人でもある異国の薬師 クオン。

 そしてヤマトを統べる帝より右近衛大将を任されたオシュトル。

 

 今いない者たちも含め、皆 手練れが揃っている。

 

 そんな手練れが揃っているにもかかわらず、誰も彼も   もちろんハクも、今しがたの戦闘で薄汚れてしまっていた。

 

 無理もない。

 相手はこちらを餌として認識する異形のもの。

 皮膚は鋼のように固く、そして何より厄介なことに再生能力まで備えている。ちょっと腕に自信がある程度の者では、たちまち異形どもの餌にされるのがオチだろう。

 

 最近ようやくある条件を揃えた上で頸を斬れば消滅することを突き止めたが、ここ連日続く夜の警邏で皆疲れていた。

 さっさと解決して休ませなければ潰れてしまうだろう。

 

 そのために自分が講じた策(と言うには粗末だと思う)がある。

 今 オシュトルの表と裏の部下たちが手分けして探しているが、目的のモノは本来断固避けるべき災厄。帝都周辺にいるかどうかははっきり言って望みが薄い。きっとまだ捜索範囲を広げる必要があるだろう。

 

   まだしばらくはこの状況が続きそうだ。

 

 この先解決に向けて乗り越えなければならない課題の数々を思うと、改めて気が滅入るようだった。

 

 確かなことは、現状このままだとこの親友とその相棒はいつ過労で倒れるか知れない状況にある、と言うこと。

 自分たちはまだ昼間休む時間があるからまだマシだ。けれどさっきクオンが言ったように、オシュトルとその相棒は昼の間も別の仕事に追われている   それを当人たちは善しとするのだから、付き合うこっちは全くもって身がもたない。

 

 というか机仕事より腕が鈍らずに済むとか前に笑って言ってたんだが。

 何故だ。何故 自分の周りにはこんなに仕事馬鹿と戦闘馬鹿が揃っているのだろうか。

 

 

「はあぁ・・・まったく。 追加労働手当でもないと、やってられ   」

 一瞬だった。

 

 

 不意に揺らいだ空間が、瞬く間にヒトを呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




一尺=約30cm。 八尺=約242cm。
一間=約1.8M。


帝都コソコソ噂話:
右近衛大将オシュトルは、現在五徹目だそうですよ! 左の大将(こちらは三徹)ともどもしっかり寝てほしいですね。


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