目の前で仲間が消えてしまいました。
ハクが消えた。
「え・・・?」
「ハク 殿 ?」
話の途中、誰もが見ている目の前で。
何の前触れもなかった。
「キウルもアトゥイの嬢ちゃんも消えたじゃない」
ヤクトワルトの焦る声。彼は周囲を見回し、オシュトルらの方を向き さらなる異変に気がついた。
「大将 後ろだ!」
注意を促す声に弾かれるようにオシュトルとクオンは各々の武器を構え振り向いた。
ぐにゃり ぐにゃり
空気が 滲んでいる。
呪法か 幻術か。
じゃり、と 誰かが土を擦る音。
各々がじりじりと間合いを測り、何が来ても対処できるよう滲みを睨む。
滲みはまるで大量の水で濡らされた古硝子のように向こう側を透かし、水滴を覗いたようにゆらゆらと歪に震えていた。その震えが一際大きく揺れたかと思うと、何か塊のような滲みが現れ 一気に人の形の像を結ぶ。
「ぉ わ !?」
ドサドサッ!
現れたのはふたりのヒト。
ひとりは山吹色の三角模様の羽織を着た金髪の少年。気を失っているのか、仰向けに倒れたままピクリともしない。
「ったたた・・・ ?」
もうひとりは緑と黒の市松模様の羽織を着た、赤みがかった髪と目の少年だった。薬箱のような木箱を背負い 黒い刀身の刀を握っていた。
少年が打ち付けたらしい顎をさすりつつ、うつ伏せの状態から起き上がる。すんと鼻をひくつかせると、勢いよく顔を振り仰いで正面にいるオシュトルと目を合わせてきた。大きな目を見開き、次いで戸惑う気配のまま周囲を見回す。
そのキウルのような年相応の表情と仕草に、思わず頰が緩みかける。
だが、遅ればせながら気付いた気配に、オシュトルは
「善逸!」
少年が傍に気絶したままの金髪の少年の肩をゆする。仲間らしい金髪の少年は、目を閉じたまま起きる気配がない。
まずは安否の確認をするのが先か。
「・・・クオン殿」
声をかければ 彼女はこくりと頷いて応える。
しゃなりと少年らの側に寄り、彼女は膝をついて丁寧に診察を始めた。
「あの・・・」
「心配は要らぬよ その者は優秀な薬師ゆえ」
心配そうにしている少年にそう声をかければ、ほっと肩の力を抜く。そうして刀をしまうと、少年はしばしそのままクオンの手つきを見つめる。クオンが脈をとり、呼吸を確かめ やがて微笑んで頷くと、少年はようやく顔をほころばせた。
目覚めぬままの少年が心配なのだろう。よほど親しい仲と見える。
なのにこちらの
素直で 好感が持てる少年だ。
だからこそ はっきりさせねばならない。
「さて」
それまでの穏やかな空気をかき消すように、かちゃりと刃を鳴らす。
少年の肩がびくりと跳ねた。
クオンが静かに立ち上がってこちら側に戻りつつ少年から距離を取る。
「其方の背負う箱から、ここ最近馴染みの深い異形の気配がする事。 その理由、お聞かせ願おうか」
少年とはいえ背丈は両者ともにアトゥイより少し大きく、齢もキウルと同じか若干年上 おそらくは十四、五六だろう。 相応の対応をさせてもらう。
「それは・・・ っ!?」
少年は急に言葉を切り、刀に手をやって周囲を見回し始めた。
急に示された警戒の色に、オシュトルも少年の一挙手一投足に注意する。
ひく ひく
そうして少年が鼻をひくつかせているのに気が付いた時
がったんっ
不意の物音がして少年に意識を傾けたままちらりと振り返る。
ヤクトワルトの向こうに蘇芳色の髪を左右で三つ編みにしてぐるりとまとめあげた女性が、黄昏を過ぎた空の色の帯を揺らしてよろよろと立ち上がろうとしているのが見えた。
彼女は元・義賊。 ある一件によりハクの部下として弟のオウギともども召し抱えたのは記憶に新しい。 鳥の翼のような形状の耳が特徴のエヴェンクルガ族は、総じて身体能力が高く、彼女もその例に漏れず目覚ましい戦闘力を誇るのだが その彼女がまるで立っているのもやとといった態でふらついている。
「ノスリ?何かあったの?」
クオンが声をかけた。彼女に任せてそのまま少年を警戒し続けようとしたが。
「オウギが消えた」
ノスリのその一言で注意をそらす。
「目の前でだ 私をかばって この目で見ていなければ到底信じられん・・・」
見つめていた己の手をぎゅっと握り、額に当ててさらに意気消沈するノスリ。
オウギは彼女の弟。とても仲の良い姉弟だ その片割れがいなくなったということは、さぞ身を裂かれる想いを味わっていることだろう。
オウギほどの男さえ 消えた。
これで消息を絶ったのは4人になった。
ぎり と、歯を喰いしばる。
そうして失念していた。
彼らの動揺を余所に、ぴくりと動くモノの存在を
ヒトが消え、別の者が現れたとき。
消えてしまったアトゥイが縫いとめていたはずの異形が一体。
復活のいとまを与えるには充分過ぎる時間が過ぎてしまっていた。
一体どうやったのか、いや ことこの異形どもにあっては考えるも無駄だろうが、仰向けの状態から高く跳び上がった異形が、ノスリめがけて空中から急降下して襲いかかる。
「しまった、ノスリ殿!」
体ごと振り向いた瞬間、オシュトルの横をすり抜ける影。
その間にノスリに迫る異形。
勝ち目のないことを悟って逃走を選んだソレは、この中で今最も戦う意志を喪失している者を正確に嗅ぎ分けて襲いかかる
「水の呼吸・肆の型 打ち潮!」
異形を襲う、唸る水飛沫。
波が引くと現れたのは、市松の羽織。振り抜かれた黒い刀身。
さっきまで対話していた少年だ。
振り抜いた刀を正面に構え直し、ノスリを庇うような位置に降り立った すでに水の痕跡は『ない』。
違う、術ではない 太刀筋がそのように見えたのだ。
いや、驚くのはそれだけではない。
「たお した・・・?」
クオンの声がかすれて聞こえる。
そうだ、この異形は再生力が異常に高くて簡単には倒せない。
倒せるのは
「さがってください! まだ、来ます!」
少年の澄んだ声が警戒を促す。
言われて初めて気が付いた、辺り一帯に漂う異形の気配。
しかも、どんどん集まってきているようだ。
「下から来る・・・!」
少年の焦る声にそちらを見れば、彼は勢いよく振り返ったところだった。
「失礼します!」
そう言ってノスリを抱きかかえると、一息で跳躍する。
「えっ 跳んだ!?」
クオンの驚く声。
同時に地面から飛び出した異形の腕と躰。
異形の攻撃はあわやというところで空振りにおわる。
うまく逃れた少年は、ノスリを抱えたまま屋根の上に着地し、彼女を丁寧に下ろした。
先ほどからノスリが呆然と心ここに在らずな様子なのは気にかかるが、ひとまずは大丈夫と見て、地面から現れた異形を斬るため剣を構える。
腕はまだいくつも飛び出してきた。
その腕の群れがクオンにも迫るが、彼女は冷静に見極めその場で高く跳躍し、出て来た異形の本体をできる限り苦無でその場に縫いとめた。身動きさえ止めてしまえば後はオシュトルが止めを刺せるはず。
市松の羽織の少年とは路地を挟んで反対側の屋根に着地して オシュトルの背後に信じられないものを見た。
「オシュトル!」
声は、『彼』が刀を構えて踏み込もうとしたのと同時だった。
雷の呼吸・壱の型
背後に感じた痺れるような悪寒。
オシュトルが進路を開けるように横へ飛び退く。その瞬間
ゴロゴロゴロゴロ・・・!!
背後から異形へ まっすぐに迸る霹靂の一閃。
後から轟いた雷鳴。
縫いとめられた異形どもは、刹那の間に斬り伏せられた。
その全てが正確に頸を捕え、ひとつ残らずボロボロと崩れて消えていく。
その刹那の技は刀身を見ることすら叶わず、幻とはいえ幽かに見えた稲妻の残滓は 対の大将を彷彿とさせる。
ふ と。
金髪の剣士が顔を上げる。
そしてそろりそろりと なぜか恐る恐るといった雰囲気で こちらを振り返った金髪の少年と目が合った。
「其方らは 」
「ぎゃあああああああああああ!!!」
声をかけようとした矢先の汚い高音。
その場の全員が耳を塞ぐ。
「何それ何なんだよそれ!怖い怖い怖い怖い!鬼よりおっかないんですけどぉおお! いや、鬼もおっかないけど! やばいやばいやばいやばい やばいってぇ!!」
けたたましく捲し立てられる恐怖の感情。
さっきまでの雰囲気はどこへ行ったのか。
誰もがあっけに取られる中、さらに何かに気づいたのか、ブンブンと音がするほど頭を振って周りを見る。
「て言うか何処だよここぉ!俺たちさっきまで山の中にいたのに!暗いけど街!?街ン中なの!? 嘘でしょ?嘘過ぎじゃないこれぇ!」
叫ぶ。
叫ぶ。
本当にさっきの雰囲気どこ行った。
「落ち着け善逸!」
屋根の上から市松の羽織の少年が金髪の少年を諌めた。
「ヤダもう鬼は多いし可愛い子はいるけど得体の知れない奴いるし死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬよこれ死んでしまうよこれはぁあああ! 助けてくれよ炭治郎ォオおおお!」
なおも散々わめいた挙句、ついに金髪の少年が泣き言を言いだした。
息継ぎ無しでよく響く。未だ余韻が残っているような
ぉぉぉおおおおおおおおお!!
いや、違う。実際に遠くから低く唸るような雄叫びが近づいて来ている。
声の方角 オシュトルから見てヤクトワルトの向こうにある辻に注意を払い それは姿を現した。
「りゃああああ!! 伊之助様の到着だぁあああ!」
通りの陰から飛び出してきたそのヒトは、現れた勢いをそのままに塀を蹴って無理矢理進行方向を変えた。
牙を生やした
その風貌にヤクトワルトの目が見開かれる。
「はっ?」
一番近いヤクトワルトにまっすぐ向かって行ったその男は、両の手に携えた二振りの刀を上段から思いっきり振り下ろした。
ギィイイン!
「ぅおっとぉ」
ケモノ頭に驚きはしたものの、ヤクトワルトは危なげなく男の攻撃を弾き返した。
攻撃を防がれたケモノ頭の男は、足取り軽く距離を取りヤクトワルトと対峙する。
「はは! いいぜぇ!」
そう笑い声を上げると彼は、ぶん、と片方の刀 どちらの刀も随分ひどく刃こぼれしている をヤクトワルトに向けた。
「お前強いだろ! 俺と勝負しろ!」
その態度にヤクトワルトは深々とため息をついた。こういう手合いはさっさと畳んでしまうに限る。
「随分とまあ威勢のいい餓鬼じゃない」
「 あん?」
ふと、何かに気がついたのか。ケモノ頭の男が、しばらく眼前のヤクトワルトを睨む 睨ん で、いるのだろうか。 視線が定まらないせいで分かりづらい。
金髪の少年が青ざめた様子で両者を見比べる。
「何だテメーら!?」
やがて鼻息荒く勝手に怒り出した。粗暴なものだ。
「何だって、お前さんの方が何者だい?」
「それよりも頭かな! どうなってるかな!?」
頭上から割り込んできたクオンの指摘に ヤクトワルトはがっくりと肩を落とした。
クオンの姐御、今それどころじゃないじゃない・・・
まあ気持ちは分からなくもない。 何せケモノ頭の下は、筋肉がついた男の上半身を惜しげなく晒し、黒い袴の上にはそれぞれ質の違う毛皮を腰帯と脚絆がわりに身につけている。はっきりいって奇抜すぎる。気配から異形の類では無いことは判るのだが。
「アン? お前にゃ関係ねーだろーが!つーかテメーらこそどうなってんだよ? 化け猫の類か?」
ねこ? 神獣『ヌコ』のことか?
前にハクがそれらしいことを言っていた気がする。
「ふふ 出会い頭に失礼かなあ?」
クオンがにこにこと笑いながら腰に手を回す。笑顔が怖い。後ろにやった手はおそらく追加の苦無を準備しているのだろう。
「うへぇ おっかないじゃない・・・」
空気がピリピリする。
「伊之助!無事だったのか!」
その空気を最初に破ったのは、屋根の上の市松の羽織の少年だった。どうやらこのケモノ頭の少年とも既知の仲らしい。ケモノ頭の少年が踏ん反り返る。
「当然だ!さっきだって向こうの路地で2匹倒したばっかりだぜ! すげえだろ!」
ぶん とケモノ頭の男 いや低い声だがヤクトワルトの言うとおり口振りからして少年だろう は、自らが来た道を刀で示す。
オシュトルは刀を向けられた方角を目で追った。
あの方向は はて
「おうそれでさっき、アオコみたいな頭してる雌の餓鬼がいたぜ!長い棒ッきれを振り回して馬頭子みてぇに火ィ吹いてた!」
帝都に敷いた警備網を脳裏に描く最中 聞こえてきた覚えのありすぎる特徴に、仮面の下の眉間に皺が寄った。その視線がゆっくりとケモノ頭に定まる。
ケモノ頭の少年は両手を頭の横に持っていって、ふたつ髪のように上から下へ流すような仕草をしているところだった。
そこで当人は気付いていないが、彼の暁色の目から光が掻き消えた。
「もうそれ!アオイちゃんと禰豆子ちゃんだろ!?というか女の子の表現になんて言葉使ってんだ! 訂正しろォ!」
粗暴な物言いはいつもならクオンが目を釣り上げる所。しかし今のところ金髪の少年が全て返してしまっており、彼女は口を挟めないでいた。
さっき罵倒のようなものを受けていたにもかかわらず、美しい眉間にぎゅっと皺を寄せての苦笑い 状況についていけていないとは珍しい。
「その子のも血鬼術だったのか?」
屋根の上の市松の羽織の少年が声をかける。
「ちげえよ!襲われてたからな! だからちゃんと踏まないでやったぜ!」
踏む。
その宣言で、市松の羽織の少年が優しげに破顔した。
「そうか。 偉いな 伊之助」
ほわ ほわ
踏まなかったと申告しただけで褒められるほどか、その乱暴者の素行は。
踏まなかっただけで他に何かしてはいまいな その『火を吹いていた少女』に。
口元が凶悪な笑みの形に歪む。
その様たるや ハクがぼやいた清廉潔白はすでに裸足で逃げ出していた。
「聞けよお前ら! というかそもそも踏むなよ!最低か!」
ギャーギャーと騒ぐ3人組を前に、何故かヤクトワルトが今にも撤退したそうな視線をオシュトルに寄こす。
というか、じりじりと
あの少年達の一体何に気圧されているのか知らぬが、オシュトルが前に出るように仕向けてくれたのなら、断る道理は彼には無い。
「 いやじゃなくてェェェ! お前ら状況わかってんの!? 囲まれてんだよ俺たち! コレ絶対やばいからぁ!!」
「ほう解っているなら話が早い」
ゆらりと。
金髪の少年の背後にオシュトルが立つと、彼はとても大袈裟に「ひぇっ!?」と肩を逆立てた。
「実は其方らとじっくり話し合う場を設けたいのだが 構わぬな?」
口元は笑みの形でありながら、オシュトルの目は全く笑ってなかった。
後に剣豪ヤクトワルトは、設けられた宴の席でこう述懐する。
この時の大将が纏っていた空気は、極寒のクジュウリより凍てついていて怖かった。
と。
帝都コソコソ噂話:
× 状況についていけていないクオン
× 少年達に気圧されるヤクトワルト
○ ふたりとも 目が据わったオシュトルさまから駄々漏れになっている、無意識の怒気にドン引いているのです。
03.1.1:あちこちちょっと追加。