フォーーーン
甲高く響く音を立て 煙を噴きながら、田園風景の背景にうず高く積まれた砂礫の堤防の上を 鉄黒色の汽車が往く。
ガタ ゴトン ガタゴトン ガタンゴトン
走る汽車の堤防の下。田んぼとは線路を挟んで反対の、森へ続く拓けた砂礫の場所に立つ人影があった。
彼は去り行く汽車を見送ると、腰に下げていた刀を鞘ごと徐に手に取った。そうして砂礫の上に膝を着く。波打つ形の刀を立て 両の目を閉じ 静かに俯いた。
風になびくは白と黒の縞模様。
未だ遠い黎明を待つ空の下。
長い間目を閉じて、しばらくじっと そうしていた。
祈るように。
悼むように。
暗い夜の森の中、数十人の人々が、異形のモノを追いかけていた。
「そっち行ったぞ!」
「回り込め 一匹も逃すな!」
「うわああ!?」
ガキ ン!
やられそうになっていた隊士と、異形 鬼の間に、サラサラな黒髪の青年が割り込み、鍔迫り合いをする。
「無理そうな者はあまり前に出るな! 追い詰めることだけ考えろ!」
声を上げ、隙をついて頸を払い、次に襲われそうになっている者の元へ向かって行く。
彼等の名は 鬼殺隊。
古来より闇夜に蠢く人喰い鬼どもを狩る者たち。
人知れず存在し、人を護る剣士たちだ。
鬼を追いかける鬼殺隊の隊員たちは皆一様に同じ制服を纏っている。隊服と呼ばれるそれらは、黒い詰襟に銀釦の上着と白いベルトで留めた洋袴。袴には各々脚絆を巻いて動きやすくしていた。
中にはその隊服の上に羽織を纏う者もいるようだ。
例えば金髪の彼は、山吹色に白い三角の鱗文様の羽織と脚絆を身に付けている。
「あああああ!!いいい行った! 炭治郎ぉお行った! 行ったよそっちぃいい!」
けたたましく叫びながら金髪の少年、善逸が必死に駆ける。彼の耳は、己を追いかける鬼の他、友の方へ向かう鬼の位置をも捕らえていた。
だがその友、市松の羽織を纏う少年 炭治郎がいる場所からは、まだ鬼を目視できない。
「ああ!引き受けた!」
だというのに彼は、まるで当然のように闇に向かって走り出す。
鼻を利かせ、向かって来る鬼との距離を己でも測り 鬼が飛び込んで来るその場所で『水面を払うように』剣を振った。
水の呼吸・壱の型 水面斬り!
ザンッ
その刃の軌跡を水が舞う。
本物ではない。
魅せられた水。
「つーか紋逸テメーもやれ! 何さぼってやがんだ!」
ガラの悪い声が聞こえ炭治郎が振り向けば、善逸が座り込む側で鼻息荒く刀を振り上げる猪頭の少年の姿。皆が制服を着込む中、筋肉のしっかり付いた上半身の肌を晒している。
この猪頭の少年、伊之助の足元には、さっきまで善逸を追いかけていた鬼が頸を斬られて転がっていた。
「やってるよぉ! これでもぉお!! でも無理ぃいいい!!」
善逸はついに ワッと泣きだしてしまった。
「大丈夫だ善逸! お前はできる奴だ!頑張れ!」
「ありがとぉおおおお! でもこんな時まで気休め言うなよぉ!!」
炭治郎が善逸を励ます間に 伊之助は飛び込んできた鬼を避け、流れるように地に落として頸を断つ。目の前に転がってきた鬼の頸が崩れ始めるのを見て善逸が「ヒィイイイイイ!」と飛び上がった。
この一晩、この3人はずっとこんな調子で走り回っている。
周囲の者たちは彼らを複雑な心境でチラチラ眺め、危うくなっては気を引き締め直し、またチラ見しては危うくなってを繰り返していた。
彼らの心情はこうだ。
信じられるか? あの騒いでる連中・・・今日 俺たちより鬼倒してるんだぜ?
どうしてこんな森の中であんなに自由に動けるんだろうなぁ。
特にあの金髪、さっき一息で何十体も蹴散らしてたんだ。今は何故かもう見る影も無いけど。
そうして不意をつかれた青年は、包囲網から鬼が突破するのを許してしまった。
「しまった! 逃げ 」
振り向いた青年が 視界に藤色の蝶を
ッドォオンッ!!
轟音を携えた一振りで一気に数体斬り伏せたのは筋骨隆々の六尺半の大男だ。
左目に赤い化粧を施し、鉱石がジャラジャラと付いた派手な額当て。両の手には鎖で繋がった刀ほどの大きさの包丁のような剣を握り、泰然と包囲網の外からやって来る。
それでもさらに残った一体。
逃げおおせたと油断した鬼の その目前に、虚空から小柄な女性が舞い降りて 一息で無数の突きを繰り出した。
「ぁ”あ”あ”ぁ”!?」
鬼が苦しみながらどうと倒れるのを、木の上に着地した女性は微笑んだまま眺める。
「宇髄様!」
「胡蝶様!」
「音柱と蟲柱だ!」
2人の姿を認めた者たちが、次々に喜色の声を上げる。
「皆 ! 柱が来たぞ! あと一息だ!」
「「 応! 」」
隊士たちの力強い鬨の声が辺りに響いた。
その存在だけで隊士たちの士気を高めたひとり 宇髄天元は、彼らの包囲網から時折漏れたものを、片手で捻るように軽く払いながら周囲の者たち、正確には一番騒がしい連中を観察する。彼の視線の先にあるのは炭治郎、善逸、伊之助の3人だった。
ここ最近、隊士たちの質の劣化は著しいと言われているのだが。
「ふうん、思ったよりやるじゃねぇか、あの3人」
感心した声を漏らす彼に、穏やかな微笑みをたたえた木の上の女性 胡蝶しのぶが頷いた。
「この短期間の間に あの子たちはまた階級を上げていましたから。 頼もしい限りです」
その時、後ろから飛びかかって来る鬼が一体。それを彼女は羽のようにひらりと躱し、切っ先しか刃の付いていない細い刀身の刀で鬼を突いて蹴落とした。蹴落とされた鬼は、頸を斬られていないにも係わらず 苦鳴を上げて動かなくなった。肌の色が紫色に変色していく。
「だが何か勇み足って感じがするなぁ」
このふたりを除き、今宵最も討伐数を稼ぐ3人を見て、彼の評価は辛かった。
宇髄の隣に降りて来たしのぶは、口元へ手を運び、上品にクスクスと笑う。
「それは確かに、でもそれに関しては多少 多めに見るべきなんじゃないでしょうか。ここは あの場所に近いですから・・・」
そうして最後は悲しげに目を伏せる。
彼女の脳裏にあるのは、ここに来るときに見た線路と砂礫だ。
「ああ・・・ そういや、最期の任務に同行したんだったか」
しのぶが『あの場所』と示す場所に、宇髄もまた この場所に来る前に見て来た。
すでに残骸は撤去されて跡形も無かったが、間違いない。
一月前 ひとりの隊士が殉職した場所。
音柱・宇髄天元。
蟲柱・胡蝶しのぶ。
彼らと同じ、鬼殺隊最高位の一柱。
炎柱 煉獄杏寿郎の 亡くなった場所だ。
走行する汽車を乗っ取った鬼から 二百名の乗客を護りきり、襲い来る上弦の鬼を退けた。
彼は最期のその瞬間まで、本当に鬼殺隊として、炎柱としての責務を全うした。誇り高い人だった 自分も、『あの鬼』と出遭った時には同じように在りたいと思うほどに。
いけない。今は任務中なのに。
しのぶは気持ちを切り替えるためにも、同僚の宇髄をにっこりと見上げて口を開いた。
「そう言えば宇髄さん? ご自分の担当地域は大丈夫なんですか?」
「は、そんなの派手に片付けて来たに決まってんだろーが」
即答。
じっと見つめるしのぶの方を、一切見ようとしない。
宇髄はどこからともなく指の関節一つ分の大きさほどの黒い丸薬を、指にいくつか挟んで取り出した。
「なんか怒ってません?」
茂みから3体の鬼が飛び出した。
「怒ってねーよ! オォラァア!」
ドォン! ドォォン!
振り回した刀が大きな音を立てて鬼を仕留める。そうして鬼が消滅するのを確認せずに、ずんずんと先に進んで行った。
普段から派手を自称する彼だが、たった3体に対しての攻撃にしては威力が大きすぎる。
やっぱり 怒ってますねぇ。八つ当たりでしょうか。
しのぶの思った通り、宇髄はここへ八つ当たりに来ていた。
それと言うのも今現在 宇髄は独り身である。
いや、正確には既婚者だ。彼には愛してやまないそれはもう可愛くて元気で凛々しい、己には勿体無いと思えるほどの妻がいる。もう目に入れたって痛くないと断言できる。自他共に認める愛妻家ゆえに。
では何故そんなにも愛しい妻と、現在 別居しているのかといえば それは
彼の妻は今 鬼の根城を暴くため、彼が目をつけた場所に潜入して調査に当たっているのだ。
そしてそれを見送ったのはつい数日前 まだほんの数日だが 控えめに言ってめっちゃさみしい。
早く嫁に会いたい。
それもこれも自分が不甲斐ないせいだ。
妻が帰ってきたら思いっきり労って、そして一緒にいられなかった分をたっぷり可愛がる所存なのである。
そう言う訳で彼は『妻に会いたい』と言う想いの丈を、全て鬼を狩ることに傾けることにした。鬼も狩れて被害も減る。一石二鳥である。
ガサッ
しのぶの視界の外から鬼が現れる。腕を振りかぶり、鋭い爪をさらに鋭く、長く尖らせて彼女を引き裂こうと振り下ろす。
彼女は反応
仕留めたと喜色に染まる鬼の顔を 荒波が襲う。
視界を覆う水飛沫。
それが晴れて現れたのは、黒い蓬髪を無造作に束ね、左右で色と柄の違う羽織をまとった青年だ。濃藍色の瞳が無表情にしのぶを振り返る。
鬼の頸がぼとりと落ちて崩れていく。
「余所見をするな」
彼が振り返って見たのは、しのぶがこちらに向かって突きを繰り出す姿だった。迫る刃を前に、青年は刀の切っ先を下ろす。
刃は表情の変わらない青年の耳元数
悲鳴をあげ、のたうち回る鬼。
「冨岡さんこそ」
彼もまた、鬼殺隊最高位の一柱に名を連ねる者。
水柱 冨岡義勇だ。
彼が本来、しのぶとともにこの任務に駆り出されていた柱のひとり。別方向から包囲していたはずだが、合流したようだ。
「それにしても 今日は本当に多いですねぇ。冨岡さんもそう思いません?」
斬っても斬ってもまだ減る気配がない。この馬鹿みたいな数の多さ、いい加減うんざりして来た。
「多いだけだ。大した事はない」
義勇はいつも通り、淡々と返す。
「もう、いつもながら無愛想ですね そんなんだから、皆に嫌われるんですよ」
「俺は、嫌われていない」
表情を変えないまま、義勇はさっさと先へ 別の鬼の方へ駆け出した。
しのぶも クスクスと笑って先へ進む。
今宵、この場所には、鬼殺の剣士たちが数多く集結している。
やけに大量の鬼たちが、一所に集結していると言う情報だった。
鬼そのものの強さは並より少し上だろうか。しかしその数はあまりにも多く、すでに向かった剣士たちが何人も帰って来ていない状況だった。
ゆえに、柱である義勇としのぶが派遣された。
そしてその上で今回の数の多さに対応する為に、大部隊での掃討作戦を組むことになったのだ。
幸いなことに集結先は森の中。たとえ鬼殺隊が政府非公認の組織だろうと、時間を置いて少しずつ集結することができた。
日没後の間もない頃から、包囲網を狭めるように少しずつ鬼を追い詰める。
隊列を組む隊員たちは、その多くが蝶屋敷の周辺を拠点とする者たちーーーその中には炭治郎たちも含まれていた。
宇髄が後から加わったのは、この任務に 前回の柱合会議で議題に上がった『竈門炭治郎』が混ざっている事を知り、その腕っ節に興味を持ったからだった。
「とはいえ任務もそろそろ大詰めでしょうか」
しのぶが顔を上げた先には、切り立った崖が見えて来た。
空は 木の枝で疎らに覆われていて、未だ明けない夜の闇を見せている。しかし雲も少ないその色は、黎明が近付いている事を如実に知らせていた。
「さあ、観念しやがれ!」
伊之助の威勢のいい声が聞こえる。
だが、油断はいけない。その気になれば鬼は、障害物など物ともせずに逃げることはおろか、その再生力を活かして手足を千切り逃げることもできるのだ。それにまだ、取りこぼしが背後から襲って来るかもしれない。
最後の一体を滅するまで、あるいは日が昇り 大地を照らすまで。
気を抜く事は できない。
「おい! まだか!!」
鬼の叫ぶ声に顔を上げれば、虚空に向かって鬼が叫んでいる。
しきりにキョロキョロ辺りを見回し、何かを 誰かを探している。
徒党を組んでいる?
だが鬼は普通群れたりしないはず。
まさか、那多蜘蛛山の時と同じ ?
しのぶが推測にたどり着く前に、伊之助が突撃するように姿勢を低くした。
「ハッ! 逃がさねぇぜぇ!」
一番槍として飛び込んで行く。
血鬼術
鬼の手前の空間が滲み出す。
「待ちなさい 伊之助くん!」
しのぶの制止の声は届かず
ぐにゃり
伊之助は空気の滲みに気付く事無く むしろ自ら飛び込んで行き、跡形もなく消えてしまった。
「伊之助ぇええ!」
炭治郎の悲壮な叫びが夜に響いた。
目の前で人が消えた。
皆が、今起きた事に動けなくなっていると、再び空間が滲み出した。
今度は鬼がいる場所だった。皆の見ている前で、すっぽりと鬼を覆う大きさまで広がる。
鬼が悪態をつく。
「チッ 遅っせぇんだよ!!」
ぐにゃり
「っ 待て!」
宇髄が駆け出す。
鬼はこちらをせせら嗤うような顔を見せ そのまま滲んで消えた。空間の滲みもあっという間に元に戻る。
「クソ! 消えやがった」
宇髄がダン、と足踏みして悔しがる。
炭治郎は目の前で伊之助が、友が消えた事にショックを受け、体を震わせていた。
グンッ
「!?」
そこへ急に背後から引っ張られて彼はたたらを踏む。肩越しに振り返った先には、炭治郎が背負った箱を掴む、両合わせの熊手の形をした灰色の皮膚の 腕らしき物。炭治郎の背負った箱を掴んだまま、スルスルと戻ろうとしている。
炭治郎の喉がひゅっと音を鳴らす。
全身からサアッと血の気が引いた。
この箱の中には、彼の『命より大切な
「禰豆子! このっ」
本体を手繰ろうと視線を動かせば、人の胴ほどの大きさの滲みが何もない空間に出来上がっていた。腕らしきものはそこから生えている。
「あああああ 禰豆子ちゃんから手を離せぇええ!」
腕のようなものは善逸が振り下ろした刀であっけなく斬られた。しかし滲んだ空間は、生やしていた腕のようなものをスルスルと元に戻すと、一気に膨張した。
あっという間に炭治郎と善逸をすっぽり覆う大きさにまで膨張した空間の滲み。
「わわわわわわ ぱうっ」
取り込まれる瞬間、善逸は気絶した。
そうしてふたりも、周囲の者たちも為す術なく滲みは跡形もなく消失した。
炭治郎と善逸をその内に取り込んだままーーー
宇髄さんもしのぶさんも見に行っているのに、彼が見に行かないはずがないだろう。
冒頭部分から出す事になるとは思わなかったけど。
帝都コソコソ噂話: 冨岡義勇語録 2
訳:(数が)多いだけだ。(こいつら程度なら、胡蝶や宇髄の手にかかれば)大した事はない(だろう)