帝都ヒノカミ奇譚   作:龍羽

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がっつり声優ネタ入ります。
cv.さくらいたかひろ(大事な事なので2回目)


第陸夜  暁を識るもの

 

 

 

 

 

 水柱・冨岡義勇は、あまり人と言葉を交わす事がない。

 

 深い海の水底のような濃藍の瞳は常に凪いでいて、口を開けば人を逆撫でする言葉を吐き、何を考えているか分からない男である。

 

 無表情。

 無感動。

 無愛想。

 

 それが彼の同僚たる柱たちが知る 冨岡義勇だ。もちろん彼が声を荒げて怒るのを見た事も、楽しそうに笑うのも聞いたことがなかったし、それが当たり前の事でもあった。

 

 なのでこれは 彼らにとって異常事態だ。

 

 

 

「いるならもう少し早く来い」

 鉄扇使いの青年がぼやくと、ふふふ、と楽しげな笑い声がする。

 その声に柱たちは『ぞぞぞっ』と背筋を凍らせた   よく知るはずのその声が、感情を露わに笑っている。

 

「何とかなっているうちは大丈夫かなあと思いまして。腕を上げましたね、ハクさん」

 喋る。

「さすがはウコンさんやクオンさんと言った所でしょうか。一合打ち合っただけで得物を取り落としていた最初の頃が懐かしい」

 めっちゃ喋る。

「今度 時間が空いた時には僕も稽古に参加していいですか?」

 

   どこかの冨岡の声が、めちゃめちゃ喋る!

 

「テメェちょっと口を閉じろォオオオオオ!!」

 

 

 渾身の力を込めて宇髄が声を上げた。

 柱一同気持ちはひとつ。

 

 怖い!

 知ってる声がめっちゃ喋ってるの 怖い!!

 

 閉じたようにしか見えない目が こちらを向いた。

「おや、初対面のあなた方に命令される覚えはありませんね」

 知ってる声でいつもの倍の語数を返され 宇髄はヒクリと静止する。鳥肌のおまけ付きで。

 

「命令だと? フン、自意識過剰に物を言うな。そもそも不躾に乱入して来て此方を無視した挙句、お仲間と下らない会話を滔々と始めたのは貴様らだろうが。人の気に障る真似をするな」

「気に障ったのですか? それは大変。良い医者を知ってます。ご紹介しますよ」

 伊黒はカチン、と青筋を立てた。蘇芳の髪の青年を指していた指がそのまま固まる。

 無愛想も腹立つが、皮肉を吐いて来るのも腹が立つ   そんな発見、一生したくなかった。

 

 宇髄は鉄扇使いを睨んだ。彼は目元を揉むようにやや俯き、頭が痛そうにして見える。が、頭が痛いの(それ)はこっちの方だと言ってやりたい。

 

「息をするように毒を吐かないでください。そんなんだから嫌われるんですよ?」

「これしきのことで嫌われるのですか? それは狭量。別に構いませんがね。僕には姉上がおりますので」

 よく知る声が、全く知らない返事をした。

 しかも、え?『姉上』? お姉さんがいるんですか?そんな話 冨岡さんたら一度も話してくれたこと   じゃない。

 これは別人。これは赤の他人。

 しのぶは踏ん張った。踏ん張っていつものように畳みかけた。

「その姉上とやらに、いつか嫌われないといいですね?」

「有り得ませんね。天地がひっくり返ったとしても、姉上が僕を遠ざけることなどありません。たとえ何が起ころうとも、僕は姉上のためなら何でもやります   ええ、何でも、ね?」

 うっすらと開かれた空色の瞳が、キラリと光る。

ピシッ

 空気が重くなる。

 一触即発だ。いつ二回戦目に突入してもおかしくない。

 これ以上は自分(ハク)の体力が保たないので、そろそろ本当に勘弁してほしかった。

「あー オウギ? オウギ。それ以上挑発するんじゃない   ん?」

 不意に顔を上げた鉄扇使いが崖向こうの山を見上げる。

 

   意識を逸らして逃げるつもりか。

 

 そうはいかないと宇髄は逆に鉄扇使いに注意を注いだ。

 

 睨みつけていれば彼は、陽の光に照らされ徐に手をかざしだす。眩しそうに眉根を寄せながらも、やがて手を下ろし 安心したようにそっと息を吐いた   太陽に照らされてなお 平然とそこに在り続けたまま。

 

 そこで宇髄はハッと東の空を振り仰いだ。

 崖の向こうの山の端から、太陽が顔を出している。

 

「ああぁ〜 朝やえ」

 残念そうな声に急いで振り向けば、槍を構えた少女がゆるゆると穂先を下ろし、がっくりと肩を落としている。肩を落として、逃げようともせずにそこに在る。

 しのぶの目の前の蘇芳の髪のこ憎たらしい青年も、伊黒の下で伸びている少年さえも。

「・・・どう言う事だ、オイ」

 タラリ と汗が伝う。

 

 そこには悲鳴を上げる者は元より、消滅する者は ひとりもいなかった。

 手が出せなくて見守っていた周囲の隊士たちも、太陽が昇ったにもかかわらず消滅しない4人に動揺している。

 

 獣のような特徴をした耳に、尻尾。

 あの(なり)をして。

 あんな異能の術を使い。

 あれだけの戦闘力を見せつけて。

 

 今まで戦っていたこいつらは、鬼ではなかったと言うのか。

 まさか太陽を克服した   

 鬼殺隊の動揺を余所に、鳥の翼のような形の耳をした蘇芳の髪の青年が 二振りの剣を鞘に納めた。

 

「夜も明けたことですし、ひとまず移動しませんか? 山の中は日陰となる場所が多い。いつ例の異形が再び出るとも知れません」

 もう戦闘の意思はないと示すように、両の手のひらを上に向け肩をすくめて見せる。深海色の髪の少女も槍を軽く担ぐように抱え直し、困ったように頭を傾けた。

「何度斬っても再生するから、しばらく遊べるんは楽しいんやけどなあ   死なないのは困るんよなあ」

「確かにこの面子じゃ、頸を斬っても止めが刺せんか」

 鉄扇使いもまた、己の鉄扇を肩にトントンと叩きながらため息をついた。

 

 日陰の異形。

 死なない。

 頸を斬る。

 

 その言葉の数々から、彼らが何と対峙したことがあるのか。またあれらの武器を何のために携帯しているのか。凡その理由を知る。

 

 しのぶは深く 深くため息をついた。

 冷静になって思い返せば妙に納得する。鬼の体力は 強くなるほどに無限に続くのだ。

 なのに柱だったしのぶの姉を殺した仇の鬼が、フラフラと息を切らせながら防戦一方になるなんて有り得ないじゃないか。夜明けも近かった時分に、鬼にとって最大の弱点である太陽の下に自らを曝す危険がある以上、雑魚みたいな演技をする意味は無い。

 よく気にかけていた炭治郎たちを直前に失っていたとは言え、たかが鉄扇。その使い手に 感情の制御も忘れて斬りかかるとはなんて未熟な   こんな事では本当に姉の仇に対峙した時、悲願を達成するなど夢のまた夢だろうに。

 

「大丈夫でしょう。この辺りは木も疎らで見晴らしも良いですし。太陽の下に出られない彼らであれば、いくら隠れようともたちまち燃え上がって塵も残さず消滅するのが落ちです」

「知ってるのか」

 鉄扇使いが目を丸くする。音を立てて刀を納めたしのぶはニッコリと微笑んで応えた。ちょっとした八つ当たりも込めて。

「どうやら貴方方は鬼ではなかったようですね。珍しい姿をしているので うっかり殺してしまうところでした」

「いや うっかりで殺されかけてたまるか! 物騒な!」

 鉄扇使いが乗り良く反応すると、蘇芳の髪の青年が楽しそうに微笑んだ。彼はさっきからずっと喋っているが、一向に馴れる気がしない。

「まあ殺されなかっただけ良しとしましょう。僕としては何処かに腰を据え てじっくりと話し合いの席でも設けたい所ですが   如何でしょうか?」

 蘇芳の髪の青年が一番近くにいるしのぶに顔を向ける。軽く小首を傾げるおまけ付きで。

 

   本当に冨岡さんたらどこまで行ってるんでしょうか。

 

「でしたら私の屋敷に案内します。詳しいお話はそちらで構いませんね?」

 あらゆる想いを呑み込んで、しのぶが鉄扇使いに水を向けると、頷きが返ってきた。

「ああ、充分だ」

 そして提案を出した蘇芳の髪の青年をじっとりと呆れたように半目で睨む。

「だけどその前にオウギ、アトゥイも。ふたりとも、さっきからだだ漏れになっているその不穏な空気を仕舞え」

 

 その瞬間フッと空気が軽くなった。

 軽くなったと気づくほど、それまでの空気は張り詰めていた。

 本当に油断も隙もない。

 ちらりと隊士たちの方を見れば、キョロキョロと戸惑いを隠せないでいる者が何人か見える。相手が武器を下ろしただけで油断するとはなんて迂闊な。これが本当に鬼だったら命を取られかねない   今後の課題が浮き彫りとなり、内心頭を抱えた。

 

「あやや、気配に疎いおにーさんに言われてしもうたなぁ」

 周囲の戸惑いを余所にがっくりと残念そうに肩を落とし、深海色の髪の少女が 使っていた槍をカチャカチャと折りたたみ始めた。どうやらあれは三節棍のような仕組みらしい。

「成長なさいましたねー。これも隙を見ては驚かしまくった成果でしょうか。悪戯冥利に尽きます」

 

   この野郎いい性格してやがる。

 

 こうも人を食ったような性格だと、いっそ清々しいくらいだ。声がどこかの無愛想にそっくりなだけに、その清々しさは鮮明だった。

 

「そこの豪快なおにーさん」

「あぁ?」

 振り返るとそこには、ニコニコと微笑む深海色の髪の少女。槍はすっかり折りたたまれ、鉤型をした石突きも相成って、一見すると閉じた傘のような形に見える。その頰からは、さっきまで付いていた血が綺麗に消えて無くなっていた。血が付いていた場所には傷跡も見当たらない   どうやらあれは鬼の血だったらしい。

 返り血が消えた事で 宇髄と戦り合っていた時の狂気を孕んだ笑顔はすっかり消え、今はもうおっとりとした少女にしか見えない。

「今日はとっても楽しかったえ。また遊んでな?」

 そう言ってウキウキと鉄扇使いの元に踵を返して行った。

 

   遊び。

 

 命の遣り取りが遊びと同じ扱いかよ。やっぱおっかねぇ女。

 宇髄はパン、と頭を打ってため息をついた。

 

 やっぱり女は 己の嫁が一等好い。

 

 

「アトゥイお前、気付いてたんなら説得に加わってくれ」

 やりとりを見て何か思うところがあったのか、鉄扇使いが少女を窘めた。

「え〜? だって〜 このおにーさんたち、最初っから戦う気満々やったし   手加減してたら 今頃ウチらの方が殺られてたえ?」

 最後の部分だけ調子が変わる。さっきの戦闘で見せた狂気は、幻ではないと知らしめるようだった。

「は!?」

 それに対して鉄扇使いの素っ頓狂な声があがる。

 伊黒は舌打ちした。まるで勝つ事を前提としていたような驚き方だ。相手と己の力量の差も見極められないとは全くめでたい。まさか本気で互角と思っていたわけではあるまいに。

 それはそれで腹が立つが。

 

「おや、アトゥイさんがそれ程まで言う相手でしたか。僕ももっと早く参加すべきでしたね」

「やめろよ? もうやるんじゃないぞ?」

 強く念押しする様子は割と必死に見えた。

「んー おにーさんがそう言うんなら 仕方ないなぁ?」

 深海色の髪の少女が渋々頷いた。頷いて従った。援護があったとはいえ柱と渡り合えるほどの実力者だ。何故あんな雑魚みたいな輩に素直に従うのか甚だ疑問に思える。

「はぁ・・・  まったく」

 

 重いため息をついて雑魚みたいな青年   ハクがざくざくと地を踏み鳴らし、未だ少年を拘束したままの伊黒の前に立つ。ちり、と伊黒の左右で色の違う剣呑な視線が絡み ハクは眉根を寄せた。

「退いてもらえるんだよな?」

 普段なら鬼と疑い全力で嫌味を言う所だ。が、その疑いは朝日が昇った事と先の会話で晴れてしまった。非は残念ながら鬼殺隊(こちら)側にある。

 伊黒が舌打ちしながらもぬるりと身を引いて離れていく。彼が完全に離れたのを見届けて、ハクはキウルの安否を確かめるようにしゃがんだ。

 

「キウル、怪我は無いか?」

「ッけほっ   ハクさぁあん・・・」

 肺を圧迫されていたため、狐耳の少年が軽く咳き込む。一見華奢に見えるが、咳き込んだだけで済むとは 案外丈夫なのかもしれない。

「木の上にいたって聞いたが」

 自分が立つのと同時に少年を助け起こし、むき出しの腕や脚についた擦り傷に目を留め痛そうに顔をしかめた。

「擦り傷だらけだな   どれ」

 

 徐に開かれた鉄扇。周囲が何事かと見守る先でハクが鉄扇を振るうと、ハクと少年の周りがキラキラと輝いた。

 狐耳の少年の擦り傷やらが治っていく。

 しのぶは息を呑んだ。

 

「アトゥイ、お前もだ。こっち来い」

 ちょいちょいと手招きして深海色の髪の少女を呼ぶ。彼女が近寄るのを待って再び鉄扇を振るえば、また同じようにキラキラと光が舞う。少女の擦り傷やらもまた綺麗に消えていった。

 再度発動した術に宇髄が目を輝かせる。

「うふふ 過保護やねえ   おおきになぁ」

 しのぶはそっと手を握りしめた。僅かに眉を潜めて唇を噛む。

 

「ハクさん 僕は?」

「お前は怪我してないだろーが」

「でも一晩中走り回って疲れました」

「あぁ お疲れさん?」

 軽く手を上げただけの口先による労わりだった。

「ちょっと僕にだけぞんざいじゃないですか?」

「そんな事はないだ   うわっとぉ?」

 宇髄がハクの肩に勢いよく腕を回した。抱き寄せた当人に ほぼ抵抗を感じさせる事なくがっしりと引き寄せられ、ハクがたたらを踏む。

「ヨォお前、意外と派手だな」

 引き寄せた宇髄はちょっと目を輝かせているので、どうやらさっきの術が気に入ったのだろう。派手なことが好きな彼らしい。

「ぶっちゃけ雑魚だと思ってたから見直したぜ! なあそれ、俺にも出来るのか?」

「え、まあ・・・ って」

 勢いに呑まれたのか、ハクがあっさり頷く。 が、すぐにブスッと不機嫌そうな顔になる。

「一言余計だろ アンタ」

「実際 一番弱えーだろ」

「ぐぬ    否定できん・・・」

 意地悪く笑って指摘してやれば、苦渋を呑まされたような顔をして目をそらされた。一応 己の力量の見極めくらいはできるらしい。

 宇髄は脳内で雑魚のように弱い鉄扇使いの情報を上書きした。

「おい宇髄 貴様、いくら鬼ではないと確定したとはいえ、そんな得体の知れない相手に絡むな」

「何だよ、こいつ派手だから良いじゃねーか」

 

 

 わいわいと騒ぎだした彼らからそっと目を離し、しのぶはいつの間にか痛みを感じるほどまで強く握りしめていた手を(ほど)く。そうしてもやもやと燻る己の感情を人知れず呑み込んだ。

 

 陽は昇った。

 今回の任務はもう終わり。

 だからいつまでも此処に居る訳にはいかない。事後処理部隊を指揮してさっさと撤収しなければならないのだ。随分鬼も多かったから、怪我人もたくさん居るだろう。そして彼らから詳しく事情を聞いて、御館様にご報告しよう   

 

 この後の仕事を頭の中で整理しながら 重い足を前に進め、彼女はまず同僚たちに声をかけた。

 

 

 

 

   * * *

 

 

 

 

「ひっく あにさまぁ・・・  あねさまぁ・・・」

 

 森の中、すすり泣く声を聞いて 目元だけが見える黒い頭巾に黒装束の男   後藤は顔を上げた。丁度陽も昇り、鬼も出て来ない安全な時間の訪れに、少しばかり気を緩めた頃だった。

 彼の仕事は 鬼殺隊の任務で怪我をして動けなくなった者の手当や、志半ばで儚くなった仲間を回収する事。

 

 鬼殺隊・事後処理部隊   隠。

 

 それが彼の肩書きだ。

 柱がふたり、いや後からひとり増えて3人も参加した今回の任務だったが、やはり鬼を相手にしていれば犠牲者は出てしまう。療養して五体満足に復帰できる者はまだ良いが、己より若い者が命を散らしてしまったのを見るのは、やっぱり遣る瀬無い気持ちになる。それでもひとつひとつの作業を丁寧に熟す事で、自分ができる事を 今まで精一杯果たしてきた。

 それが、剣を握って鬼を倒す事ができない 不甲斐ない自分にもできる唯一の事だったから。

 

 声は、そんな作業の合間のひと段落で、ホッと一息ついた所に聞こえてきた。

 

   迷子か・・・

 

 声の感じから言っても幼いだろう。鬼が沢山いたはずの山の中。むしろよく無事だったものだ。怖かったろうに。

 

 すすり泣く声を頼りにガサガサと藪をかき分け、ようやく女の子を見つけた。

「お、いたいた。大丈   

「ひゃうっ!?」

 かけた声が不自然に途切れる。

 彼の目の前に現れたは、黒檀色の髪を高い所でふたつに結った少女。小さな背丈よりも高い位置にある長い杖の 円筒形の先端飾りから伸びた棒の房が、肩の震えに合わせて小刻みに揺れていた。

 この怯えようは、間違いなく迷子だ。

 

 だが後藤は、それ以上近付くことができなくなった。

 木立の隙間から差し込む陽の光を浴びて、毛先が褐色の 白く大きな尾が揺れる。

 

 尾が 生えている。

 耳の位置には、同じ色の毛深い 仔犬のように先端が折れた獣の耳も見える。

 人間じゃない。

 人間じゃないのなら   

「おまえ・・・」

 

「どうしたんですか?」

 後藤の後ろから 彼と同じ隠の黒装束を着た同僚が近付いてきた。彼と同じく顔はほとんど見えないが、唯一見える涼しげな目元と胸の膨らみ、何よりその声から彼女が女性と判る。

「あ、や その、 迷子が いたんだが・・・」

 後藤はゴクリと生唾を飲み込んだ。

 喉がもう カラカラだった。

 

「だったらまずは保護でしょう。何を呆けて   !?」

 彼女もまた、日の下で獣の尾を生やした少女を目にして息を呑む。

 人間には有り得ない、獣の尾。

 

   鬼だ。

 

 夜が明けたのに歩き回れる鬼が出た。

 空気が緊張する。

 呼吸が浅くなる。

 誰もがその場に縫いとめられたように動けない。

 

 つ、と少女の頰を涙が伝うのが光って見えて、後藤は我に返った。

 じっと涙で潤んだ少女の暁色の目を見つめる。唇が、はくり はくりと声もなく誰かを呼んだように見えた。

 

 そこで彼はようやくひとつ瞬きをする。

 藪の向こうの声が呼んでいたのは何だった。誰を呼んでいた。

 

   この子は最初に、兄貴と姉貴を探していた。

 

 兄妹。姉妹。

 鬼の妹を連れた隊士のことが脳裏に浮かぶ。

 

 最近何かと縁のある優しい少年。

 本当に優しい、優しい妹想いの少年なんだ。

 目の前の子供が 彼の薄紅色の妹と同系色の、躑躅(つつじ)色の着物を着ているのも相成って、小さな姿が重なる。彼も何度か言葉を交わして、請われるままに頭を撫でてやったことがあるのだ。

 

 嬉しそうに笑う口枷の少女の顔が目の前に重なる。

 なのに目の前の少女は、今にも泣き出しそうなほどに涙をためていた。

 

 彼は長く深いため息をついた。

 

   やれやれ、俺もヤキが回ったな。

 

 金縛りのような緊張からようやく脱して、後藤は少女に近づいた。目の前でしゃがみ、視線を合わせてやる。肩が跳ねたのを見ない振りして、出来る限り怖がらせないように優しく声をかけた。

「大丈夫か? こんな暗い森で、怖かったな」

「おい、ちょっと」

 後ろで同僚が狼狽える声が聞こえてくる。

 だが彼にはもう この迷子の少女が危ないモノには見えなかった。

 

「日光に当たって平気なんだ。鬼じゃないんだろ。たぶん」

「たぶんって   もう、わかりました。その子は私が集合場所に連れて行きますから、あなたは胡蝶様を呼んで来てください」

「んー、そうだな。じゃ 頼むわ」

 呆れた口調ながらも 後藤の意を汲んで少女を引き取ると言ってくれた同僚に、ありがたく甘える事にした。こう言うのはやっぱり胡散臭い男(おっさんではない。断じて)より たおやかな女性の方が良い。

 よっこらせと立ち上がると、蟲柱であり、医者でもある胡蝶しのぶを探しに 彼は歩き出した。

 

「さあ、行きましょうか   お嬢さん、お名前は?」

 少女にかけられた声は、優しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 




柱合会議で後藤さんと一緒に出てきて禰豆子ちゃんを回収した隠の人って、名前ないのかなぁ・・・


帝都コソコソ噂話:
前回宇髄さんが聞いた微かな音は、オウギが鳴らしました。
耳の良い種族(ヒト)並みの聴覚に 内心「おや」と驚いたそうな。




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