ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

1 / 75
12月なので初投稿です。


第一話「電層マーメイド」

 繋がりたかった。

 誰かと手を繋いで、そうじゃなくたって、一緒にお昼ご飯を食べたりだとか、他愛もない話をしながら放課後の帰り道を歩んだりとか。

 蔵前梨々香は、いつもそんなことを夢見ていた。

 そして、失敗した。

 遮光カーテンが作り出す夜闇の中に埋もれるように、梨々香はゲーミングチェアに体育座りをして、何をするでもなく、ただ茫洋と電子の海を眺め、漂い続けている。

 ネット上には日々、その真偽や正確性を問わず──ゴモラの市のように、様々な情報が漂っていて、それを摂取することでなんとなく自分が有意義に生きているような、そうじゃなくたって何かをしたような気分になれるからこそ、混沌とした電脳回廊を、梨々香は今日も泳ぎ続けるのだ。

 俗にいう引きこもり。

 その言葉に対して、世間が浮かべるパブリックイメージに違わず、梨々香は十六歳という年齢でありながら、四月を境に、行くべき高校には通っていなかった。

 そこに何か壮絶な、筆舌に尽くしがたい悲劇があったわけではない。

 ただ、ありふれた失敗と、それに伴うありふれた孤独が横たわっているだけで、それに耐えきれなかったからこそ、こうして一人、梨々香は自室に篭って一日を無為に過ごしているのだ。

 本当であれば、学校帰りにクレープを食べて、他愛もない会話をしながらタピオカドリンクを啜って──大して興味もなければ名前も顔もどうでもいいような芸能人の不祥事に、ああだこうだと騒ぎ立てる文字列に何かを思うこともなく、擁護する側にも非難する側にも等しく冷笑にも似た角度で、それを斜めに見るだけだ。

 

「……はぁ」

 

 ついた溜息が滞留して、部屋の空気は淀んでいるのかもしれない。

 梨々香は茫洋と、二酸化炭素濃度が濃くなってきた部屋の空気に気怠げな頭痛の予兆を感じつつ、そんなことを考える。

 いっそ執拗なほどに、病的なほどに、歯を磨いていれば、髪も、身体も毎日毎朝毎晩洗っているのに、自分にまとわりつく鉛の綿にも似たような感覚が消えてくれないことに、梨々香はまた一つ溜息を増やす。

 不祥事について何がいいとか悪いとか、そんなことを考えられるほど余裕もなければ、熱心になれるほど興味など持っていない。

 だからこそ、梨々香は心のどこかで、熱を持って何かを語り合うこと──そのベクトルが正であれ負であれ──を羨ましく思っていたのかもしれない。

 良くも悪くも、梨々香のそんなささくれだった感情は出力されることもなければ、仮に出力されたとしても、電子の海ではあっという間に霧散して消えていくことだろう。

 だからこそ、意味もなくネットを覗いている。

 そこに意味を伴わないから、なんとなくの言い訳にぐらいはなって、一日を潰すのに最適だから。

 そんな、どこまでも後ろ向きな理由。

 きっと人が聞いたら指をさして笑われるのであろう、情けない理由。

 なんとなく、部屋の壁にかかった時計を一瞥すれば、時刻は十二時過ぎを指している。

 今頃、クラスメイトたちは机を寄せ合って、持ってきた弁当を分けあったりしているのだろうか。

 些細な挫折、だけど大きな蹉跌に囚われる前は、いつだって脳裏に描いていたことを脳裏に描いて、梨々香は静かに涙ぐむ。

 何が悪かったのだろう。

 何を間違えてしまったのだろう。

 陸の孤島で一人遭難してしまったような自分が、考え続けたって答えなんて出てこないことぐらいわかっているのに、いつだって考えてしまう。

 そうしていつも頭の中に、最後によぎるのは首の動脈か、そうじゃなければ今も無意味に血液を送り続けている心臓に包丁の刃を突き立てる想像だ。

 だけど、梨々香はそんな勇気も持ち合わせていなかった。

 だったら、どうしたって生きていかなきゃいけないのに、どうやって生きてきたのかも、どうやって生きていくのかもわからない。

 そんな「ハテナ」に埋め尽くされた梨々香はいつだって、膨れ上がる自責に苛まれて、パンクしそうになってしまうのだ。

 だからこそ、梨々香がその動画のリンクを踏んだのは、ただの偶然に過ぎなかった。

 

 

『あたしはここにいる! 絶対三人で……チィちゃんを取り戻すって決めたから! ……エリィちゃん!』

『はい、アイカさん……! お願い、リビルドウォート! わたしの……だいすきな人に、だいすきな人たちに、応えて……っ! サイコ・キャプチャー……っ!』

 

 第三次有志連合戦(非公式)とタイトルが付けられたその動画は、別なコンテンツから動画サイトに転載された映像だった。

 確か、ガンダムというのだったか。

 梨々香は涙をごしごしと袖で拭いながら、画面の中に映っているその光景をじっと見つめる。

 機動戦士ガンダム。

 それがこの国で有名なロボットアニメであることと、そして動画の中で乱舞している、モビルスーツ──ガンダムに出てくる人型兵器を模したプラモデル、「ガンプラ」であることは、梨々香も知っていた。

 だが、画面の中で、どこか人間をそのままロボットにしたか、そうじゃなければ人間を模したロボットとして作られたような機体に対して「サイコ・キャプチャー」なる武装を放ったり、或いはその足にしがみ付いているガンダムの名前を知っているわけではない。

 

『アイカもさ、エリィもさ、アキノも……どうして、泣いてるんだよ』

 

 それでも、各々のガンプラを駆る彼女たちが、その人間を模したロボット──モビルドールチハヤを繋ぎ止めるために、傷だらけになってまで月面まで追いかけてきたことぐらいは、梨々香にも理解できた。

 それはどこか、自分が追い求めてきたものとよく似ていて。

 両眼が、じん、と、塩辛い熱を帯びるのを感じる。

 梨々香は、どこか吸い寄せられるように、その動画に関連するものとして表示されている動画に向けて、カーソルを伸ばしていた。

 GBN──ガンプラバトル・ネクサス・オンライン。

 確か、日本で初めて、否、世界で初めての電子生命体を生み出す土壌になったゲームであり、「ガンプラ」を読み込ませて戦い合うゲームだったはずだ。

 それはゲームであっても遊びではない──などということはない。

 どこまでも熱を持つことができる、誰かのために、或いは自分の掲げる何かの為に全力になれるのは、遊びだからだと誰かが嘯く。

 きっとそれは、間違っていないのだろう。

 梨々香がクリックした動画──「第二次有志連合戦」の見所を切り抜き、映したものの中では、この国で初めての電子生命体として認められた少女、「サラ」を救う為に、這々の体になっても立ち上がらんとするガンダムの──【ガンダムダブルオースカイ】の姿がある。

 

『サラにいっぱい教えてもらった。一緒に経験した、皆との絆、ガンプラとの繋がり、楽しむ気持ち、諦めないこと、前を向いて進むこと、ガンプラを大好きだってこと……いっぱい感謝してる。だから諦めたくない、サラにいっぱい笑顔にしてもらった、大好きって気持ちを教えてもらった、俺たちの好きが産んだ命がサラなら、俺たちの手でサラを消したりしちゃいけない、自分達の好きを自分達で否定したくないから、だから俺達は、俺たちの好きを諦めない!』

 

 涙を浮かべ、絶望と背中合わせになりながらも、不敗にして無敵を誇るチャンピオンである男に立ち向かおうとするその少年──「ビルドダイバーズのリク」が切った啖呵は、きっとGBNの内外を問わず大きく響いたものであったのだろう。

 GBNが消滅するか、電子生命体「サラ」が消滅するか。

 三年前に、そんな事件があったことは梨々香もネットサーフィンの中で何となく記憶の中に留めていた。

 だが、今この瞬間まで梨々香はガンダムのガの字にも興味がなかったし、GBNについてだって、ガンプラを組み立てなければプレイすることができない、というハードルから、面倒くさいの一言で、関心を持っていなかった。

 それでも、クリックして眺める動画の中には、自分が探していたものが、求めていたものが、埋もれているように見えてならない。

 熱を帯びた梨々香の瞳が、涙を零す。

 それは第一次有志連合戦の中で、チートツール「ブレイクデカール」によって異常強化されたビグ・ザムを浄化するように、トランザムシステムがオーバーロードを起こしたのか、粒子が翼となって広がる瞬間。

 それはレイドボス「アルス」との戦いで、梨々香はその内情を知らずとも、GBNという自分たちの仮想郷──理想にして、現実にあらずとも魂の故郷である場所を守ろうとするダイバーたちの輝き。

 わかっている。

 動画をクリックする度に、その中身を覗く度に心臓が高鳴る。

 そんな都合がいいものが転がっているわけじゃないことぐらい、梨々香にもわかっている。

 それでも、どこかで期待してしまうのだ。

 今日もそこで、GBNという仮想郷で、「大好き」を求めて戦い続ける彼らの、彼女らの間に存在する「繋がり」とでもいうべきものがあることに間違いはない。

 ──だったら、私も。

 もしかしたら、の話だけれど。

 梨々香は、関連動画を一通り見納めると、ごしごしと丈の余った袖口で浮かんだ涙を拭いながら、クローゼットを開け放つ。

 制服を着ていくのはまずいのかもしれない。

 ぶかぶかと丈の余った部屋着から、梨々香は何かに弾かれたように、見繕った余所行きの服に着替えていく。

 

「……ん、っ……」

 

 少しばかり胸の周りがきつくなってきた、一年前の余所行きのボタンを無理やり留めて、梨々香は家の鍵を握ると、ばくばくと早鐘を打つ心臓が赴くままに、玄関へと駆け出していた。

 外の世界に行くことに、抵抗がないわけじゃない。

 いくら梨々香が引きこもりであったとしても、衣食住の内、食に関してはどうしたって付き纏ってくる問題だ。

 そのため普段からコンビニなどには行っているが、それは通行人が少なくなった夜の話で、真っ昼間に出掛けるなどいつ以来かわからない。

 もし、同級生と鉢合わせたら。

 もし、変な人に絡まれたり、後ろ指をさされて嗤われたら。

 そんな不安が、梨々香の伸ばした手を震わせる。

 ──それでも。

 

(わたしの……だいすきな人に、だいすきな人たちに、応えて……っ!)

 

 動画の中でそう叫んでいた、「エリィ」という気が弱そうな女の子の言葉が、梨々香の脳裏を過ぎる。

 もしかしたら、そこにも見つからないのかもしれない。

 もしかしたら、今と同じで、躓いて、転んで、今度は起き上がらなくなってしまうのかもしれない。

 それでも──梨々香の求めている「繋がり」が、GBNに存在していることは確かなのだ。

 

「……っ、えいっ……!」

 

 だからこそ、一念発起、一世一代の覚悟をもって、梨々香は家の玄関を開け放ち、その仮想にして理想の郷に向かう為に──GBNへとログインするために、家を出るのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 五月の東京湾を吹き抜ける海風は、どこかまだ冷たさを残して肌を撫でるようだった。

 梨々香は少し薄着だったかな、と反省しながらも、モノレールに揺られた先にある埠頭に降り立ち、小さく身体を震わせる。

 とはいえ、ここ最近は季節が狂っているのだからどうしようもない。

 昨日は七月初旬並みに暑かったかと思えば、今日には三月下旬のような気温に戻ることも珍しくない時代だ。

 だからこそ、別に服装に関して梨々香に落ち度があるだとか、そういうことでは断じてなかった。

 ガンダムベース、シーサイドベース店。

 実物大エールストライクガンダム立像をシンボルとするその店は、制作ブースからGBNの筐体を並べたゲームブース、そしてガンダムとのコラボメニューが提供される「G-Cafe」というフードコートも備えている、初心者から上級者まで満足のサテライト……らしい。

 スマートフォンの画面に並んでいる文字列を眺めながら、梨々香は海風に身体を震わせつつ、エールストライクというらしい、十八メートルの高さまで忠実に再現されたその立像を見上げる。

 

「……ガンダム、だっけ」

 

 確か、目が二つあるのがガンダムで目が一つなのがザクだったか。

 興味のなかった梨々香では、今調べた限りではそれが精一杯だった。

 とりあえず今見上げている立像は目が二つあるからガンダム。

 ヨシ、とばかりに指をさして小さく頷くと、梨々香は恐る恐るといった調子でガンダムベース、シーサイドベース店へと踏み込んでいく。

 

「いらっしゃいませ、ガンダムベースシーサイドベース店へようこそ!」

「……わ、プラモデルが喋った……じゃ、なくて、ええと、あなたが……?」

「はい、チィはELダイバー……電子生命体ですよ」

 

 チィ、と名乗ったその推定少女はショーケースの中から無垢な笑みを浮かべて、梨々香に手を振ってみせる。

 確か、気のせいでなければさっき見た動画の中でサイコ・キャプチャーに捕まっていた機動人形のパイロットも同じ名前を名乗っていたはずだが。

 ──他人の空似だろう。

 どこかで聞いたようなことで結論付けて、手を振るチィに会釈をしながら、梨々香はゲームブースを目指して猫背で歩く。

 平日の真っ昼間だというのに、ガンダムベース、シーサイドベース店は活気に溢れている。

 暇そうな大学生が「G-Cafe」で何やらガンダム談義に花を咲かせながら時間を潰していたり、或いは制作ブースで、一心不乱に脇目も降らず、水中用みたいな装備をした、SD──というらしい種類のガンダムこと、ガンダイバーを組み立てている壮年の男性がいたりと、周囲を眺めているだけで気力を吸われていきそうだ。

 そんなげっっっそりとした感覚の中、何とか這々の体で梨々香がたどり着いたのは、ゲームブース……ではなく、インフォメーションカウンターだった。

 

「……あ、あの……」

「はい、いらっしゃいませ。どのようなご用件で?」

 

 インフォメーションカウンターで待機していた、人の良さそうな壮年の男性──シーサイドベースの店長を務めている男、マツムラ・ケンは俯き、もじもじと消え入りそうな声で話しかけてきた梨々香の声を確かに聞き取って、優しい声音で問い返していた。

 

「……わ、私……その、GBN、やってみたくて……でも、ガンプラとか、持ってなくて……その……」

 

 人と話すのなんて、家族を除けばいつ以来か。

 コンビニの「袋いりますか」や「温めますか」にも首を振る形で応答してきた梨々香にとっては、それだけでも十分精神が金属疲労を起こしそうだった。

 しかし、マツムラ店長も慣れた男だ。

 梨々香がコミュニケーションを苦手としている──自身がバイトとして雇っている少女の恋人である少女とよく似た人種であることを即座に看破すると、決してぐいぐいと詰め寄るのではなく、梨々香の歩調に合わせる形で、彼女が紡いだ言葉を読み解いていく。

 

「ふむ、ええと……レンタルサービスがあるんだけど、使ってみる?」

「レンタルサービス、ですか……?」

「うん、ガンプラを貸し出してるんだけど……っと、あったあった」

 

 マツムラはデスクの下の収納に収まっているケースから、緩衝材に包まれたそれを取り出すと、梨々香に提示してみせる。

 

「レンタル料金はかかっちゃうけど、アカウントの本登録もできるからとりあえずはこれがおすすめだけど、どうかな」

「……わ、わかりました……ありがとう、ございますっ……」

 

 どうせ右も左も分からないのだから、毒を食わば皿までの精神で梨々香はレンタル料金をマツムラに支払うと、彼から貸与される形で差し出されたガンプラ、「EG ガンダム」をそっと、壊してしまわないように優しく受け取って、ゲームブースへと向かっていく。

 どうやら、GBN筐体のプレイ料金はかからないらしい。

 スマートフォンで調べるだけの情報を調べて、梨々香は同じく付与された「ダイバーギア」に、EGガンダムを載せて、ゴーグル型のデバイスを装着する形で、仮想郷へと潜行する。

 

『GPEX SYSTEM START UP──』

 

 どんなものが待っているのかなんてわからない。

 欲しいものがあるとは限らない。

 それでも──梨々香は、もがいて、手を伸ばすように。

 

「……えっと、い、行きますっ!」

 

 GBNの世界へと、解けた意識を託していくのだった。




それは小さな小さな始まり
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。