美羽と一緒にGBNをすると約束した梨々香ではあったが、それはそれとして美羽が学校に通っている都合で、ガンダムベースシーサイドベース店で合流できるのは必然的に放課後、ということになる。
映像作品「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」に登場する地球連合軍の主力量産機、GAT-04【ウィンダム】による包囲と砲火を掻い潜りながら、梨々香、もといリリカは、AGE-1ブランシュのバックラーから直接発振したビームサーベルですれ違いざまにその一機を両断した。
その間、具体的には昼から夕方までの間にリリカが何をしているのかといえば、GBNの練習として片っ端から討伐系のミッションに没頭しているのだ。
この前、シークレットエネミーであるシャア専用ザクを撃墜し、ミッションのリザルトもA評価だったことからリリカのダイバーランクは、最低値のFから一つ繰り上がってEランクに落ち着いている。
そして、今実に三十機という膨大な数のウィンダムとリリカ、そしてAGE-1ブランシュが対峙しているのは、いわゆる「無双ミッション」と呼ばれる、討伐系のミッションを受注しているからだ。
無双ミッション、「駆け抜ける衝撃」は、機動戦士ガンダムSEED DESTINYにおいて、主人公であるシン・アスカがこなしていたウィンダム三十機との対決を再現したものだ。
その推奨ランクこそEとなっているものの、数が数であるために実際はDランク以上でないと厳しいという評価がつけられている、いわゆる「難易度詐欺」に当たるミッションだった。
一機をすれ違い様に切り裂いたかと思えば、下手にスラスターを噴かして上昇していれば真下や真上という死角からの攻撃が降り注いでくるそれは、確かに思考ルーチンこそDランク相応なものであれど、数というアドバンテージを鑑みるなら適正ではないといえる。
しかし、リリカは特に気にすることもなく、AGE-1ブランシュの空中姿勢をアクロバティックな軌道で制御して、反撃だとばかりに直上の敵にはドッズライフルの一撃を、そして真下の敵には膝部のニードルガンを放つ形で同時に撃墜した。
「……大丈夫、怖くない」
リリカはコックピットの中で、己に言い聞かせるようにそう呟く。
実際、包囲されているとはいえこのウィンダムの中身はNPDだ。
以前のPKerのように、無言を貫くAIは悪意をぶつけてこない。
ならば、銃口や動きを、そして包囲するための運動をレーダーと目視で観察していれば突破は容易い。
がちゃがちゃと操縦桿を忙しなく動かしながら、リリカとAGE-1ブランシュは、八艘飛びをするように、オブジェクトとして配置された地球連合軍の水上艦や空母を足場に駆け回り、時には空中でスラスターの制動をかけて、まさしく「無双」を体現するが如く、数々のウィンダムを撃墜していく。
仮にこのミッションを見ている誰かがいたなら、初心者とは思えないと評するであろう身のこなしだが、それには当然理由がある。
GBNに出会うまで、リリカのゲーム遍歴は極めて偏ったものだった。
それはエンカウント運が絶望的に腐っていることもさながら、VRゲームというジャンルが急速な発展を遂げたことで、その市場が玉石混交、良作を探すのであれば沼の中で一粒のダイヤモンドを拾う覚悟が必要なほどに混沌としているのも要因の一つである。
そして、見事にハズレを掴まされたリリカは悪名高い幕末の名で呼ばれるバトルロワイアルやら、今の数の十倍の敵に全方向から包囲されて密度の高い弾幕を撃ち込まれるシューティングやら、そういった類のクソゲーを泣きながらプレイしていたことで、その地力がいつしか培われていたのだった。
三十機いたウィンダムは実に十分という時間の中でその数を半分未満に減らしていて、持ち前の包囲陣には明らかな綻びができ始めている。
ならば、負ける道理はない。
「行こう、ブランシュ……!」
リリカは太陽を背にスラスターを噴かして跳躍すると、ドッズライフルの三点射で、視界を奪われたウィンダムを三機撃墜する。
残る数は九機だけだ。直撃コースのビームライフルによる弾幕だけをバックラーで防御しながら、リリカはニードルガンをばら撒きつつ、足場となる空母の甲板に着陸した。
ドッズライフルの弾はさっきの三点射で撃ち尽くしている。
「こ、の……っ……このっ、このぉっ……!」
ウィンダムが馬鹿正直に突っ込んでくるのを確認すると、リリカはドッズライフルの砲身を握りしめ、銃床でウィンダムのメインモニターを砕くという荒技を披露してみせた。
叫ぶ声こそか細く消え入りそうなものだが、冷徹に叩きつけられた殺意は、さながら女帝にこうべを垂れるかのようにウィンダムを甲板に平伏させる。
そして、追撃として放たれたニードルガンがジェットストライカーに着弾したことで誘爆が機体を飲み込めば、あっという間にスクラップの出来上がりだ。
リリカの心を小さな感慨が満たしていくが、それに浸っている時間などない。
慢心は隙を生む。驕りは全て致命に至る。
些細な隙を見せただけで天誅を下されるクソゲーで叩きのめされてきた記憶を想起しながら、リリカは戸惑う様子を見せた空中のウィンダムへと果敢に切り掛かった。
「……て、天誅……っ……!」
なんとなく言ってみただけだが、その一言はあの魔境において全てを正当化してくれる魔法の言葉のようなものだ。
ビームサーベルで串刺しにしたウィンダムを敵陣にそのまま放り投げて、誘爆からの連鎖爆発を起こしてリリカは、空母の甲板に転がっていたウィンダムのビームライフルをその手に取る。
いい武器だな、少し借りるぞ。
などと、呟きこそしなかったものの、自前のビームサーベルを喪失してまで、まるっと敵陣に誘爆を手招いたのは、アジャストまでの数秒という時間を稼ぐために他ならない。
残弾は六発。やたらめったら撃ってきた中では比較的新鮮なライフルだ。
そして残る敵機が三機なら、六発の弾丸で事足りないはずはない。
リリカの瞳が無機質に照星を覗き込み、それぞれ武器とコックピットを狙ったダブルタップが、とうとう包囲をやめて個別での射撃戦に移ろうとしたウィンダムを正確に捉え、テクスチャの塵へと帰せしめる。
【Mission Success!】
無機質な電子音声の通知がコックピットに響いたことを確認して、ようやくリリカは安堵に小さくはぁ、と、息をついた。
今回はどうやらシークレットは達成しなかったか存在しなかったかの二択のようだが、前者であった場合は自分が数の多い時の処理に若干手間取ったからだろうと反省する。
「難しいなぁ、GBN……でも、えへへ」
──でも、たのしい。
誰に聞かれているわけでもないからと、リリカは意識が解けてロビーへと再構築されていくまでの数秒間、にへら、と笑みを綻ばせて、満足げにそんなことを呟くのだった。
◇◆◇
「お待たせ〜、リリカちゃん。戻ってきたよぉ」
無双ミッションをクリアしてからしばらく、手に入ったBCで仮想の炭酸飲料を飲んでいると、どこか気怠げで眠気を誘うような甘い声が、リリカの耳朶にそっと触れる。
「あ……えっと、お姉ちゃん……」
「うんうん、この世界でもミワなお姉ちゃんだよぉ」
蔵前美羽、から妹同様に何か捻った名前をつけるでもなく、リアルでの容姿をベースに目の色を青に変えた程度のキャラメイクまでそっくりな美羽もといミワは、まるで生き別れの妹と出会ったが如く、どこか大仰に笑顔の花を咲かせながら、ぎゅっ、とリリカに抱きついた。
「ごめんねぇ、待った〜?」
「……え、えへへ……その、えっと……私も今、ミッションクリアしたばっかりだったから……」
「そうなんだぁ、偉いね、リリカちゃん。うんうん……ミワちゃんも負けてられないなぁ」
リリカの柔らかな頬に自らのそれを擦り寄せつつも、ミワは気合を入れ直すが如くふんすふんすと息を荒くする。
とはいえ、何をするかどうかについては全く決まっていない以上、負けてられないも何もないのだが。
そして、あまりベタベタされていても、リリカの側も困ってしまうだろう。
そんな具合にリリカ成分を補充したミワは我に帰ったかのように抱擁を解くと、くるり、とその場で回ってみせる。
「それじゃあそれじゃあリリカちゃん、何しよっか〜?」
「……え、えっと、私、特に決めてなくて……」
「うんうん、ミワも何も決めてなかったなぁ……どうしよ〜?」
思い返してみれば、完全に計画性なく行き当たりばったりで取り付けてしまった約束だった。
そこに気まずさを感じてリリカは沈黙し、そしてミワは笑顔は笑顔でもどこか困ったように眉を八の字に歪める。
完全に何も考えていなかった。
リリカはそう内省しながらも、選択肢を考える。
無双ミッションや討伐ミッションはさっきクリアしてしまったから連続で受けるのもなんだか気が咎めるし、採取系ミッションにはトラウマができてしまったし、何よりミワが退屈するかもしれない。
──そうなると、残っているのは対人戦ぐらいなのだが。
その声が聞こえたのは、リリカがその選択肢を脳裏に浮かべて、逡巡に眉を八の字に歪めた瞬間だった。
「やあ、君たち今暇だったりする?」
「なになに、ナンパのお誘いですか〜? なら死んでもお断りですけど」
「いや、違うんだけど……なんていうかその、俺ら今、フリバの相手探してるんだけどさ、あんた『赤砂』だろ? そっちの子は知らないけど、ちょっと相手になってほしくてさ」
アロハシャツにサングラス、そしてよく日に焼けた健康的な肌といった具合のダイバールックに身を包んだ青年、ダイバーネーム「ラーチャオ」は、一瞬ミワが見せた表情に怯えながらも、仲間と思しき二人と一緒に笑顔を作ってそう問いかける。
赤砂。別にそれは名誉ある名前だとかそんなことはなく、ルージュカラーという目立つ色でソロ専のスナイパーをやっていたことから、ごく一部の人間がミワをそう呼ぶようになっていただけのものだ。
「んん〜、赤砂とかどうでもいいけどぉ……リリカちゃん、どう?」
「……え、えっと……」
ミワから話を振られたリリカは当惑しながらも、やはりというかなんというか腐っている己のエンカウント運を呪っていた。
対人戦が怖くないかと問われて、はいと答えれば当然それは嘘になる。
脳裏をよぎるのは、PKerのアヘッドがぶつけてきた純粋な悪意と殺意。
思い出すだけでぞくりと背筋が粟立って、脊髄が凍りつくような感覚に苛まれる。
──それでも。
「……そ、その、お姉ちゃんが良ければ……」
「うんうん、偉いねぇリリカちゃん……ってことでフリバだけならいいですよ〜」
それでも、GBNというこの仮想郷に向き合っていくならそこから逃げることはできないし、きっと逃げてはいけないのだろう。
──クジョウ・キョウヤには誰でもなれる。
あの日背中に受けた追い風を思い返して、リリカは精一杯に勇気の帆を張って、対人戦という新たな世界へと一歩を踏み出したのだ。
ミワはその勇気を汲んで、涙を眦に滲ませたリリカの頭を豊かな胸元に抱き寄せて、そっとその髪を撫でるのだった。
フリバだけなら、というミワの言葉に若干不満そうな顔をしていたものの、ラーチャオは二人の仲間と何やら相談を交わすと、どことなく胡散臭い笑顔を浮かべて、フリーバトル申請をミワとリリカに送信する。
「そんじゃあバトってく感じでヨロシクぅ!」
「正々堂々、なんも小細工なしでな!」
「赤砂ちゃんとのフリバかぁ、てか妹ちゃんいたんッスね」
ラーチャオ三人組は三者三様にそんな言葉を残すと、一足先に、バトルフィールドに指定した、メインターミナルがあるセントラル・エリアの草原へと転送されていく。
三人組の名前と顔に興味こそないが、リリカにとって負担になってないだろうかと、ミワは格納庫エリアへと向かうまでの間にその横顔を一瞥するが、どうやらその心配はなさそうだった。
「……チャンピオンに、私もなれる……私も、キョウヤさんみたいになれる……」
掌に「人」の文字を書いて呑み込むルーティーンのようにそう繰り返しているリリカの方は微かに震えているが、その瞳には確かな決意が、そして、何よりも強い勇気が宿っている。
「……頑張ってるんだねぇ、リリカちゃん」
強くなる必要なんてないと、ミワはそう思っている。
弱い人間が弱さを抱えたまま生きていけない方が残酷で間違っていると、常々そう思っているミワだが、それでも、リリカが変わりたいと願うのなら、頑張りたいと願うのなら、その判断は尊重するつもりだった。
呟いた言葉が果たしてリリカに届いたかどうかはわからない。
だが、きっと届いてなくたってリリカは頑張れる子なのだ。
なら、心配などないだろう。
頭の中でそう結論付けて、一足先に格納庫に向かったリリカへと続く形で、ミワもまた、己の愛機に乗り込むべく、ロビーからの転送を選択するのだった。
◇◆◇
リリカのガンダムAGE-1ブランシュは、極めて汎用的な機体として仕上がっている。
それは戦場を選ばずに戦えるということでもあるが、裏を返せば、特長がないことが特徴……何かに特化しているわけではないことが、弱点として真っ先に挙げられるだろう。
特に、「極端」な敵相手であれば尚更その負の側面が強く出ることは、致し方ないといえた。
長閑な春風が吹き抜ける、遮蔽物のない草原地帯を駆け回る、上半身が人型で下半身がクモの怪物を思わせるモビルアーマー【ゲルズゲー】が展開した陽電子リフレクターが、無情にもリリカが放ったドッズライフルの一撃を跳ね返す。
『フッフゥー! 無駄無駄ぁ! そんな攻撃じゃこのゲルズゲーはオチやしないぜ!』
『ラーチャオお前徹夜で並んでたからなあ』
『赤砂ちゃんを倒して、俺らの知名度グーンと上げるチャンスっしょ!』
『ウェーイ!』
GBNにおけるモビルアーマーの扱いは、基本的にモビルスーツのそれと変わらない。
原作では複座型として設定されている【ザムザザー】も基本的には一人で動かさなければいけないのだが、登録方法を少し工夫すれば、複座を実現すること自体は可能である。
だが、ラーチャオはそうしなかった。
仲間の二人を随伴機としてではなく、自身のゲルズゲーを盾としてリリカを引きつけながら、仲間二人がスナイパーとして遠方に陣取ったミワを囲んで撃破する。
我ながら完璧な算段だ、と、リリカによる攻撃を自慢の陽電子リフレクターで跳ね返しながら、ラーチャオは己の作戦に酔いしれていた。
だが──それは、数秒後に瓦解することとなる。
パリン、と、何かが割れるような、強いていうなら、ガラスを踏み砕いた時に似たような音が鳴ったかと思えば、ゲルズゲーのコックピットが真っ赤に染まり、レッドアラートが鳴り響く。
『ラーチャオ!』
『ええ、ウッソでしょ流石に!』
『ちょ、ま、何があって──ウェーイ!?』
息つく間もなく衝撃は再びラーチャオのコックピットへと伝播して、アラクネの怪物──ゲルズゲーはあっさりと沈黙し、爆散した。
そして、その爆発を照星から見据えていた者こそ、ゲルズゲーをたった二発で撃墜という驚異的な戦果を挙げた者こそ、後方に陣取っていた【フリーダムガンダムルージュ】であり、ミワに他ならなかった。
フリーダムルージュが構えていた、ヅダの対艦ライフルから、立ち昇る硝煙が吹き抜ける風に薫る。
自作のビームコート貫通弾。それこそが陽電子リフレクターを二撃で破った絡繰だった。
ミワが砲撃機であるフリーダムを狙撃機のベースに選んだのは、単純に機動力による足回りで、位置取りをしやすくするためだ。
スナイパーを見たら親の仇の如く追い詰めろ、が鉄則であるGBNにおいて、ソロではどうしても囲まれたり追いつかれたりして苦労していたのだが、今はリリカが前衛を務めてくれている。
ならば、この程度の相手を自らの──紅に染められたフリーダムのキリングレンジに入れることなど、ミワにとっては造作もないことだった。
『ラーチャオがやられたのかよ、うおおお!?』
『チラーヤ! うわああああっ!』
「……隙あり、です……!」
そして、盾が破れたのであれば、前衛としてのリリカはフリーになる。
一瞬でもそれを忘れていたのが、チラーヤと呼ばれた男ともう一人、チャーラの運命を分かつ結果となった。
枷から解き放たれたように、そうでなければ追い風を受けたかのように、好機を見出したリリカは、フルブーストで機体を突っ込ませる。
そして、AGE-1ブランシュは、ラーチャオの算段ならば、本来ミワのフリーダムルージュを倒すつもりだった二機のガンダム……【カオスガンダム】と【カラミティガンダム】を、一刀の元に斬り捨てるのだった。
「や、やった……私、できたんだ……!」
「リリカちゃんは、やっぱりやればできる子だねぇ」
爆炎の中に佇むAGE-1ブランシュの双眸が、そんなリリカの喜びに呼応するように、一際強く光を放つ。
くぁ、と小さく欠伸をすると、一刀の元に二機を斬り伏せた妹の偉業に、そしてコックピットの中で喜びを噛み締めて、眦に涙を浮かべながらもにへら、と緩んだ笑みを浮かべるリリカの姿に、ミワはどこか満足げに、そして誇らしげに、うんうん、と、首を縦に振るのだった。
チャラ男スレイヤー
【ビームコート貫通弾(ABAPFSDFS)】……正式名称対ビーム装弾筒付翼安定徹甲弾。GPDにおけるプラネットコーティング技術を応用して美羽が作成した超小型の切り札にして、流石の美羽をしても、これを作ってしばらく三日はプラ板やプラ棒に触りたくないと思わせた程度には緻密な作業で作り込まれた代物である。