普段は孤高を是として強者との戦いを望むアズキがシャフランダムミッションを受けていたのには、一つの理由があった。
五体満足で四対一という戦力差を覆したウイングゼロヌーベルと斬り結びながら、一瞬生まれた思考の空白にその理由が溢れて落ちる。
──フォース戦なるものを、擬似的に体験してみたい。
確かに一対一での戦いは、武に生きる者の誉れであり、そこには大いなる喜びが伴っている。
だが、これは遊戯だ。遊戯であるからこそ、全力で興じる──「ガンプラは自由だ」と、自身を突き動かした言葉と共に電脳の海へと潜ったアズキだったが、戦いに明け暮れる内、いつしか「孤高の女武者」というイメージが纏わりついてしまったことと、何より自身が背中を預けるならば自身に匹敵する強者であることが望ましいというプライド故に、中々そういう申請が来たり、或いは敢えて申請を出したりしなかったのだ。
それ故に、即興でのフォース戦ともいえるシャフランダム・ロワイヤルはアズキにとって本来の目的に合致するものだったのである。
だが、現実としては連携を望めない、五人バラバラでの戦いになることが多く、今回もその通りだったのだが、存外得たものは大きかったと、アズキはそう振り返った。
あのリリカというダイバーは、確かに実力においては自分に及ぶところはないだろう。
だが、彼女は最後の瞬間まで、確かに生き残ってみせた。
継ぎ目なく振るわれる剣術の型に翻弄され、冷や汗を流しながらも自身を睨みつける、通信ウィンドウに映るカエデを一瞥すると、アズキはふっ、と無意識に口元を綻ばせた。
強者との戦いこそがアズキの喜びであるのなら、例えそれが逃げ回るだけに腐心していたとしても──フリーダムルージュがレールガンによる狙撃を成功させるための一瞬、それを創り出すために全力を懸けて自身に対峙してきたリリカは弱者でも、臆病者でも決してない。
彼女もまた、ダイバーだ。この世界における戦士なのだ。
声には出さず呟いて、アズキは新たなる挑戦者へと、その素質を確かめるように刀を振るう。
めくるめく西洋舞踏のような大剣と、日本舞踊にも似た刀の交錯はさながらダンスパーティーのような美しさをもって見る者の目に映る。
重量で勝る大剣を軽々と振り回しているなら、膂力によるアドバンテージは、カエデとウイングゼロヌーベルにあるかのように思えるだろう。
しかし、追い込まれていたのはカエデの方だった。
「っ、一撃一撃が重い……! 『MS斬りの悪魔』、その異名は伊達ではないということですわね!」
『異名など、勝手に呼ばれているだけだ。私は……ただ強者との戦いを望むのみ! 君はどうだ、この私に……その力を見せてみろ!』
一撃の重さという観点で見たなら、ウイングゼロヌーベルが装備しているシザーソードは、理屈の上では軽く作られた日本刀よりも重量という意味で上回っている。
だが、鍛え抜かれた技は、明らかにアズキの方が重い。
不規則に配置されたスラスターによるマニューバで位置取りを読ませないようにカエデは立ち回ってこそいるが、一瞬で距離を縮めてくる、縮地と呼ばれる歩法にも似たものを操るアズキの実力は、常識の埒外にある。
──だからこそ、これが狂気の沙汰であるからこそ、面白いのだ。
こめかみに、じわりと汗を滲ませながらも、カエデはアズキと同様に口元を綻ばせ、控えめながらも獰猛な、戦士としての笑みを覗かせる。
「ならば、切り札……切らせていただきますわ!」
『望むところだ、来るがいい!』
HGBCハイパーガンプラバトルウェポンズ。
それは過去に行われたGPDの大会において、参加者にミッション内で配布されていた武器の詰め合わせのようなものであり、カエデがそこからシザーソードをチョイスした理由は極めて単純なものだ。
このシザーソードには、二種類もとい三種類の運用方法がある。
カエデが宣言するや否や、ハサミの中心でピン留めされていた部分が外れ、二振りのブロードソードが戦場に姿を現す。
そう、戦術の手札が多ければ多いほど、戦いにおいては有利に働くというのがカエデの信条であったし、何よりも大剣からハサミへ、そして二刀流へと転じることができるロマンは、センチメンタルな乙女心を大きく揺さぶり、掴み取ったのだ。
二天一流、そして偏在する二刀流での流派を学んだわけではない以上、カエデのそれは喧嘩殺法に過ぎない。
だが、ウイングゼロヌーベルの変速機動がそこに合わさることで、喧嘩殺法はブラッシュアップされたカエデだけの技となる。
常に死角をつくように位置取り、「飛ぶ」斬撃にも対処してみせたカエデに対して一角の敬意を払いながらもアズキは、まだ足りないと、そう結論づけた。
演舞を解除した居合の型によって、斜め後ろから斬りかかってくるウイングゼロヌーベルに返す刀を浴びせれば、二つに分けられたことでその剛性を失った刃の片割れと共にウイングゼロヌーベルの左腕とウィングバインダーが斬り飛ばされて宙を舞う。
「な、ッ……!?」
『円舞……それだけが私の太刀、その本質ではないぞ』
「ふ、ふふ……あはは……あーっはっは!」
『む?』
「流石ですわ、驚嘆に値しますわ、そして称賛に値しますわ! ですが……まだ、勝負はついていなくってよ!」
居合一閃、といった具合にウイングゼロヌーベルの機動力と左手を一瞬で奪い去ったバルバトス・
だがそれは、プレイングミスに他ならなかったと、誰でもないカエデ自身が何よりもよくわかっていた。
ベースの機体であるウイングガンダムゼロには、それがエンドレスワルツ版であったとしても、ゼロシステム……原作においては極めて危険な、「様々な未来を使用者の脳に叩き込むことでそこから勝利の可能性を導き出す」演算装置が搭載されている。
だが、GBNでそんなものを原作再現すれば脳が焼ききれかねない以上、それは大きく特性を異にする武装として実装されていた。
『む……?』
左腕を奪ったところから円舞に復帰しようとしたバルバトス・武の太刀が空を切る。
そして強引に姿勢を立て直したウイングゼロヌーベルのツインアイが一際強く翡翠の光を放つと、「耳」にあたる部分が展開、そして胸部のサーチアイが露出する形で装甲が上下にスライドした。
「ゼロシステム……誘導切りというやつですわ!」
発動中は、システム上ほとんど全ての攻撃に設定された敵機への誘導を無効化するゼロシステムは、確かに斬撃を主体とするアズキとバルバトス・武にとっては天敵ともいえる存在だ。
──普通ならば。
そう、そこには普通ならば、という前置きがつく。
そして「普通」であるならば、アズキとバルバトス・武は「MS斬りの悪魔」などという二つ名をその頭上に冠してはいない。
『なるほど、誘導を切るか……そうとわかれば、その前提で間合いを詰めて対処するのみ。次は逃げられんぞ……!』
いや、その理屈はおかしい。
この場に青ダヌキもとい未来から来た猫型ロボットがいたなら即座にそう突っ込んでいそうな理屈を立てて、バルバトス・武はそのツインアイに獰猛な輝きを宿すと、縮地法によってスラスターという最大の武器を失ったウイングゼロヌーベルへと一瞬で距離を詰める。
そうだ、関係ないのだ。
例え倍速で動こうが誘導を切ろうが、そうであるとわかったならば前提に織り込んだ上で間合いを図り、踏み倒す。
大和撫子のように可憐にして美しい「柔」の太刀ばかりがアズキの本質ではない。
どこまでも獰猛に、そして貪欲に、強引に相手を屠る「剛」の太刀もその身に修めているからこそ、「MS斬りの悪魔」は恐れられているのだ。
「な……ッ……!?」
確かにスラスターが生きている内にゼロシステムを起動させなかったのは自分のミスだとカエデは認めている。
それにしたって、スラスターの補助もあるとはいえ、基本的には歩法だけで瞬時に距離を詰めてくるなど、常識の範囲じゃない。
あり得ないことだと、驚嘆にカエデの瞳が見開かれた。
そしてその一瞬は、致命に繋がる瑕疵となる。
『──斬ッ!』
短くも凛と響き渡るその言葉は、紛れもなくこのシャフランダム・ロワイヤルに幕引きを告げるものであり。
「きゃああああっ!」
カエデの敗北──リリカとミワが所属していた即席チームの敗退を意味する、絶対的な勝利の宣言だった。
◇◆◇
「凄かったねぇ……ミワもまだまだ、ってことかな〜」
カエデがアズキの前に敗れたことでロビーへと仮想の躯体が転送されたミワは、あの常識外れにして美しいアズキの剣術を思い出しながら、くぁ、と小さく欠伸をする。
脳を使い過ぎた。
甘えるように、そして欠乏していたリリカ成分ことリリカニウム(命名者:ミワ)を補充するように、どこか茫然としていた妹をぎゅーっ、と抱きしめると、甘ったるい声音でミワは、リリカの耳元でそう囁いた。
「うん……で、でも……お姉ちゃんも……凄かった、よ……」
あの一瞬は全てミワに託したものだったし、それこそ一キロ先にあるコインを撃ち抜くような、バルバトス・武に一撃を当てるという芸当は、一瞬という隙こそあったとしても並のダイバーにそうそうできるものではない。
敗れこそしたが、それは相性差によるもので、ミワもまた一流の狙撃手であることに違いはないのだ。
「いや……君も十分、称賛に値する相手だった」
しゃん、と鈴を鳴らしたような声音が、リリカとミワの耳朶に触れた。
声のする方向に振り返れば、そこには和装に身を包んだ黒髪の女性、先ほどまで剣を交えていた「MS斬りの悪魔」ことアズキが真っ直ぐに姿勢を伸ばして、しずしずと歩み寄ってくる姿がある。
「……わ、私、ですか?」
「ああ、あの奇襲……確かに悪くないものだった。期待していたものとは違っていたが……シャフランダム・ロワイヤルというのも、存外得るものが多い」
これだからGBNは面白い、とでも言いたげに、アズキは口元を綻ばせた。
リリカとミワの実力は、まだアズキに及ぶものではない。
だが、あそこで確実に始末していなければ、カエデと合わせて戦いの趨勢がどうなっていたかについては、さしものアズキとて予想がつかないといったところである以上、二人の戦いは敢闘といって差し支えないものだった。
まあそれでも、勝つのは自分だと自負して憚らないが。
アズキはあえて無粋なことを口には出さず、果敢に食らいついてきた二人へと称賛の言葉だけを残して雑踏へと溶け込んでいく。
「そうだねぇ……リリカちゃん、何か見つかった〜?」
その背中を見送るミワは踵を返して、リリカへと問いかける。
だけど、そんなことを敢えて聞かなくてもいいというのはもう既にわかっていた。
ゲームの中でも目の色を変えただけで双子コーデ、そしてリアルでは双子の姉妹として生まれてきたからわかる、というわけではない。
だが、交錯したリリカの視線の中には、言葉の外側で通じるものが、蓋をしようとも抑えきれないその想いが溢れていた。
「うん……負けちゃったのは、悔しいけど……GBNって、楽しい……お姉ちゃんと一緒に遊ぶの、楽しいから……えへへ」
にへら、と口元を綻ばせて笑顔を浮かべるリリカは世界一可愛い。
ミワはシスコン全開な感想を脳裏に描くや否や、言葉ではなくボディランゲージでそれを示すように、あるいは更なるリリカニウムの摂取を試みるように最愛の妹を抱き寄せて、その真っ直ぐな髪の毛を優しく撫でた。
「うんうん、ミワもリリカちゃんと遊ぶの、楽しいよぉ。久しぶりだからね〜」
現実において、最後に遊んだのはいつだっただろうか。
ミワも、リリカも思い返せばそれは随分遠い記憶に行き当たる。
断絶しかけていた。
途絶えて、途切れて、きっとそのまま、いつか大人になった時には遠く離れた場所に置き去りにしてしまうのだろうと、そう思っていたものがある。
それでも、リリカが予想した通りになるはずだった運命は、何の因果か仮想の海で解けて消えて、新たな結び目となって心の中に見つけ出すことができているのだから、人生というのはわからない。
じわり、とリリカの眦に涙が滲む。
だがそれは、悔しいからではない。悲しいからではない。
久しく忘れていた、そしてきっと思い出すこともないだろうと思っていたあたたかさに、嬉しさと楽しさに触れた喜びが、リリカの瞳から透明よりも透き通る、美しいプリズムをそっと零すのだ。
正直にいってしまうなら、今でもわだかまりの全てを捨てられたわけではない。
リアルでミワと──美羽と部屋の中で鉢合わせてしまえばリリカは、梨々香は相応にパニックを起こしてしまうだろうし、GBNにおける実力に断絶が存在していることもまた確かだ。
それでも。
だからこそ、頑張れると思えるのはいつ以来だろうか。
思い出すことすらできない、遠く、遠くから始まった諦めに、リリカはそっと想いを馳せる。
それはきっと、仮想の海に浮かぶ理想の郷で、GBNで実現した、小規模な奇跡なのかもしれない。
あまりに取るに足らない、他人が見れば笑ってしまうような、そんな奇跡。
だとしても、その奇跡は確かにリリカの勇気と軌跡が手繰り寄せた、本物に違いない。
仮想の海に求めているものの全てが手に入ったわけではないけれど、ログアウトのボタンを押す瞬間まで、リリカの胸はそんな喜びに満たされていたし、それはミワも同じだった。
仮想郷に構築されていた意識が今度はどこまでも上に引っ張られていくような感覚と共に、「リリカ」は「梨々香」へと戻っていく。
普段は美羽と顔を合わせるのが気まずくて、そして両親と顔を合わせるのだって辛いから部屋で食事をしているけれど、ガンダムベースではなく自室からログインしたことを、梨々香はちょっとだけ後悔しているのだった。
◇◆◇
AGE-1ブランシュにとって、二度目の対人戦は、確かに敗北で終わったかもしれない。
ゴーグル型のVR端末を外して、浮かんでいた涙をごしごしと拭うと、梨々香はゆっくりとベッドに横たえていた身を起こして、机へと向かっていく。
だが、課題が見えてきた。
負けたことは当然悔しい。相手がいかに二つ名持ちの実力者であったとしても当然だ。
それでも──暗中模索を繰り返し、霧の中を彷徨っているような感覚のまま仮想の海を揺蕩い続けるよりは、はっきりと、自分の視線で見える課題があった方がいいのは確かなのだ。
ミキシングの素材として利用したGバウンサーの箱を開けて、梨々香はおもむろに、机の上に置きっ放しになっていたニッパーに手をかける。
これはまだイメージに過ぎない。
形になるまでの、形を得るまでのモックアップだ。
だが、アズキとの戦いを経て見えてきたものは、着実にリリカの中で一つの形を成そうとしていた。
この世界に、生まれ出ようとしていたのだ。
机の上で、ダイバーギアに直立しているAGE-1ブランシュのツインアイが、シーリングライトの僅かな光を拾ってきらりと煌めく。
どこか涙のようにも映るその輝きは、きっと明日へと繋がっている。
「……次はもっと、頑張るからね……頑張って、頑張って、私……」
──今は、君と一緒に強くなりたいんだ。
静かに佇む愛機に向けて、梨々香はぽつりと流れた涙と共にそう零した。
ガンダムAGE-1。それは百年の物語の始まりとなった機体。
だからこそ、梨々香は一つのパーツを組み立てて、AGE-1ブランシュの左手にそれを握らせると、ふんす、と気合と決意を込めてスマートフォンのアプリを起動した。
GBNに簡易ログインをすれば、そこにはG-Tubeと呼ばれる映像のアーカイブが存在している。
そして、G-Tube内においては歴代のガンダム作品がアーカイブで配信されているのだ。
迷うことなく、梨々香は、「機動戦士ガンダムAGE」の項目をタップすると、どこか、始まりを確かめるように、そして、明日へ生まれ出た希望を繋ぐように、第一話を再生するのだった。
それは長き旅の始まりとの出会い、そして梨々香の新たなる始まりへの航海
やっぱりアズキさんには勝てなかったよ……
【アズキ(出典:「ガリアムス」様作「ガンダム:ビルドライジング」)】……「MS斬りの悪魔」という二つ名を戴く凄腕の女武者系大和撫子ダイバー。本人の動体視力及び修めた剣術、そして特製の太刀によって射撃を実弾、ビーム問わず斬り払うことができるという凄まじい技術を有している。