ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

15 / 75
1680円(税込)のコーンポタージュスナックことEGガンダムのメタリックカラー版を買ってしまったので初投稿です。


第十四話「リリカ・ヘウレーカ」

 感動していた。

 機動戦士ガンダムAGE、その百年の物語を気付けば一気見していた梨々香の感情を率直に表すのならば、そういうことになる。

 良いところと悪いところはどんな作品にも存在して、無論それは「AGE」にも、「1st」の通称で呼ばれる初代ガンダムにも当てはまる。

 ただ、どこが「好き」かどうかについては受け取った者次第なのだ。

 そして梨々香は、一世代目の主人公にして、物語の最後までキーパーソンを務めた英雄……フリット・アスノの生き様にこそ、心を打ち震わせていた。

 フリットの魅力をあれやこれやと語るならそれだけで小一時間は潰れそうな具合だったが、中でも梨々香の心を震わせたのは、少年時代における「命は……玩具じゃないんだぞ!」という台詞と、最終回付近において、そんな「英雄、救世主に憧れる少年」の心が虐殺を踏みとどまらせて、真の英雄へと導くシーンだ。

 世代をテーマに扱った以上、そこには「老い」が必然的に描かれる。

 多感な青春時代をガンダムと、当時はUE、「アンノウン・エネミー」の名で呼ばれていた敵勢力……「ヴェイガン」との戦いに費やして、愛する人を喪いながらも軍部の重要なポストに就任し、和平の使者を送ってもその全てが帰らぬ人となり、挙げ句の果てに自らの恩師とでも呼ぶべき人たちも奪われた、という過酷な半生は、彼に頑なな憎悪を抱かせるのには十分だった。

 だが──彼は、フリット・アスノは、最後の最後で憎悪に駆られ、老いに目を曇らせた虐殺者ではなく、あの日の誓いを抱いた少年の心を思い出し、新たな世代のために道を開く嚆矢として、天にプラズマダイバーミサイルを放ったのである。

 

「……っく、ぐすっ……良かったね……良かったね、フリット……」

 

 梨々香はぽろぽろと、スマートフォンのブルーライトのみが照らす真っ暗い部屋のなかで涙を零す。

 フリット・アスノの人生は、振り返れば、報われないものだったのかもしれない。

 それを不幸だと断定する人間も多いだろう。

 だが、梨々香は決してそう思わなかった。

 確かにフリット・アスノの旅路を振り返れば、きっとそこには無数の後悔だとか慚愧だとか、そういったものが横たわっていることだろう。

 英雄となった後も、ヴェイガンが地球の奪還であり帰還を望んでいた原因たる風土病、マーズレイを根絶するためにそれと向き合い続けたフリットの人生は、一貫して他人のために捧げられたものだといっていい。

 よく、ロールプレイングゲームにおける勇者の存在を呪いだと断じて憚らない人間が存在するように、「誰かのために生きること」は、一つの枷であり呪いであるのだというパブリックイメージが一部で定着していることは事実である。

 しかし、フリットは望んで……幼い頃に夢見た「救世主」に恥じない人物として、その激動の百年を歩み、そして天に召されたのだ。

 彼を快く思わない人物は作品の内外を問わずして多いだろう。

 だが、梨々香にとって、いつだって「誰か」のために「何か」を成すことができるフリットの姿は、何よりも眩しく、高潔に映ったのである。

 泣き腫らした目を拭いながら、梨々香はベッドの上で、髪をゆるく結んでおくのも忘れて、その感慨に浸っていた。

 元々梨々香が「ガンダムAGE」を観ようと思ったのは、自身の愛機であるガンダムAGE-1ブランシュのルーツを探るためでもある。

 あの日、初心者狩りのPKerに怯えて立ち竦んでいた自分を救ってくれたチャンプと、その愛機であるガンダムTRYAGEマグナム。

 それと出典を同じくするAGE-1ブランシュだが、二度の対人戦で見えてきたものは、汎用機としては客観的に見ても及第点だが、特定の状況下における決定打に欠ける、という深刻な弱点であった。

 だからこそ、それを解決するヒントは出典となった作品に眠っているのではないかと目をつけたのだが、まさかそんなことが頭から追いやられて、物語でいっぱいになるとは思ってもいなかったのだ。

 そんな具合に茫洋と目蓋を閉じて、物語の感慨に浸っていた梨々香を現実へと引き戻すように、充電器に繋ぎっぱなしにしていたスマートフォンがぽこん、と気の抜けた通知音を奏でる。

 それは、メッセージアプリを通じて美羽から「お風呂上がったよ〜」という言伝を告げるものであり、スマートフォンに表示された時刻はとっくに零時を回っていた。

 

「あ、あわわ……完全に忘れてた……」

 

 ぶっ通しで観続けていたのだから仕方ないのだが、あのまま寝落ちでしてしまえば、乙女としては一大事を招くところだった。

 すんでのところで引き戻してくれた美羽に感謝を捧げつつ、梨々香は何かに弾かれたかのようにベッドから飛び起きる。

 クローゼットからバスタオルと替えの下着、そしてパジャマを取り出して、弾かれたように一階にある風呂場へと駆け出していくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 かぽーん、と、水音を響かせる浴槽の中で、正気に立ち返った梨々香は長い髪の毛をタオルで保護しながら、隅っこに収まるような体育座りで、もう一つの課題について考えていた。

 確かにガンダムAGEは面白い作品で、感動したことに間違いはないのだが、AGE-1ブランシュが特定の状況下においての決定打に欠ける……つまり、あのゲルズゲーが持っていた陽電子リフレクターであるとか、アズキとバルバトス・(もののふ)が用いていた太刀……というよりは本人の驚異的な動体視力によって成立する切り払いであるとか、とにかくそういったものが今のブランシュには足りていない、というのがリリカの見解であった。

 両手で水を掬い取り、二卵性でありながら姉と同様に豊かに実ったことでぷかぷかと水面に浮かんでいる胸にかけるという何の生産性もない行為を繰り返しながら、梨々香は茫洋と考えを巡らせる。

 まず、アズキの切り払いについてだが、例え本人から許可をもらって太刀を借りたとしても、あれを真似することは不可能だといっていい。

 ハードコアディメンション・ヴァルガの方が幾分かマシだと言わしめるクソゲーにおいて、正統派の殺され方から外道の殺され方まであらゆる方法でボコボコにされてきた梨々香であったが、ああいう人間災害じみた「正統派」の技は、真似しようと思っても一朝一夕でできるものではないのだ。

 もしも見様見真似ができるのならば、それは最早一種の才能であるといっても良い。

 そうなると、何か新しい特殊兵装を追加する、というのがAGE-1ブランシュ強化計画カッコカリの要になるのだろう。

 一応、梨々香はGBNを始める折にまとめwikiに一通り目を通している。

 立てられた項目において、陽電子リフレクターのような特殊兵装のカテゴリに分類される中で最も人気が高かったのは、映像作品「機動戦士ガンダム00」に登場するブーストアップ機構、トランザムシステムだったことは記憶に新しい。

 ただし、トランザムをAGE-1ブランシュへと組み込むのは色々な意味でハードルが高かった。

 と、いうのも、トランザムは太陽炉、GNドライヴと呼ばれる「00」に登場する特有の推進機関をパーツとして組み込まなければ発動できないし、仮に発動したとしても、付け焼き刃の太陽炉では三十秒も持たずに機体が自壊するという旨が記されていたからだ。

 梨々香のAGE-1ブランシュは、良くも悪くも今の姿で汎用機としては完結している。

 Gバウンサーをミキシング、というよりはゲイジングの材料に選んだことで機体重量は軽く抑えられ、重量に対しての推進力の比率は高機動機と呼んで差し支えない領域に到達していることは、はっきりと長所として挙げられるだろう。

 だがそれは、その分軽くて脆い、という弱点と背中合わせであることと同義である。

 もしも仮に梨々香がAGE-1ブランシュのメインスラスターを取り外して、雑に太陽炉をそこから生やせば、確かにトランザムは使えるようになるのかもしれないが、まず確実に、機体の剛性がその出力に耐えきれず、三十秒も持たない内に自壊する(ヅダる)ことは火を見るより明らかだ。

 ならば、答えは自ずと絞られてきそうなものなのだが、最後のピースがカチリとハマってくれないような、そうでなければポリキャップの軸を潰してしまったような違和感が拭えない。

 梨々香は水面に息を吹きかけてぶくぶくと泡立たせるという何の生産性もない行為をしながら、なんとか閃きが降りてきてくれないかと思い悩む。

 ──ならば、それは天啓に他ならなかった。

 

『命は……玩具じゃないんだぞ!』

 

 脳裏をぐるぐると同時進行で駆け巡っていたガンダムAGEの記憶が、フリット・アスノの名台詞がはたと記憶の引き出しからこぼれて落ちたことで、その違和感は払拭されて、最後のピースがカチリと音を立てて嵌るような、ぬるっとした感触と共にプラスチックのパーツにポリキャップが収まるような錯覚に梨々香は浸る。

 

「これだ……!」

 

 遥か古代の哲人も、風呂に入っていた時に閃きが降りてきたらしい。

 ヘウレーカ、と叫んで全裸で駆け出す度胸も狂気も、梨々香は持ち合わせていない。

 だが、ピタリと嵌ったそのアイデアを一秒でも早く実行に移したい、という意味では、その哲学者と同じ心境であった。

 ざばぁ、と、浴槽から飛び出ると、軽い目眩を感じながらも梨々香は一刻も早く就寝すべく、RTAじみた行動で、自分なりの最高速で身支度を整えていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 小春日和という言葉は、本来冬に使うものだと知ったのはいつだったか。

 平日の真っ昼間、学生たちが学業に励んでいる時間に、梨々香は勇気を振り絞って他所行きの服ではなく、ラフなジャージ姿にリュックサックを背負う形で、ガンダムベースシーサイド店を訪れていた。

 ガンダムベースに製作ブースが設立されているのは、塗装環境がない客にエアブラシと塗料を提供するという目的こそあるが、もう一つの目的は、買ったキットをその場で組み立てられるというメリットの提供に他ならない。

 どこかのセンチメンタリズムな乙女座の人のように、買った瞬間から箱を開けるのを我慢できないお客様に組み立ての場を提供して、利用料をその分いただく。

 それこそ、ショーケースの中で今日も可憐な営業スマイルを振りまいているチィが喜びそうな、WIN-WINの関係というものだ。

 そして梨々香がラフなジャージ姿という、年頃の乙女としては若干外に行くのが躊躇われる格好をしてガンダムベースを訪れたのは、その二つの目的を同時に果たすためだった。

 

「いらっしゃいませっ。ガンダムベースシーサイド店へようこそ!」

「……こ、この前は……あ、ありがとう、ございます……チィ、ちゃん……」

「いえいえ、チィも貴女のお役に立てたなら本望ですよっ!」

 

 相変わらず猫を何重にも被った営業モードのチィに、GBNとの温度差を感じて風邪を引きそうになりながらも、梨々香は確かにお礼を告げて、ガンプラの販売ブースに足を運ぶ。

 梨々香が目当てにしているのは、HG「ガンダムAGE-1 スパロー」だった。

 一応、Gバウンサーを作った時に切り出してしまったのは盾の基部で、シグルブレイドそれ自体は無事だったために組み立てて持たせてみたのだが、両手が塞がっているというのは梨々香にとってどうしても違和感が拭えなかったのだ。

 そのため、何か片手で扱えて、かつマウントすることが容易な武装はないだろうか、というのが悩みだったのだが、まさかAGE-1系列の、基本ウェアにその解答があるなどとは思ってもいなかった。

 にへら、と口元を微かに綻ばせて、姉と同様に癖のかかった明るい茶髪をミディアムボブにしている店員から、無事に目当ての「HGガンダムAGE-1 スパロー」を購入すると、脇目も振らずに製作ブースへと駆け出していく。

 

「……あたしもあんな感じだったのかな」

 

 今日はヘルプにどうしても入らざるを得ず、レジで応対をしていたアルバイトの店員──愛香は、駆け出していく梨々香の背中を見つめて、他の客には聞こえないようにぼそりと呟く。

 熱意。愛。きっと色んな言葉が綯い交ぜになった情動に突き動かされるその姿を初々しい、と思えるようになったのは、きっと自分もそれなりの場数を踏んできた証なのだろう。

 こほん、と咳払いをすると、愛香は営業スマイルを浮かべて、元の仕事に戻っていくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 販売ブースで梨々香が購入していたのは、何もAGE-1スパローだけではない。

 大きな紙袋からクリアプラ板とPカッターを取り出すと、それをカッティングマットに置いてから、梨々香はスパローに付いてくるシグルブレイドをぱちん、ぱちんと持参したニッパーで組み立てる。

 ガンダムAGE系列のキット、取り分け地球連邦系の機体は名キットとして名高いものが多く、このスパローも値段に対するギミックの再現度や稼働範囲という意味では非常に優れているのだが、惜しむらくは一つだけ重大な欠点を抱えていた。

 それは、シグルブレイドの刃がクリアパーツではなく、白いプラスチックのパーツに専用のシールを貼る形で再現する、という、恐らくは値段から来る制約の皺寄せに他ならない。

 だが、そこはそれ、電子の海を揺蕩う様々な情報は、そして先人たちの歩みは、いつだって後から道を歩む者にとっての標となる。

 足跡を辿るように、一度組み上げてゲート処理まで施したシグルブレイドを分解すると、梨々香はその刃を型紙にして、クリアプラ板に大まかな形を描き出していく。

 本来であればクリアレジンを用いてパーツを置換することが望ましい工作ではあったが、一応この脳筋式解決法でもなんとかならなくはないことそれ自体は事前に調べがついている。

 梨々香は曲面に苦労しながらも、丁寧に、描き出したガイドに沿ってクリアプラ板を切り出す。

 その作業はひたすらに虚無との戦いであり、ようやく試作一号が出来上がっても、Pカッターが勢い余ってはみ出してしまって傷がついたり、曲面出しが上手くいかなかったりと、色々散々だった。

 じわり、と、梨々香の眦に涙が滲むが、そこで立ち止まるわけにはいかない。

 スマートフォンから、「クオンの放送局」なるG-Tubeのチャンネルを開き、クリアプラ板を切り出している製作配信──手元を映した動画にアバターで後付け解説を行うそれを参照しつつ、梨々香が試作二号の切り出しにかかろうとした、その時だった。

 

「……あの」

「……ひ、ひぁっ……!? は、はい……そ、その、ごめんなさい……!」

 

 梨々香は突如として聞こえてきたその声に動揺して、手元を大きく狂わせてしまう。

 イヤホンは繋いでいたはずだが、いつの間にか外れていたのだろうか。

 大きな傷が残ったクリアプラ板と、そして自身の隣にいつの間にか陣取っていた薄手の鉄華団ジャケットに、透き通るような銀髪という、まるで画面の中から抜け出てきたかのような容姿をしている小柄な少女を交互に見遣ると、梨々香は音量をミュートに指定して、ごめんなさい、と頭を下げる。

 

「あ、ううん……大丈夫。てか私の方がごめん……ただ、そこの切り出しだったら、テンプレート借りてやった方が上手く行きやすい、よ……」

「て、天ぷら……?」

「……テンプレート。曲線にも対応した定規みたいなものだよ」

 

 ケンさんに言えば、貸してもらえると思うから。

 それだけ告げると、銀髪の少女はふっ、と小さく笑って、元の席──梨々香の真ん前へと戻っていく。

 少女が何故、アドバイスを送ってきたのか、梨々香当人にはわからない。

 ただ、黙々とMGEXユニコーンガンダムの組み立てに戻る彼女──夜ノ森零の目には、初々しくも苦闘する梨々香の姿がかつての己に重なっていたのと、そして。

 

「……近くにいるなら、アドバイスを送った方が早い、のかな」

 

 マツムラ店長からテンプレートを借りるために席を立った梨々香の背中を一瞥すると、零はどこか組み立て中のガンプラに語りかけるように、そう呟く。

 まだ互いに、電子の海での姿とリアルの姿は結びついていないけれど、袖擦り合うも他生の縁、と人はいう。

 ならばきっと──駆け出したばかりの彼女の背中を押すことは、間違っていないはずだ。

 そんな、零が呟いた言葉を肯定するように、照明の光を反射して、予め部分塗装を施していたMGEXユニコーンガンダムの双眸は、力強く翡翠の輝きを放つのだった。




それは小さな、宙を舞うひとひらの欠片たちの邂逅

【夜ノ森零(出典:「青いカンテラ」様作「GBN総合掲示板」)】……普段は終末を司る竜の端末系G-Tuberとして配信を行っている「クオン」のリアルにおける姿。梨々香は「クオン」がどんな存在なのかも知らず、クリアプラ板の切り出しで調べたらトップに出てきた動画を再生していただけなのだが、袖擦り合うも他生の縁、ということでアドバイスを行っている。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。