ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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デカールが破けたので初投稿です。


第十五話「歩くような速さで」

 謎の少女からのアドバイスもあって、梨々香のシグルブレイドクリアパーツ化計画は概ね順調に進んでいた。

 アタリを丁寧にとって、テンプレートを活用しながら決して焦らず、少しずつプラ板を削り出していくその手つきは、初心者にしては随分上手いといったところだ。

 しかし、当たり前だがどんなことにも上には上がいる。

 耳に挿したイヤホンから流れる音と、そしてスマートフォンに映る「クオン」の手つきと自身のそれを比較すれば、手際の良さもカッティングの精度も段違いで、梨々香は少しへこんでしまいそうになるが、世の中なんてそんなものだ。

 

(……私も、なれるのかな……)

 

 そんなものだとわかっていても、希望の灯は心の中で燻り続けている。

 ただ薫る煙を、その期待を吸い込むように、梨々香は曲面の切り出しを終えると息を大きく吐き出して、プラ板の粉塵を吸い込まないように、マスク越しに深呼吸をした。

 ──なれるとも。クジョウ・キョウヤには誰でもなれる。

 心が折れそうになった時、落ち込んでしまった時、いつだって思い返すのはあの時チャンプにかけてもらった言葉だ。

 それを綺麗事だと嘲笑うことは簡単だろう。

 誰でもなれるのなら、何故GBNの頂点はサービス開始以来不動であるのかと、不貞腐れることもできるだろう。

 それでも、梨々香にとってチャンプの言葉は、希望に他ならなかった。

 梨々香には、あまり褒めてもらった経験がない。

 姉である美羽が常に優秀で、いつも両親や親戚からは比較され続けていたということもある。

 頑張って梨々香がテストで80点を取っても、美羽は96点を取る。

 なんとか死にそうな思いで、徒競走で最下位は避けても、美羽は悠々とトップ争いに食い込んで色はまちまちだがメダルを貰う常連だったりと、姉の天才伝説は枚挙にいとまがない。

 わかっている。

 美羽と比べれば、自分は所詮凡人なのだと。

 じわり、と、心に刻まれた傷口が開くかのように、梨々香の眦に涙が滲む。

 それでも、だからこそ──あの時チャンプがそんな自分の臆病さを、弱さを強さだと言ってくれて、「自分のようになることができる」とも言ってくれたのは、例えおためごかしだとしても、お世辞だとしても、梨々香にとっては間違いなく救いに他ならなかったのだ。

 その希望が自分だけのものじゃないことは、痛いほどよくわかっている。

 シャフランダム・ロワイヤルで遭遇した「MS斬りの悪魔」ことアズキだとか、味方に来てくれたカエデだとか、彼女たちもまた、既に十分な実力者でありながらまだ遠いその頂点を目指しているからこそ、あの電脳の海に、仮想郷たるGBNにダイブしているのだ。

 だとしても、弱さを強さだと言ってくれたあの言葉だけは、梨々香だけのものだった。

 臆病で、泣き虫で、いつだって石を投げられる側にいる自分を救い出してくれた言葉を思い返しながら、梨々香は最後の直線を丁寧に切り出していく。

 ちらりと顔を上げてみれば、梨々香がスクラッチであるとはいえパーツ一つを組み上げる間に、先ほどアドバイスをくれた少女は、並行してゲート処理を行いながらも、MGEXユニコーンガンダムという化け物じみた組み立て難易度を誇るキットを完成させようとしていた。

 比べている訳ではない。

 ただ、黙々と丁寧に切り出したパーツにヤスリを当てて面出しを同時に行っているにも関わらずその驚異的な組み立て速度が落ちることのない手際の良さと集中力に、梨々香は見入っていたのだ。

 

「……ん、私の顔に何か?」

 

 流石にじっと視線を注がれていたら気付かれるのだろう。

 足首フレームの面出しを行っていた少女はぴたりと作業の手を止めて、梨々香に視線を合わせる……のではなく、どこかその目を覗き込むのを避けるかのように胸の辺りに視線を置いて、ぼそりと問いかけた。

 

「……あ、その……えっと……ごめんなさい……」

「……いや、その、怒ってるとかじゃないんだ、うん」

 

 少女──夜ノ森零は感情表現があまり得意な方ではない。

 今だって対面の少女こと梨々香がびくりと体を震わせてしまったのは、自身の声のトーンが幾分か低いことから来るものだろう。

 あまりじろじろ見られていて気分がいいわけではないが、初対面の相手をここまで怯えさせてしまったのは、さしもの零とて気が引ける。

 どこか梨々香の仕草にハムスターのような小動物じみたものを感じながらも、ささやかなフォローを入れて、零はヤスリをかけながら返答を待つ。

 

「……え、えっと……その、綺麗だなぁ、って……そう思ったんです……」

「ふへっ!?」

 

 それは偽らざる、本心からの言葉だった。

 梨々香が綺麗だと感じたのは、その作業の手際もさながら、まるでGBNから抜け出てきたような銀髪や、何よりも丹精込めて一つのキットを作り出そうとしている職人的な姿勢、つまり彼女の在り方そのものだ。

 そして、直球でぶつけられた褒め言葉に、梨々香と同じく褒められ慣れていない零は奇声を出力していたが、その手元が狂っていない辺りは流石だというべきなのだろう。

 ふへっ、と気が抜けたような奇声を気にすることもなく、梨々香は純粋な尊敬と、少しの羨望が混じった視線を零に向けていた。

 

「……いや、うん……ヤスリがけは心が無になるから、じゃなくて、大事な作業だから。やってれば、できるようになるよ」

「……私でも、ですか……?」

「うん、皆……そうやって始まったから。私も特別なことは何もしてない……って、初対面の人相手に何説教くさいこと言ってるんだろうね、ごめん」

 

 小さく梨々香に頭を下げるが、零が述べた言葉は紛れもなく本当のものだ。

 誰もが最初はゲート跡だらけだったり、抉ってしまった素組みから始まって、ゲート処理だとかスミ入れだとか、そういった作業に少しずつステップアップしていく。

 零だって──「クオン」だって、あの「ジャバウォックの怪物」を作り上げるのに至った道のりを眺めてみれば、始まりは随分遠いところまで来てしまったものの、それはいつだって変わることはない。

 過去。思い出したくないことだって沢山あって、振り切れていないことだって山ほどある。

 それでも歩んだ時間は、作り続けてきたガンプラたちは、いつだって後ろから行く道を照らしてくれているのだ。

 慣れない憧憬の眼差しに頬を赤らめながらも、零は初々しくも、初心者にしては随分と難易度の高い作業に折れることなく挑んでいる梨々香の瞳にその始まりを想起していた。

 だからこそ、なのだろうか。

 つい、そんなお節介を焼きたくなってしまったのは。

 自問するように、乱れた心を無にしてペーパーをかけるが、フレームパーツは何も答えてはくれない。

 

「……そ、その……」

「ん……?」

「……ごめんなさい、でも、その……ありがとう、ございます……」

「えっ。ちょっと待って、どうして泣いて……」

 

 梨々香ははらはらと涙を零していたが、それは悲しいからではない。

 少女の、零の言葉があの日貰ったチャンプからの言葉にオーバーラップして、言葉では表せない感情がそうさせたのだ。

 ごしごしと涙目を拭いながらもまだこぼれ落ちてくる涙に自己嫌悪を抱きながらも、梨々香は何度も、感謝を示すように頭を下げる。

 

「……わ、私……ごめん、なさい……ぐすっ、泣き虫で……弱虫で……ちょっとした、ことでも、えぐっ……泣いちゃう、ので……その……」

「ああ……」

 

 梨々香が抱えているものが何であるのかは、零にもわからない。

 ただ一つだけ──たった一つだけれどわかるのは、そこに大きな傷を抱えているということだけだ。

 だが、それがわかれば十分だった。

 必要以上に他人の心に踏み込むというのは、傷口に手を突っ込んで拡げていくのと同じことだと、零はそう思っている。

 だから、梨々香がどんな痛みを抱えていて、どうしてすぐ泣いてしまうのかについて問いかけることは決してしない。

 

「……でも、嬉しかったんです……」

 

 梨々香は自分がダメダメな存在だということは、誰よりもよくわかっている。

 今だって本来行くべき高校に行かず、ガンダムベースの製作ブースにこもってプラ板を切り出しているのだから、そこを詰られれば何も答えることはできない。

 だからこそ、そんな自分でもできると、背中を押してもらえることに慣れていなくて、でもそれが何よりも嬉しくて、泣いてしまうのだ。

 

「……そっか、うん。でも……君は上手い方だよ。自信持っていい」

 

 初心者はわざわざシグルブレイドのパーツをクリア化しようなんて考えないし、考えていたとしても実行に移せるのは少数派だ。

 自分にしては珍しく、慣れない直球の褒め言葉に頬を赤らめ、視線を逸らしてこそいたものの、零は梨々香に向けて、愛すべき後身たち、その一人に向けて確かな激励を送っていた。

 

「……ぐすっ……ありがとう、ござい……ます……うえええ、んっ……」

 

 どれだけ飢えていたのだろう。そしてどれだけ傷ついていたのだろう。

 割れてヒビが入った心を抱えながら、恐らくはきっとGBNという世界に向けてこの現実に爪を立てて、歩くのではなく、倒れ伏しながらも、這いずりながらも──確かに前を向いている梨々香は、弱虫などでは決してない。

 零は、「クオン」は、梨々香の、「リリカ」のことを知らないけれど。

 面出しが終わったフレームパーツを組み付けながら、傷だらけの少女に、ひび割れた梨々香に言葉は送らずとも、いつかの自分を重ね合わせて、そして──仮想郷で巡り合った「リビルドガールズ」に所属しているある少女の面影を見出して、微かにその口元を綻ばせる。

 大丈夫だ。きっとこの子なら強くなれる。

 そこまで言うのは、きっとお節介がすぎるのだろうけれど。

 零は組み上げたフレームパーツに、あらかじめ切り出して面出しとゲート処理まで終わっていた装甲パーツを被せながら、そう微かに微笑むのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 江戸の仇を長崎で討つ、なんて言葉があるように、雪辱戦のつもりで選んだ戦いで敗れてしまった仇というより禊ぎはどこかで済ませておかなければいけない。

 製作ブースでその後プラ板の切り出しとグリップパーツへの組み込み、合わせ目処理、コンパウンドまで用いた表面処理と一つのパーツを作り込むだけでも地獄のような作業工程を完遂していたこともあって、開店と同時に突入したにも関わらず、時刻は既に美羽が学校から出たであろう放課後を回っていた。

 だが、その甲斐もあって、擦り合わせだとかに苦労しながらも梨々香の──リリカの作り上げたシグルブレイドは、理想的な形で腰のマウントラッチに収まってくれている。

 製作ブースでの出費は工具類含めて手痛いものであったが、それでも格納庫エリアで眺めていたAGE-1ブランシュの新たなる勇姿に、リリカは湧き上がる高揚感のようなものを覚えていた。

 

「……できたんだ、私にも……」

 

 あの後、軽く自己紹介というよりは互いに名乗りを済ませて別れた零とリリカだったが、彼女の言葉は確かに現実となって、見事に透き通るクリアのペールグリーンを纏ったシグルブレイドの刀身は、十八メートルクラスに拡大されても傷一つなく、美しく輝いている。

 このまま眺めているだけでも一日を過ごせそうなものだったが、リリカがシグルブレイドを作り上げたのは、見ていて嬉しいコレクションにするためではない。

 はっ、と正気に立ち返ると、リリカは右手でコンソールを操作して、ロビーへの帰還を選ぶ。

 格納庫エリアでは機体を眺める他にも様々な機能があると、まとめwikiには書いていなかったが、カラーパターンはこのブランシュから変えるつもりはなかったし、その他の機能についてはよくわからなかったから、これ以上の長居は無意味だと、そう判断してのことだった。

 だが、それは功を奏してくれたらしい。

 ロビーへと再構築されるリリカのアバターにして仮想の躯体──その視界に捉えたのは、ちょうど自身と同じようにロビーにその姿を現そうとしているミワの存在だった。

 

「おお、おお、リリカちゃんだ〜奇遇だねぇ」

「う、うん……お姉ちゃんも、今……その、帰り?」

「然り然り。ミワちゃんも今ちょうどガンダムベースに来たばっかりだよぉ」

 

 完全に二人のアバターがロビーに固定されたのを機に、ミワはリリカの両手を取って、いつも通り眠たげな目をしながらもにへら、と笑う。

 なんで古風な言い回しを選んだのかと問われればそれはその場のノリと勢いだとしか答えられないのだが、とにかく妹との再会にすっかり気を良くしたミワはリリカニウムを補充するように、優しくその身体を、仮想の躯体を抱きしめる。

 

「……お、お姉ちゃん……その……」

「んん〜、リリカちゃん的にはNGな感じかなぁ」

「……い、嫌じゃ、ない、よ……? でも、その、視線が……」

 

 客観的に見れば瓜二つの容姿をした姉妹が抱き合っている、という光景は人目を引くものであり、特定の趣味をしているダイバーからは目の保養になるものなのだろう。

 ぎゅーっ、とリリカに抱きついて頬をすり寄せるミワと、今にも頭から煙を吹き出しそうなぐらい顔を真っ赤にしながらもそれを嫌がることなく受け入れているリリカ、という構図は、互いの豊満なバストが密着して変形していること含めて、無許可でのスクショを取れないことに絶望して膝をつくダイバーもいるほどだった。

 

「……ミワとリリカちゃんは見世物じゃないんだよぉ、帰った帰った〜」

 

 そして、そんな不埒なダイバーたちを威圧するように冷たい声音で一蹴すると、ミワはリリカとの抱擁を解いて、くぁ、と小さく欠伸をする。

 なんだかんだ、リアルではまだ複雑な思いを捨て切れていないけれど、幼い頃によくそうしてもらったように、ミワに抱きしめてもらうのは、リリカとしても嫌いではないし、むしろ好ましいとさえ思っていた。

 ショート寸前の思考回路でそんなことを考えながら、リリカはすっかり火照った頬を覚ますようにむにむにと両手でこね回す。

 

「んん〜、なんだか幸先いいんだか悪いんだかわからないねぇ」

「う、うん……そうだね、お姉ちゃん……」

 

 変なのとエンカウントするのは生まれた星が悪いのだろうかとリリカは若干落ち込んだように小さく肩を落とす。

 そしてミワは、特に気にしてなさそうな顔をしながら水面下ではきっと怒りを煮えたぎらせていた。

 全く、最近のダイバーはマナーがなっていないから困る、と、自分自身も「最近のダイバー」であることを棚に上げてぷんすこと怒りを燻らせながらも、即座に思考回路を切り替えて、ミワはリリカへと問いかける。

 

「ところでところでリリカちゃん、今日は何して遊ぼっか〜?」

 

 ミワとしてはリリカと一緒に遊べるならば別に採取だろうが討伐だろうがレイド戦だろうがなんでも構わなかった。

 だが、もじもじと何かを言いたがっているであろう妹の視線は明らかに何かを希求していることぐらいは、ずっと一緒にいた姉だからこそ理解できる。

 

「……え、えっと、その……私、挑戦して、みたいかな、って……」

「挑戦、挑戦かぁ……いいよぉ、それで、リリカちゃんは何したい〜?」

「……えっとね、私……もう一回、その……お姉ちゃんと一緒に、あの……しゃふらんだむ? っていうのに……挑んで、みたい……!」

 

 しどろもどろになりながらも、ぷるぷると震えながらも、リリカははっきりと自分の目標にして雪辱を晴らすという使命を、ミワへとはっきりと伝えるのだった。




立てば芍薬座れば牡丹、傍から見れば百合姉妹
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