レイドバトル「オペレーション・ヘブンズドア」をクリアしてロビーへと帰還したリリカを待ち受けていたのは、事前に説明された通り、ウィンドウにポップアップする大量の報酬と、そして。
【Secret Success!】
【称号:『屍山血河の生還者』を獲得しました】
【称号:『最後の耐久値』を獲得しました】
【称号:『獅子奮迅の豪傑』を獲得しました】
【Congratulations!】
【ダイバーネーム:リリカのランクがCに上昇しました】
やたらめったらとポップアップしてくる情報に、リリカの頭は洪水を起こしたようにキャパオーバーをしてしまいそうになる。
が、なんということはない。
ただ単にリリカのレイド戦における立ち回りを評価した称号が手に入ったり、普段からソロでマルチ向けのミッションをクリアしていたことで蓄積されていたダイバーポイントに、今回のフィニッシャーボーナスや生存ボーナスが重なって、一足飛びにランクが上がったというだけの話である。
「おお〜、凄いことになってるねぇ、リリカちゃん」
「……な、何がなんだか……私……」
「まあまあ、昇格したってことだけ覚えておけば大丈夫だよぉリリカちゃん。とりあえず昇格おめでとぉ、ミワとしても鼻が高いね〜」
レイドバトルは確かに撃墜されても問題はないが、最後まで生存しているとフィニッシャーボーナスというものが貰えて、それがダイバーポイントを大量にくれるから、だとか、そういう事情があってレイドバトルは大人気なのだとか、説明することは容易い。
ただそれは野暮だし、キャパオーバーを引き起こしているリリカに言葉の洪水を浴びせかけるのは追い討ちをかけているようだったから、ミワはあえてかいつまんだことだけを端的に話したのだ。
Cランク。
一息に駆け上がった自身のランキングを見遣ると、リリカは小首を傾げる。
先人曰く、GBNはCランクからが本番らしいとはリリカも事前にwikiを読んだことで把握している。
Dランクから解禁されるものがフォースの結成なら、Cランクから解禁されるのは主に対人戦で一発逆転の切り札となりうる自分だけのユニークスキルとでもいうべき「必殺技」だ。
それはシステムがダイバーの癖だとか動きの傾向だとかを鑑みて自動で設定されるらしいのだが、一応後からダイバー側が設定し直すことも可能となっている。
ただ、リリカにとってはその辺りがよくわからない、というより呑み込めない状態で、一概にCランクだの必殺技だのいわれてもイメージが湧いてこない、というのが正確なところだった。
「……お、お姉ちゃんは……」
「なになに〜?」
「……ど、どんな必殺技にしてるの……?」
そういえば気にしたことがなかったが、ミワはリリカより長くGBNをやり込んでいるはずなのだ。
ならば何かの参考にならないかと、縋るような気持ちで問いかけたのだが、ミワは困ったような笑みを浮かべていた。
「うーん……ミワは戦闘スタイルがリリカちゃんと真逆だから、あんまり参考にはならないと思うよぉ」
「そ、そうなんだ……ごめんなさい、変なこと訊いて……」
「ううん、気にしてないよぉ。リリカちゃんの必殺技は、特に難しく考えなくてもシステム側が作ってくれるし、リリカちゃんのスタイルに合わせて最初は設定されるから、今は難しく考えなくてもいいんじゃないかな〜」
しゅん、と肩を落とした妹をフォローするように、ミワは使い果たしたことで機能が沈黙寸前の脳味噌から言葉を出力すると、くぁ、と小さく欠伸をする。
自分だけのユニークスキルなのに、システムが最初は自動で決定するというのはいかがなものか、というダイバーたちからの疑問は確かに噴き上がって、時折GMの元にお手紙と共に届いたりするのだが、運営としての回答は、今まさにリリカのように「すぐには決められない」人のために現行の仕様を維持している、ということだった。
「そうなんだ……あ、ありがとう、お姉ちゃん……」
「うんうん、どういたしましてだよぉ、リリカちゃん」
まだ姉との間にわずかなわだかまりがあることは、リリカもよくわかっている。
才能の違いだとか、比較され続けてきた過去だとかそういった事情が、このGBNに潜っている間はチャラになりますという都合のいい思考遮断もなければ、そんな過去に囚われずに振り切ってしまえなどと無責任にも公言して憚らない人間もいるだろう。
だからこそ、ミワとの差を考えた時、そこにあるのは絶望だ。
だが、どうしてかは分からないが、リリカは今確かにミワのことを、躊躇いなく「お姉ちゃん」と、そしてミワに対して「ありがとう」と、ごく自然に言葉を紡いでいた。
それがどうしてなのか、自分でも困惑するほどにリリカにはわからない。
或いは、レイドバトルを生き残ったという興奮が見せる一時的な高揚感の副作用のようなものなのかもしれない。
ただ──それだけではないような気がすることも、また確かだったのだ。
リリカは何か手応えのようなものを感じながら、どこか茫然と口を開いて、いつもは半分閉じられているような姉の瞳を真っ直ぐに見据える。
「……そ、その……えっと……」
「ううん、ミワもびっくりしちゃっただけだよぉ。でも……嬉しい」
幼い頃。本当に記憶の引き出しを乱暴に開け放って、散らかして。
そうしてようやく出てくるような思い出の欠片、曖昧で、そんなことが本当にあったかどうかすら疑わしくさえなってくる、けれど何よりも懐かしく胸に染み渡るその記憶を手に取り、抱きしめるかのようにミワはそっと目を伏せて、眦に涙を滲ませる。
小さい頃に神様がいたかどうかはわからないが、確かにほんの、物心付くような頃は誰かに比較されることもなく、リリカとミワは仲良しの姉妹として、一緒に遊んで、時には喧嘩して──そこに断絶を抱えることなく、泣いたり笑ったりしていたのだ。
そんな子供の頃に帰ったような一瞬のノスタルジーが、ミワの瞳を潤ませ、リリカもそれにつられて、どこか泣きそうな気分になってしまう。
「……お姉ちゃん、ごめんね」
「……ミワだって……ごめんね、リリカちゃん」
全てが赦されたわけではない。全てを許せたわけでもない。
そして何かが変わったわけでも、わかったわけでもないが、二人はこの時心を通わせたのように互いに頭をぺこり、と下げて、一語には表せない、愛憎がこもった「ごめんなさい」を互いに捧げる。
わからなくとも、理解できなくとも、そして、傷つけあっていたとしても、今隣にいるために、いてくれる人のためにそうすることが必要だと思った、それだけの話だ。
それでも、二人が踏み出した足は確かに──確かに、一歩前へと進んでいた。
ごく自然に、流れるようにリリカへと抱きついて頬をすり寄せるミワのあたたかさへと縋るように、リリカもまた、擬似的にフィードバックされるその柔らかさや、三十六度の熱へと縋るように、ミワの細い腰に手を回して抱擁を返す。
そこに言葉は何もなかった。
何も要らなかった。
周囲の目さえも仮想の世界からは切り離されているかのような感覚に、或いは時間の流れという軛から、重力から解き放たれたような浮遊感に、リリカとミワは包まれる。
二千万人もいるアクティブユーザーの中でたった二人だけが残ったかのような錯覚と共に、リリカとミワはしばらく抱き合い、そして、涙をこぼしていた。
「えへへ、ありがとうねぇリリカちゃん。リリカちゃん成分がたっぷり補充できたよ〜」
「……そ、そんな……私だって……」
「うんうん、そうだねぇ、お互い様ってやつだねぇ」
ぼんやりと眠いからなのだ、とばかりに眦に浮かんだ涙を人差し指で掬いながら、ミワは眠たげな声音でそう囁く。
それがミワ流の強がりだということはわかっていても、リリカはあえてそこに触れることはせず、擬似的なフィードバックであるとはいえ、仮想の躯体に未だ残る熱に心を委ねるのだった。
「あの、もし」
「んん、何か御用ですか〜?」
声が聞こえたのは、しばらく二人が抱擁の余韻に浸っていたその時だった。
ふわふわと癖がついた金髪をリリカと同じように腰まで伸ばして、舞踏会に赴く貴族の子女、といった風情のダイバールックに身を包んだ少女が、リリカたちを呼び止める。
「ごめんあそばせ、貴女たちがリリカさんとミワさんでよろしかったですわね? わたくしはカエデ。カエデ・リーリエ。ウイングゼロヌーベルに乗っていたダイバーですわ」
カエデは姉妹のやりとりに割り込んだ非礼を、スカートの裾を摘んで優雅に一礼することで詫びながら名乗りを上げた。
ウイングゼロヌーベル。リリカとミワは聞こえてきた言葉に顔を見合わせてから、自分たちに負けず劣らず豊かな胸を反らしてどこか得意げな、自信に満ち溢れた顔をしているカエデを見遣る。
シャフランダム・ロワイヤルの時は相手が相手だったために敗北を喫したものの、彼女は今回のレイド戦でも格納庫を潰して周るなど、確かにBランクという自分たちから一歩抜きんでた実力を持つダイバーに違いはない。
そのカエデが自分たちに何の用があって来たのだろうかと小首を傾げるミワだったが、当たり障りのない疑問を考えつくより先におずおずと手を挙げながら、リリカが控えめに問いを投げかけていた。
「……あ、あの……以前は、ありがとうございます……その、でも、どうして……カエデさんが……?」
リリカの唇から紡がれた疑問はド直球ストレートなものだったが、それさえ意に介すことはなく、カエデは得意げで勝気な態度を崩さず、その問いへと答えてみせる。
「その理由は二つですわ。一つは……貴女たち、特にリリカさんへのお礼が言いたかったこと。そしてもう一つは、単純に訊きたいことがあったからでしてよ」
おかげで命拾いしましたわ、と再びカエデはリリカに頭を下げる。
リリカとしては至極当然のことをしたつもりだったのと、いつもは頭を下げる側だったから下げられることに慣れておらず、あわあわと言葉にならない声を発しながら、どうか頭を上げてくださいとジェスチャーでの意思表示を試みる。
ただ、それでは伝わらないだろうと、小さく、聞こえないように咳払いをしながら、ミワがキャパオーバーを起こしている妹のフォローに入っていく。
「なになに、ミワたちに訊きたいこと〜?」
「ええ。こほん。不躾な質問で申し訳ない限りなのですが……貴女たちは、フォースを組んでいらっしゃりまして?」
「ふぉ、フォース、ですか……? 組んで、ないです……」
「くぁ……そういえばリリカちゃんが昇格した時に組んどけばよかったね〜」
いつもはフレンドメニューを経由したパーティー申請でミッションに挑んでいるために意識したことはミワもリリカもなかったが、確かにリリカのランクがそこに達したのなら、フォースを組んだ方が色々とメリットは多いはずだ。
カエデからの問いに、眠たげな声音でそう答えつつミワは思考の片隅でそんなことを考える。
「ならば、フォースを組む予定があるのなら……このわたくしを、仲間に入れていただけませんか?」
カエデは再びスカートの裾を摘んで優雅に一礼する。
あの時、デストロイガンダムのスーパースキュラに呑み込まれかけた時、颯爽と現れて、ビームを切り払うのではなくシグルブレイドの刀身で防御するリリカの姿に、カエデは憧れの人である「アイカ」のことを重ね合わせていた。
そして、あの時──過集中状態に陥っていたリリカの目は、アイカに負けず劣らず覚悟が決まっていたのだ。ならば、その目に──愛を宿して闘志を燃やすその瞳に惚れ込まないはずがない。
あわあわと小動物系なリアクションで姉の背中に隠れたり、時折小首を傾げ、唇に人差し指を当てながら考え込む愛らしさとのギャップだって、どことなく愛おしいものに感じられる。
こんなに心を震わされたのは「アイカ」の奮闘を見て以来だ。
どこか恍惚として、ぞくりと身体を震わせるカエデの姿にミワはどこか邪なものを感じながらも、呆れたような調子でリリカへと問いかける。
「ん〜、どうするどうする、リリカちゃん? ミワとしてはどっちでも構わないよぉ」
リリカと二人きりになれないことに不満があるかないかでいえばあるのだが、あくまでも妹の意思を尊重してあげたい、というのがミワの持ち合わせていた姉心というものだし、実際大火力砲とそして大剣によるアグレッシブな戦闘スタイルで前衛を務めるカエデの存在は、ミワとリリカを一つのチームと考えた時に足りていないものを補ってくれる存在に他ならない。
だが、おそらく答えはもう決まっているのだろう。
ミワは小さく苦笑する。
眦に涙を滲ませるリリカは、初めての──それこそ身内であるミワ以外からのお誘いが来たことに、今にも舞い上がりそうな、そうでなければ今すぐにでも泣いてしまいそうなほどの嬉しさを抱いている。
生まれて初めてだった。
ミワを除けば誰かに自分が必要とされているのは。
確かにチャンプやマギーといった大人物に目をかけてもらったことはある。
ただ、彼らとの間にはあまりにも実力に隔たりがあってそういった実感が湧かなかったものの、見たところほとんど同年代なダイバールックをしているカエデからのお誘いは、とてつもなく魅力的で、願ってもないことだったのだ。
「……え、えっと……それじゃあ、その……組んで、いいですか、フォース……」
リリカは控えめにミワとカエデへと問いかけ、二人がそれを首肯すると、コンソールからフォース決済の申請を出して、ミワとカエデがそれを承諾したのを確認すると、フォース名の入力フェイズへと、開いたタブは遷移する。
フォース名。正直何も考えていない行き当たりばったりな結成だったものの、一つだけ、リリカの頭の中に思い描いているものがあった。
それは自身にとっての始まりとなった、非公式の第三次有志連合戦──その立役者として活躍していた、「リビルドガールズ」の存在だ。
彼女たちをリスペクトして、スペルのどこかを小文字にすることも考えたのだが、それはそれでなんだか違う気がしたからこそ、リリカはその答えに辿り着いていたのである。
「……え、えっと……アナザーテイルズ、なんて……どうでしょう、えへへ……」
それはもう一つのフェアリィ・テイル。
リビルドガールズが描いた小さな愛と勇気の物語に駆り立てられたからこそ思いついた、リリカにとっては渾身の名前だった。
「リリカちゃんが考えたものなら、ミワは何だって受け入れるよぉ」
「アナザーテイルズ……どこか『リビルドガールズ』に似たものを感じますわね。不束者ですが、よろしくお願いいたしますわ」
一礼するカエデと、眠たげにしながらも自身のの提案を否定することなく受け入れたミワに感謝を捧げるように涙を零しながら、リリカはコンソールにその名前を入力して、フォースの結成を完遂させる。
初めてだった。
姉妹であるミワを除けば、誰かに求められるという経験はリリカの心に撃発しそうなまでの喜びであるとか不安であるとか、様々な感情が綯い交ぜになったものを抱かせる。
「えへへ……よろしく、お願いします……お姉ちゃん、カエデさん……」
だからこそ、口元を綻ばせて、にへら、と緩んだ微笑みを浮かべるリリカのことを誰が責められようか。
小さく頷くと、三つの掌を重ね合わせることをフォース結成の証として、リリカとミワ、そしてカエデは三者三様の笑みを浮かべるのだった。
──それはきっと、はじめての「ともだち」。
二十二話にしてフォースを結成する話があるらしい