フォースを結成したリリカたちが果たして何をしていたのかといえば、それは普段と変わらなかったといっていい。
昼間は学業に励んでいるミワと、多分同様に学校に通っているであろうカエデがいない間にリリカは淡々と討伐ミッションをソロで熟すという、半ば苦行じみたことをやっているのだが、これがまた楽しいのだ。
特製のシグルブレイドをモビルアーマー【ザムザザー】が展開した陽電子リフレクターの上から突き刺すことで誅伐を下したことで、電子音声と共にミッションクリアの通知がダイアログにポップする。
【Mission Success!】
ダーダネルス海峡での戦いを基にしたこのミッションにおいて、基本的には空中を自在に飛行するだけの推進力を持っていないAGE-1ブランシュは不利な条件を背負った上でウィンダムと、そしてボスとして設定されたザムザザーと戦わなければならなかった。
だがそこはそれ、すっかりリリカも慣れた様子で、艦船を足場として八艘飛びのように駆け巡り、跳躍することをその解決として、ミッションをクリアしてみせたのだ。
「ふぅ……できた、かな……」
とはいえ、リリカもCランクまで上がってくるとNPD戦がいかに高難度化しようと、対人戦とはその本質を大きく異にするものであるということは身をもって理解している。
高度なAIを詰め込んでいるからこそ、確かに動きは格段にDランク相応のミッションよりも圧倒的に良くなっていることは間違いない。
だが、仕様なのかそうでないのかはわからないが、どのような難易度であってもNPDには明確な「隙」が設定されていると、リリカはそう推察していた。
そしてそれは紛れもない事実である。
表面上はガンプラと同じに見えても実際はパラメータとAIがその肝になっている以上、理論上はチャンプより強いNPDを作り出すことが可能か不可能かで問われれば可能である、というのが実際のところなのだろう。
だが、そんなものを作り出してどうなるというのか。
非難轟々、ただ「難しさ」というだけの一点にこだわって、やたらめったら複雑なギミックと高いパラメータを詰め込んだ作られたエンドコンテンツなど、大半のユーザーからそっぽを向かれて終わるだけだ。
だからこそ、対人戦と対NPD戦は本質的には別物でありながらと上手く導線として敷いていく、というのがGBN運営班の基本的な姿勢だった。
そして対人戦と対NPD戦に本質的な違いがあるとすれば、それは呼吸のリズムだろう。
ミッションをクリアしてロビーへと戻ってきたリリカは額に浮かんだ汗を拭いつつ、この前のレイドバトルで大量に獲得したビルドコインで仮想のスポーツドリンクを購入し、喉へと流し込んでいく。
あの時は理不尽なデスエンカそのものであったが、アズキとの戦いは、今振り返ってみれば得るものが非常に多かったといえる。
特にあの継ぎ目のほぼ見えない、神楽舞のような剣術──あの時は無我夢中だったものの、振り返ってみればあの時自分が読んで、カウンターで天誅を下されたものの攻勢に出られたのは、その呼吸が僅かに切れる一瞬を狙ったからに他ならない。
「……奥が深いなぁ、GBNって……」
リリカは舌の上に擬似的に再現されたスポーツドリンクの味が広がるその作り込みであったり、古式ゆかしい対人戦のセオリーだとかに感嘆しながら、はぁ、と小さく息をつく。
よくよく考えてみれば、自分がこの電脳の海に潜っている理由は戦いに明け暮れたいとかそういう理由ではないのだが、それはそれとしてAGE-1ブランシュと駆け抜ける戦場は、決して悪くないものだ。
だがそろそろ、フォースも組んだことだし、色んなことに挑戦してみたい──リリカがそう思っていた矢先のことだった。
「ごきげんよう、リリカさん」
「……あ、えっと……こ、こんにちは、カエデさん……」
ロビーへと再構築されていく金髪碧眼のアバター、ダイバールックに身を包んだカエデが、スカートの裾を摘んで一礼する。
その所作に淀みがない辺り、本物のお嬢様なのだろうな、と、リリカはどこか気圧されたような風情で、しかしながら確かな尊敬の念を抱く。
そういえばミッションに明け暮れていたから忘れていたものの、そろそろ放課後を迎える時間だったはずだ。
コンソールから時刻を確認して、リリカは小さく頷く。
「リリカさんはミッションからの帰りでして?」
「……は、はい……でも、やっぱり対人戦とは、違うなって……」
「それはそうですわ。見たところリリカさん、呼吸の読み方に長けているでしょう。NPDはその辺りがわかりやすいから些か退屈なのではなくって?」
そこまで見抜いているカエデの慧眼にも驚嘆させられるが、リリカは確かに対NPD戦では物足りないような領域に達しつつあるのも確かだった。
一応というかなんというか、そういう人間のために作られた「クリエイトミッション」と呼ばれる、ダイバー発のコンテンツもあるのだが、流石に屈指の推奨ランク詐欺と名高い「終末を喚ぶ竜」だとか、或いは「バエル・ラプチャー」といったものを受けるにはまだまだ実力不足であるとも、リリカは先日のレイド戦で痛感している。
AGE-1ブランシュの全てを自分はまだ引き出せているわけではない。
そして、そんなリリカの燻りを見抜いてか、カエデはくすり、と小さく微笑みながら提言する。
「でしたら……ミワさんにも訊かなければなりませんが、ここらで一つ、フォース戦を受けてみるのもおすすめですわ」
「フォース戦……」
「バトランダム・ミッションを受けるのが一番手っ取り早いですけれど、あれは闇鍋ですわ。最悪『AVALON』や『BUILD DIVERS』とぶち当たるなんてことも考えられる以上、野良募集が手っ取り早いのですが──」
「なになに、リリカちゃん、カエデさん〜? ミワを置いて内緒話ですか〜?」
それはよくありませんなぁ、と、どこか興奮気味に長広舌をぶちまけようとしたカエデの言葉を遮る形で、ログインしてきたミワが冗談めかして微笑みながら言葉を紡ぐ。
「あ、えっと……お姉ちゃん、今、その……フォース戦を受けないか、って話してて……」
「ほうほう、フォース戦……そういえばミワたち、フォース組んでたからねぇ」
フォース戦はGBNにおける花形のようなものだ。
志を同じくする者たちが集まって、自らのガンプラが一番強いんだと、自分たちが一番うまくこのGBNを遊べるのだとプライドをぶつけ合うそれは、ライブモニターに中継されることもあって、多くのダイバーたちから注目の的となる。
「ええ、わたくしたちは『アナザーテイルズ』。不肖このカエデ・リーリエ、加入して日は浅いですが、リリカさんに抱く思慕は人一倍と自負しておりましてよ」
「ふむふむ……それはミワへの宣戦布告かな?」
「いいえ、仲良くやっていきましょうというお近づきの印、ですわ」
一瞬ミワとの間に剣呑な空気が漂いかけたものの、それを踏み倒すように、豪胆ながらも透き通った、美しい笑い声をあげるカエデの姿勢は純粋なもので、当人であるリリカを置き去りにしながらも、そこに確かな信頼を生み出していた。
カエデが差し伸べた手をミワは取って握手を交わしたが、リリカへの想いについては譲るつもりはない、という強い意志がその笑顔の奥には潜んでいる。
それはカエデも同じなのだろう。
せっかく握手まで交わしたのに、再びバチバチと火花が散りかねない、空気が焦げ付いたような錯覚が二人を包み込む。
とにかく喧嘩にならなければいいと、話題の張本人であるリリカはあわあわと一人で忙しなく視線を往復させていた。
「……け、喧嘩は……その……ダメ、です……」
「ええ、承知しておりますわリリカさん。これはあくまでご挨拶ですのよ」
「そうだよ〜、ミワとしてもカエデさんは面白いからねぇ」
一応、それも事実ではあった。
リリカにとってカエデという存在は、ミワ以外でできた初めての仲間のようなものだし、それについては諸手を挙げて歓迎したいところなのだ。
ただそれはそれとして世界で一番リリカのことが大好きなのは自分である、という強烈な自負がミワの中に存在しているというだけの話で。
やんややんやと女三人寄ればなんとやら、といった風情に、ロビーで雑談に興じていた「アナザーテイルズ」であったが、その三人を見据える影があったことには、誰も気付かなかった。
「よう、そこのお三方」
どこか馴れ馴れしい、そしてプライドが高そうな男の声が、リリカたちを呼び止める。
ラガーマンのような格好をしているダイバールックの厳つさにリリカは震え、思わずミワの背中に隠れてしまいそうになるが、名義上とはいえこの「アナザーテイルズ」のリーダーは自分なのだと踏みとどまって、今にも消え入りそうな声で問い返す。
「……な、なんでしょう……?」
「そんなに警戒しなくてもいいぜ、俺は新進気鋭のフォース『ボルケーノ』のリーダーやってるヨシキってんだが……フォース戦がどうこうとか言ってたから、一つ先達として胸を貸そうと思ってな」
ボルケーノ、とやらがどんなフォースなのかは知らないが、どこか恩着せがましい台詞を吐きながら、ヨシキと名乗った男性は口元に笑みを浮かべて、ぷるぶると震えているリリカを真っ直ぐに見据える。
「んー……リリカちゃんに代わってミワが訊くけど、そっちのフォースって何人? そしてどうしてミワたちな訳?」
ヨシキという男はどうにも怪しい、というのがミワとカエデの、そしてリリカの共通した見解だった。
フリーバトルをロビーで申し込むこと自体は別に珍しいものではない。
現に雑談から興が乗ってバトルしようぜ、という少年漫画さながらのノリでバトルが勃発することはよくあることだし、むしろ風物詩とさえいえるものでもある。
ただ、結成したばかりのフォースである「アナザーテイルズ」に対して、ピンポイントで狙いを定めたが如く話しかけてきて、一方的に胸を貸すだのなんだのと言われれば、勘繰るなという方が無理な話だ。
「それはヨシキに代わって私が答えるわ。一つは私たちも三人組で、見たところあなたたちも三人組。そして私たちは新進気鋭のフォースにして先輩だから、後輩に胸を貸してあげたいと思うのは当然でしょう?」
どこか爬虫類を思わせる笑みを口元に浮かべる、「ボルケーノ」の紅一点である女性はそんなことを語ってみせたが、「ヨシキ」共々どことなく信頼できない雰囲気が漂っているのは確かなことだ。
だが、「ボルケーノ」にどんな思惑があるかは、リリカたちは知らないし、知ったことでもない。
ただ、ちょうど三対三になるという構図はちょうどいいと、それが三人の見解だった。
「それでは、後身として胸を借りさせていただきますわ。リリカさん、よろしいですわね?」
「は、はい……よろしくお願いします、『ボルケーノ』さん……」
「ああ、よろしくな。いいゲームにしようぜ」
試合前の握手を交わすと、「ボルケーノ」から出されてきたフリーバトル申請を受諾して、リリカたちはブリーフィングフェイズへと移行するために、格納庫エリアへと転送されていくのだった。
◇◆◇
実際のところ、フォース「ボルケーノ」が新進気鋭を名乗っていたのは一年前が精々であり、それ以降は中堅で燻っているのが現状ではあった。
バトルフィールドに設定された、タクラマカン砂漠に降り立つAGE-1タイタスを駆る男──ヨシキは今までの屈辱や苦い思い出を振り返りながら、そこにあった数々の慢心と、そして今も尚己の身を蝕み続ける焦燥に想いを馳せる。
(そうだ、俺たちは……「ボルケーノ」はここで終われねぇ、なんとしても中堅を脱して、あの「ビルドダイバーズ」やら「リビルドガールズ」にリベンジを果たすまでは……!)
中堅の壁、と呼ばれるものがGBNには存在し、多くのダイバーがそこを超えられないからこそ、実際に一年前は態度こそ悪くとも有望株として見られていた「ボルケーノ」の面々も、そこで燻っているのだ。
そのためには、どんな手段を用いてもダイバーポイントを稼ぐしかない。
初手からAGE-1タイタスのリミッターを解除したヨシキは、全力で「アナザーテイルズ」を叩き潰すべく、まずは「赤砂」……「緋きスナイパー」の二つ名を頂戴しているミワを無力化せんと、紅一点の女性が駆るウィンダムに指示を下す。
マルチランチャーパックに装填された核ミサイルが、砂塵の彼方に陣取っているであろう「アナザーテイルズ」を目掛けて発射されようとした、その瞬間のことだった。
『何これ、チート!? きゃあああっ!』
『な……ッ……』
「やっぱ使いやすいのはこれなんだよねぇ」
核ミサイルが放たれるまでのわずか一瞬、吹き荒れる砂塵に視界を制限されながらも、ヅダの対艦ライフルをその手に携えた、ミワのフリーダムルージュがこともなげにウィンダムのコックピットをぶち抜いて、テクスチャの塵へと帰せしめる。
吹き荒れる砂嵐という悪天候をカモフラージュとして利用して、初手核ミサイルからの殲滅を試みていた「ボルケーノ」であったが、何も悪天候を利用していたのは彼らだけではない。
『こいつ、砂塵に紛れて奇襲を──』
「使えるものはなんでも使う、がわたくしのモットーですわ」
機動戦士ガンダムUCに登場するキャラクター、フル・フロンタルと同じような台詞を口にして、ミワのAWACSを頼りに敵の位置を把握していたカエデは背後に回り込み、シザーソードでもう一人の、ラガーマンのようなダイバーラックに身を包んでいる男が駆っていた【ズゴックE】を両断する。
そして、カエデが一人を始末したのなら。
腐ってもCランクよりは上にいるヨシキは、奇襲の気配を察知してリミッターを解除したタイタスの、ビームラリアットによってその一撃を防ごうと試みた。
だが、結論からいえばそれは悪手だった。
対ビームコーティングが施されたシグルブレイド──奇しくもヨシキと同じAGE-1をベースとしている、ブランシュの一撃は形成したビーム・リングごとタイタスの右腕を切り飛ばし、眼前まで肉薄したその双眸に力強く光が灯る。
──呼吸が、途切れた。
絶命したという意味ではないが、リリカの察したヨシキの動揺は極めてそれに近い。
攻めあぐねたことで姿勢を崩したタイタスに、リリカの操るブランシュは全身のバーニアを噴射する変則機動で斬りかかっていく。
手足をあっという間に解体され、そしてコックピットブロックに、シグルブレイドの刃は到達しようとしている。
『バカな、ボルケーノだぞ! 俺たちは! それが三分足らずで──』
「……え、えいっ……!」
こんな屈辱、と、言わんばかりに表情を歪めたヨシキには気の毒な気持ちを抱きつつも、バトルで手を抜くのは逆に失礼だ。
だからこそ、リリカは「やられる前にやる」ために、徹底して反撃のチャンスを残さずに両手両足を落として、ブランシュの装甲厚でも防ぎ切れるバルカン砲のみを残した上で、コックピットへとシグルブレイドを突き立てたのだ。
「大勝ですわね」
「うんうん、夜ご飯はカツ丼かな〜」
「……か、カツ丼……?」
どこか放課後の寄り合いといった感じで他愛もない言葉を交わす三人の眼中に、最早「ボルケーノ」は映っていない。
何が敗因だったかと問われれば、あの「リビルドガールズ」との戦いと同じく、狙撃にだけ気を回して、偵察機を兼ねているミワのAWACSを侮っていたことだろう。
【Battle Ended!】
【Winner:アナザーテイルズ】
ダイアログにポップしたその通知を、リリカはどこか愛おしげに見つめて目を伏せる。
気の毒でこそあったものの勝利は勝利で、そして初陣がこれだけの大勝で飾られたのだから、その美酒を味わうのは勝者だけの特権だ。
いかに悔しくとも、怒りに塗れようとも、それを責めることなどできはしない。
屈辱に臍を噛みながらも、ヨシキはただ黙って己の敗北を受け入れて。
そしてリリカは、にへら、と、口元を緩ませた笑みを浮かべるのだった。
噛ませとして定評のあるボルケーノさん