ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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ヒーターが壊れたので初投稿です。


第二十五話「グランダイブ・チャレンジャー!」

 負けはしたけれど、楽しかった。

 リリカの気持ちを一言で表すのなら、そういうことに尽きる。

 確かにあのミミックであるF90Mには、為す術もなくやられたかもしれない。

 その代わり、次遭遇した時はどうやって倒そうかだとか、次はもっといい報酬を引いてみたいだとか、そういう前向きな意欲が全身を満たしていくのを、帰還したリリカは感じていた。

 

「おっとおっと、その様子だとなんだか吹っ切れたみたいだね〜、リリカちゃん?」

 

 その後、制限時間いっぱいまでコンテナを開け続けていたものの、同じように大した報酬を得られなかったミワが、どこか迷いが晴れたかのように、光を取り戻したリリカの瞳を覗き込んで問いかける。

 

「えっと、うん……次が、あるんだなって……そう思ったの……」

 

 負けたらそれで終わりだと、心のどこかでは思い込んでいたのだろう。

 だが、何万回挑戦して倒せないほど強大な敵や、聳え立つ壁が立ちはだかったとしても、何度でも「もう一回」とチャレンジできるのがGBNなのだ。

 そういう意味では、ランキングといった要素にのめり込むあまりそこに囚われてしまっている「ボルケーノ」の面々は、軽々しくいえることではないが、不幸であるといえるのかもしれない。

 無論本人たちが望んでその敗北の屈辱を受け入れてでも先に進もうとしているのなら、その言葉は最大の侮辱になる。

 だからこそ、リリカは口には出さず、己の中にふつふつと湧き上がってくる感慨だけを意識してそこに浸るかのように、珍しく目を輝かせて、ミワの問いに、それだけ答えたのだ。

 

「然り然りだよぉ、リリカちゃん。ここは何回だってやり直せる……そういう場所だからねぇ」

「ええ、ですからわたくしもいずれはあの『MS切りの悪魔』や『FOEさん』へのリベンジマッチを試みているのですわ」

 

 穏やかに頷くミワの傍で、ダイバールックとして設定しているブロンドを優雅に掻き上げながら、カエデはしれっととんでもないことを発言する。

 だが、カエデにとって目標というのは高ければ高いほどいいものなのだろう。

 今はまだ、というよりこれからもリリカはアズキや、レイドバトルの第一ウェーブで敵の八割近くを壊滅させたあの「キョウスケ」というダイバーに勝てる未来が来るのかどうかわからないが、諦めずにやっていれば、やがていつかは、と、朧気な希望ぐらいは見えてきた。

 それはまだ小さく、そして形を成していない。

 だとしても、リリカにとって迷いであり心の傷でもあった、「一度の失敗も許されない」という一種の強迫観念は、あの宝探しミッションを通じて少しずつ、少しずつ氷解しかけているのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 宝探しミッションを経てリアルへと帰還した梨々香は、美羽と一緒に家へ帰るなり、身支度を整えるべく風呂に入って、いつしかと同じように考えを巡らせていた。

 あの後wikiだとかスレッドだとかで調べてみたのだが、水中戦というのはフォース戦の舞台としては比較的不人気な部類に入るらしく、いわゆる環境構築とされている推奨ビルドも、宇宙空中地上と、汎用的に扱えるものが紹介されてこそいたが、そこに水中戦は考慮されていないものがほとんどだ。

 ただ、それではなんとなく勿体ない──と、いうよりは、なんだかいらない子のように扱われている水中の境遇が自分のそれと重なり合って見えるというのと、単純に雪辱戦を果たしたいのもあって梨々香は、次に戦う場があるならそれは水中にしようと決めていたのである。

 ぷかぷかと湯船に浮かんだ豊かな双丘にお湯を掬ってはかけるという無為な行為を繰り返しながら、梨々香はぼんやりと水中戦についてのヴィジョンを頭の中に描いていた。

 AGE-1ブランシュを、梨々香は戦う場所を選ばない汎用機として作り上げている。

 だからこそあの水圧の独特な感じに慣れれば、そして水中でも通用するだけの武装を持たせれば、水陸両用機という専門家には及ばずとも、それなりの活躍は期待できるはずなのだ。

 またF90Mと戦ってくれと言われたら困ってしまうのだが、それはそれとしていつかあのレアエネミーを討ち果たしてレアな報酬──はともかく、負けたままでは終わらないという気持ちは、梨々香の中で確かに燻っていた。

 

「梨々香ちゃん、いる〜? 入るよぉ」

「っ!?」

 

 完全に思考の沼へと沈み込んでいたこともあって、脱衣所から聞こえてきたその声は梨々香の脳天を内側から殴りつけるような衝撃を持って、耳朶を震わせていた。

 

「けほっ、こほっ……!」

「おお、おお……なんだかタイミング悪かったみたいだねぇ」

 

 ぶくぶくと半分だけ顔を湯船に沈めて泡を吐き出していた気管にお湯が入り込んで盛大にむせ返った梨々香に、いつもと変わらず眠たげな表情を浮かべてそんなことを宣うと、一糸もまとうことのない、生まれたままの姿の姉が浴室へとエントリーしてくる。

 なんでお姉ちゃんが、と、訊きたくてもむせ返る気管がそれを許してくれない。

 ただ、美羽にも美羽の言い分があって、妹がいることがわかっている風呂に入ってきたことは確かだった。

 梨々香に友達と呼べる存在が出来たことは確かに喜ばしいものだ。だが、それはそれとしてここ最近梨々香ニウムが補充できていない。

 シスコンとしてそれは重篤なインシデントであり、今すぐ梨々香と触れ合いたいという気持ちはカエデと火花を散らす内に増幅されて、美羽の脳細胞を桃色に染め上げてしまったのである。

 身体と髪を丁寧に洗っている姉を横目で眺めながら、梨々香は再びぶくぶくと顔を半分だけ湯船に沈めて泡を吐き出していた。

 父親に似た癖っ毛でこそあるものの、天然のウェーブがかかったセミロングの髪は贔屓目を抜きにしても綺麗だし、プロポーションだってモデルだといわれれば信じるぐらい、美羽は抜群に整っている。

 特に腰周りの引き締まった感じは、体育の授業だとかで嗜む程度であるとはいえ運動を欠かしていない証だろう。

 対して、ちょっと余分なお肉が最近つき始めてきた自身の腰周りやら脚周りを比較して、梨々香は暗澹とした気分になる。

 

「……はー、外が蒸し暑いから、シャワー浴びるとさっぱりするねぇ」

「……う、うん……その……私、お風呂出よっか?」

「それはダメ」

「……う……ど、どうして……」

「美羽お姉ちゃんは梨々香ちゃん成分に飢えてるからです。それはそれとしてまあ、久しぶりに姉妹水入らず、ってやつだからね〜」

 

 どこまでが本心で、どこまでが道化芝居なのか、美羽の態度にはつかみどころがない。

 ただ、真剣な口調で梨々香ちゃん成分の欠如がどうのと言っていた辺りは、梨々香でもわかるくらい「本気」を感じさせた。

 そんな具合にどこか据わった目で、有無を言わさずすらりと伸びた脚から美羽は浴槽にその身を浸してゆく。

 狭い浴槽に身を縮めるようにして二人の姉妹が収まる様は、入浴というよりは洗濯機に詰められているような感じで窮屈だったが、それでもどこか、感じたのがいつ以来かわからない不思議な温もりは、梨々香にとって「嫌」ではなかった。

 消えない傷。癒えることのない痛み。

 それは梨々香も、美羽も、互いに分かっていた。

 常に比べられてきたからこそ梨々香は自罰的な性格になって、美羽としてはただ普通に生きているつもりなのに、梨々香との間に開いた差が、大好きな妹を抱きしめることさえ許してくれなくなるほどの断絶を生み出してしまう。

 だからこそ、GBNには感謝してもしきれない。

 ぎゅっと、互いの身体を寄り合わせて、美羽と梨々香は互いの傷口を舐め合うように、しばし言葉なく、湯船に浸かっていた。

 

「……えっと、お姉ちゃん」

「なになに、梨々香ちゃん?」

「……その……次のミッション、す、水中戦……やってみたいなって……」

 

 梨々香の薄く、形の良い唇から紡ぎ出された言葉に、美羽は一瞬目を丸くしたものの、すぐに笑顔に戻って、タオルに覆われた髪の代わりに妹の頬をそっと撫でる。

 梨々香も随分立派に、そして前を向けるようになった。

 部屋に閉じこもってしまったと聞いた時は気が気でなかったし、学業も手がつかなければ、友人にカラオケに誘われても断っていたり一日中上の空だったりしたものの、気付けば梨々香はGBNというきっかけこそあれど、自分の足で立ち上がって歩き始めている。

 

「……いいよぉ。美羽のやりたいミッションは、梨々香ちゃんのやりたいミッションだからねぇ」

 

 そうだ。自分がGBNに残る理由があるとするなら、それは梨々香のために他ならない。

 口元を綻ばせながら美羽は梨々香の願いを肯定して、脳裏に浮かんだ一つの選択肢を提示する。

 

「水中戦水中戦……なら、『グランダイブ・チャレンジ』とかどうかな〜?」

「ぐ、グランダイブ……?」

「然り然り、水中戦が大好きな人が作ったクリエイトミッションだよぉ」

 

 グランダイブ・チャレンジ。

 それはかのシークレットミッション、「エルドラ」関連のクリアを果たしたもう一つのビルドダイバーズこと「BUILD DiVERS」もお世話になったとされる水中戦の登竜門であり、「マイヨール」というダイバーが作り上げたクリエイトミッションのことだ。

 ルールはシンプルで、水深五百メートルもある特注プールの底に沈んでいる「ハロ」を手にして地上へと再浮上したなら挑戦者の勝利で、逆に撃墜されれば挑戦者の敗北、というものとなっているのだが、これがまた曲者なのである。

 水中戦に長けた、百戦錬磨のダイバーの妨害を掻い潜りながら、という前提は、想像しているよりも遥かに厳しい。

 一躍時の人となった「ヒロト」は何か奇策でもってその戦いを制したらしいのだが、梨々香も美羽も、今のところ受けるとして何か策があるかと問われれば首を横に振らざるを得ない段階なのである。

 だがそれは、逆にいえば、これから考えればいい、ということにも違いない。

 

「うん、受けてみる……ありがとう、お姉ちゃん……えへへ」

「うむうむ、梨々香ちゃんの役に立てたみたいで美羽も嬉しいよぉ」

 

 狭い浴槽の中で姉妹はいつ以来かわからない、一糸纏わぬ姿での抱擁をきつく結ぶ。

 小さい頃はいつだって一緒で、いつだってこんなふうに抱き合ったり、手を繋いだりしていたのに、いつからそれができなくなったのだろうか。

 梨々香の心でひび割れ続けている傷がぴしり、と軋みを立てる。

 それはきっと一生消えないし、癒えないのかもしれない。

 それでも──

 その先からは恥ずかしくなって、梨々香は思考を遮断するように、ただ何も考えずに、久々に、直に感じる姉の温もりに縋り付くのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 翌日、メッセージアプリを通じて連絡したカエデからも承諾を得たことで、グランダイブ・チャレンジに向けて梨々香が用意したものはシンプルだった。

 ガンダムベースシーサイド店の制作ブース、その一角に陣取った梨々香は早速、前日に購入して、ある程度の工作を済ませていた「HGガンダムAGE-1 タイタス」の手足を、AGE-1ブランシュへとゲイジングしていく。

 ガンダムベースシーサイド店の製作ブースは、平日の昼間ということもあり、客もほとんどいなかったため、梨々香は緊張もせず、悠々とその工作を進めることができた。

 水中戦に当たって梨々香が考えたプランは二つあった。

 一つは、AGE-1ブランシュの性能そのままに手持ちの武器をバズーカやマシンガンといった実弾類に変えること。

 その利点は製作難易度の低さだろう。

 武器さえ作り込んでしまえば、あとはどうとでもなるとまでは言わないものの、持ち替えるだけという手軽さは大きな利点だ。

 だが、あの宝探しミッションのリプレイを恥ずかしい気持ちを抑えて見返せば、AGE-1ブランシュが敗北を喫したのは梨々香が水中戦に慣れていないこともさながら、ブランシュの手足のバランスではそもそも水中におけるAMBACが難しい、というところが大きいように見えたのである。

 故にこそのプランB。財布から削れたお金は今回は最小限で済んだものの、それはそれとして手痛いことには変わり無いが、梨々香はそれ以上に、期待に胸を高鳴らせて、タイタスのパーツを改造していく。

 

「おお、今日も来てたんだね、梨々香ちゃん……」

「れ、零さん……こんにちは……」

「それ、光波推進システム? だとしたら……よくできてる」

 

 以前にシグルブレイドを作った時に色々と教えてもらったことで、すっかり頼れる先輩としてのポジションに収まった零は、梨々香が改造を施しているタイタスのパーツを一瞥するなりその正体を見抜いて称賛の言葉を送る。

 実際、零が言う通り、梨々香が目をつけたのはヴェイガン系の推進システムである光波推進システムであり、着想を得たのは出番こそ短かったものの印象に残った【ウロッゾ】からだった。

 タイタスに搭載されている磁気穿孔システムを改造して推進器とすること及び、手足の換装により水中でのAMBACを安定させ、持ち手の類は通常のものを流用することで武装類は別途水中戦に対応したものを用意する。

 それこそが梨々香の用意したプランBだった。

 今回は製作ブースで借りられる3Dプリンターから、この前の宝探しミッションで獲得していたタイタスの前腕パーツをクリアレジンによって出力して、それに通常のパーツを被せたり、あとは本来ビームスパイクが出る膝の部分にサブマリンユニットを取り付けて、と、やることが多い改造だが、梨々香は慌てることなく淡々と一つ一つをこなしていく。

 零の目から見ても、梨々香のビルダーとしての腕前は、着実に上達しているとわかった。

 ヤスリの掛け方から何から何まで──そして指に巻かれている絆創膏はきっとデザインナイフを滑らせてしまった、一種の勲章だ。

 

「それだけできるなら……うん、何をしようとしてるかはわからないけど、きっとできるよ」

 

 零にとって、その一心不乱にパーツを改造して自分だけのガンプラを組み上げようとする姿は己にも重なるものがあったし、なによりも──

 意図的に記憶を遮断して、零はぎこちなさを残しながらも着実に思い描いた形へとAGE-1ブランシュを改造していく梨々香の瞳をそっと覗き込む。

 痛み。嘆き。悔やみ。

 抱えてきたからこそわかる、そんな小さくも大きく、重い個人だけの問題。

 何のために涙を流してきたのか。そして何のために、諦めたり、投げ出したりしてきたのか。

 その答えは人によって様々だが、答えなければいけないのは常に自分だけだ。

 最終解答を終わらせたかどうかはまだ零にも──そして、梨々香にもわからない。

 だが、二人とも時が未来に進んでいくのに乗り遅れないように、必死にしがみついて、足を動かしているのもまた確かだった。

 

「……え、えっと……その……」

「ん、何……?」

「あ、えっと、ううん、今日も零さんは綺麗だな、って……そう思っただけ、です……」

「ふへっ」

 

 相変わらず距離感が不安定だからこそ飛び出てくる直球な褒め言葉に顔を赤らめながら、零は自分で言ったことなのに頬を桜色に染めている梨々香を見据えて、引きつった、だけど気まずさから来るものではない笑みを浮かべる。

 きっとこの空の下で、いつも、どこかで何かが繋がり合っている。

 それは些細で、小さくて、見落としてしまうようなものなのかもしれない。

 零は工具箱を取り出して、新たなる「ジャバウォックの怪物」をアップデートすべく無言で表面処理をしながら、そして梨々香は「グランダイブ・チャレンジ」に向けて愛機を水中戦仕様に調整するためにヤスリをかける。

 そこに言葉はなかった。それでもただ、そんな小さな──ひとひらの繋がりが生まれていたことに、違いはなかったのだ。




梨々香、再び戦いの海へ──!


【夜ノ森零(出典:「青いカンテラ」様作「GBN総合掲示板」より】……終末系G-Tuber「クオン」のリアルにおける姿であり、なんだかんだ危なっかしかった梨々香のことを見ているうちに知り合いになった。が、相変わらず梨々香は零が「クオン」であることを知らず、そして零は梨々香が「アナザーテイルズのリリカ」であることと、双子の姉がいることを知らない。それでもどこかモデラー同士通じるものがあるのか、出会った時には言葉を交わして一緒にヤスリがけをしてたりする。
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