グランダイブ・チャレンジ。
それは数多のダイバーたちが不得手とするが故に、その魅力を知ってもらおうと、フォース「グラナダ・ブルー」が主催して作り上げたクリエイトミッションなのだが、彼らの水中という環境への愛ゆえに、その挑戦へのハードルは極めて高いものとなってしまっていた。
基本的な合わせ目処理といった工作もさながら、五百メートルという水底に潜航するだけの強度と推進力、そしてそこから離脱する帰りのことまで考えてのエネルギー配分を、戦場の中で求められる。
だからこそ、避けて通るダイバーが多い自身ら渾身の作であるクリエイトミッションを受けにきたダイバーたちに、「グラナダ・ブルー」を率いる男、マイヨールは極めて親切だった。
「ようこそ若人たちよ! このグランダイブ・チャレンジを受けてくれるとはな、盛大に歓迎しよう!」
豪快な笑い声を上げる壮年の男性──マイヨールの威圧感に気圧されながらも、リリカはフォース「アナザーテイルズ」の代表として彼に歩み寄り、差し伸べられた手を取る。
ごつごつと骨張った感触と力強い筋肉の密度が感じられるその指先は、仮想世界であったとしても忠実に、リリカに自身のそれとの違いを感じさせた。
きっとリアルでも潜水をやっていたりするのだろう。
「あ、ありがとうございます……私たち、その……『アナザーテイルズ』です……わ、私は……リリカ。リリカです……」
「ミワはミワだよぉ、よろしくね〜」
「同じく『アナザーテイルズ』のカエデ・リーリエ。今日は存分に胸をお借りする気持ちで挑ませていただきますわ、マイヨール卿」
くぁ、と小さな欠伸混じりにミワが名乗りを済ませたのとは対照的に、カエデはスカートの裾を掴んで優雅に一礼する。
おどおどと言葉をつまらせながらも自己紹介を済ませたリリカたちに対してマイヨールが抱く印象は、決して悪いものではなかった。
むしろ、この水中戦というGBNでは比較的人気の薄いミッションに若者たちが挑みかかってくれることこそが、マイヨールにとっては何よりの喜びであり、その記憶はいつしか戦った「BUILD DiVERS」とオーバーラップする。
「うむ、気合い十分、といった風情だな。我々としても極めて喜ばしい。ところで『アナザーテイルズ』諸君。グランダイブ・チャレンジのルールは把握しているかな?」
「くぁ……うむうむ、把握してますよ〜、確か水深五百メートルの地点にあるハロを持ち帰ればいいんでしたよねぇ」
「その通りだ、ミワくん! だが、我々は容赦なくガーディアンとして立ちはだからせてもらう。諸君らが水中戦を堪能できることを心より願っているぞ!」
上機嫌なマイヨール卿の背中を見送りながら、リリカは考える。
あの時、ガンダムベースで作った「秘策」とも言える新たなウェアであったが、それは確かに水中戦に対応したかもしれないが、汎用性という点では大きく従来のAGE-1ブランシュから劣ったものとなっていた。
一応、グランダイブ・チャレンジを受けると聞いてミワも急増でハープーン・ライフルを拵えたり、カエデもツインバスターライフルは水中で使えないから、という理由でガンダムナタクが持っているビームトライデントを実体刃に置き換えたものを装備している。
それでも、勝てるかどうかは微妙なところだ。
怖気づく自分の背中を蹴飛ばすように、リリカは俯いていた顔を上げれば、そこには笑顔で佇んでいる──水着姿にダイバールックを変えたミワとカエデの姿があった。
「み、水着……?」
「然り然り、こういうのは気分だよぉリリカちゃん」
「ええ、ミワさんの仰る通りですわ。負ければ悔しいかもしれませんがそれだけ、そしてわたくしたちは負けるつもりは毛頭ありませんことよ」
赤いビキニタイプの水着に着替えた姉と、エメラルドグリーン基調としたそれにパレオを巻き付けることで、優雅さと気品を醸し出すカエデ。それぞれの機体色に合わせたコーデなのだろう。
リリカもそこは着替えるべきなのだろうかと逡巡するが、幸いなことにチャレンジまでの時間にはまだ余裕があった。
フォースネストも兼ねているリゾートホテルのフロントに駆け込むと、リリカはミワとカエデに合わせて、AGE-1ブランシュをイメージした白いビキニにパレオを巻き付け。更に上からパーカーを羽織るという、水辺にしては重装備で、プールサイドへと帰還する。
「……お、お待たせしました……ど、どうかな、お姉ちゃん、カエデさん……」
「ぐっどぐっどだよぉリリカちゃん、欲を言えばパーカーは羽織らないほうがミワの好みかなぁ」
「わたくしもそれには同意いたしますが、あまり肌を出すというのも悩ましいことなのでしょう。ここはリリカさんの意思を尊重すべきですわ」
「それもまた然りだねぇ」
自身の水着をめぐってばちばちと火花を散らしているミワとカエデにリリカが困惑している間にも、時間は無情に過ぎ去っていき、チャレンジ開始のホイッスルが鳴り響く。
ガンプラであれば準備運動は必要ないだろう。
リリカたちはそれぞれ愛機のコックピットに乗り込むと、五百メートルの底に沈んだ栄光という宝をその手にすべく、グランダイブ・チャレンジに挑みかかる。
「り、リリカ……AGE-1ブランシュで、頑張ります……!」
「くぁ……ミワはフリーダムルージュで行くよぉ」
「カエデ・リーリエ。ウイングゼロヌーベルで推して参りますわ!」
定番の名乗りを済ませて、三人は勢いよくガーディアンの待ち受けるグランダイブ・プールに、機体を潜航させていく。
ミワのフリーダムルージュはウィングユニットをAWACSディンのものに換装していることが大きな特徴だ。
だが、今回背負っているものは早期警戒用のレーダーではなく、水中戦に対応したアクティブソナーだ。
百メートル、二百メートルと沈み込んでいくうちに、汎用機としての限界なのか、機体に微小なダメージが走っていることにカエデは眉を潜めるが、こんなところで泣き言を言っている場合ではない。
「ミワさん、どうですの?」
「ソナーに感あり……そろそろ、仕掛けてくるねぇ」
アクティブソナーが感知した、「グラナダ・ブルー」のメンバーは水深三百メートルに差し掛かろうとしていた「アナザーテイルズ」を迎え撃つべく、宣戦布告の合図の代わりにロケット弾を撃ち込む。
「来ましたわ! ここはわたくしとミワさんで引き受けますわ、リリカさんはその間に潜航を!」
「……は、はい……!」
『ほう、少しはできるようだな! だが……そう簡単にことが運ぶかな!』
接敵してきた機体はいずれも、色こそ違えどジオン公国軍の水陸両用モビルスーツ、【アッガイ】であることには変わりなかった。
だがそれは、この水中という環境において取りも直さず汎用機であるフリーダムルージュと、そして推進力に偏りを持っているウイングゼロヌーベルよりも運動性と機動性に優れている。
ロケット弾を回避し、潜航を続けるリリカの【ガンダムAGE-1ブランシュ・ティターニア】を支援すべく、カエデのウイングゼロヌーベルが三機のアッガイから注意を引くようにトライデントを振るう。
「わかっちゃいましたが……動きが重いですわね……!」
『そうだとも! それこそが宇宙と似て異なる水中の特性!』
トライデントによる一撃を回避したアッガイがカエデのウイングゼロヌーベルへと迫るアッガイのアイアン・ネイルを、水中においてもその偏った推進力を活かした身のこなしでいなしつつ、カエデは展開したマシンキャノンを掃射する。
だが、地上ならいざ知らずここは水中だ。
水圧による減速は実弾にも作用し、また、流線型の装甲が弾丸を弾き返すことでカエデの反撃は無力化される。
だが──
攻撃を当てるばかりが前衛ではない。
背後から急襲をかけてくるアッガイを一瞥し、カエデは不敵な笑みをその口元に湛える。
『む、まさか……!?』
「まさかまさか、そのまさかだよぉ!」
この戦いにおいてカエデは自身の役割をアタッカーではなく、ひたすらに敵からの注意と攻撃を引きつける、タンク役だと規定していた。
アッガイ三機の弾幕砲火を掻い潜りつつ、ポジションについたミワがハープーン・ガンを狙いにブレなく撃ち放つ。
放たれた銛は確かに一機のアッガイ、その土手っ腹をぶち抜いて爆散せしめていた。
『ははは、中々やりおるわ!』
「お褒めの言葉、ありがとうねぇ。でも……リリカちゃん以外から褒められても、ミワは別に嬉しくもなんともないよぉ!」
ハープーン・ガンは確かに水中戦では強力な武装だ。
だが、足を止めて撃たなければならない都合上、遮蔽物もなく、下からの攻撃も警戒しなければならないこのバトルフィールドにおいて、機動性を一時でも損なえば、それはどうなるか。
頭部バルカンとロケット砲による攻撃が、水圧に絡めとられたフリーダムルージュへと直撃する。
「うう……っ……!」
「ミワさん!」
フェイズシフト装甲の効果によって直撃しても致命傷は免れていたものの、ミワはフィードバックされる擬似的な衝撃と、そして崩れた姿勢の立て直しに苦闘するが、その隙を見逃すものかとばかりに、二機のアッガイはカエデのウイングゼロヌーベルを置き去りにして、アクティブソナーを持つミワの撃墜を試みた。
しかしカエデもそれを黙って見逃すほど盆暗ではない。
手にしていたトライデントを、二機のアッガイが上下からの挟撃を試みていたその中間点、ミワの足元すれすれのところに放り投げて牽制を繰り出すと、バックパックの右側にマウントしていたシザーソードをその手にとって突貫していく。
ウイングゼロヌーベルは、かつてGPDの世界で名を馳せたファイターへのリスペクトを以てカエデが作り上げた努力の結晶だ。
あえて偏らせた推進器の配置は確かに機体制御を難しくしているかもしれない。
だが、その癖を全て把握するまで乗り込んだことで、ウイングゼロヌーベルは独自の強みを遺憾なく発揮することができるようになっていた。
「ミワさんは……やらせませんことよ!」
『なんとっ!』
全身を独楽のように回転させて、カエデはアッガイの一機へと、不利な条件である水中であるにも関わらず果敢に斬りかかっていくのだった。
◇◆◇
水深四百メートルを超えて、五百メートル地点。
突貫工事であったとしても零からの丁寧なアドバイスを受けたことで最低限の作り込みが施された、リリカのAGE-1ブランシュティターニアは、関節部を軋ませることもなく水底へと到達していた。
厄介なことに、五百メートル地点の水深にばら撒かれている球状の物体は、クリア条件である「ハロ」だけではない。
ハズレのザクレロボールが大量に散らばっている中からそれを見つけ出さねばいけないのだ。
だが、一つ一つ吟味をしている暇などない。
リリカは消去法で「ザクレロボールではないもの」を選び取るべく意識を集中させて、ザクレロの特徴である顔がプリントされているボールを思考の外へと追いやって、端っこの方にぽつりと佇んでいた「ハロ」を掴み上げる。
まだマイヨールが姿を見せていないことは気がかりだが、とにかくここからは水上まで一気に駆け上がり、ハロを持ち帰れば「アナザーテイルズ」の勝利は確定することになる──のだが。
「……機体が重い……思った通り……」
水深五百メートルという水圧が、推進剤だけで上昇しようと試みるAGE-1ブランシュティターニアを蝕むが、むしろこれは想定通りだ。
リリカは武装スロットから新たに増設されたシステムの解放を選択し、ハイドロジェットが搭載されたサブマリンユニットに、磁気穿孔システムから置き換える形で搭載した光波推進装置を起動させて、一気に五百メートル地点から駆け上がっていく。
AGE-1ブランシュティターニアに組み込んだタイタスのパーツは腕と脚部だけだが、特に腕部をクリアレジンに置き換えたことで、搭載した光波推進システムは並のヴェイガン機に匹敵するほどの高い効果と、水中という過酷な環境においても宇宙と同様の感覚で戦えるようにいいアシストをしてくれている。
アクティブソナーを持つミワと離れてしまったことで、上がどうなっているかはわからない。
だが、この戦いでリリカに求められている役割はフィニッシャーだ。
時には味方を見捨ててでも生還を試みる。
だからこそ──AGE-1ブランシュティターニアは、腰のシグルブレイド以外に一切の装備を持たずにグランダイブ・チャレンジに挑んでいたのだが。
『懐かしいな、諸君の戦術……かの「ビルドダイバーズ」を思い出す!』
水深四百メートル地点に、マイヨールの声が響く。
ハロを手にしたことで油断をしているダイバーを狩り取るべく、水中迷彩が施された、前後左右が対称という独特な形をしている水陸両用モビルスーツ、ゾックを自分好みにカスタマイズした【ゾック・マイヨール】は、光波推進システムを搭載したAGE-1ブランシュティターニアに匹敵する速度で接敵し、頭頂部に備え付けられているビーム砲を放つ。
最初に会敵しなかったのは、「ハロ」を守りながら戦わなければならないという不利な条件下での決着を試みるためだったのだろう。
「……ず、ずるい……です……」
『大人の知恵というものだよ、リリカ君!』
フォノンメーザー砲による弾幕を、光波推進によって回避しつつも体勢を崩したAGE-1ブランシュティターニアを仕留めるべく、マイヨールは機体の頭頂部をリリカに向ける形で再びビーム砲を放った。
ここでリリカに与えられている選択肢は二つある。
一つはこのままマイヨールを連れてとにかく逃亡を試みること。
もう一つは、「ハロ」を抱えたままここでマイヨールを仕留めてから、地上への帰還を試みること。
迷っている時間はない。
ビームを回避し、左手に「ハロ」が握られていることを確認した上で、リリカは──二つ目の選択肢をその手に選び取った。
「ブランシュアクセル……!」
『何を!』
「……ダブルブースト!」
GBNにおいては、Cランクから解禁されるユニーク要素が存在する。
それはダイバーの戦い方であったり思考の癖に合わせてアジャストされるユニークスキル、「必殺技」と呼ばれるものであり、リリカが起動したその技は、水中、しかも水深四百メートルという地点にいる汎用機とは思えない速度を付与していた。
ゾック・マイヨールに深海というフィールドを与えてしまえば、それは確かに文字通り、水を得た魚のような恐怖を対峙するものに齎すのかもしれない。
必殺技の発動により、負荷がかかっていた関節部が軋みを上げる。
だが、まだだ。まだ──耐久値がゼロになっていない限り負けではない。
軋む機体の手綱を必死に握りながら、リリカはゾック・マイヨールへと己の愛機を肉薄させる。
ゾック・マイヨール……ひいては原型機であるゾックに弱点があるとしたら、それは格闘戦における手札の乏しさだろう。
申し訳程度につけられた短い腕から繰り出されるアイアン・ネイルの一撃は、確かにカウンターとしては申し分ないのかもしれない。
だが、一撃のリーチが短すぎるのだ。
だからこそ、ゾック・マイヨールはフォノンメーザー砲の連射によってAGE-1ブランシュティターニアを近づけないようにしていたのだが、「ブランシュアクセル・ダブルブースト」を起動したリリカの愛機は、水陸両用機に負けないほどの機動力をその手に収めていた。
ならば──真っ向勝負で負ける道理などそこにはない。
「……っ、てええええ、いっ……!」
『なるほど、これが若き心のなせる技か……!』
リリカはゾック・マイヨールにシグルブレイドを突き立ててその巨体を蹴り飛ばすと、脇目も振らずにスラスターを全開にして水上へと急速上昇していく。
途中ですれ違っただけだから詳しくはわからなかったが、ミワのアクティブソナーが捉えた敵機からの信号もなく、リリカとAGE-1ブランシュティターニアを祝福するウィニングランのように、やがて浅くなってきた水中を、仮想の太陽がその光でもって照らし出す。
ブランシュアクセルの起動終了までは残り十二秒。
そして必殺技の反動と水圧で機体は軋み、ひび割れ、満身創痍といった風情であった。
だが──リリカは最後の最後までスロットルを緩めることなく、ブランシュアクセルが切れるその瞬間まで、アクセルを踏み続けていた。
「いっ、けええええ……っ!」
精一杯の勇気を披露したリリカへと応えるがごとく、勢いよく水飛沫というには生温い、水柱を上げて水中から帰還したAGE-1ブランシュティターニアの双眸が力強い黄金の輝きを放つ。
着地の瞬間に、限界を迎えた右手の関節はスパークして爆ぜていたものの、無事に守りきった左腕には見事に勝利条件である「ハロ」が収まっていた。
【Mission Success!】
【Winner:アナザーテイルズ】
そして、ファンファーレというにはぶっきらぼうで無機質な機械音声が、リリカたちの勝利を告げる。
胸を満たす喜びに浸るかのように目を伏せて──リリカはその、舞台は違えど、水中戦での借りを返したことを、そしてマイヨールたちと繰り広げた激闘の軌跡と、その果てに掴み取ったもののことを、思い返すのだった。
水着回(冬)
【ブランシュアクセル】……リリカの必殺技であり、タイタスのリミッター解除に近いステータスのブーストアップを行う、平たく言えば時限強化。トランザムとの違いは機動力のブーストアップとモーションの高速化といった点及び、段階を踏んでの強化が可能な点である。ただしリミッター解除という特性上、強化が切れた時に倍率に応じたデバフがかかるという弱点も抱えている。