『待て待て待てーっ! うちから逃げられるとか思わんといて、「緋いスナイパー」!』
「うむむ……追いかけっこは苦手なんだけどぉ、止まれと言われて止まる人なんてそうそういないよ〜」
ミワを暗礁宙域から露骨に追い立て、追い出そうとしているアルトロンピンインと、そのダイバーである「トウコ」に秘密があるとするならば、その操縦技能もさながら最大の特徴であるドラゴンハングを半オート化した破砕兵装に置き換えて、デブリを即席の散弾に変えていることも挙げられるだろう。
両腕に装備されていたはずのドラゴンハングはちょうど、ユニコーンガンダム3号機「フェネクス」のようにバックパックへと移設され、本来副翼が生えている部分に主翼が後退しているというのが、アルトロンピンインのアセンブリだった。
ミワは念のためにと持ってきた、水鉄砲のような形状をしたサブマシンガン──現実におけるキャリコM950Aをモチーフとしてプラ板でフルスクラッチしたそれを左手に持ち、牽制射撃として放つことで、トウコを遠ざけようと試みる。
だが、アルトロンガンダムのドラゴンハングの厄介なところは盾としても機能する一面を持ち合わせているところに他ならない。
撃った弾が片っ端から弾かれていくのを視認して、ミワは眉根にシワを寄せ、どこか怒り半分呆れ半分といった風情の笑顔を、困ったように浮かべる。
打つ手がない。
スナイパーを見つけたら親の仇の如く追い回せ、というのはGBNに語り継がれる金言であり、実際にその通りなのだが、こうして追い詰められる側に回るとミワは極端に、というほどではないがスナイパーらしく、弱体化するところがある。
凸砂というスタイルが成り立つのはあくまでも敵味方が入り混じる乱戦が前提であって、擬似タイマンと呼ぶべき今の状況において、そうした能動的な突撃戦法は成立しない。
それにこのトウコというダイバーも中々出来るダイバーだ。
仲間が先読みの置き撃ちでやられたことの意趣返しとばかりにそこから射線と潜伏地点を読んで、ミワが放ってきた徹甲弾を全て回避した上でこうして自身に肉薄しているのだから、Aランクは伊達ではないといった風情だろう。
サブマシンガンの残弾を数えながら、最悪接近戦をやらなければ、ならない覚悟を決めるかのように、ミワは深く息を吸い込む。
「……っ、ふぅ──」
『諦めた? いや、油断はしない! このまま突っ切ってドカンだ!』
「……悪いけど、そうはさせないよぉ!」
ミワはそう叫ぶと、手近にあったモビルスーツの残骸──オブジェクトとして配置されている【ジム改】の残骸を思い切り蹴り飛ばし、ドラゴンハングの半自動迎撃がそれに向いたのを確認した上で、サブマシンガンの弾を全弾発射する。
『なっ、オブジェクトを盾に!?』
「悪いけど悪いけど、意趣返しってやつだよ〜」
先ほどから散々追い詰められてきたことで、ミワも鬱憤が溜まっているのだ。
サブマシンガンの弾幕を防ぐためにコックピットを庇い立てたアルトロンピンインは完全に足を止めている。
ならば──好機はここしかない!
ミワはサブマシンガンを投げ捨てて、温存していた対艦ライフルの一撃を見舞わんと構え直したその照星を覗き込む。
中心に見据えるのは敵機の姿。
先ほどまでは随分と好き勝手をしてくれたが、両腕によるガードで防げるほど、この徹甲弾の威力は甘いものではない。
そして、必滅の一撃を放つべく──ミワはアルトロンピンインをロックオンして、躊躇いなくトリガーを引き絞るのだった。
◇◆◇
アンジェは焦っていた。
トールギスFの機動力について来られるだけではなく、一度懐に潜り込まれれば勝機は意図もたやすく潰えるというプレッシャーがひりひりと心臓を焦がし、血管を痺れさせる錯覚に苛まれながらも、操縦桿捌きだけは歴戦の経験がいつも通りに動かさせる。
このカエデというダイバーが、一部においては「暴走お嬢様」と呼ばれるほど、格上相手のフリーバトルを無差別に挑んだ上でAランクまで上がってきた有望株であるということはアンジェも知っていた。
だが、それにしたって打開できる糸口があまりにも見つからないのだ。
レーダーから、ライザの反応を示す点はベルヌーイのそれと同じく消失している。
相手のリリカというダイバーがどうなったのかはわからないものの、ライザを仕留めた以上、その実力は侮れないに違いない。
ならば、数的不利を背負っている状況でいつまでも片翼の告死天使と踊っている暇などない──その焦燥が、迷いに迷って二の足を踏んでいたアンジェに、相殺覚悟で必殺技の発動を決意させた。
『ここで切り札、切らせてもらうよ……! いくよ、フリューゲル!』
「面白いですわね! 是非ともきていただきたいものですわ、アンジェさん!」
ここでゼロシステムを温存することに成功すれば、この戦いはほとんど勝ったといっても差し支えないだろう。
だが、アンジェは自分と打ち合えるほどの実力者で、そんな彼女が必殺技を起動したというのに、悠長に構えている余裕などカエデにも存在しなかった。
アンジェの必殺技──本来であればトールギスに搭載されている「スーパーバーニア」を機動力の強化という形で再現したそれは、Gの仮想フィードバックが安全装置に抵触して、強制ログアウトが施される寸前まで推進力を高めるものだ。
ゼロシステムを発動しようとしたカエデが一瞬足を止めた隙を突く形で、ランスを携えた赤いトールギスFがその右腕を貫き、発生した衝撃波がウイングゼロヌーベルの右足をも抉り取っていく。
「ッ、抜かりましたわ……!」
『まだまだぁッ!』
Gのフィードバックによって胃の中身をぶちまけそうになりながらも、アンジェは機体を強引にターンさせて、二撃目の突貫攻撃をウイングゼロヌーベルにぶち当てるべく、全力で機体を加速させる。
だが、ゼロシステムの発動そのものは成功していた。
トールギスFからの誘導を切りつつ、最低限の動きで攻撃を回避したカエデは、仕返しだとばかりに引き抜いたビームサーベルでアンジェの翼を切り裂いて、その機動力を削ぎ落とす。
『……っ、やるね、流石は暴走お嬢様ってとこかな!』
「その不名誉な二つ名でわたくしを呼ぶのはおやめなさいな!」
カエデは暴走しているどころか、極めて理性的に格上相手に喧嘩を売ってきただけだ。
それをいかにも頭のネジが外れているからだと言われるなど、侮辱にも程がある。
羽根を一枚削ぎ落として尚、半減した機動力で尚視界に捉えるのが困難な程の速度を誇るトールギスFへ、反射神経だけで斬りかかりながら、カエデはそう憤慨した。
主にそういう、力こそパワーとでも言わしめる強引なムーブがカエデを暴走お嬢様呼ばわりされている原因なのだが──噂や風評というのは大体が誇張されるものだから、宿命とでもいうべきものなのかもしれない。
だが、それはカエデの強さに対する畏敬から来ていることには間違いがなかった。
トールギスFとウイングゼロヌーベル、双方共に中破クラスの傷を受けながらも、一方はゼロシステムによる誘導切りを範囲で巻き込むような槍術で、もう一方はゼロシステムによる誘導切りがあれど、その槍術を華麗に舞い踊るマタドールのように、そうでなければプリマ・ガールのような捌き切るという戦いは、観ている者からすれば手に汗握る死闘に違いない。
だとしても、戦っている側からすれば生きた心地がしない──仮想の遊戯であるとはいえ、そこに確かな冷たい肌触りを感じさせる、「死」と背中合わせになりながら繰り広げるデッドヒートだ。
一瞬が永遠にも引き延ばされていくような感覚の中で、針に糸を通すかのような緊張感がカエデとアンジェを包み込み、じわり、とこめかみに汗の雫を滲ませる。
この舞踏会を続けるのも悪くはない。
だが、刻限がくれば馬車は南瓜に、ドレスは襤褸にと、魔法は覚めることが宿命づけられているから魔法なのだ。
ゼロシステムとスーパーバーニアの起動時間は、ほとんどその刻限に近づきつつあった。
それでも、ただ一つ残された、硝子の靴を掴み取るべく少女たちは声にならない雄叫びをあげて、目の前に立ちはだかる難関を突破しようと、敢然と立ち向かっていく。
『っ、でやあああああっ!!!』
「裂帛の気合! そしてここまで心躍る戦い! 見事という他にありませんわアンジェさん! ならばわたくしも、全力でそれに応えるのみ! ちぇええええすとおおおおおおっ!!!」
瞬間、出鱈目な星座を描きながら、二つの光が交錯した。
新星が生まれるかのように爆ぜる光の中で、トールギスFが突き出した槍は確かにウイングゼロヌーベルのボディを、胴体を捉えて貫いていた。
だが、それはコックピットの判定から微妙にズレた──一撃で仕留めるには足りないとシステム側が判断するに至った位置だった。
悔やんでも悔やみきれないミスなのか、カエデの技量が上回っていたのか。
アンジェは大破状態になりながらも左手のビームサーベルを死守し、そして頭部からコックピットを串刺しにしようとするウイングゼロヌーベルを一瞥して静かに瞑目する。
『……ああ、両方か……』
「……貴女の全力、しかと受け止めさせていただきましたわ」
カエデはどこか、懺悔に対して赦しを与えるかのように呟く。
それだけで、不思議と悲しいというより、怒りの炎が身を焦がすというより、どこか晴々とした気持ちを抱かせるのだから、このお嬢様は憎めない。
トールギスFは爆散し、最後の足掻きとばかりにその破片と爆風が大破状態にあるウイングゼロヌーベルを巻き込んで、頭部や残された左半身にヒビを穿ち、そして砕いていく。
アンジェは確かに敗北こそしたものの、カエデがミワに合流するという最悪のシナリオはなんとかその意地と矜持で阻止していたのだ。
ランスに貫かれた胴体部分と、そして二の腕だけが残るという凄惨な状態にありながらも、ウイングゼロヌーベルは撃墜を免れ、宙域を漂っていた。
カエデはその結末にふっ、と小さく口元を歪めて自嘲する。
「わたくしも……まだまだということですわね」
残る戦力は二つ。スラスターを失い、関節部にも重篤なダメージを追っているリリカのAGE-1ブランシュと、そして。
今も尚、暗礁宙域での死線を掻い潜らんとしているミワのフリーダムルージュだけだった。
◇◆◇
ミワに落ち度があったとしたならばそれは、一つだけ記憶から抜け落ちていたこと、それだけだろう。
ドラゴンハングは盾としても機能する。
トウコはその瞬間、とっさに機体を振り向かせて右半身の背面を晒すと、左足までぶち抜かれながらもでなんとか徹甲弾の弾道を直撃コースから逸らすことに、そして左側のドラゴンハングを守り切ることに成功していた。
そして、敵を見据えた双頭の龍──その片割れは確かに迎撃としてミワが構えていた対艦ライフルへと噛み付き、ねじ切り、漂うデブリの一部に変えていく。
「しまっ……」
『ふいー……死ぬかと思ったよ、けど……ウチはまだ負けとらん!』
サブマシンガンは喪失。
クスフィアスは足が止まる。
ミワは半身を失いながらも尚果敢に挑みかかってくるアルトロンピンインへとビームサーベルによる迎撃を試みるが、流石にクロスレンジまで飛び込まれてしまえば相手の土俵というものだ。
左手で回収していたビームトライデントが突き出され、アンビテクストラスハルバードモード……要するに二本のビームサーベルを連結することで一本の槍としたミワのそれを弾き飛ばし、胴体に絡みついたドラゴンハングがギリギリとコックピットを締め上げる。
フェイズシフト装甲は衝撃や打撃に強いとされているが、それはあくまで「点」に対しての話であることは意外と知られていない。
例えば、万力のような「面」……継続的な攻撃を一箇所に受け続ければ、それが物理的な攻撃であったとしても強引にフェイズシフト装甲をねじ切ることが可能だとされている。
現に、外伝であるMSV群においては大真面目にそういった思想の元に設計された武装、「インパクトバイス」を持つ【グフクラッシャー】という機体が存在しているのだ。
今ミワが置かれている状況は、そのグフクラッシャーによって締め付けられているのに極めて近い。
ドラゴンハングに絡めとられたフリーダムルージュは漂うデブリ帯に叩きつけられ、衝撃のフィードバックが、かは、と、乾いた息をミワに吐き出させる。
そして相手のビームトライデントが無事である以上、そこから逃れることはほとんど不可能に近いだろう。
悪足掻きのように、腰部から展開したクスフィアスレールガンを放つが、当然の如くそれはトウコに避けられて、仮想の死が自らに迫りくることをミワは予見する。
「……ごめんねぇ、リリカちゃん。ミワ、しくじっちゃった」
「……ううん、まだ……まだ、終わってないよ、お姉ちゃん……!」
『何ね!?』
「ブランシュアクセル……スクエアブースト!」
諦めに近い言葉を零したミワを否定するように、まだ終わっていないとばかりに、サブスラスターと慣性移動だけで暗礁宙域へと迫っていたリリカのAGE-1ブランシュが、最後の足掻きとして四倍速の必殺技を起動する。
メインスラスターを失っているため、四倍速まで加速してようやく普段のブランシュの機動力かそれよりちょっと上、といった風情ではあったが、シグルブレイドを突き出して駆け抜けるAGE-1ブランシュは、まさに突如として戦場を駆け抜けた流星の如く、ミワを絡めとっていたドラゴンハングを断ち切った。
だが──二倍速、三倍速と起動して破損したAGE-1ブランシュが、四倍速の反動に耐え切れるはずなどない。
魔法が解けるように、或いは流星が燃え尽きるように、AGE-1ブランシュの五体は内側から砕け散り、涙のように、砕けたツインアイの破片が戦場に差し込む星明かりを映して煌めいた。
「……リリカちゃん……」
そうだ。
何を諦めていたのだ、自分は。
リリカは蹲っていつもおどおどしながら、そしていつもびーびーと泣いているばかりだった女の子ではもうない。
GBNは確かに愛する妹に寄り添い、その足を前に踏み出させていたのだ。
ドラゴンハングの拘束が解けて尚、もうほとんど動くこともできないと見たミワとフリーダムルージュを仕留めるべく、アルトロンピンインはスラスターを全開にして、ビームトライデントを構え、最後の突撃をかけてくる。
乾坤一擲、この一撃を外せば後はないとばかりに、通信ウィンドウにポップしたトウコは怒りともまた違う、戦士の、闘志をむき出しにした表情をして、声にならない叫びをあげていた。
GBNには、奇々怪界、攻略班の頭をいつも悩ませる要素がいくつも存在している。
頭の中に冷却材をぶち込まれたかのように、過熱していたミワの思考回路は強制的にその冷静さを取り戻し、打つべき一手に対して操縦桿を動かさせていた。
その仕様の一つは、ダイバーが撃墜された際に保持していた武装は武装として撃墜時に強制的に回収されるが、もし被撃墜時に手放していた場合は、オブジェクトとして判定されて戦場に残る、というものだ。
四倍速まで加速したAGE-1ブランシュは、まさに粉々といった風情に砕け、飛び散っていた。
それは、シグルブレイドを保持していたマニュピレータも例外ではない。
『これで……決まりだああああッ!!!』
「勝手に……決めないでよ……!」
それはミワが、リリカちゃんが決めることだ。
ドスの効いた声でそう呟くと、ミワは意趣返しのように半身でビームトライデントによる突撃を受け止めながらも、コックピット判定からは微妙にずれる位置でそれを留めて、相手を釘付けにする。
『な……っ……!?』
「……リリカちゃんの頑張りのために……ミワたちの前から消えなよ……」
そしてミワは、宙域を漂っていたシグルブレイドをその手に掴むと、アジャストまでの数秒間、決してアルトロンピンインを流さないように脚部を絡ませて、動きを封じていた。
ならば、戦いの趨勢は決まったようなものだ。
『こ、これが……「緋きスナイパー」の力……』
「……勝手に呼ばれてるだけだよ……」
ざくり、と、コックピットをえぐり取るように、アジャストを終えたシグルブレイドでトウコのアルトロンピンインをミワは淡々と撃墜してみせる。
そこには喜びもない。悲しみもない。楽しみもない。
ただ、怒りが──久しく抱いていなかった感情がミワの中で燻っていたところに、トウコが放った余計な一言によって火がついて、燃え盛っているだけだ。
【Battle Ended!】
【Winner:アナザーテイルズ】
システムが告げる勝利の宣言すらもどこか遠く、ミワは茫洋と宙を眺めて──ロビーまで解けていく時間、その意識を手放すようにそっと、目を伏せるのだった。
ミワお姉ちゃん激おこモード