リリカがその挑戦を受けたのに対して、サーヤは正気か、という目線で相対する小柄な少女の瞳を覗き込んでいた。
「……どういうつもり? 貴女もまさかそうまでして勝ちたいの?」
「……ち、違います……! 違うんです……! お姉ちゃんが……お姉ちゃんが、昔……何やってたのかなんてわかりません……でも! でも、今のお姉ちゃんはそういうことなんてしてません! だから……ぐすっ……えぐっ……おねえちゃんを、わるくいわないで……うええええ、ん……っ……」
最後の方は耐え切れずに泣いてしまったものの、それはリリカの本心からの言葉に相違ない。
確かにミワには人の心がわからないようなところがある。
それはテストや模試で何事もなく満点を取っても大して喜ぶでもなく誇るでもなく戻ってきた答案を家に帰るなりゴミ箱に捨てたり、胸が大きいというハンデを背負っていても運動会で優秀な成績を収めてみせても、それに何かしらの感情を抱くでもなく、両親が玄関前に飾っているトロフィーには触れようともしない。
きっと、そんなミワだったからこそ「勝ちたい」という要望を受けて、その通りになるように、手段を問わず実行してきただけなのだろう。
リリカは涙をはらはらと零し、嗚咽を上げながらも頭の中で推測する。
それは事実だった。
ミワが味方を犠牲にしてでもただ一人生き残ってきたことも、そしてそれが、「エーデルローゼ」というフォースが勝利を至上命題とするガチガチな集団であったからこそ、味方を駒の代わりにして自分がゲームメイクをすることで勝利を収めてきたのも、何もかもが事実だった。
お姉ちゃんを悪く言わないで、というリリカの言葉に気圧されながらも、サーヤは怒りに身を任せて、用事は済んだとばかりにつかつかと踵を鳴らして去っていってしまう。
「……過去にこだわるなと、あれほどそう言ったのに。ただ私は、挑戦を受け入れたからには本気で戦わせてもらうわ。それで構わない?」
「ええ、構いませんわ。そしてリリカさんの言葉はわたくしたちの総意だと受け取ってくれて結構ですわ」
カエデとしてもそれは同じことだった。
確かに何の断りもなくフレンドリー・ファイアをしてでもキルスコアを獲得するということを自分がやられていたら、サーヤ同様に怒りを抱いていたのかもしれない。
だが、今のミワがそういう戦術を選んでいるわけではない以上、背中を預けるのには何の問題もないといえたし、むしろ「アナザーテイルズ」は偵察と斥候がいない、火力偏重のフォースであるからこそAWACSを持つミワにはいてもらわないと困るのだ。
「……リリカちゃん、カエデさん」
「なんですの、珍しくしおらしくなってしまって」
「……お姉ちゃん……」
「あのねあのね、サーヤが言ってたことは本当なんだよ? ミワが……味方を犠牲にしてでも生き残ってきた、意図的なフレンドリー・ファイアを戦術に組み込んでいたのもね、全部全部……」
ミワは珍しく消沈しながら、淡々と自分の罪を懺悔する。
確かにそれは、善意から始まったことかもしれない。
魔境と呼ばれ、強豪がひしめくフォース戦を勝ち上がりたいと「エーデルローゼ」が願ったからこそミワはその願いを叶えるために、いかなる手段を用いてでも「エーデルローゼ」に勝利をもたらしてきた。
だが、そこに──メンバーたちの気持ちを勘定に入れたことはただの一度もなかったのもまた事実だ。
勝ちたい。だからこそ、その願いに応えるためだけに、犠牲を積み上げ、すれ違いを繰り返した末にかつての「エーデルローゼ」は摩耗して、そして空中分解を果たしてしまった。
それでも彼女たちが立て直しを図れたのは、サーヤが奮闘し、なんとかユキをリーダーとして勧誘することに成功したからに他ならない。
それほど誰かにとって思い入れが強かったフォースを壊してしまったという事実は、「緋きスナイパー」、「赤砂」と呼ばれる不名誉であり忌むべき二つ名としてミワに尚も付き纏い──否、それをミワは背負い続けているのだ。
できる。できてしまう。
天賦の才に恵まれたからこそ、「できない」人の気持ちがわからないからこそミワはそんな蹉跌を経験しているのだし、リリカとの間に横たわっている軋轢も、元を正せば全てはそこに繋がっている。
「だからなんですの?」
「……えっ……?」
「だからなんだと申し上げているのですわ、わたくしがこれ以上言うのも野暮でしょうから……リリカさん。貴女が言いたいことを言ってあげなさいな」
バカじゃないのか、とでも言いたげにカエデは嘆息すると、金髪を掻き上げながら、押し黙ってはらはらと涙を零していたリリカにバトンを渡す。
「……あのね、お姉ちゃん……お姉ちゃんは、それで、その……反省して、いるんだよね……?」
「……リリカちゃん」
「……なら、ね、いいって、思う……私、何も知らないけど、何もわからないけど……今のお姉ちゃんに……それは……関係ないって……それぐらいは、ぐすっ……わかる、って……うええええ、ん……っ……」
途中からは嗚咽が混じり、最後には泣き出してしまったものの、リリカがぶつけたその言葉は嘘偽りのない、混じり気のない本音であることに違いはなかった。
恨みだとか憎しみだとか、コンプレックスだとか、そういうものが今のリリカにもないかと問われて首を横に振るのは嘘となる。
だが、そんなリリカだからこそ──ここがGBNであるが故に立ち直れたリリカと、ここがGBNだったから怒りを抱いているサーヤとの違いはわかっていても、ミワが抱えているものがなんであるのかぐらいは、理解できた。
なんということはない。
孤独だったのだ。ミワもまた、ずっと──長い間。
リリカが勇気を振り絞って出力した言葉に、はらりとミワの瞳から一雫の涙がこぼれ落ちていく。
ミワがこのGBNで思い知らされたのは、自分がいかにリリカを傷つけてきたのかと、そういうことだった。
できてしまうが故にできない人間の気持ちがわからず、ただわかったようなふりをして寄り添っていたからこそ、それが爆発してしまったのだろうと、自分をいつも責め続けてきたのがミワの今までだった。
だが、そんなものは今までの話だとリリカは、そしてカエデは語る。
確かにミワが行ったことは責められるべきことなのかもしれない。
その禊は終わっていないのかもしれない。
それでも、「アナザーテイルズ」として、ミワが決して味方を犠牲にしてでも勝ちを拾いにいく戦法を取っていない以上、それは反省をしているという認識で間違い無いはずだ。
ならば、それを責める権利などリリカにもカエデにもない。
つまりは、そういうことだった。
「……ありがとぉ、リリカちゃん、カエデさん……」
これを知られてしまったら、居場所が今度こそなくなるとばかりに思っていた。
だからこそミワは積極的にリリカとフォースを組もうとせず、あくまでもパーティーとしてGBNを続けていくつもりだったのだ。
それが、カエデという仲間を得たことでフォースとなったことは少なからずミワにとっては不本意な出来事だったのには違いない。
しかし、今ミワが「アナザーテイルズ」というフォースを組んでいるからこそ見えてくるものがあって、そしてそんな自分に手を差し伸べてくれたのは、リリカがフォースの代表者として成長して、カエデが仲間としていてくれたからなのだ。
そこに奇妙な巡り合わせを、因果を感じながら、ミワは涙を零しつぬ二人の手を取って立ち上がる。
「……話はまとまったようね。私たちのメンバーが迷惑をかけて申し訳ない限りだわ」
「その件に関してはもう終わりにいたしましょう。リリカさんがとてもお話できる状態ではないから、わたくしが勝手ながら代理として申し上げますが──その挑戦、受けて立ちますわ、『エーデルローゼ』」
「ええ、『アナザーテイルズ』。貴女たちの全力が見れることを期待しているわ」
カエデからの承認を受け取ると、踵を返してユキは雑踏に紛れていく。
リリカは相変わらず涙を零し、そしてミワもまた泣いているのなら、代表者は消去法で自分になるという理由で交渉役を引き受けたカエデだったが、その一番の理由は、抱き合い、涙を零す二人の間に割って入るのは野暮だと感じたからである。
そう。淑女たるもの野暮な行いはタブーなのだ。
だからこそ、この場はクールに去るのですわ、とばかりにカエデもまた踵を返すと、ログアウトを選択して、リアルへと解けていくのだった。
◇◆◇
フォース「エーデルローゼ」を一言で表すのであれば、それは「強豪」の一言に尽きる。
先日戦った「エヴァンジェルミ」も一角の強敵に違いはなかったが、指揮官を引き継いでリーダーとなったユキの実力は凄まじく、個人ランク148位という、「三桁の英傑」、その上位帯に食い込んでいることが何よりもその証明だろう。
明らかな格上との戦いであったが、敵が強ければ強いほど燃えるカエデは俄然やる気になっていたし、ミワもある種の禊をするつもりで本気で挑もうとしている。
そんな中でリリカは一人、悶々とした感情を抱えていた。
確かにミワの過去という問題は、自分たちの中では解決を見たのかもしれない。
だが──あの「バンデット・レース」においてハートからの指摘を受けた通り、AGE-1ブランシュが、ブランシュアクセルという必殺技が自壊というリスクを負っていて、そのためには放熱機構や余剰出力を逃してやるための装置が必要になるという問題は解決を見ていないのだ。
それでも、やるしかないということはリリカにもわかっている。
決戦の場に指定されたステージは、双方に有利不利が生じない、比較的建物の少ないコロニーであるサイド7の連邦軍工廠──奇しくもミッション「ガンプラ大地に立つ」と同じ舞台であった。
「わかっていると思いますけれど、あの『エーデルローゼ』は紛れもない強敵ですわ」
作戦開始前のブリーフィングフェイズ、愛機であるウイングゼロヌーベルに乗り込んだカエデが、コンソールを操作していくつかのウィンドウを開きながらそう語る。
そこにはリーダーである「ユキ」をはじめとした、「エーデルローゼ」のメンバー構成だとか噂話をカエデなりにまとめたものが記されており、それはともすれば今のリリカたちにとっては絶望的でさえあった。
個人ランク148位という「英傑」にその名を連ねるユキの存在もさながら、「エーデルローゼ」における最大の特徴は、常に数的優位を保持するためにユキが遊撃手を務めて戦場を撹乱したところを、他のフォースメンバーがツーマンセルになって各個撃破するというその戦術にこそある。
以前に戦ったフォース「ボルケーノ」も似たようなことをやっていたが、ボルケーノとエーデルローゼを分かつものがあるとするのならばやはりそれは、「三桁の英傑」に食い込んだ絶対的エースの存在だろう。
撹乱されるなといっても無理がある以上、乱戦は覚悟する必要がある。
カエデの後ろについてバックアップを担当する役割を任されていたリリカはごくり、と固唾を呑み込んで、その絶望を直視していた。
「わたくしでもフォローできないかもしれませんわ、リリカさん。それでも……よろしくて?」
「……は、はい……頑張って、ついてきます……!」
「その意気ですわ。ミワさんも、敵機の漸減を頼みましたわよ!」
「おっけーおっけー、任されたよぉ」
勝てるか勝てないかでいえば、圧倒的に後者である可能性が高い無謀な闘いだ。
それでも、ただ黙って死を受け入れるよりかは少しでも足掻いて、「三桁の英傑」と呼ばれる存在に爪痕を刻んでやらんと、三人は意識を一つにする。
やがて出撃フェイズに移行したことで、搬入口からリフトアップしていくAGE-1ブランシュの操縦桿を握りしめて、リリカはサイド7を再現した架空の空を仰ぎ見た。
「……頑張ろうね、ブランシュ……」
今はまだ、問題だらけかもしれない。
それでもいつか──一つずつ、少しずつ解決していけばいい。
カウントがゼロになると同時に加速し、射出されるGに歯を食いしばりながらリリカは、そしてAGE-1ブランシュは仮想の海に再構築されたサイド7へと射出されていく。
ずしん、と重苦しい響きを立てて、逆制動をかけたスラスターによって着地を決めたリリカは、早速機体をロックオンするアラートが鳴り響いたのに気付くと、操縦桿を倒して敵弾を回避する。
恐らくスナイパーが潜んでいたのだろう。
そして、リリカへの攻撃を察知したミワが射線と回避先を読んで、ヅダの対艦ライフルによる偏差射撃で敵のスナイパーを撃墜する。
『噂には聞いていた通りね、「アナザーテイルズ」……だけど、こちらとしてもそう簡単に負けるつもりはない!』
ストライクガンダムをベースに、ウィンダムの要素を組み込んで、全身をいわゆるティターンズカラーに染め上げた機体──【ガンダムストライクセカンド】を駆るユキは、ミワの腕前を称賛しつつも、「三桁の英傑」に相応しい踏み込みで、リリカを屠らんと急襲をかけた。
「させませんわ!」
だが、それを読んでいたカエデが二人の間に割って入り、シザーソードを振り回したことでその目論見は御破算と相成った……かのように思えた。
しかし、ユキもまたカエデが割り込んでくることを予期していなかったわけではない。
「……後ろ……!」
敵意から位置を察知したリリカは、ドッズライフルの三点射によって、背後から迫りくる「見えない敵」へと牽制を放つ。
そして、その「見えない敵」の奇襲を当てにしていたのであろうハイペリオンガンダム2号機に、バックラーから発振したビームサーベルをリリカは思い切り横薙ぎに振るう。
『……っ、まさかミラージュコロイドの奇襲を読むなんて!』
そのハイペリオン2号機を操っていたのは他でもないサーヤであった。
とはいえ咄嗟の切り返しに対応できる辺りは実力者と呼ぶべきなのだろう。
ハイペリオン2号機が抜き放ったロムテクニカビームナイフと、AGE-1ブランシュのビームサーベルが激突して火花を散らす。
そして、攻撃動作を行ったことでミラージュコロイドが解けた、白と紫のスプリッター迷彩が施されたブリッツガンダムが戦場に姿を表した、その隙をミワは見逃さなかった。
「逃さないよぉ……!」
対艦ライフルによるピンホールショット。
フェイズシフト装甲がいかに物理攻撃に対する耐性を持っているとはいえ、戦艦を撃ち抜くために作られたアンチマテリアルライフルを一箇所に受ければ、流石のフェイズシフト装甲であったとしても、「点」に集中する衝撃を完全に防ぎ切ることはできない。
『嘘でしょ、きゃああああっ!』
『ミリィ! くっ、流石は「緋いスナイパー」ってところね、まだ腕は鈍ってないと……!』
「……その二つ名は今日ここで返上するつもりだよぉ、リリカちゃん!」
「……油断を、してぇっ!」
『くっ!』
ミワの曲芸じみたピンホールショットに意識を完全に奪われていたサーヤは、不意に背後からの急襲をかけてくるリリカの攻撃に腕部のアルミューレ・リュミエールを展開することで対応しようとしたが、流石に相手が悪かった。
対ビームコーティングが施されたシグルブレイドが、展開された光の盾ごとハイペリオン2号機の右腕を斬り飛ばして、地に落とす。
『落ち着きなさい、サーヤ。貴女はこちらのバックアップ。リーシャ、ランシェ、貴女たちはあのスナイパーへの攻撃を。AGE-1とウイングゼロは、私が殺る……!』
そこで動揺しないのが、ユキを「三桁の英傑」たらしめている理由なのだろう。
前線から突出していたサーヤを呼び戻し、ウイングゼロヌーベルが初手からアドバンテージを確保するべく起動していたゼロシステムによる乱撃を全て回避しながら、ユキは淡々と味方に指示を下す。
ストライクセカンドの双眸が翡翠の光を宿し、ビームサーベルが誘導を切ってから仕掛けているはずのシザーソードを受け流して、ユキは体勢を崩したカエデを蹴り飛ばす。
『戦いはこれからよ……!』
そして、アンチビームシールドを前面に構えたストライクセカンド、黒いストライクは白いAGE-1……AGE-1ブランシュとリリカを仕留めんと、その双眸に殺意と闘志を滾らせて、斬りかかってくるのだった。
急襲、三桁の英傑