あの後、一度二人で泣くまで泣いた梨々香が家に帰って導き出した結論は、ブランシュアクセルの構造欠陥についてだった。
姉とのわだかまりが完全に解けたとは言い難いものの、長い間言葉にできなかった思いを口にできたという事実は、梨々香を少しだけ前に進めてくれたような、そんな気がしたからこそ、それ以上互いの傷に触れることはせず、ただ慰めの代わりに、幼い頃よくしていたように互いの額に口づけを落としただけだ。
それはともかくとして、ブランシュアクセルについて考えた時、そこに梨々香の感情を抜きにして、損得だけで考えた場合、必殺技としてそれが他の面々に劣るものであるかと考えれば、答えはノーである。
GBNにおける「環境構築」と呼ばれるものは往々にして汎用型を突き詰めた、全能機といった風情の趣が強い。
それはチャンプが愛機として駆っているガンダムTRYAGEマグナムであったり、或いは「ビルドダイバーズのリク」の新たなる剣である【ガンダムダブルオースカイメビウス】も、原型機となったダブルオースカイからよりブラッシュアップを図りつつも、その方向性は汎用化に寄せられていることからもすぐにわかる。
だが、彼らの機体が「特長がないのが特徴」であるのかと訊かれて、その通りだと答えるダイバーが一人もいないように、彼らの場合はその全能性、全てにおいて尖り切ったことがその特徴となるのだ。
つまるところ、「何か一つにおいて尖り切っている」というピーキーさは、確かに全領域で尖り切った全能性には敵わないものの、確実に機体の個性として挙げられる項目であり、そして、そういう意味ではキンキンにエッジが尖ったブランシュアクセルという必殺技は、最高に個性的で先鋭的なそれに違いない。
違いないのだが、それはわかっているのだが、どうしても納得がいかないというのがセンチメンタリズムな乙女心というものなのだ。
梨々香はスマートフォンから簡易的にログインし、最近見始めるようになった、GBN内の動画配信サービスコンテンツ……G-Tubeを起動、その上でトレンドに上がっていた配信者、「クオン」の制作動画を何ともなしに見つめていた。
画面の中では、テキパキと細やかに手元を動かしていく作業を、さながら半竜半人といったダイバールックに身を包んだ少女が、今何を作るためのどんな工程をしていて、この作業はこうするといい、といった具合のことを解説している。
教え方も非常に丁寧であり、恐らく彼女ともう少しレベルが近いビルダーであるのなら確実に参考にあるであろうその動画だが、ただ、梨々香が見てもちんぷんかんぷんといった風情だった。
何をしているのかはわかるし何を言っているのかもわかるのだが、どうしてそれができているのか、どうすればいいのかわからない。
奇しくもそれは、梨々香とAGE-1ブランシュを取り巻く環境に酷似していた。
「……放熱……エネルギーの行き先……」
フォース「パロッツ・パーティー」を治めている主たる男、ハートの言葉を信じるのであれば、AGE-1ブランシュに足りていないものはその機構であり、恐らく手足の交換だとか或いは胸ダクトを削り込むだとかで対応できるのだろうが、梨々香の工作では放熱が追いつかないことは、AGE-1ブランシュティターニアでも四倍速に耐えられなかったことが証明している。
ならば他の作品のガンダムはどうなのだろうと調べてみようにも数が膨大で、尚且つ特定の機構を持つガンダムとなると検索するのも難しいために八方塞がり、といったところなのだが。
「……いいのかな、このままで……」
梨々香の中で引っかかっているのは、もっと別な何かではないか。
AGE-1ブランシュがブランシュアクセルを発動した時点で自壊してしまうのは確かに由々しき問題で、改善すべきことに違いはない。
だが、先日の「エーデルローゼ」戦を、そして「エヴァンジェルミ」戦を振り返った時に、梨々香は前衛として役割を果たせていたのだろうか、という疑問もまたそこに付随してくるのだ。
一人で考えていてもしょうがないことぐらいは梨々香にもわかる。
だが、直感的に導き出した答えもまた受け入れがたいもので──要するに、自分が納得できる答えに辿り着けないことが、ジレンマとして焦燥を煽り立てているのだ。
梨々香は困ったように細い眉を八の字に歪めて、机の上にくつろぐような姿勢で飾ったAGE-1ブランシュを人差し指でそっとつつく。
「……いいのかな、私、わかんないや……」
これ以上考えたところで、時間の無駄だ。
姉譲りの思考回路はとっくに答えを導き出し、そしてどこか虚空を見つめるように足を投げ出して机に飾られたAGE-1ブランシュも、同じことを言っているような気がしてならなかった。
そして突然に、ぴろん、と間の抜けた電子音が暗い部屋に響き渡る。
それはメッセージアプリからの通知であり、発信者は例によって美羽だった。
『お風呂上がったよ〜』
スタンプと共に送信されてきたそんな文面を一瞥すると、梨々香は着替えとバスタオル、そして髪に巻くタオルをセットにまとめていたものをベッドの上から手に取って、考えを文字通り洗い直すかのように風呂へと向かうのだった。
◇◆◇
「ふむ、それでわたくしに相談というわけですの」
「……は、はい……その……お姉ちゃんと私は、戦闘スタイルが、その……違うので……」
結論からいえば、自分で考えてもダメなら他人に頼れというのがリリカの答えだった。
休日の昼間、いつも通りのシーサイドベース店から……ではなく、部屋の中からGBNへとログインしたリリカは、どうやら自分より早くログインしていたらしいカエデへと、その相談を持ちかけていた。
「……その、カエデさんから見て……私の戦い方とか、あの……ブランシュの必殺技とか、どうなのかなって……私、皆の足を引っ張ってないのかなって……」
リリカとしては藁にも縋る、といえば失礼だが、他に頼れそうなダイバーが、それこそ何をやってるのかはわかるけど何でできているのかわからないを地で行くチャンプであるとか、色々多忙そうなマギーであるのと、何より戦闘スタイルが同じ格闘寄りの前衛ということで、カエデに訊くことを決めたのである。
「ふむ……単刀直入に申し上げることしかできませんけれど、それでもよろしくて?」
「……は、はい……参考にするので、なんでも……」
「では、こほん……失礼ながら今のリリカさんには、『決意』が足りておりませんわ!」
びしっ、と真っ直ぐに差し向けられた人差し指に宿っているものは、恐らく今カエデが口にしていたそれなのだろう。
ふんす、と得意げに鼻を鳴らして、いわゆるドヤ顔で彼女が投げてきた言霊のボールは、リリカが予想だにしていなかったところから飛んできて、脳天に直撃を食らってしまったという風情だった。
「……け、決意……ですか……?」
「そうですわ。『決意』とは、一度こうすると決めたら貫き通す究極のわがまま……しかしそれは頑迷でありながらもこの地上で最も強く、自由であることの証明に他なりませんことよ」
さらさらとした金髪に微かなウェーブをかけたそれを掻き上げながら、カエデは独特な自論を滔々と、リリカに語って聞かせる。
「そうですわね、わかりやすく換言するなら……『覚悟』ですわ」
覚悟とは、暗闇の荒野に道を切り拓く黄金の意志だとかの有名な漫画でも言っておりましたわ、と付け加えて、カエデは少しだけ気恥ずかしそうに咳払いをする。
全巻コンプリートしているその漫画からもろに影響を受けている台詞であることが気恥ずかしかったというのもあるが、正直なところ「エーデルローゼ」戦で大して役割を果たせなかったのは自分も同じであり、そんな自分が他人に説教をできる身分なのかと我に帰ったところもあった。
そんなカエデの内心はいざ知らず、リリカは突きつけられた「覚悟」と「決意」について考える。
確かに考えてみればいつも自分は優柔不断で、正解が分からないなら誰かが答えるのを待って、解答者に指名されることに怯え、震えていた。
だが、カエデが言ったのはリリカに決意が「足りていない」であって、「ない」とは言っていない。
そこに何か鍵があるのではないだろうかと、どうしても眦に滲んでしまう涙を拭いながら、リリカはカエデへと更なる問いを投げかける。
「え、えっと……その、カエデさん……」
「どうしまして、リリカさん?」
「……その、私に……カエデさんは、『決意が足りていない』って、言いましたよね……?」
「ええ、今のわたくしの目から見れば、リリカさんはそう映りますわ」
「……えっと、その……なら、足りてたこと、あったんですか……?」
私、優柔不断で何事も決められないできましたから。
リリカは肩をがくりと落としながらも、まだ細く伸びる希望の糸に、或いは嵐の海に浮かんだ舟板に縋り付くようにカエデへと尋ねる。
「勿論ですわ!」
「ひうっ」
「あら、ごめんあそばせ。ですがわたくしがこの『アナザーテイルズ』に入ったのは、リリカさんの『決意』に惹かれたからに他ならないのですわ!」
当然興奮したカエデに両手を掴まれたことで、リリカは何とも間の抜けた叫び声を上げてしまったが、そこには確かな熱量がこもっていて、嘘だとかおべっかだとか、そういった打算を一切抜きにした純粋な、カエデ自身の心を映したとでもいうべき真っ直ぐな言葉があった。
まるで光あれ、とでもいうように、カエデはリリカの目を真っ直ぐに見据えて、あのレイドバトルを思い返す。
「リリカさん、貴女……あのレイドバトルの時、わたくしをデストロイのビームから護ってくださいましたわね? あの瞬間、シグルブレイドでビームを切り裂くという発想を即座に実行に移したその勇気と決断こそ、リリカさんの中に眠っている『決意』の力に他ならないのですわ」
愛と勇気の御伽噺は人類のほとんどが大好きでも、愛と勇気のその前に、「決意」がなければ始まらないと、カエデは受け売りでこそあるものの、そう思っている。
例え何かを失ってでも、何かに食らいつく黄金の意志。
或いは失敗し、滑落する可能性に怯えながらも、空に聳える細い道へと一歩を踏み出すような勇気を人が出したのは、「そうしたい」と強く思い込んだからなのだ。
そうしたい、そうであってほしい。
溜め込むだけではただの願望で、いずれ呪いと成り果ててしまいかねないその願いを決断によって行動へと移すことが「決意」の真骨頂であり、「リビルドガールズ」のアイカは、或いは、あの時のリリカは紛れもなくその感情に満ち溢れていたからこそ、カエデは惚れ込んだのだ。
「リリカさん、わたくしはそんなに軽い女じゃありませんことよ。貴女に並外れた『決意』があったからこそわたくしは今こうして、『アナザーテイルズ』に所属しているのですわ。ですからどうか自信を持ってくださいまし。貴女の決断であれば……その強い意志で決めたことならば、きっとそれは過つことなどありはしませんわ」
リリカの両手を優しく包み込み、胸元に引き寄せながらカエデは優雅にはにかんで、自分にできる最大限の激励の言葉を口にする。
確かにAGE-1ブランシュと、ブランシュアクセルには問題がある。
だけど、その問題を解決するために必要な感情のところで踏みとどまっていたからこそ、自分は前に進めていない。
カエデの言い分は痛いほど胸に突き刺さるし、正論であることにも違いない。
ならば、決めなければいけない課題とは何なのか。
何を失うリスクを鑑みて、それでもその先にあるはずの希望をどのように見出すのか。
一つ疑問が解決したと思ったら、次々と降って湧いてくるいくつもの「ハテナ」に首を傾げながらも、リリカは考える。
「まあ、考えるより体を動かした方が早い、ということも往々にしてありますわ」
「……ふえ……?」
「リリカさん、一度このGBNを見て回るのも悪くはないと思いましてよ。ここには多くのビルダーがいる。多くのファイターがいる。それらを括って、わたくしたちはダイバーと呼ばれているのですから、さながら沈没船のお宝探しみたいなものですわ」
宝探しミッションは散々な結果だったのですけれど。
と、冗談交じりに激励を飛ばすカエデだったが、確かに言われてみれば、知らない誰かの何かを参考にする、というのはリリカ一人では導き出すことのできない答えであり、選択肢だった。
「……ぐすっ、カエデさん……」
「リリカさん? どうして泣いておりますの?」
「……ち、違うんです……ぐすっ、えっと……私なんかのために、ここまでしてくれるのが、嬉しくて、私……」
嬉しい時は泣くものではなく笑うものだというのは、リリカにもわかっている。
それでも生来、どうしても涙がこぼれてしまうのだ。
はらはらと落涙しながらリリカはカエデが握ってくれている自身の小さな手を握り返して、そこにある温もりが消えてしまわないように、或いはマッチを燃やして暖を取る少女のように、カエデの優しさに身を寄せる。
「リリカさん。なんか、などではありませんわ。あの時わたくしに見せていただいた決意があるのなら、きっとリリカさんは……今より高く、どこまでだって飛んでゆけますわ」
「……カエデさん……」
ひし、と、握り返された手に優しく力を込めてカエデは熱弁した。
実際のところ、何の解決にもなっていない精神論であることは確かなのだが、誰かの視点を取り入れるという意味で、リリカがGBNを探訪するというのはそう悪くない選択肢だ。
このまま「頑張れ」だけを放り投げるのも失礼どころか無責任だと、カエデは指先でコンソールを操作すると、GBNまとめwikiのタブをいくつか開いて、選択肢を提示する。
「リリカさん」
「……か、カエデさん……? これって……」
「探訪するといっても具体的にどこで何をすればいいのかがわからなくてはお話になりませんわ。だから……取り敢えずは定番のおすすめスポットを検索してみましたの」
そこには、アジアン・サーバーの「タイガーウルフ道場」がどうのこうのだの、ミラーミッション「四季を越えて」がどうのこうのだの、長く暗い道で迷ったダイバーに対するアドバイス的な項目がいくつも並んでいる。
「……あ、ありがとうございます……えへへ……」
「なんの、リリカさんのお役に立てたのならわたくしとしてはそれだけで十分なのですわ。それに今日はミワさんもいないみたいですし」
「なになに〜? ミワちゃんを呼んだかなぁ?」
「なっ、いつの間に!?」
にゅっ、と生えてくるかのように、カエデの背後で密かに息を潜めていたミワは立ち上がって、少しだけ不満げに頬を膨らませると、いつも通りに捉え所のない笑みを浮かべてそう言った。
本当にいつの間にログインしていたのやら、カエデだけではなくリリカも驚愕に目を見開く中で、ミワはカエデが開いたコンソールのタブから一つ、リリカに最も合っていそうだと思ったものを引っ張って提示する。
「このタイガーウルフ道場……フォース『虎武龍』のフォースネストは迷えるダイバーにはおすすめのスポットらしいよぉ」
なんでもあの「ビルドダイバーズのリク」とか、「リビルドガールズのアイカ」もお世話になったとかなってないとか。
ミワは白紙の地図に線を引くかのようにリリカへとその選択肢を提示して、いつも通り、眠たげにくぁ、と一つ欠伸をする。
「タイガーウルフ道場……えっと、ありがとう……カエデさん、お姉ちゃん……私、行ってみる……!」
なんだか怖そうな字面だし、知らない誰かにいきなり教えを乞いに行くのは失礼に当たるんじゃないかと、いくつもの懸念に足を引き止められそうになりながらも、リリカは確かに「決意」してその選択肢を選んだ。
「どういたしまして、ですわ。その間わたくしは少しお暇を貰ってフリーバトルに行っておりますので、何かあったらメッセージ経由で連絡をくださいまし」
「ん〜、ならなら、ミワも一緒に行きたいとこだけど、これはリリカちゃんの問題だからねぇ……ミワは涙を呑んでお宝探しでもすることにしたよぉ」
その前に欠乏したリリカニウムを補充させてねぇ、と、カエデに抱きついていたリリカを後ろから抱きしめると、ミワはどこか残念そうに肩を落として、ミッションカウンターへと並ぶ列へと溶け込んでいく。
そしてカエデもフリーバトルを求めて何処へと転移していった今、ロビーに残されたのは自分だけだ。
何が正解で、間違いなのかはわからない。
わかってしまうことが怖い。でも、それでも知りたくて。
リリカは小さく拳を握りしめる。
そして、己の中から「決意」が抜け出してしまわないように唇を引き結ぶと、件の「タイガーウルフ道場」があるエスタニア・エリアへと転移してゆくのだった。
困った時のタイガさん
【タイガーウルフ道場】……ダイバー「タイガーウルフ」が率いるフォース「虎武龍」の本拠にしてフォースネストなのだが、彼が格闘術の師範じみたことをやっているのと寺院がモチーフであるために、道に迷ったダイバーが彼の拳から教えをもらったり、或いは道場破りが訪れたりする一種の聖地じみたことになっている場所。