裂帛の気合いを込めて振るわれた拳が、タイガーウルフ道場ことフォース「虎武龍」のフォースネストに、しゃん、と鈴を鳴らしたような音を奏でるのを、リリカは聞いた気がした。
アジアンサーバーを拠点としている名うてのランカーである男、「タイガーウルフ」が操る機体──【ガンダムジーエンアルトロン】は、果たして、目の前に相対する【ブルーフレームセカンドG】を相手に、防勢へと回らされている。
その状況が示すものも、そして「タイガーウルフ」ともあろう男を守勢に回らせている、「武器を何一つ持っていない」ブルーフレームセカンドGも、目の前にある何もかもが、タイガーウルフの弟子に案内されて、寺院の奥に設けられた闘技場の観客席に座っているリリカには理解できなかった。
『師範は今、ちょうど練習試合をされていますので、その後ということでよろしいでしょうか』
丁寧に応対してくれた弟子の一人がそう言ったように、目の前で展開されているプラクティスモードのフリーバトルは、リリカと同じように、タイガーウルフへと何かしらの教えを乞いにきたダイバーか、或いは道場破りかのどちらかなのだろう。
あの後GBNまとめwikiを軽く閲覧してみたリリカであったが、タイガーウルフ道場にはかつてテキーラガンダムを操る道場破りが度々訪れていたとか、そんな逸話が記されていたので、こういったことは割と日常茶飯事なのだろうと、リリカは推察する。
それはそれとして、武器も持たず、背中に二本刺さっているビームサーベルも抜かずに彼へと挑んでいるブルーフレームのダイバーもまた凄腕には違いない。
思わず、息を呑むほどにリリカが圧倒されていたのはその実力もさながら、ブルーフレームセカンドGを操るダイバーが使っている拳法が、我流でありながらも、どこか神楽舞を踊るように優雅で、型の切れ目を感じさせないところに、あの「MS斬りの悪魔」ことアズキの面影を見出していたからだった。
『神楽舞・孤月、神楽舞・弦月、神楽舞・満月……!』
「……ッ、こいつァ初めて相対するタイプの拳法だな……! ベースは次元覇王流か? いや、違うな……!」
『そう、これは次元覇王流と私の家に伝わっている神楽舞の複合拳術、私だけの拳、私だけの戦い方』
タイガーウルフのこめかみに冷や汗を滲ませるブルーフレームのダイバー、ダイバーネーム「アカリ」はただ事実を淡々と述べるかのようにそう語る。
そして、月にまつわる名前がつけられた型を一繋ぎにして、一分の隙も、そして呼吸をする間も与えずに、タイガーウルフを壁際、プラクティスモードが設定したバトルフィールドの端へと追い詰めていく。
一連の流れるような動作は水が滴り落ちていくかのように自然で、かつ激しいものだ。
だからこそ、その隙間がない拳法によって先の先を取られたことで、タイガーウルフは今、追い詰められているのだろう。
だが──恐らくは、彼も気付いていないはずはない。
アカリが操る神楽舞と拳法の複合術を見て、リリカが抱いていたのは確かにリスペクトと尊敬だったし、それに偽りはない。
それでも、アカリの戦い方にはどうしてか心のどこかに引っかかりを覚えるような違和感があるのだ。
ビームサーベルを抜かないだとか、そもそもブルーフレームという機体を選んでいるのに戦い方はレッドフレームに近い徒手空拳だとか、そういうことは些末な問題で、もっと別な、何か根本的なところに不協和音があるのではないだろうか。
そんなリリカの不安げな視線を受け止めた弟子の一人が、静かに頷く。
タイガーウルフは今、耳を澄ましている。
その微かな不協和音に、いかに研ぎ澄まされていようとも、いかに凄腕と呼んで差し支えない拳法家であったとしても、拳から伝わってくる思いというものは、誤魔化しようがない。
だからこそ、彼の教えは全て言葉ではなく拳によって語られるのだ。
神楽舞、朔月を起点として満月から望月へ、そして新月へと還る月の満ち欠けをモチーフとした形象拳は確かに美しく、そして恐るべきものだった。
なにせ、次元覇王流を極めた人間のように、そこには「呼吸」がほとんど存在しない。
GBNという仮想空間において何を今更、という話ではあるのだが、ここで指している「呼吸」というものは、言い換えるならば「思考の隙間」ということでもある。
人間は何かをする際に、多かれ少なかれ手順を脳内で構築してから実行に移す。
リリカの場合は、敵が遠距離にいたならまず二発の射撃を牽制として放ち、三発目の射線に追い込むことでドッズライフルを当てる、といった一連の動作にも、敵との距離感だとか機動力だとか、そもそも懐に飛び込まれそうかもしれないだとか、様々な判断がそこに伴っている。
だが、あのアカリの型は全てにおいて相手の存在を無視して──いってしまえば、強制的に自分が踊っている舞台に引き込むことで、その判断を必要とする思考の隙間をなくし、ただ連続して型を繋げることそれ自体を必殺の手段とするタイプのものだった。
タイガーウルフが、彼女の神楽舞を次元覇王流と似ていると評した所以はここにある。
次元覇王流という拳法もまた、特定の奥義を持たず、ただ一つ一つの型を丹念に磨き上げたその「極意」こそが必殺となるのだから。
無論リリカはそんなことなど知る由もない。
ただ、アカリの戦い方がアズキのそれと酷似している──だからこそ、浮き彫りになった違和感に気付いたというべきだろう。
瞬間、くるり、と背を向けて、露骨な隙を晒したと見たタイガーウルフの機体に、ブルーフレームセカンドGはつま先のアーマーシュナイダーを展開して仕留めにかかった。
──だが。
「悪いな、お嬢さん……ガンプラバトルにおいては全ての行動に意味がある!」
『まさか、背中の盾で受け止め……っ!?』
「そういうことだ、ここからは俺の拳で語らせてもらうぜ!」
その名の通り、縦に弧を描くかのような型、「神楽舞・孤月」を背中に装備していた盾で受け止めたタイガーウルフは、反撃の機会だとばかりに食い込んだアーマーシュナイダーの刃を、体を捻らせることで引き抜いて、バランスを崩したブルーフレームセカンドGへと強烈な正拳突きを叩き込んだ。
『か……はっ……! 流石はあのタイガーウルフ……一筋縄では行かないと思っていたけれど……!』
「そういうこった、悪いがここからは俺の舞台に上がってもらおうか!」
『縮地、ならばもう一度……っ!?』
縮地法と呼ばれる足捌きで再びジーエンアルトロンの懐に潜り込もうとしたブルーフレームセカンドGに、アカリに対して、タイガーウルフは敢えて彼女を懐に飛び込ませることでその腕を捻りあげるというカウンターを叩き込んだ。
「やっぱりな。お前の拳は悪くねぇ……だが、間合いの測り方が妙だと思ってたんだ」
縮地法の使い方も、拳の使い方も全てが洗練されているからこそ気付きにくかったものの、アカリの拳法にタイガーウルフとリリカが抱いていた違和感は、彼が指摘した通りその間合いの測り方にこそある。
いってしまえば身も蓋もないことなのであるが──要するに、「この間合いの詰め方は拳法のそれではない」ということだ。
『まさか、そこまで見抜かれるなんて……』
「お前さんの神楽舞、本来は祭具を持って踊んなきゃいけねぇやつだろ。だからこそ、その祭具の分のリーチが身体に染みついちまってる……言っちまえば癖ってやつだが、これ以上言葉で語るのも野暮だな! 受けてもらうぜ、俺の必殺! 龍虎……狼道!」
『……ッ、神楽舞・朔月!』
捻り上げた腕を起点に空中へと放り投げたブルーフレームセカンドGに向かって、全身を金色に発光させたジーエンアルトロンが、その肩に纏う狼と虎をモチーフとしたナックルガードを拳に持たせ、エネルギーの奔流とでも呼ぶべきものを叩きつけようとする。
そして、片腕が千切れていながらも、アカリもまた諦めずに技の気勢を削ぐ型である「朔月」を舞おうとしたのだが、不安定な空中姿勢と、腕を一本失ったことによる機体の重心の変化がそれを許さない。
『……っ、力及ばずね……』
「悪くねえ戦いだったぜ、その癖を直せば、自ずと道は見えてくる」
『……負けた相手に言うのもなんだけれど、ありがとう。タイガーウルフ師範』
「そりゃあどうもな」
衝撃を受け流しきれず、エネルギーの奔流に呑まれたブルーフレームセカンドGはあえなく爆散してしまったが、機体を駆るアカリの表情はどこか清々しいものだった。
素晴らしく、清々しいものを見た。
リリカは、そんなアカリの在り方や強さにも、そしてタイガーウルフの武人として相手を常にリスペクトする姿勢にも何か心に染み入るものを感じて、自然に、じわりと涙が眦に滲むのを感じる。
拳による対話など、一人でいたなら考えもつかないことだったが、確かにそこには言葉で語るよりも伝わる熱のようなものがあって、逆にいえば、拳でしか語ることのできないメッセージがアカリに伝わっていたからこそ、敗北して尚彼女は清々しい表情を浮かべていたのだろう。
【Battle Ended!】
【Winner:タイガーウルフ】
無機質な機械音声が彼の勝利を告げると同時に、プラクティスモードとして展開されていた青白い防護壁が解かれて、爆散したはずのブルーフレームセカンドGもまた、その形を取り戻していく。
プラクティスモード。それは読んで字の如く練習のために設けられたモード設定であり、フリーバトルにおいて機体の損傷やランクの差を考慮しなくて良いものとする代わりにダイバーポイントや報酬は得られない、というものになっている。
極端な話、ブランシュアクセル・スクエアブーストを使ってAGE-1ブランシュがバラバラになっても、プラクティスモード中ならほぼ一瞬で元に戻るということだ。
アカリが機体から降りて、タイガーウルフに一礼して去っていくのを見送った後に、リリカはその、狼の獣人とでもいうべきダイバールックに身を包んだ男へと、ぎこちない動作でぺこりと頭を下げた。
「……そ、その……タイガーウルフ、さん、ですよね……?」
「後にも先にもここでタイガーウルフを名乗ってんのは俺ぐらいだが……嬢ちゃんも稽古をつけてもらいたいのか?」
「……は、はい……その、私、リリカ……リリカっていいます。その、私、迷ってて……」
「迷い、ねえ……俺はシャフリの奴ほど優しかねぇから拳でしか教えられねえ。リリカだったか、それでもいいか?」
「……お、お願いします……その、師範……!」
ぺこりと何度も腰を折って頭を下げるリリカに、いつかとは違えど、かつて己の道場を訪れた際に自分のことを「師範」と呼んでいた少女──アイカの影を重ね合わせながら、ふっ、と、タイガーウルフは小さく笑う。
あの後、アイカはめきめきと腕を上げて、今では実力派フォースとして「リビルドガールズ」も鳴らしているらしいとは聞いている。
あのアイカと、目の前にいるリリカは正反対といってもいいような性格をしているのに、その瞳からはどこか似たようなものが感じられるのだから、人間というのは奇妙なものだ。
そんな風情に、ニヒルに笑いながらも尻尾を左右に振るのを隠しきれないタイガーウルフに案内されて、リリカは先ほどアカリが立っていた闘技場に足を踏み入れた。
「手加減はいらねえ、全力で来い、リリカ! 俺は全てを受け止めて拳で全てを語るぜ!」
「……わ、わかりました、師範……!」
リリカから出されたプラクティスフリーバトルの申請をタイガーウルフが承認すると同時に、再び青白い光の障壁が闘技場を包み込む。
そのバトルフィールドにおいて、AGE-1ブランシュとジーエンアルトロンは、機体一機分の距離を開けて相対していた。
「やあああ……っ……!」
試合開始と同時にリリカが選んだのは、バックブーストによる牽制射撃だった。
いきなりブランシュアクセルを起動して懐に飛び込むのも手段としては考えられる。
だが、あのアカリという少女がやっていた縮地法を身につけてもいないのにそれをしたところで容易く迎撃されるだけだろう。
そう踏んでの牽制射撃であったのだが、先ほどと同様に狼と虎を象ったナックルガードを装着したジーエンアルトロンは、D.O.D.S効果によって強化されているにも関わらず、放たれたビームを噛み砕いくという荒技を披露してみせる。
「悪いが生っちょろい射撃は通らねえぜ! そして、様子を伺う必要もねえ!」
リリカの中では確かにロジックを組んで判断したが故の行動であった。
だが、それはタイガーウルフの目から見れば、アカリの時と同じように、リリカの「手癖」にしか映らなかったのだ。
とりあえずは牽制を加えることで安全を確保し、あわよくば三射目によって仕留めようとするのは、射撃の理論としては極めて正しい行動だ。
それがいつも通じるとは限らないのが、戦場の常であるということを除けばだが。
アカリのそれよりも数段洗練された縮地法で距離を詰めてきたタイガーウルフは、ナックルガードを装着したまま、拳法家というよりはボクサーのように素早いジャブを繰り出して、AGE-1ブランシュをフィールドの端まで追い込んでいく。
それは、一度距離感を見誤れば飛び道具という格闘技に対する明確なアドバンテージを有していても、容易にそれはひっくり返されるという証明だった。
ワン・ツーのリズムで繰り出されるジャブを捌けるほど、リリカは格闘戦、というより拳での戦いに手慣れているわけではない。
「ブランシュアクセル……ダブルブースト!」
「ッ、こいつぁまた珍しいもんと出逢っちまったな!」
今度は迷いなく、本能が導くままに、直感に従うがままに必殺技の発動を選択して、リリカは機体を大きく屈ませる。
そして、スライディングの要領で闘技場の床を滑り、ジーエンアルトロンから距離を取ったのを確認すると、今度は牽制ではなく全てを当てるつもりでドッズライフルを連射しながら、倍速と高速化されたモーションによって、リリカはタイガーウルフを急襲した。
「なるほど……理屈はちょいと違うがトランザムみてぇなもんか、そして倍速で動く……となりゃそれ込みで立ち回らせてもらうぜ!」
ドッズライフルによる攻撃を全て回避すると、タイガーウルフはリリカが抜き放ったシグルブレイドによる剣撃を、その手首を跳ね返すという形で受け止めて、捌いてみせる。
ブランシュアクセルは、決して必殺技として悪いものではない。
そしてリリカが作ったAGE-1ブランシュとシグルブレイドも同様だ。
だからこそタイガーウルフは、白刃取りや回避ではなく手首部分での受け流しという離れ業でもってその一撃を防いでいるのだ。
焦燥に思考を蝕まれながら、理屈では分かっていても、通用しないそのもどかしさにリリカはじわり、と、眦に涙を、こめかみには冷や汗を滲ませる。
「……ブランシュアクセル……スクエアブースト!」
「なッ……!?」
突如として倍速化されたモーションがさらに倍速をかけられたことに不意を突かれ、ジーエンアルトロンの左手首がシグルブレイドの歯牙にかけられて宙を舞う。
これも恐らく思考の悪癖なのだろう。
ダブルブーストでは通じず、トリプルブーストでも対抗される可能性があるから、リスクを承知してスクエアブーストを使っているはずなのに、機体が自壊するリスクを受け入れられない。
みしみしと軋みを立てて、何もしていないのにダメージを負っていく自身の機体と、ヤケクソ気味に振るっている剣捌きを俯瞰して、リリカはそんな自己嫌悪に陥る。
「なるほどな……そいつぁ大問題だ、だからよ!」
「っ、来る……!」
「龍虎……狼道! こいつが俺からやれる答えの一つだ!」
アカリを葬ったエネルギーの奔流が、AGE-1ブランシュを呑み込まんと、怒涛の勢いで迫り来るのを予見して、リリカはシグルブレイドを真正面に構えさせた。
あのデストロイのビーム砲を防いだ時と同じように、竜虎道を切り裂くことで防ごうと試みたのだが、スクエアブーストの限界時間と関節への負荷、そして単純な、片手を失っても尚凄まじい威力を持って襲いかかってくるタイガーウルフの必殺技が、それを咎めて許さない。
「……ごめんね、ブランシュ……」
「……俺こそ悪いな。こいつは多分……リリカ、お前自身がどうにかしなきゃいけねえ問題だ」
AGE-1ブランシュがエネルギーの奔流に呑み込まれ、砕けていく中で、ばつが悪そうにタイガーウルフはそう語る。
アイカの時とはまた違った問題──それこそ、拳を通して見えてきたリリカの「行き詰まり」に、安易な答えは出すべきではないと判断したからこそ、タイガーウルフはその立ち回りと拳でのみ現状の問題点を伝えるに留めたのだ。
リリカの拳は悲しく、そして目の前の道のりは遠く。
それを示すかのように、涙のように砕けたAGE-1ブランシュのツインアイが光を反射して、微かに煌くのだった。
理解と納得はまた別の問題だからこそややこしい
【アカリ】……ガンダムアストレイブルーフレームセカンドGを素手で運用しているダイバーであり、実家に伝わっている神楽舞と、次元覇王流を融合させた独自の拳法であり舞術を使うことでそれなりに有名な実力派のAランクダイバー。主にアジアン・サーバーのエスタニア・エリアやジャパン・エリアを中心に活動しており、特定のフォースに属しているわけでもないのでフリーバトルやバトルロワイヤルミッションでその姿を見かけることが多い。タイガーウルフに見抜かれた通り、本来、彼女の実家に伝わる神楽舞は祭具を持って舞う必要があったためにそのリーチが体に染み付いていたのが問題だった。とはいえブルーフレームなのに武器を持たせていない理由の真相は「本体を作って力尽きた」からだとか。