ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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「青いカンテラ」様作の「GBN総合掲示板」でうちの「ガンダムビルドダイバーズ リビルドガールズ」に登場するアイカを扱っていただいたことに多大な感謝を表明すると共に初投稿です。


第四話「セイリング・デイ」

 極光が過ぎ去った後に残ったのは、最強の証明だった。

 正直なところ、リリカには何が何やらといった風情で今も頭の中には無数の疑問符が林立し、音の割れた音楽が流れ続けているのだが、チャンピオンが突然現れたことにはもちろんカラクリがある。

 エマージェンシーアラート。

 それは、通常ディメンション内でプレイヤーキルに相当する行為が発生した場合、ガードフレームへの通報と同時に、周囲やサーバーに同接するダイバーたちに無差別の救援依頼が通知されるという、バージョン1.78から細かなアップデートとして実装されたものだ。

 初心者からすればありがたいこの機能だが、戦っていたら突然PK行為が発生したのでアラートに割り込まれて被弾しただの、アラートそのものが鬱陶しいなど、ダイバーたちには割と不評だったこともあって受信側は大体オフに設定しているためにとにかく影が薄かった。

 しかしそこはそれ、初心者がGBNを楽しもうとしているところに水を刺すようなPKerを許してはおけないという義侠心に満ち溢れたダイバーだって、アクティブ二千万人の中には存在しているわけで、そして、チャンプが他でもないその一人だったというだけだ。

 突然のPKに困惑したのか、それとも単純にリリカの攻撃でダメージを負っていたからか、アクティブながらも行動を起こしていないリーオーNPDを、チャンピオンはロングバレルのドッズライフルで撃ち抜く。

 

「さて、これで後顧の憂いは断ったか……君、大丈夫かい?」

 

 そして、ガンダムTRYAGEマグナムの機体をかがめて、四肢をもがれて頭部も半壊したリリカのガンダムを、俗にいうお姫様抱っこのような形で抱きかかえると、優しく、耳元で囁くようにチャンピオン──キョウヤはリリカへと問いかける。

 

「……っく、ぐすっ、えぐっ……」

 

 感謝をしなければいけないのはわかっていた。

 だが、あまりにも怖くて、涙が溢れて止まらないのだ。

 悪意を向けられたのは初めてではない。

 初めてではないが、だからこそリリカはその痛みを、恐怖を知っていたために、子供のように泣きじゃくっていた。

 思えば、高校生になる前だってそうだった。

 いつも誰かと比べられて、そして劣っているからこそ、リリカの──「蔵前梨々香」の現実における居場所はいつだって教室の隅っこだったし、だからこそ一念発起して高校では明るい自分になろうとしたのだが、その結果はもはや語るまでもない。

 

「……怖かっただろう。始めたばかりの君にこんな思いをさせて、チャンピオンとして……いや、GBNをプレイする一人のダイバーとして、本当に申し訳なく思っている」

「……ぐすっ、うえええ、んっ……」

「だが、もう大丈夫だ。君を付け狙う危険は存在しない」

 

 存在したとすれば自分が実力を以て排除する、とばかりに、キョウヤは穏やかな笑みを浮かべながらも、その語気には強い感情を宿して、リリカへと断言する。

 そして、キョウヤがアライアンスとして現れ、最後のリーオーNPDを撃破したことでミッションが達成されたと判断したのだろう。

 機械音声が「Mission Success!」と無機質に通知を下すと同時に、リリカの躯体と、そしてキョウヤの躯体はテクスチャへと解けて、意識はロビーに転送されていくのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「……ご、ごめん、なさい。私……お礼、言わなきゃ、いけないのに……」

 

 ロビーに帰還した後も、リリカはしばらく泣きじゃくっていた。

 ようやく言葉が絞り出せるようになっても、嗚咽が挟まることでそれは上手く形になってくれない。

 それほどまでにリリカは、悪意を向けられたことが、怖かったのだ。

 だが、その間にもキョウヤは決して彼女を見放すことなく、傍らで優しく、そして静かにリリカが泣き止むのを黙して待ち続けていた。

 

「いいんだ。君のように繊細な子を付け狙うダイバーがいる……それは僕にとっても許しがたいことだ。それに、君の気持ちもわかる、というのは傲慢かもしれないね」

 

 キョウヤも悪意をその身に受けることには慣れきっていた。

 当たり前、というのも嫌な話ではあるが、このGBNにおいて、チャンピオンとして不動のまま座を譲ることなく君臨し続けている偉業を称える者もいれば、それを快く思わない者もいる。

 何より、キョウヤが駆け出しだった時代は、もっとGBNの治安は混沌としていて、PKerを示すものもレッドネーム……ダイバーネームが赤く染まるだけで、PKerをキルする行為、PKKにはペナルティが課されない、という杜撰な対策しか施されていなかったのだから。

 無論、キョウヤは狙ってきた相手をことごとく返り討ちにしてきたからこそ今もチャンピオンとして君臨し続けているのだが、そこは割愛しよう。

 

「……キョウヤさん、強いんですね」

「はは、まさか。そう言ってくれるのは嬉しいけど、僕は臆病な男さ」

 

 オフレコでお願いするけどね、と、付け加えて、リリカの言葉へ冗談交じりにそう返したキョウヤは茶目っ気たっぷりに笑ってこそいたものの、その「臆病」という言葉は本心から出たものだ。

 リリカはそれを意外に思ってこそいたが、そこに本心が含まれていることもわかっていた。

 悪意を見抜けるということは、善意を感じる力があるということでもある。

 良くも悪くも繊細なリリカは、そういう他人の心の機微に聡いところがあった。

 

「……臆病、ですか?」

「そうさ、いつも最強の……最高の存在でありたいと思うからこそ、誰にも付け入る隙を与えないように立ち回る。それは言い換えるのなら相手の攻撃が怖いから避けたり防いだりする、ということさ」

「……怖いから……」

「だから、怖がりなのは決して悪いことなんかじゃない。こんな体験をさせておいて言うのもおこがましいかもしれないが……君がこれからもGBNを続けてくれるのなら、それは大きな武器になる」

 

 キョウヤの言葉に嘘がないことは、リリカにもわかる。

 だが、臆病なことが、怖がりで泣き虫な自分が「いいこと」なのかどうかについてはまるで判然としないだけだ。

 この性格のせいで、いつだって自分はすみっこに挟まって、息を潜めるように暮らしてきた。

 だからこそ、臆病さを、そして弱さを肯定することはリリカにとっては難しい。最難関だといってもいい課題だった。

 それでも──不思議と、このGBNで最強のチャンピオンが、幾たびの戦いを超えて不敗伝説を更新し続けている人が、自分を「臆病」だと評していることは、意外でこそあったが、リリカの中に何か言語化できない、温かな熱を滲ませている。

 変わりたくて、繋がりたくて、仮想の世界に手を伸ばした。

 リリカはそっと目を伏せて、ノイズがかかったモニターに映った最強の証明──【ガンダムTRYAGEマグナム】の姿を脳裏に描く。

 もしも、おこがましいのはわかっていても、自分がチャンピオンと同じ、「臆病」なら、そしてそれがいいことなら。

 今まで感じたこともないような熱が、いつも流していた涙とは少し違った、痛みではなく温かな感情の発露としてのそれがこぼれ落ちることを促して、リリカは再びはらはらと落涙する。

 

「……わ、私……」

「どうしたんだい?」

 

 リリカの呟きに帰ってきたキョウヤの言葉には、どうしたいのか、という問いかけが込められているような、そんな気がした。

 正直にいってしまえば、自分を発露することは今でも怖い。

 下手なことを言って、クラスメイトたちから物笑いの種にされたり、面白いと思って言ったことが上滑りしたりと、いつだってリリカのコミュニケーションは不全で、レッドアラートを掻き鳴らし続けている。

 それでも、必死に手を伸ばし続けてきた。

 誰かと繋がりたくて、いつも教室の隅っこで見ているしかなかった、陽のあたる場所に向かいたくて。

 だからこそ、リリカはいつだってがむしゃらに頑張ってきたのだ。

 その軌道は上滑りして、結果は不全に終わっても。

 リリカは、確かに挑戦者、チャレンジャーだった。

 不屈とは行かず、脆くヒビが入った心を抱えながら、すー、はー、と、何度も呼吸を整えて、リリカはチャンピオンの問いかけに、精一杯の勇気を持って答えてみせる。

 

「……変われ、ますか……? チャンピオンみたいに……キョウヤさんみたいに、なれますか……?」

 

 心臓がばくばくと早鐘を打つ。

 変なことを言っていないだろうかと、一語一語を確かめるように発話したリリカは、きゅっと目を瞑って、どこか祈るような心境でチャンピオンへと問いを返した。

 臆病な自分。泣き虫な自分。

 何をするにも空回りばかりで、足跡ばかりが、その度に諦めと共に朽ちていった今日であった日々の死骸が堆く積み上がるような、そんな日常にいつだって嫌気が差していた。

 だからこそ、それがリリカにとっては、ガンダムもガンプラも知らない中で、唯一持ち合わせてきた「理由」に他ならない。

 GBNを始めただけで変われるだなんて、失笑されるかもしれないけれど。

 動画の中で見た「リビルドガールズ」たちのように、誰かと繋がりあえるかどうかなんてわからないけれど。

 それでも今、目の前にいるチャンピオンは、クジョウ・キョウヤという一人の青年は、リリカの言葉を馬鹿にせず、真摯に受け止めてくれる気がしたのだ。

 だからこそ、リリカは涙と共にその問いを、必死にいつも投げかけ続けていたエマージェンシーコールを、受け取って欲しいという願いと共に託す。

 

「……ああ。なれるとも。クジョウ・キョウヤには誰でもなれる」

 

 そして、チャンピオンは、キョウヤは決してリリカの涙交じりの問いかけを否定することなく、笑顔で首肯してみせる。

 勿論、王座に手をかけようとする挑戦者になるならば、そこに一切の加減をするつもりはないが、誰だって自分のように、臆病でも、弱くとも、「ガンプラが好きだ、GBNが好きだ」という気持ちさえ持っていれば、そのスタートラインに立つことはできるのだ。

 

「……キョウヤ、さん……」

「これは僕のフレンド申請だ。君が……ここまで上り詰めてくることを楽しみにしているよ、リリカ君」

 

 キョウヤからのフレンド申請を受け取って、リリカもまた申請を送ったのを確認すると、それを受諾したキョウヤはクールに踵を返して、雑踏の中に溶け込んでいく。

 それは果てしなく迂遠で、どこまでも先の見えない道のりなのかもしれない。

 だとして、それが何になるだろう。

 リリカははらはらと涙を零しながらも、確かに心の奥底で、これから旅立つ者に向けられたエールを、「クジョウ・キョウヤには誰でもなれる」というその言葉を噛みしめる。

 まだ悪意に晒されるのは怖い。GBNをもう一度始めるのに躊躇いがないこと問われて、すぐに首を横に振ることだってできやしない。

 それでも、リリカの中には強い理由が、確信があった。

 歯を食いしばって、涙を流しながらもこの仮想郷の土を再び踏むだけの動機が、リリカの心臓を拍動させる。

 ──ガンダムTRYAGEマグナム。

 その姿にはノイズがかかっていてよく見えなかったけれど、それはリリカにとっての憧れであり、そして。

 

「……私も……できる、かな……」

 

 紛れもない、この電子の大海へと帆を張り漕ぎ出す、始まりであった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

「お帰り、その調子だと……何か良くないことでもあったのかな」

 

 レンタルしていたEGガンダムをインフォメーションカウンターに返却した梨々香の目は赤く泣き腫れていて、マツムラも、思わず心配をかけてしまう。

 

「えっと……大丈夫です、はい……」

 

 だが、その目の奥に宿っている輝きは、かつてGBNではなくGPDが一斉を風靡していた頃、愛機が無残な姿になって涙を零しても、次の日にはシーサイドベース店を訪れているようなプレイヤーとよく似ていた。

 それでもどこか危うさがあることは否定できない。

 EGガンダムを受け取って、梱包材に包みながら、マツムラは梨々香に聞こえないように小さく嘆息する。

 とはいえ、ここからは個人の問題だ。

 あくまでも客と店員という間柄で踏み入ってはいけない領域だと理解しているからこそ、あえてマツムラは何もいうことはなく、ショッピングブースへとふらふらと向かっていく梨々香の背中に、「頑張れ」と視線でエールを送る。

 

「店長、本当にあの子大丈夫ですか?」

「それは流石に店員とお客さんの間では触れられない問題だよ、愛香ちゃん」

「まあ、それはそうですけど……」

 

 モップに細い顎を乗せていた少女、朝村愛香はマツムラ店長のどこか煮え切らない答えに釈然としないものを覚えながらも、確かにその正論には抗えず、お手上げだとばかりにため息をついてモップがけを再開する。

 

「……なんだか、会ったばかりの頃の絵理みたい」

 

 愛香が呟いたその言葉は、果たして梨々香に届くこともなければ、届いたとしても理解されることはないと、他でもない愛香自身がよくわかっていた。

 だからこそ、愛香は店長にどやされる前に、そそくさと無心で床にモップをかけるのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 人と話すのには勇気がいれば、体力だって使う。

 それが例え会計という事務的なものであったとしてもだ。

 梨々香はガンダムベースシーサイドベース店から帰るなり、真っ暗な部屋に置かれているベッドにその身を投げ出して、深く、長い溜息を吐き出す。

 チャンピオンが使っていたガンプラであるガンダムTRYAGEマグナムは、そのレプリカモデルが新規金型をわざわざ起こす形でガンプラの版元が作ってくれていたのだが、生憎シーサイドベース店にその在庫は存在しなかった。

 ガンプラのガの字も知らない梨々香にとって、代わりを探すのは骨が折れた。

 それでも、どうにかノイズの中で見抜いた特徴に合致していた、映像作品「機動戦士ガンダムAGE」シリーズの主役機であるガンダムAGE-1ノーマルと、そして幾つかのキットとニッパー、紙やすり、エポキシパテ……そしてダイバーギアが、机の上に置いた袋の中には詰まっている。

 それは紛れもなく、梨々香が梨々香自身の手で勝ち取った結果に他ならない。

 真っ暗闇の中で目を伏せれば、目蓋の裏には星座が浮かぶように、今日の出来事がフラッシュバックしてくる。

 あの仮想郷にもう一度向かいたいかどうか、梨々香は己に再び問いかけてみた。

 だが、答えなんて最初から決まっている。

 梨々香は、部屋の電気をつけて、買ってきたガンプラたちの中からまずはガンダムAGE-1ノーマルの箱を開け放つ。

 ガンプラというのは値段に対して狂気的な色分けと組み立て易さを実現した狂気の産物ではあるが、それでもランナーの量に梨々香は少しだけ気圧されてしまう。

 それでも。

 

「……私も、ああなれるかな……」

 

 内袋を開く手に迷いはない。

 アクティブユーザー二千万人の頂点に立ちたいというわけではないが、それでもいつかどこかで誰かと一緒に、あの世界を旅してみたいという気持ちが、今の梨々香を突き動かしている。

 忘れかけていたが、あの世界の空は確かに綺麗だったのだ。

 ぱちん、ぱちんと小気味よく部屋の中に響く音は、どこか雨が降るのにも似ている。

 説明書に記されたパーツを、二度切りと呼ばれる、ゲートをちょっと残して切り離し、残ったものを再度切り飛ばすという工程を丹念になぞりながら、梨々香はガンダムAGE-1ノーマルを組み上げていくのだった。




それは希望への船出
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