梨々香は、ガンプラを組むのは初めてだった。
それ故に、組んでみてわかったことがある。
「……なんで、ガンダムって手足が二本あるんだろう」
その答えは人型だから、に他ならないが、完成を急ぐ心が焦りを生み出すのと、そして、二度切りとゲート処理という作業を並行して行わなければならない都合上、どうしても同じパーツ構成かつ、部品の多い手足という部分は億劫になってしまうところがあるのもまた事実に違いはない。
ただ、焦ってゲート跡を思い切り抉ってしまったりすれば、それはGBNにおいて144倍に拡大された「傷」となってしまう。
パーツを二度切りで切り出して、そこに番手の荒いペーパーから順に当てて、と、およそ初心者らしからぬ凝った工程で、概ねAGE-1ノーマルを組み立てていく梨々香だったが、なんということはない。
事前にガンプラを組むために必要な工程をネットサーフィンで調べていただけの話だ。
とはいえ、そんな煩雑なことをしなくともニッパーそれ一本で関係することを版元が売り文句にしている以上、ゲート処理やペーパーがけ、そしてこの後に待ち受けている工程はほとんど趣味の領域だといっても差し支えはない。
だが、趣味だからといってそれを軽視したり手を抜いて良い理由はどこにもないのもまた事実である。
梨々香は、いってしまえば凝り性だった。
遊びだからこそ本気になれる。
詠み人知らずのその格言に突き動かされるまま、梨々香は切り離したパーツの「面」を出すように、そして「角」を潰してしまわないように意識しながら、ニッパーでは完全に均しきれなかったパーツを平滑に磨いていく。
実を言ってしまえば、梨々香のAGE-1、それ自体はほとんど完成していた。
机の上には、同じ工程を踏んで丹念に作られたガンダムAGE-1ノーマルの胴体が、さながら胸像のように鎮座している。
梨々香が今作っているのは、同時に買ってきたガンプラ……同じく機動戦士ガンダムAGEを出典とする機体、【Gバウンサー】だった。
あのノイズと極光の中で、ガンダムTRYAGEマグナムの勇姿はほとんど拝めずじまいだったが、とにかく
レプリカモデルが売り切れている以上、今から梨々香が作り出そうとしているのは、自分なりにTRYAGEマグナムを解釈して作り出したオリジナルのガンプラ、ということになるが、やはりというかなんというか、一個キットを作るだけでも大変なのに、複数のそれを混ぜ合わせるという労苦は凄まじいものがある。
それでも──噴き上げてくるこの疲労感も含めて、梨々香はそれを嫌いにならなかった。
自分が何かを作っている、そして少しずつ思い描いた形に近づいていく。
確かに完成を焦る気持ちこそあるものの、それさえどこか愛おしく思えてくる。
ぱちん、ぱちん、とパーツを切り離し、ゲート跡をサッと均して──そんな繰り返しの果てにようやく、Gバウンサーの手足は完成する。
機動戦士ガンダムAGEを出典とするガンプラは、今日に通じる共通規格で構成されていることが大きな特徴だ。
厳密にいえば、「機動戦士ガンダム00」セカンドシーズンに発売されたキットも設計上、共通の処理をされている部分もあるのだが、明確な組み換え遊び──「ゲイジング」を前面に押し出して発売した、という意味での先駆者はAGEになるだろう。
メーカー側の努力もあって、作り上げたAGE-1ノーマルの胴体に、Gバウンサーの下半身とそして腕を接続する工程は、驚くほど呆気なく終わった。
そして梨々香は、組み上がった自分だけのAGE-1を見て、安堵と感嘆が入り混じった息を小さく吐く。
「わぁ……出来た、出来るんだ、私なんかにも……」
それだけでもガンプラバトルに出して差し支えないミキシング──厳密にはコンパチブルモデルだが──ガンプラが、勇ましく机の上を大地に立っている姿にこみ上げてくる感動に目を潤ませながら、梨々香はもう一つ、購入してきたガンプラの箱を取り出した。
ガンダムAGE-3オービタル。それは宙間戦闘を目的とした第三世代にあたるキオ編の主役機だが、ミキシングに採用する部分は最初から決まっている。
ぱちん、と、梨々香はAGE-3オービタルに着く、肩部後ろのスラスターとバックラーを一つ切り出して、それらのゲートをまとめて処理していく。
「えっと、確か……エポキシパテが必要なんだっけ」
ガンダムTRYAGEマグナムを横から見たその姿はぼやけてこそいたものの、腰の部分から大きく伸びるスラスターがあったことだけは辛うじて、梨々香も記憶に留めていた。
だが、説明書を読む限り、オービタルのスラスターと、本来であればサーベルラックが懸架されているGバウンサーの腰では接続方法が大いに異なっている。
それをなんとかする魔法の、とまではいかなくとも便利アイテムが、エポキシパテなのだ。
乾燥する前は粘土のような質感を持っているそれは、時間をかけて硬化させてやればプラスチックに匹敵する硬度を持った塊に変化するため、主にモデラーが肉抜き穴を埋めたり、自作のパーツを作ったりするときに使われるものである──というのが、事前に調べた知識だったが、触るの自体はガンプラ同様、今日が初めてだ。
梨々香は、使い捨てのビニール手袋を両手に嵌めて、黄色の主材と白い硬化剤を目分量ながら均等に切り出して、それらをこねるように混ぜ合わせていく。
そこだけ見てみれば、プラモデルというよりなんだかパン生地を作っているような心地だったが、実際、土台や下地となるという意味では確かに似通った所があるのも事実だった。
主材と硬化剤がマーブル模様を描かず、均等に混ざり合ったことを確認すると、梨々香はAGE-3オービタルのスラスター、本来であればポリキャップが収まるべき隙間にそれを充填していく。
「最初は、少しはみ出るくらいでいいんだっけ? でも、別なポリキャップを埋め込まなきゃいけないから……」
梨々香は一人、机のスタンドライトのみが照らす部屋で、ああでもないこうでもないと唸りながら、今回は肉痩せ──パテが硬化した際に面積が減る現象を考慮せずに、丁度ぴったりと収まるような配分でパテを詰める。
誤差だよ誤差、で済まないのが144倍に拡大されるGBNの世界ではあるが、梨々香が買ったエポキシパテは、それなりにお値段がするものの、削りやすく、そして肉痩せしにくいことを謳い文句にしたメーカーのものだ。
GPDが全盛だった頃は、扱いの難しいプラネットコーティング対応パテを使わなければ上手くコーティングが定着してくれないというトラブルもあったようだが、後期には改善され、そしてガンプラバトルの主戦場がGBNに移行した今ではレジンやポリパテといった素材も、メーカーを選ぶことなく気兼ねなく使えるというのも大きなメリットだろう。
オービタルのスラスターにパテを詰めたのを確認すると、梨々香は慎重にその平面へ、腰に接続するためのポリキャップを埋め込む。
理論上はこれでオービタルのスラスターをGバウンサーの腰に接続することができる筈だが、試せるのはエポキシパテが硬化しきってからの話だ。
「ふ、ぅ……」
梨々香は使い捨てのビニール手袋を脱いでゴミ箱に投げ入れると、一作業を終えた安堵に、額に浮かんだ汗をそっと拭った。
きっとあのチャンピオンは、キョウヤさんは、こんな工程をいくつも、そして幾度もこなしてきたらこそ最強の座に君臨し続けているのだろう。
恐らくキョウヤはそれを苦としないタイプの人間なのだろうが、それでも、おびただしい手間と暇と金を持っていかれるこの作業を完璧にこなした偉大な先達たちに、梨々香は尊敬の眼差しを向けざるを得なかった。
とはいえ──まだ、完成度としては80、いや、60パーセントといったところだろう。
AGE-1の上半身に、Gバウンサーの手足と下半身という、まだ名前を持たないミキシングビルドを一瞥して、梨々香はすっかり凝り固まった肩をほぐすように、ぐっ、と背筋を大きく伸ばす。
「……頑張ろう、うん……」
頑張る。無意識だったが、その言葉が自分の口から飛び出てきたことに、梨々香は驚いていた。
いくら頑張っても無駄だと、どうせろくでもない結果に終わるのだと、いつだってそう思い続けてきたのが、梨々香の半生だ。
それでも、諦めたくなかった心がそうさせたのか、或いはGBNでの出会いがそうさせたのか、そうでなければ。
──そうでなければ、このガンプラがずっと、自分にエールを送り続けてくれたからなのだろうか。
御伽噺だ、と笑いながらも、梨々香は完成を待ち、堂々と机の上に立っているガンプラに視線を合わせて、にへら、と緩んだ笑みを浮かべる。
「そうだったら、いいな……」
御伽噺は嫌いじゃない。
いつか魔法が解けてしまうとしても、読んでいる間だけは魔法にかかれるから。そして、かける側にはきっと自分は回れないから。
梨々香が振り返る己の半生の中で、ガンプラとGBNが登場するのは僅か一欠片、宙を舞うひとひらの塵のようなものなのかもしれない。
それでも──梨々香は、世界を変える力に出会った。
ガンプラと、GBNという仮想郷が見せる夢と未来にはまだ遠いかもしれないが、確実にその一歩を踏み出したことは、確かだったのだ。
◇◆◇
再び訪れたガンダムベースシーサイド店は、平日の真っ昼間であるにも関わらず、やはりというかなんというか人でごった返していた。
それだけガンプラとGBNが生み出したブームというのは凄まじいのだろう。
人波に揉まれて挫けそうになりながらも、梨々香は梱包材で丁寧に包んだ上で工具箱に保管したガンダムAGE-1ノーマルとGバウンサーを守るかのように、豊かな胸元に押し付けながら、今度は一路ゲームブース……ではなく、制作ブースを目指して歩いていく。
制作ブースは、確かにそれなりの利用料金こそかかるものの、設備として置いてある塗料や工具が使い放題だというメリットがある。
そして一軒家に住んでいるとはいえ、エアブラシとコンプレッサーを持っていない梨々香が、思う形にこのミキシングビルドを仕上げるには、それらの力が不可欠だったのだ。
どうしても家で塗装したいなら缶スプレーを買うという手段もあるといえばあるのだが、調べた限り缶スプレー塗装はどちらかといえば上級者向けで、その情報を信じるのなら、ハードルこそ高いもののエアブラシが最適解である、ということになる。
「いらっしゃい」
「……あ、え、えっと、その……制作ブースを……」
インフォメーションカウンターに座しているマツムラ店長へ、勇気を振り絞って話しかけながら、梨々香は制作ブースをそっと指差した。
「制作ブースを利用したいのかい? なら料金はそこの看板に書いてある通りで、ツールは使い放題だから、わからないことがあったらいつでも聞きにきてね」
挙動不審を極めていた梨々香の言葉を丁寧に汲み取って、マツムラ店長はよっこらせ、と立ち上がると、今は利用者が一人もいない制作ブースへと梨々香をエスコートする。
シーサイドベース店が混んでいる理由は様々だが、その多くは限定のガンプラが発売されたから、だとか、GBNをやりにきた暇な大学生だとか平日休みの社会人がいるからだとか、そういうものが主たる理由だった。
そして、今日混んでいたのは不幸にも新作のガンダムベース限定ガンプラである「HGCEゲルズゲー リミテッドクリアエディション」が発売したからなのを、梨々香は知らなかった。
そんな不幸なのか幸運なのかわからない巡り合わせに翻弄されながらも、梨々香は制作ブースをレンタルするなり、胸に抱え込んでいた工具箱の中から丁寧に、まだ名前のないミキシングビルドを取り出して、机の上に置いた。
オービタルのスラスターに詰めていたエポキシパテも、一日を置いたことで完全に硬化している。
まずはそれが嵌るかどうかを試すべく、梨々香はGバウンサーのサーベルラックを取り外して、初めて加工したそのパーツを取り付けていく。
「わ、やった……!」
果たしてそれは梨々香の計算通り、ぴたりと腰に収まってくれた。
念のために反対側でも、そしてもう一つある方でも同様の工程を試してみたが、接続には問題がなかったし、ポロリと取れる気配もない。
初めてにしては随分センスがいい、と、小躍りする梨々香を横目に、マツムラはその姿に在りし日のクガ・ヒロトを重ね合わせていた。
否、ヒロトだけではない。
きっと誰しも、そうやって始まっていくのだ。
最初は簡単に見えるかもしれないミキシングを足がかりに、或いは原作の再現を徹底的にこだわったり、いきなり背伸びをしてディテールアップから始めたりとばらばらでこそあるものの、そこにある動機や理由はただ一つ、変わることはない。
──大好きを、諦めない。
かつて「ビルドダイバーズのリク」が世界に向けて言い放った台詞をなぞるように、梨々香はオービタルのスラスターに最後の仕上げであるペーパーがけを行ったり、Gバウンサーのシールド基部から切り出したパーツを、オービタルのサーベルラック兼バックラーに接着したりと、目を輝かせながらそんな作業をこなしている。
少しずつ積み重ねてきたものは、そして足跡は、確実に今、形を成そうとしていた。
そしてとうとう出来上がった「自分だけのガンダム」を今度は分解した上で、梨々香は一つずつ、必要な色ごとに分けてそのパーツをクリップに挟んでいく。
「もうすぐ、だからね……」
マツムラ店長には聞こえないようにガンプラへと囁きかけて、梨々香はまず一番色数の多い、白成型のパーツから塗っていくことにした。
下地として使うのは定番のグレーサフ。青という濃い成型色の部分も白に染め上げたいのだから、ホワイトサフでは若干隠蔽力が足りない、と判断したわけではなく、ただ単にサーフェイサーと書いてある缶を手に取っただけだ。
だが、梨々香のその行動は結果的に正解だった。
シロッコファンが唸る音を響かせるブースに、猫の爪とぎのような段ボール製のクリップ立てを慎重に運んで、梨々香はサーフェイサーを優しく吹きつける。
それだけで、白成型のパーツも青いパーツ……AGE-1ノーマルの胴体もライトグレー、一色に染まっていくのだから既に達成感を覚えてしまう。
いわゆるサフ萌えに陥る前に、食器洗浄機を改造したドライブースにサーフェイサーを吹いたパーツを放り込んで、次に色数の多い関節部分には、それ単体で関節色として使えるダークグレーのサフを、そして数少ない赤色の部分には下地としてピンクサフを、という工程を繰り返すこと数時間、グレーサフの上から吹きかけた、どこか鉄のようなグレーがかった質感のホワイトも見事にパーツを染め上げていた。
「やった……!」
ドライブースでの乾燥を経ているから、ペンキ塗りたてとまではいかないものの、塗料特有の光沢を放っているそれを組み上げてみて、梨々香はイメージ通りに仕上がったその出来栄えに、胸の奥を柔らかなもので締め付けられるような感触を覚える。
ああ。まだ、トップコートが残ってこそいるけれど、思い描いた姿がここにある。
ダクト部分と首の基部、元はイエローだった部分はダークグレーに、そして追加したアンテナをはじめとした本体の殆どは白で、色を引き締めるように胴体の赤はそのまま残し、腰との接続部分はあえてグレーで塗っているそれを、最早ただ「ガンプラ」と呼ぶのは無粋だろう。
「よろしくね、ガンダムAGE-1ブランシュ……」
それは、何にもまだ染まっていない色の名前。
そして、これから何かを始めようとする、真っ新な世界に引かれた白線。
塊単位でバラして、トップコートを吹き付けながら、梨々香は小さく、しかし確かな決意を込めて──箱を開けた瞬間から、ずっと温め続けていたその名を、愛機にして相棒の名を呟くのだった。
真っ新な世界に、何を描くか。梨々香。
【ガンダムAGE-1ブランシュ】……ガンダムAGE-1ノーマルとGバウンサー、そしてガンダムAGE-3オービタルをミキシングした、梨々香が作り出したガンプラ。とにかく速く、そしてレンタルしたEGガンダム同様に広い汎用性を確保することに重点を置いたガンプラであり、その分装甲が薄くなっていることが弱点である。