いわゆる「開幕ぶっぱ」と呼ばれる戦術の有効性は、フォース戦においては相手が熟練していればいるほど大きく薄れていくことになる。
不慣れな相手であったのならば、もしくは明確な隙を見出したのであれば、確かにマニューバの方向性を読んでレンジ外へと攻撃を「置いておく」ことは有効に作用するかもしれない。
だが、こと開幕というシチュエーションにおいて足を止め、戦線を維持することを放棄してまでもそのまぐれ当たりにリターンを求める行為は、いかに浪漫を求めるファイターであったとしても愚策であると断定できるだろう。
ならば、カエデがその愚策を断行したのは何故か。
その答えは、「あえて」の三文字に他ならない。
ミワが開幕で飛ばしていた有線の準サイコミュ兵器──トーラスリッターに搭載されている「インコム」は、彼女が以前に受注していた宝探しミッションで獲得したプラグインによって、有線無線を切り替えられるようになっているだけでなく、偵察用のドローンとしての機能も持たせている。
購入したのがトーリスリッターのクリア版であることから、殊更丁寧にゲート処理が行われ、コンパウンドで磨くことで透明度を保っているそれは視認性が低く、「チェック・メイド」から選ばれた三人組が、どのような機体を使っているのかというのが、ミワには丸わかりだったのだ。
そして、データリンクによってカエデとリリカにその情報を共有したことでカエデが思いついた奇策こそ、「あえての開幕ぶっぱ」なのだが──
『ふっふっふ、甘いですよ、ご主人様!』
整然と並べられた十九の炎が並行となって照射された一撃が、カエデのツインバスターライフルによる一撃とぶつかり合って火花を散らす。
フォース「チェック・メイド」の三人組に選ばれた一人である、茶髪をツインテールに括った少女、ダイバーネーム「ドロシー・ザ・デヴィル」は、HGAWガンダムXディバイダーを原型機とし、トライバーニングガンダムのパーツを組み込んだ【ガンダムGXバーニング】のディバイダーを、照射ビーム砲ではなく高密度の火炎放射器とすることで、ビームと打ち合えるまでにその密度を高めていた。
全身のクリアパーツをクリアレジンによって複製し、オレンジ系統に塗り上げることでバーニングバーストシステムの完成度を向上させる、手堅くも難しい工作を行っている辺り、ドロシーもまた優れたビルダーにしてダイバーであることに違いはないだろう。
だが──
『きゃあっ!?』
『落ち着きなさい、ドロシー。これは……』
次の瞬間、ガンダムGXバーニングが火炎放射器と化したディバイダーを構えていた左腕は関節部分から断ち切られ、スパークを上げて爆散する。
ドロシーの隣に控えていた女性──黒髪をギブソンタックに結い上げて、ベレー帽のようなものを被ったダイバー、「クラウディア・ストレングス」は驚愕に目を見開きながらも、ドロシーの機体、その左腕を断ち切っていた絡繰を決して見逃しはしなかった。
その辺りは、流石というべきなのだろう。
カエデは中堅──つまり一角の実力をその手に収めているクラウディアに嘆息しつつ、肩を竦める。
『Cファンネル、そういうことですか』
「あら、バレてしまいましたわねリリカさん、ですが!」
「……はい、カエデさん……私、切り込みます!」
リリカはぐっ、と気合を入れ直すように操縦桿を握りしめ、フルブランシュを戦場の中心地へ、後衛が動けるエリアを押し上げるように突撃させていく。
カエデの用意した策というのは極めて単純なもので、愚策と悪手の中に毒を仕込むという、ある種性格の悪い、いってしまえばセオリーを知る人間ほど引っかかりやすいものだった。
照射ビームという視界的にも眩しいものの背後にリリカが飛ばしたCファンネルを潜ませることで、目眩しからの奇襲を行う。
単純であるからこそわかりづらいその攻撃に、クラウディアもまた敬意を払いながらも、喰らいっぱなしでは終わらないとばかりに、己の愛機である、マスターガンダムとガンダムAGE-1タイタスのミキシングモデル──【ガンダムマスタイタス】の磁気穿孔システムを起動させる。
『さあ、試合はここからです。スティアはあのウイングゼロと「緋きスナイパー」を、そしてドロシーはそのカバーに』
『はいはーいっ☆』
『了解、クラウディア!』
ここでなし崩し的に撹乱され、戦線を崩されることこそが負けに繋がるとは、「チェック・メイド」の三人にもよくわかっていた。
だからこそディバイダー本体は破損していないドロシーにそれを拾わせてバックアップ役に、そして何やら全身にクリアパーツを纏っているHi-νガンダムの改造機──【Hi-νガンダムギャラクシア】を駆るスティアが遊撃役に、そしてクラウディア自身はタンク役として前線に飛び出てきたリリカを抑えるために、その鉄腕で殴りかかっていく。
だが、リリカにはその動きが全て見えていた。
もしもこの状況から立て直しを図って、相手を殲滅するとするなら、手段はそれぐらいしかない。
「お願い……ファンネル!」
TRYファンネルとCファンネルを分離させ、「チェック・メイド」の三人を分断するように、その死角から回り込ませたファンネルたちで装甲を切断しようとけしかける。
しかしながら、事がそう上手く運んでくれないのもまた戦場の種というものだ。
スティアは分断されながらもTRYファンネル四基による攻撃を全て見切った上で、リリカのすぐ脇を横切って、後詰めとして控えていたカエデへと、スタービームライフルの一撃で強襲をかける。
「見えていましてよ、スティアさん!」
『それはこちらも同じです、御主人様☆』
確かにスティアはリリカのファンネル攻撃を巧みなマニューバで避けていたものの、カエデへと畳みかけていくようなそれは愚直なまでに直線的で、言い換えるなら、真正面から飛び込んでいく自殺行為のようなものだ。
だが、スティアもまた「チェック・メイド」のリーダーを務めるダイバーであるならばその軽妙なテンションの裏側にも何か鋭い刃を潜ませているに違いない。
ツインバスターライフルのトリガーを再び引いたカエデの脊髄を、ぞくりと悪寒が伝って、本能がその意趣返しを、隠し球への警告を発する。
結果的には機体を旋回させるようなマニューバを取りながらツインバスターライフルを撃っていたのはある種の正解だったといえよう。
その光の奔流の中を泳ぐように、或いは無理にかき分けてでも押し通るように、Hi-νガンダムギャラクシアのツインアイが煌めくと同時に、全身に配置されたクリアパーツもまたその煌めきを一層強いものへと変えていく。
星座が瞬くように、清らかな星光を放つように。
そしてカエデは、スティアの機体が無傷で迫ってくることに驚愕しながらも、記憶の中から符合するものを探し出し、一つの結論に辿り着いた。
「まさか……アブソーブシステムですの!?」
『正解ですっ、御主人様☆ と、いうわけで……ここからは容赦なくいかせていただきますよっ! ギャラクシーレゾナンスシステム、ブーストアップ!』
アブソーブシステム。
それは過去、GPDが最盛期を迎えていた時代に名を馳せたファイターが考案したものであり、端的にいってしまえば、相手からのビーム攻撃をそのまま吸収して自機のエネルギーに変換するという、対ビームコーティングが最早常識とまでいわれていたかの競技を象徴するようなシステムだった。
完成度が低ければ吸収しきれずに自壊するという弱点を抱えていながらも、機動戦士ガンダムシリーズにおいて登場しない作品の方が珍しいレベルで普及している、ビーム兵器に対するほぼ完全な耐性を持つそのシステムは多くのダイバーに恐れられ、だからこそ考案者も実弾やビームサーベルによる切断属性の攻撃でそのシステムを搭載した盾を真っ先に破壊されていたのだが、それでもしばらくアブソーブシステムや対ビームコーティングの強化がいわゆる「環境構築」に名を連ねていたことからもその脅威が伺えるだろう。
しかし、模倣するのも容易なことではない。
アブソーブシステムは確かに強力な機能だ。
カエデはツインバスターライフルを投げ捨てて、マシンキャノンを斉射しながら、バックパックの右側に搭載されているシザーソードを引き抜いた。
だが、アブソーブシステムがいかに強力な機能であったとしても、世界大会でその実績を残していたのだとしてもそれは、ビルダーの実力ありきである、ということが知れ渡るのにそう時間はかからなかった。
結果として対ビームコーティングを強化した方がより簡単で、上限値こそ低いものの手軽に強みを引き出せる、と多くのファイターたちがその結論に至ったことでアブソーブシステムは廃れ、そしてGPDの時代と共に、ひっそりとその姿を戦場から消していったのだ。
だからこそ、スティアがHi-νガンダムギャラクシアにそれを搭載しているのは、ひとえにGPDという先の時代に強い思い入れを持っているか、或いは今も伝説と共にその名を称えられるファイターをリスペクトしてのことに違いはない。
ビームが効かないのなら実弾で、とばかりに放たれたマシンキャノンの雨霰を掻い潜り、ギャラクシーレゾナンスシステムを作動させたことによって大幅に機動力が強化されたスティアの機体と、それに素の機動力のみで喰らいつくカエデのウイングゼロヌーベルが激突する。
奇しくも──同じ所から始まっていた。
その瞬間に、スティアも、カエデも、浮かべていたものは笑顔だった。
未だにベストバウトとして名高いその戦いを再現するように、片翼のウイングゼロと、アブソーブシステムを積み込んだHi-νガンダムが剣戟の乱舞を舞い踊る。
その中でリリカは二人を、そしてデブリ帯に紛れ込むことで狙撃の機会を伺っているミワをも俯瞰するように、クラウディアの機体を相手取りながら、戦場全体をレーダーの動向から観察していた。
『驚きましたね、御主人様』
「……な、何を……」
『奇しくも同じ作品をルーツとする機体でございます』
わたくしのは手足のみですが、と、畳み掛けるように放たれたTRYファンネルやCファンネルの乱舞によって、完全に足を止めながらも、クラウディアは不敵に、その口元を三日月型に吊り上げる。
格闘機であるガンダムマスタイタスと、無線兵器を持つガンダムAGE-FBの相性は最悪クラスだといっても良い。
それでもスティアにリリカの対処を押し付けず、クラウディアが足止めを担っているのはひとえに、その瞳に勝利の光明を見出しているからだ。
この状況でも決して諦めないクラウディアに、リリカは敬意を払いながらも、片腕だけになりながらも改造ディバイダーによる火炎放射を虎視眈々と狙っているドロシーへと、ブランシュから引き継いだドッズライフルによる牽制射撃を放つ。
諦めていないのは、リリカも同じだった。
一機は手傷を負っているとはいえ、二対一という不利な状況下にあってもここまで食い下がり、持ち堪えているのはフルブランシュの特性が、ブランシュとは違って一対多数を得意としているのとあれば、初めての戦いを敗北で終わらせたくはないという、いわば執念のようなものがリリカを突き動かしているのもまた確かである。
『クラウディア、受け取って!』
『ええ、ドロシー……格闘機というのは、いえ、メイドというのは……』
「来る……っ……!?」
『その身を盾にしてでも御主人様を護り抜き、そして一撃の元に相手を屠る。それこそが本懐でございます』
ドロシーに何やら合図を送ったかと思えば、クラウディアは自機に火炎放射をぶつけるという狂気的な行動に走っていた。
だがそれが、自滅狙いの捨てゲーなどであるはずは断じてない。
その証拠に、今もクラウディアの瞳は爛々と勝利を見据えて輝いている。
そして、何かが来る、それも自分を一撃で殺し得るものが、と、びりびりと痺れる脊髄と脳幹が、リリカに本能として警告を発する。
アブソーブシステムを積み込んでいるわけではないクラウディアのガンダムマスタイタスは、ドロシーの火炎放射によって大きくその装甲値を削られていたのだが──何をするのかとリリカが警戒しながらドッズライフルを放った、その瞬間だった。
『破っ!』
ぱしぃん、と、まるで羽虫をはたき落とすかのように、ガンダムマスタイタスの掌底が、ドッズライフルから放たれたビームを弾き飛ばす。
ドロシーの火炎放射を耐え切ったことにより、全身を黄金に煌めかせているガンダムマスタイタスは、CファンネルとTRYファンネルによる包囲を振り切って、先ほどまでの動きが嘘のように素早く、リリカの懐へと飛び込もうとしていた。
明鏡止水。
機動武闘伝Gガンダムに登場する、武術であり武闘家の境地をシステムとして再現したそれは、一定の装甲値を下回らなければ発動することができないという強烈な制約がかけられているものの、一度発動すれば機体の機動力と、そして格闘能力に強力なバフをかけるという圧倒的なリターンをもたらしてくれることを保証したものだ。
とはいえ、機体が低耐久になってから発動する都合、万能というわけでは断じてなく、迎撃による撃墜の恐れもあるものの──少なくともクラウディアにとって、そんなことは些末な問題でしかなかった。
宣言通りに、耐えて、耐えて、耐え抜いて、最後の一撃によって引導を渡せば良い。
だからこそ、「力」。大アルカナをメンバーのファミリーネームとしている「チェック・メイド」たちの中でも、端的にその性質を表しているクラウディアは、まさしく
それでも、ここで終わるようならリリカも、そして「アナザーテイルズ」もまた、曲がりなりにもこのGBNにおいてある程度の位置までその駒を進めていない。
「ファンネル!」
リリカは全身全霊で叫び、攻撃のために展開していたCファンネルを防御へと一点集中させる。
正面には盾を作り出し、そして数基は赤い残光を描きながら機体の周囲を周回することで簡易的なバリアとするその二段重ねの戦法は、「機動戦士ガンダムAGE」において、ガンダムAGE-FXを駆っていたパイロット──キオ・アスノが使っていた戦法に等しい。
『流石です、御主人様。しかし長き歴史の間、矛と盾がぶつかり合ったとき──常に勝利を収めてきたのは、矛の方にございます』
どんなものをも防ぐと謳われた盾と、どんなものをも貫き通すと謳われた矛、その二つがぶつかり合った時にどうなるのか。
そんな問答が古代の中国においてあったとされ、「矛盾」の由来になったとされているが、史実における戦いにおけるその答えは、クラウディアが言う通り多くの場合矛の側に軍配が上がってきた。
守る側と攻める側、どちらが有利で不利かと問われれば、何かを背後に抱えていなければいけない防衛側が不利である、というのは戦術における常でもある。
言葉通りに、Cファンネルが作り出した盾をクラウディアの鉄腕が破壊して、赤い破片が血飛沫か、そうでなければ血涙のように戦場となった虚空へと飛び散っていく。
それでも──だとしても、リリカは決して諦めてなどいなかった。
通信ウィンドウにポップしたリリカの口許には、ぎこちないとはいえ姉とよく似た、獰猛な捕食者としての色を宿した笑みが浮かんでいる。
それは、この戦場における支配者が誰であるのか、と問いかけているかのように、クラウディアに対して一つの答えとして叩きつけられる。
『ッ、クラウディア!』
ドロシーがそれに、リリカの意図に気づいた時にはもう遅かった。
火炎放射器によって即座に援護を試みるが、それもまたリリカにとっては計算の内だったのだ。
「……お姉ちゃん!」
「うんうん、ぐっどだよぉ、リリカちゃん!」
刹那、デブリ帯に身を潜めていたミワが、待っていましたとばかりにヅダの対艦ライフルによってドロシーのガンダムGXバーニング、その頭部を撃ち抜く。
そして、クラウディアの鉄腕がフルブランシュへと到達しようとしていたその瞬間──二条の閃光が、満身創痍のガンダムマスタイタス、その鉄腕を正確無比に撃ち貫いていた。
『な、馬鹿な……これは……?』
「トライバード……ありがとう、応えてくれて……」
クラウディアを貫いた閃光の正体は、密かにTRYファンネルを回収していたことによって起動が可能となった、トライエイジガンダムから引き継がれた機能である、肩の一部を分離させることで自立支援機とする武装であった。
トライバードと呼ばれるそれは、所謂照射系ファンネルに分類されるものだ。
TRYファンネルを主翼とする都合上、その射出は二者択一にこそなるものの、見えていない状況において死角から照射ビームを放つそれは極めて凶悪な武装であるといっていい。
鉄腕を破壊され、動きを止めたガンダムマスタイタスに、脚部のスリットへと接続したCファンネルによる斬撃属性を持たせた蹴りを放つフルブランシュのツインアイと、そして肩に刻印された「A」のスリットが煌めきを放つ。
この戦場におけるゲームメイカー、白輝の支配者であることを示すかのように、そしてリリカの内に秘められた苛烈な闘志の炎が爆ぜる雄叫びのように──、或いは「繋がり」を武器とするように、リリカの新たなる剣であるガンダムAGE-FBは、再び反攻へと転じるのであった。
それはブランシュになかったもの、新たなる「繋がり」の力