リリカのAGE-FBは、破竹の勢いを保持して止まることはなかった。
振り下ろされた右の拳を破壊されても尚食い下がろうとするガンダムマスタイタスとクラウディアを、残ったCファンネルの一撃で撹乱しながら確実に追い詰めていくその様は、普段のリリカからは信じられないほどに獰猛にして苛烈な戦闘姿勢だった。
そして、剣戟を繰り広げていたスティアは、クラウディアとドロシーに動きがないことを確認して、己の失策を痛感する。
だがそれは、カエデが予想以上に奮闘していたからであり、そんなカエデにリリカもまた全幅の信頼を置いていたからこその話でもあった。
漆黒の宇宙に星座を刻み込むように、カエデとスティアは互いに満身創痍になりながらも、シザーソードとスタービームサーベルによる剣戟の輪舞を演じ続ける。
さながら灼けた赤い靴を履いているかのように、しかし一度その靴を脱いで舞台から降りてしまえば、敗北が確定するのがわかっているかのように、ゼロシステムによる誘導切りを物ともせず、或いはギャラクシーレゾナンスシステムによる強化すらも跳ね除けるように、互いの得物が破損しても、スティアとカエデは一歩も退くことはないとばかりに、今度は互いの拳を武器にして殴り合っていた。
「やりますわね、貴女……流石Aランクは伊達ではないということですのね!」
『御主人様こそ……このスティア、苛烈なまでの闘志に感服しました☆』
ここは作り上げては壊して、また作ってを繰り返す、GPDの戦場ではない。
このGBNにおいては、機体が破損したとしても、時間を経るか、高速リペアキットと呼ばれる課金アイテムを使えばすぐにその損傷は修復されて、そしてリアルのガンプラにダメージがフィードバックされることは絶対にあり得ない。
だからこそ、GPDと共に去っていったファイターたちの中には、この戦場を偽物だと詰っていた者も多いという。
それでも、戦いに、互いのプライドと尊厳をかけたぶつかり合いに本物と偽物の区別など、現実と仮想の区別など、あるのだろうか。
いや、ない。
その答えが分かっているからこそ、スティアも、カエデも愚直なまでに殴り合っているのだし、それを視認しているはずのミワもまた、舐めているのではなく、スティアという一人の戦士に対して敬意を払って、横槍を挟むことはしないのだ。
戦術としては愚策もいいところで、勝利を求め続けるのであればその選択は、はっきりいってしまえば下の下の下、論外だということはミワにもわかっている。
だが、フォース戦というのは個人戦ではない。
そして今自分たちが懸けているものがダイバーとしてのプライドだけであるのならば、そこに横槍を挟むことほど無粋なこともまたない。
かつてのミワにはそれがわからなかった。
メインカメラを破壊したことで射線を割り出される心配がないと踏んだミワは、狙撃を警戒してクラウディアの援護に向かえずにいるドロシーを仕留めるべく、照星をその瞳で覗き込む。
相変わらず展開しているクリアインコムからも、敵機の位置情報は正確に転送されてきている。
フリーダムガンダムルージュ・ティラユール。
狙撃兵の名を冠して機体をカスタムした通り、ミワがリリカと共に導き出した答えは、二人で戦場の目となって、手を取り合って戦うということだった。
クリアインコムを切り離し可能なドローンにすることで、ミワは「アナザーテイルズ」に欠けていた斥候と偵察役を、そしてリリカは機体にファンネルを搭載することで戦場の中心から全てを掌握するゲームメイカーとなることで、遊撃手とタンク役を兼ねていたカエデの負担を軽減する。
奇しくも姉妹揃って導き出した結論は一致し、そしてその効果もまた「チェック・メイド」を相手に、十全に発揮されていたといっていい。
スナイパーの勝利というのは往々にして冷酷なものだ。
詰め寄られる前に、位置取りを上手くして超長距離からコックピットを狙って撃ち抜くという性質は当然ヘイトを買うものであり、だからこそGBNにおいても、「スナイパーを見たら親の仇のごとく追い詰めろ」というのが鉄則となっている。
それは裏を返すのならば、スナイパーに自由を与えてしまった時点でそのゲームにおけるアドバンテージは実質的に放棄されたに等しい、ということでもある。
その弾丸が見えないからこそ恐れ、そして理不尽でありながらも超絶的な技巧がなければできないその芸当を畏れて、多くのダイバーたちは今日もスナイパーを追い詰めようとしているのだ。
赤熱の悪魔、その二つ名或いはファミリーネームを冠しているドロシーもまた一角のダイバーであることに疑いの余地はない。
しかし、開幕でカエデが打って出た奇策とそしてリリカの感知能力によって気勢が削がれ、片腕を失ったことで戦闘能力が半減していたのが、彼女にとっては恐らく最大の不幸であったといってもいいだろう。
そして今、メインカメラの喪失によって大きく視界が制限されたその機体を──ミワの瞳は確かに捉え、トリガーにかけられた指は死角からの牙となってドロシーの喉元を食い破らんとしていた。
「ごめんねぇ、でもでも、逃さないよぉ……!」
かちり、と、操縦桿のトリガーを押し込むことで、砲身のブレまで含めて計算された徹甲弾の軌道が、宙域を漂うかのように力なく、そして困惑を隠しきれずにいたドロシーのガンダムGXバーニング、そのコックピットを正確に貫いて、テクスチャの塵へと帰せしめる。
『きゃああああっ! そんな、ドロシーのガンダムが……!』
『ドロシー……とはいえわたくしも満身創痍の身体、どこまで食い下がれるか』
相方のシグナルロストを受けたクラウディアは、その鉄面皮に珍しく苦々しい表情を浮かべて、胴体と左腕と右足を残して、ほとんど大破状態であるガンダムマスタイタスを、フルブランシュの懐へと再び飛び込ませようと試みる。
だが、五体満足であった時ならばいざ知らず、AMBACのバランスも大きく欠いて、スラスターも焼かれている今のマスタイタスでは、残っていたCファンネルの嵐を避け切ることなど不可能であった。
例え全身にバリアを纏っていたとしても、キャンディ塗装とヨノモリ塗料の対ビームコーティングトップコートという二段構えの対策が備えられているリリカのファンネルは、もはや空飛ぶシグルブレイドと言っても過言ではない。
その斬れ味が相手を選ばず、そして方位を選ばずに襲いかかる恐ろしさというのは、今のマスタイタスが、撃墜されてしまったドロシーのGXバーニングが物語っているといっていいだろう。
「これで……終わりにします……!」
Cファンネルによる挟撃でマスタイタスの四肢を切り落とすと、リリカは腕部のガントレットからビームサーベルを発振させて、残されたコックピットをX字に斬り裂いた。
『御見事です、盾と矛のぶつかり合いではなく矛と矛のぶつかり合い……読みきれなかったわたくしの完敗でございます、御主人様』
「……え、えっと、その……」
『自信を持ってください。貴女は、わたくしという壁を打ち破ったのですから』
ふっ、とぎこちなく微笑んで、クラウディアの機体は漆黒の宇宙からそのシグナルを喪失させる。
良い戦いだった。まだ全てが終わったわけではないものの、リリカもまた、彼女と同じくぎこちないながらもその口元に笑みを湛えて、互いの健闘を称え合うかのように爆炎が晴れた虚空を見つめていた。
戦いの趨勢は、最早決したといっても過言ではない。
とはいえ、最後まで何があるのかわからないのがガンプラバトルというものだ。
「が、頑張ってください……カエデさん……!」
カエデとスティアが終わらないワルツを踊っている戦場を見つめて、リリカはそこに一つ、祈りを託すかのように激励の言葉を送る。
スティアのHi-νガンダムギャラクシア、そしてカエデのガンダムウイングゼロヌーベル。
互いに最早満身創痍といった風情で、各所が砕け、メインカメラが破壊されても殴り合い続けているその光景はある種異様なものだといってもよかった。
だが、スティアとカエデが脳裏に想起しているものはただ一つだ。
自分が一番ガンプラバトルが上手いのだと、ガンプラが大好きなのだと叫びたい。
それは、GPDの世界大会における一幕であり、GBNの中でもいつだって叫ばれている言葉だった。
だからこそ、退くことはしない。
だからこそ、諦めることはしない。
勝利が確定するその瞬間まで、相手が地に倒れ伏すその瞬間まで、ガンプラバトルは続いている。
スティアは、コンソールに映るギャラクシーレゾナンスシステムの稼働時間を一瞥して、その限界が近いことを悟ると、右の拳に全てのエネルギーを集中させて、カエデのコックピットを打ち貫かんと、裂帛の気合いを込めて叫ぶ。
『これが私の必殺技です、御主人様! ギャラクシア……ナックル!』
「なんとかとハサミは使いようなのでしてよ! 例え……折れていたとしても! わたくしは決して諦めない!」
カエデのウイングゼロヌーベルには、内部出力系を増幅させる必殺技は設定されていない。
それでも、だからといってブーストアップ機構を持たないガンプラが、他のガンプラに大きく劣っているのかと問われれば、その答えは間違いなく否である。
カエデはシザーソードが砕けた欠片を握りしめると、それをスティアのコックピットを突き立てんと、残された左腕を振りかぶる。
『これでええええっ!』
「この一撃でええええっ!」
その先に、この試合における勝利の光明が見出せないとしても、或いは戦いの趨勢は決していたとしても、ダイバーとダイバーの矜恃をかけたこの勝負に手を抜いていい理由などどこにもない。
スティアもロールプレイを忘れて、そしてカエデも闘志を剥き出しにして、互いのコックピットを貫いて破壊しようと咆哮する。
自分が一番ガンプラバトルが上手いんだ。
自分の機体が一番強くて格好いいんだ。
そんなプリミティブな衝動が齎した結末は、極めてシンプルなものだった。
スティアの拳は確かにカエデのコックピットを貫き通し。
そしてカエデが握り締めていたシザーソードの破片はスティアのコックピットを穿っていた。
つまるところ──引き分けという形で、「勝負」に幕は下ろされた。
【Battle Ended!】
【Winner:アナザーテイルズ】
だが、試合の勝利者が「アナザーテイルズ」であることに間違いはない。
曲がりなりにも一角の実力派である「チェック・メイド」を相手にして、リリカはフルブランシュの初陣を、ミワはティラユールの初陣を、勝利で飾ることに、成功していたのだった。
◇◆◇
「流石は噂の『アナザーテイルズ』ですねっ、負けちゃいましたけど……グッドゲームでしたっ☆」
ロビーに帰還したスティアは、先ほどまで獰猛な叫びを上げていたとは思えないほど明るく感情豊かなロールプレイに戻り、瞳の右脇にピースサインを掲げてから、リリカへと握手を求めてきた。
「……わ、私たちも……グッドゲーム、でした……えへへ」
ぎこちなく、リリカもその手を取って互いに健闘を称え合う。
この戦いの勝因が何で敗因が何であるかを分析するよりも先に、勝負における互いの戦いを称え合うこの瞬間は、ある種GBNにおける名物であり、敗北に悔しさこそあったとしても、何回だってやり直すことができるという特性を持つこのゲーム故の光景だろう。
「私たち『チェック・メイド』、何か御主人様のご用があれば、呼ばれて飛び出て即参上しますので、これからも何かありましたらよろしくお願いしますねっ、御主人様☆」
「宣伝も欠かさない辺りは流石傭兵メイドってところだねぇ」
「はい! なんでか知らないですけど、GBNには同業他社が多いので☆」
傭兵をやるメイド、というロールプレイにそこまで需要があるのかどうかはわからないが、スティアがどことなく切実な調子で語ったように、GBNにおいて傭兵メイドというジャンルが確立されている程度には同業他社、というより同業他フォースは存在している。
そして更に傭兵派遣業となれば、更に広く存在している都合から、多少強引であったとしても自分たちを売り込まなければいけない、というのは彼女たち「チェック・メイド」にとっては切実な都合なのだろう。
しっかり宣伝をしてロビーの雑踏に紛れていくスティアたちを見送りながら、ミワはそんなことを茫洋と考えていた。
「色々濃い人たちだったねぇ」
「ええ、ですが腕前でいえば確かな実力者に違いありませんわ。今度は他のメンバーの方とも戦ってみたいですわね」
傭兵にしては随分と物腰が丁寧なのも好感度が高いですわ、とカエデが嘆息したように、このゲームにおける傭兵プレイヤーというのはピンからキリまで、良くも悪くも様々な層が広がっている。
その中でも巨頭といえる「セルピエンテ・クー」は腕前も性格も確かな分利用料は莫大なものであり、「レイブンズネスト」は利用料金こそリーズナブルだが、あくまで料金に応じた傭兵を紹介してくれる、というだけなど、一長一短である中で、「チェック・メイド」の面々の性格やアフターサービスの良さというのは一種の売りになるのだろう。
「……つ、疲れた……ね……」
「然り然り……カエデさんは機体もダメージ負ってるし、今日は解散にしよっかぁ」
「ですわね、それではお先に失礼いたしますわ」
「お疲れお疲れ、くぁ……ミワも眠くなってきたからログアウトするねぇ、リリカちゃん……」
「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん……」
現実へと一足先に解けていくカエデとミワを見送りながら、リリカは遅れてどっと押し寄せてきた疲労感と、そして、どこか温めた蜂蜜に浸した綿で心臓を優しく包み込まれるような感覚に身を委ねて、静かに目を伏せる。
フルブランシュの初陣は確かに勝利で飾られたが、それは自分だけの力ではない。
奇策を提案してくれたカエデの奮闘と、そして偵察と斥候を担ってくれたミワのティラユールのバックアップ。それなくして、きっと「チェック・メイド」に対して「アナザーテイルズ」が、そしてリリカとフルブランシュが勝つことはなかっただろう。
それは当たり前のことなのかもしれない。当たり前すぎて、近くにありすぎていつの間にか忘れているようなことなのかもしれない。
「……えへへ、GBN……楽しい、ね……ブランシュ……」
それでも──このゲームを、GBNを「楽しい」と思えるのは、勝ち負けよりも先に、フォースとして、「アナザーテイルズ」として、リリカが培っていた繋がりが、そこにあったからに他ならない。
ミワたちがログアウトしたのを見送った後、リリカは格納庫エリアに佇むフルブランシュを見上げて、眦に涙を滲ませながらそう語る。
ツインアイから光は消えて、肩の「A」字型スリットも同じように沈黙しているフルブランシュだが、交錯した視線には、その瞳にはリリカの顔に、春に蕾が綻ぶような笑みが浮かんでいることを克明に映し出している。
それはきっと、フルブランシュの答えなのだろう。
リリカにガンプラの声は聞こえない。
だが、ELダイバーでなくとも、特殊な共感覚を、シナスタジアを持たなくとも、わかることは、通じ合えることは確かにあるのだとばかりに、その白輝に紅を──姉のモチーフを取り込んだ機体は悠然と佇み、ログアウトしていくリリカを静かに見守り、そして見送るのだった。
或いはそれが、軌跡が手繰り寄せた一つの奇跡