「ユユさんと仰いましたね、貴女」
リリカがフリーズを起こして、ミワがどうしたものかと首を捻っている最中、僅かな沈黙を破って口火を切ったのはカエデだった。
どこか試すように、そして言い方こそ悪いものの、値踏みするような視線をユユへと向けながら、決して「二桁の魔物」を前にしても臆することなく、すらすらとカエデは言葉を紡いでみせる。
それこそがきっと、彼女の魅力であり美点なのだろう。
リリカははっとしたような心地で、一歩前に踏み出て対外折衝を引き受けるカエデの横顔を見る。
そこにあるのは、凛と研ぎ澄まされた刃のような鋭さと美しさで、きっとカエデがいてくれなければ自分たちは今頃ここにはいないし、こうしてユユが興味を持ってくれることもなかったのだろうな、と、リリカは思考を整理する傍らで、そんなことを考えていた。
「ええ、ユユはユユです、カエデさん……何か訊きたいことがあるようですね……?」
「あるもなにも大有りですわ、端的に申し上げれば三つ。なぜ、いつ、どのように。これを明かしてくれない限りわたくしから言えることもなければ、リーダーであるリリカさんからの承認も得られませんことよ」
カエデはふんす、と豊かな胸を張ると、一つ、二つ、三つ、と、親指から中指までを立てる形で、ユユへとその疑問を提示する。
現状を整理するのであれば、ユユが一方的に絡んできただけで、その動機らしきものは彼女の口から語られていたものの、二桁だろうが一桁だろうがチャンプだろうが、他人に何かを申し入れる時はその条件を欠いていたのでは話にならない。
「そうだね、そうだねぇ……ミワもその辺聞いとかないと納得できないかなぁ、リリカちゃん?」
このまま蹲っておずおずとしているだけでも、カエデとミワは話を上手くまとめてくれるだろう。
それでもカエデは「アナザーテイルズ」のリーダーを自分だといってくれたし、ミワだって薄々とその意図を察して今、助け舟を出してくれている。
リリカは押し寄せてくるプレッシャーに、ごくり、と生唾を呑み込む。
──それでも。
それでも、二人が期待してくれているのなら、どんなに下手でも、伝わらなくても、交渉の最終決定権を持つ者として、この舞台に上がらなければ女が廃るというものだ。
リリカの、か弱くブレて、揺れていた瞳が焦点を結んで、真っ直ぐに、カエデの言葉を受けて尚、試すのは自分であるとばかりに余裕を崩していないユユへとその視線が向けられる。
いつだったか、自分の内側にある強さの根源は「決意が固い」ことだと言ってくれた、テンコというダイバーのことをリリカは思い返す。
もしもそれが本当ならば、もしも自分の中に一欠片であっても強さがあるのなら。
ぷるぷると身体を震わせながらも、リリカは「二桁の魔物」を真っ直ぐに見据えて問いかける。
「……わ、私も……同じですっ。どうして私たちなのか、どんな風に、いつ戦うのか……それがわからないと、その……フォース戦、できませんから……」
「ふふ……ユユが見込んだ通りのお方ですね? リリカさん……」
「見込んだ……?」
にわかにカエデとミワの間に緊張が走るのを他所に、意図してかそうでないのかはわからないが、蠱惑的に、そしてどこか情熱的に、ユユの垂れ気味の瞳から向けられる視線が熱を帯びていく。
「ええ、まずは『何故』……ユユは貴女たち、『アナザーテイルズ』にどうしてかはわからないのですが、心惹かれたのです……ふふ、それ以上の理由はないですよ……? そして、『いつ、どのように』ですが、そちらに関してはユユの作ったクリエイトミッションを見てくれれば早いかと……」
カエデからの三つの問いかけ、そしてリリカから向けられた視線を真っ直ぐに受け止めて、ユユは手元のコンソールを操作すると、自身が発注してその承認が届けられたクリエイトミッションを、「アナザーテイルズ」の三人組へと提示してみせた。
クリエイトミッション。
それは読んで字の如く、運営側が用意したミッションではなく、ダイバー自身が考案したミッションを受注するものなのだが、あまりにも理不尽な高難易度化などを防ぐために、まず承認を求める際に、ダイバー自身が作成したミッションをクリアしていなければならないという前提がつく。
中には開発者にしかわからないような裏口を使っての理不尽難易度のミッションも存在しているのだが、そういったミッションは大概バックドアが露骨にわかりやすいためにあえて裏口からクリアする報酬狙いにカモにされるか、通報されてリストから消えるかのいずれかだ。
そしてユユは曲がりなりにも二桁ランカーである以上、そういう不正はしないだろうとリリカたちは踏んでいるのだが、ハイランカーが作る、ハイランカーしかクリアできないようなミッションが出される可能性は否定できない。
緊張した面持ちで提示されたタブに記された情報をつらつらと読み流すと、そこに書いてある文面は極めてシンプルなものだった。
「極圏……鬼ごっこ、ですか?」
「ふふ……ええ、そうですリリカさん。ユユは、貴女たちと鬼ごっこをしようかと思っているのです……」
クリエイトミッション、極圏鬼ごっこ。
その開始地点はディメンション・トワイライトの北欧エリアであり、都市部の複雑な地形を利用した鬼ごっこを制限時間内に完遂する──ユユの機体に一撃でも触れられたら「アナザーテイルズ」の勝ち、制限時間いっぱいまで逃げ切られたならユユの勝ち、といった極めてシンプルなものだ。
とはいえ、ユユが二桁ランカーである以上、そう簡単に捕まってくれるはずもない。
それを示すように、この鬼ごっこにおいては武器の使用に一切の制限がかかっていないのだ。
「このルール……貴女にとって不利ではありませんこと?」
「ふふ……そこはそれ、ユユも全力で捕まらないように逃げるつもりなので、ご心配なく……」
極論、Cファンネルの先っちょが掠っただけでも負けになるという意味ではこのクリエイトミッションにおいて不利を被っているのは、カエデの言葉通りにユユの側であるように見える。
だが、相手は二桁ランカーだ。
それが妥協せず、そして全力で逃げ回ることを選んだのであれば、捕まえるための労苦は想像を超えるものになることは火を見るより明らかである。
受けるか、受けないか。
試すように、リリカへとミワの、カエデの、そしてユユの視線が向けられる。
だが──リリカにとってそのミッションは、願ってもないような提案だった。
元々放課後の延長線上として始めたGBNだ。
何せぼっち歴の長いリリカにとって、放課後に友達と鬼ごっこや缶蹴りをして遊んだりといったことは長らく縁がなく、一人で家に帰っていつもテレビを見ていたか、スマートフォンを弄っていたのが日常だった。
だから、形は違うとはいえ、実力に開きがあるとはいえ、こういうミッションを受注して全力で遊ぶというのも悪くはないんじゃないかと、そんなことを思ってしまうのだ。
「……わ、私……」
「リリカちゃん?」
「……私、このミッションを受けようかな、って、そう思うんです……」
身勝手かもしれない。そして、リアルと切り分けられて考えられる仮想郷に現実での都合を持ち込むことほど無粋なことはないのかもしれない。
それでもリリカは、自分の経験したことのない甘酸っぱくも愛おしい時間を求めずにはいられなかったのだ。
おずおずと小さく手を挙げて宣言するリリカは、がくがくと怯えていた。
だが──リリカの判断に、異を唱える人間は、ここに誰一人として存在していなかった。
「リリカさんが決めたことであれば、わたくしはそれを尊重いたしますわ」
「然り然り、ミワちゃんも右に同じだよぉ」
「お姉ちゃん……カエデさん……」
元々ミワにとっても、そしてカエデにとっても、リリカが決めたことであるのならよっぽど無茶なことでない限りは異論を挟むつもりはなかったし、何よりこのフォースのリーダーはリリカだと決めていて、そんな彼女が下した決断であれば、ついていくのが筋というものだろう。
あたたかい視線をリリカに送る二人から背中を押してもらった心地で、リリカはユユに提示されたクリエイトミッションの受注を承諾する。
「……よ、よろしくお願いします……ユユさん……」
「ふふ……こちらこそ、互いに全力で楽しみましょう、リリカさん……」
──絶対王者「パロッツ・パーティー」を破った時のあの輝き、期待しています。
それだけ言い残すと、ユユは踵を返してしずしずと雑踏に溶け込んで消えていく。
二桁ランカーとの鬼ごっこ。
考えてみれば正気の沙汰ではないのかもしれないが、そんなめちゃくちゃであったとしても全力で楽しみたいというのが、ユユにとっても、そしてリリカにとっても偽らざる本音である以上、それは遊びでありながら、一つの戦いになる。
「なんだか、童心に帰った心地ですわね」
「うむうむ、小学校以来だねぇ」
遊びだというのにプライドをかけて戦っていた時代のことをミワとカエデは思い出し、そしてリリカは初めて臨むその戦いと、初めて胸の内に芽生えてきた言い表せないような高揚感に包まれた心地で──三者三様に、その顔に笑みを綻ばせるのだった。
◇◆◇
ユユから指定された「鬼ごっこ」の日時にはだいぶ余裕があった。
と、いうのも、流石に二桁ランカーを相手にしていきなりぶっつけ本番で鬼ごっこを始めましょうというのも気が咎めると、その言動の不思議ちゃん加減や普段の行動からは想像がつかないほど筋が通った理由でユユは期日を長めに設定していたのだが、それについて「アナザーテイルズ」三人組が知る余地はないので割愛するとしても、練習が必要だ、というのはリリカたち三人の間で一致する意見に違いはない。
追う側と追われる側、そしてディメンション・トワイライトという普段は行き交うダイバーたちから名前も出されないような不人気ディメンションの地形について把握する時間が欲しいということで、リリカたちは練習も兼ねて、いくつかのミッションに挑んでいた。
上空からのビームライフルによる攻撃が、護衛対象である装甲車と、そして随伴機としてNPDが操縦しているジェガンD型(護衛隊仕様)に向けて放たれ、その光が地面を穿つ。
今リリカたちが挑んでいるミッションは「不死鳥狩り狩り」──映像作品「機動戦士ガンダムNT」の序盤で、マーサ・ビスト・カーバインが搭乗している装甲車を護衛するというものだ。
本来であれば主人公であるヨナ・バシュタたちがマーサを捕まえてフェネクスについての情報を引き出すのが正史である場面だが、こういう歴史にイフという形で介入することができるのも、GBNにおける強みや面白さの一因だろう。
だが、このミッションがそうしたミッションの数々と一味違うのは、自分たちの乗機もデータが用意されたジェガンD型(護衛隊仕様)に固定されるというものだった。
「おーおー、始まっちゃったねぇ……」
「スラスターの感覚が違うだけで、こうも操作に手こずらされるとは……!」
「わ、わわ……姿勢制御、姿勢制御……!」
このミッション、推奨ランクがA以上とされていることもあって、敵対しているルオ商会のディジェ三機に設定された思考ルーチンは原作に近いか、もしくはプレイヤーが介入するためにそれ以上に設定されている。
あっという間に有利であるはずの空中戦で、ジェガンとアッシマーの間の子ともいえる機体、【アンクシャ】を解体した灰色のディジェは、次はお前たちだとばかりに地上へと降下して、ビームライフルを放った。
原作ではマーサに死なれては困るために装甲車が直接狙われることはないのだが、そこはそれ、これはあくまでミッションであるために、勝利条件であるマーサの装甲車が作戦エリアへと到達することを防ぐために、NPDのヨナやミシェルが搭乗しているディジェは割と容赦ない攻撃を仕掛けてくる。
「リリカちゃんリリカちゃん、とりあえずは密林に誘導するよぉ、装甲車が逃げやすい地形に入れないとやられちゃう……!」
「う、うん、お姉ちゃん……!」
リリカたちが追う側ではなく追われる側のミッションを受注しているのは、追われる側がどのように考えて動くかをシミュレートするためだ。
実際のところ効果があるかどうかは微妙なのだが、単純に「鬼ごっこ」のようなミッション自体がGBNを探しても珍しかったのと、逃げるNPDを撃墜するミッションはこの「不死鳥狩り狩り」の前に、「機動戦士ガンダムSEED DESTINY」の第二次オーブ攻防戦のシチュエーションを再現した「さだめの翼」で経験しているためでもある。
それでもないよりはマシだとばかりに、真っ先にジェガンD型の操作に慣熟したミワが、囮になるように敢えて突出して、三機雁首を揃えたディジェの連携を分断するように保持しているサブマシンガンを連射する。
普段はサイドアームとして利用していたサブマシンガンではあるが、流石にメインの得物として使っているスナイパーライフルとは別物である以上、流石のミワでも正射必中とはいかない。
だが、撹乱ができているならそれで十分だ。
一人で受けるならクソゲーと名高いこの「不死鳥狩り狩り」だが、三人のチームで受けるのならば、その分やられるだけの味方NPDが少なくなるためにとっかかりやすい。
それを示すかのように、操作に慣れてきたカエデがミワの射撃を受けたディジェの一機へと斬りかかり、更にカエデを囮とする形でその背後に回り込んだリリカがコックピットへとビームサーベルを突き立てることで、スリーマンセルによる確実な撃破を試みる。
『味方がやられた!? くっ……』
『待ちなさい、ヨナ!』
三機いた内のディジェが沈黙させられたことによって焦りを見せた、ヨナ・バシュタの思考を再現したとされるNPDは焦ったかのように、後退していくリリカたちを追って、標準的なMSの武装では取り回しが悪い密林へと飛び込んでいく。
それをまずいと、ミシェル・ルオの思考を再現したとされているNPDもまたヨナを追いかける形で密林へと踏み込んでいくが、装甲車をそこまで逃がせていた時点で、このミッションにおけるリリカたちの勝利は決まったようなものだった。
ディジェの武装はビームライフルとビームナギナタという、迂闊に密林という地形で使用したのであれば周囲に被害を及ぼしかねないものだ。
かつナギナタに関しては元々の取り回しの悪さも相まって、密林戦で使えるものではないのだが、それでも焦りを優先して密林へと単騎で突出してきた辺りはNPDとはいえ人間らしい思考ルーチンが設定されているといえるだろう。
しかし、いってしまえば台無しなのではあるが、スリーマンセルを組んでの各個撃破という選択肢をNPDが選ばなかったのは致命的なミスだったといえよう。
装甲車の進行速度は決して速いものではない。
その間にリリカたちを片付けてから全力で追いかければ間に合う範囲のものなのだが、ヨナのNPDは焦りによってそこまで考えが至らなかったようだ。
機体が違ってもやることそのものは同じだ。
「えいっ……!」
ビームナギナタを引き抜こうとするヨナ機の一瞬の隙を突く形でリリカはフラッシュ・グレネードを投擲して目眩しとする。
『なっ……目眩しか、クソッ!』
「ごめんねごめんねぇ、悪いけど……終わらせてもらうよぉ!」
『ヨナ!』
「貴女の相手はわたくしでしてよ、ミシェル嬢!」
そして、救援に入ろうとしたミシェルのディジェの眼前にカエデが相打ち覚悟で躍り出た時点で、このミッションにおける趨勢は完全に決定されたといってもいい。
ミワのジェガンD型が目眩しの直撃を受けたことでガラ空きになったメインカメラとコックピットを兼ねたヨナ機の頭部をビームサーベルで突き刺して、カエデはミシェルにナギナタで右腕を切り捨てられたものの、後に控えていたリリカが全力で機体を跳躍させて、死角からサブマシンガンを連射する形で、左肩にサーチライトをつけたミシェル機も撃墜していく。
「か、勝った……?」
敵の全滅は勝利条件に含まれていないため、装甲車が作戦エリアから離脱するのを待たなければならないのだが、リリカは小さく息をつく。
「今回みたいに追われる側に有利な地形に逃げ込まれたらまずい、ってことだねぇ」
「そうですわね、あとはスリーマンセル……わたくしたちが唯一保持している数の優位を活かさなければ、『二桁の魔物』を捕まえることなど夢のまた夢、ということですわ」
装甲車を示すレーダー上の青い点が作戦エリアの端に重なったのを確認しつつ、カエデは損傷した機体を立て直して、今回のミッションを総括した。
確かにこれは鬼ごっことは違うものの、得られるものはあったということだ。
【Mission Success!】
リリカは久しぶりに聞いた気がするミッション成功を示す電子音声を聞き届けながら目を伏せる。
確かに準備は万端、とはいえないかもしれない。
それでも、よかった、と、脳裏にミワとカエデの笑顔を浮かべ、リリカは静かに、微かにそう呟くのだった。
リアルも何も鬼ごっこ