先手を切ったリリカたちであったが、隠れる場所がなくなるというのはそれ即ち、二桁ランカーを相手にガチでの勝負を挑まなければならないということであり、状況そのものが好転しているわけではない。
ただ、逃げ隠れをしながらじわじわとやられるぐらいなら、相手に一撃当てれば良いのだから超短期決戦で片をつけてしまおう、というのがリリカたちの魂胆であり、最初から持久戦を挑もうという選択肢は排除しているのだ。
『ふふ……手の鳴る方へ、と楽しみたいところでしたが、これも一つの戦術……』
「感謝いたしますわリリカさん! あとは……一撃当てるだけなのですわ!」
『まあ、勇ましい……ですがそう簡単にやられたとあってはユユも一角の戦士としての名が廃ります……なので』
──全力で攻撃しながら逃げさせていただきます。
ユユは妖艶に微笑みながらそう宣言すると、バックパックに装備されている青いクリアパーツ、フォトン・ファンネルを分離させ、突出したカエデの機体を切り刻むべく、全方位からその機体を取り囲んだ。
「なんの……っ!」
紙一重でこそあったものの、恐ろしい攻撃の精度とファンネルの操作に驚愕しながら、カエデはなんとか、偏った推力による変則的なマニューバと、そしてリリカが残していたCファンネルによって、間一髪といったところで危機を逃れていた。
だが、フォトン・ファンネルをユユが射出したのは、それ単体を必殺としているためではない。
G-セルフをベースとしながら、ビギニング30ガンダムと、そしてリリカと同じガンダムAGE-FXをミキシングしたことによって、G-イデアが獲得したものは、突き詰めた汎用性だけではない。
「カエデさん……!」
リリカは攻撃が来ることを前提にした上で、両機の間に割り込むようにドッズライフルを連射したが、結果から言ってしまえばそれはあまり意味をなさなかった。
『ifsプロージョン、フルドライブ……!』
ユユが切った手札は極めて単純明快なものだ。
時限強化、リリカのフルブランシュに搭載されているのと同様のシステムもG-イデアは詰め込んでいる。
それはifsユニットを全力稼働させることによって、Iフィールドの乱流とでもいうべきものを機体に纏わせるだけではなく、IFBDによる推進力も強化することで、攻撃、防御、速度、その全てを高い次元に押し上げるという必殺技だった。
大人気ない、とリリカたちが呟く間もなく、ユユはIフィールドの乱流による攻撃判定を利用して、カエデのウイングゼロヌーベルを圧壊させるべく、急接近する。
「ゼロシステム! わたくしに力を貸しなさいな!」
だが、ここで二桁の魔物が相手であろうと食い下がり、決して諦めることはないのが、カエデという女傑だった。
ゼロシステムをフィールドが接触する数秒前に起動し、突撃からの誘導を切って、カエデは機体に搭載されているマシンキャノンを連射する。
ガンダムについてはカエデもまたリリカと同じようにそこまで詳しくはなかったものの、Iフィールドがビームを弾く装備であることは知っていた。
故にこそ実弾兵装の連射による迎撃を選んだのだが、IFBDによって生成されるIフィールドは、最早斥力場といってもいいほどのエネルギー密度を保っている。
この戦いの勝敗を決める「被弾」の定義はあくまでも機体に対してダメージ判定が入ったかどうかだけで決まるものだ。
並のガンプラであったなら、重装甲の上からであったとしてもズタズタに引き裂くことができるウイングゼロヌーベルのマシンキャノンを全てIフィールドの乱流によって弾き返しながら、ユユはその口元に妖艶な、しかし捕食者としての獰猛な気配を覗かせる笑みを浮かべて、肘部分のユニットから「何か」を分離させる。
「……っ、リリカちゃん、カエデさん、何か来るよぉ!」
──危ない。
どこまでもシンプルに、GBNという魔境を戦い抜いてきた経験がミワに直感としてその脅威を伝える。
観測機として飛ばしていたインコムから「それ」が分離した地点をデータとして受けとると、位置が割れることも覚悟した上でミワは、徹甲弾によってG-イデアから分離したユニットの一つを撃ち落とす。
だが、一つだけだ。
機体の肘部分から分離したユニットの正体は、果たして対刃式のビームサーベルであり、そしてユユがビギニング30ガンダムをミキシングの素材として組み込んだことにより、ファンネルとして操作できる特性を持ったものだった。
『イブリース……!』
全てを引き裂く鉄棘の生えた車輪が回るか、そうでなければ終末をもたらす剣が回るか、そのどちらであっても違いなどそこにはない。
ユユが狙っていたのは誘導を切っているカエデではなく、そのバックアップに回っているリリカの方だった。
避けられるものなら避けてみろとばかりに、ランダムな軌道を描いて襲い掛かってくる暁の車輪を、リリカは歯を食いしばりながらもなんとか展開した腕部のビームサーベルで斜めに受け止め、衝撃を逸らすという方向でその危機を切り抜ける。
ミワが一基を撃ち落としてくれていなければ死んでいた。
その確信がぞくり、と恐怖となってリリカの背筋を伝う。
そしてユユからすれば、真正面から馬鹿正直に戦ってやるメリットなどどこにもない。
ひらりひらりと、風に舞う蝶が羽ばたくがごとく、距離を詰めようと爆進するカエデを近付かせないように牽制し、そして射線から位置を読んだミワに対してはIFBRによる攻撃を加え、弾き返されただけでまだ生きているサーベル・ファンネルには再びリリカを強襲させる。
羅列しているだけで頭の痛くなってくるようなタスクを、さも当然のようにこなしている辺りが、やはりユユをこの二千万人という膨大なアクティブユーザーを抱える中で、その二桁という順位に留まらせている所以なのだろう。
瓦礫の廃墟と化したドームポリスの空を銀盤にして、Gの形象はどこまでも美しく、そして苛烈に挑戦者を翻弄しながら舞い続ける。
短期決戦で片をつけようとしていた「アナザーテイルズ」を嘲笑うのではなく、もっと本気を見せてみろとばかりにユユもまた逃げ回りながらも、ゼロシステムと推進力の複合により誘導を切って突撃してくるカエデをいなし、クリアインコムを展開しているミワの狙撃を神がかった察知によって回避、そして一番連携の要となるリリカへと、無慈悲にIFBRの閃光を放つ。
「……く、ぅ……っ……!」
残存しているCファンネルを集合させて、なんとかIFBRからの一撃から機体を守り切ったリリカではあったが、その状況は依然として好転しているわけではない。
じわり、と滲む冷や汗は恐れが故なのか、焦りが故なのか。
それさえも曖昧になるほど、いや──そのどちらもが正解となるからこそ、目の前にいるユユは、「二桁の魔物」として恐れられているのだ。
全ての攻撃が必殺技級の脅威を持って降り注ぐのであれば、耐久戦という状況に追い込まれている時点で、リリカたちはじりじりと敗北に向けて押しやられている。
IFBRは防ぎ切ったとしてもその余波だけで機体に大きくダメージを与えているし、何よりミワが厄介だと踏んだのか、再び生成されたフォトン・ファンネルは得物であるヅダの対艦ライフルを守りきらなければいけないというハンデを背負っているミワを露骨に狙って、狙撃を事実上封印させていた。
詰み、という言葉が不意にリリカの脳裏を過ぎる。
だけど、ダメだ。ここで諦めてしまっては、ミワに、カエデに、そしてフルブランシュに申し訳が立たない!
リリカはじわり、と眦に滲む涙を拭うと、次の策に打って出るべく操縦桿を操作して、武装スロットの欄から「それ」にカーソルを合わせた。
『ふふ……ユユは追う側ではなく追われる側、しかし、窮鼠猫を噛むという通り……一筋縄で捕まる訳にはいかないのです』
それでもどこか自分が捕まることを期待しているかのように、ユユは妖艶な微笑みを崩さずに、しかしその眼光にはどこまでも鋭く研ぎ澄まされた剣のような覇気を宿して、リリカたちへと語りかけてくる。
ならば、お望みどおりにしてやろう。
リリカの中に微かに芽生えていた反骨心がそう嘯く。
だが、それにただ身を委ねてしまうのではなんの意味もない。
心はどれだけ熱く滾っていたとしても、頭脳だけは冷静でいなければならない。
それはダイバーとしての詠み人知らずな心得であり、あらゆる出来事におけるプレイヤーとしての定石であったが、土壇場で思い出せるかどうかが勝敗を分かつといってもいいだろう。
切り札を切ることができるならば、一欠片のチャンスは手にする機会が巡ってくる。
しかし、雑に切ってしまっては、エースカードであったとしても、それは並の手札と変わらないものに成り下がる。
通信ウィンドウにポップしたカエデの横顔が微かな険しさを帯びたかと思えば、リリカの瞳に映り込んだ「決意」を察して、その細くしなやかな指先を操縦桿へとそっと這わせていく。
「リリカさん」
「……カエデさん……?」
「貴女の決意、確かに受け取りましたわ! ならば、水先案内人はこのわたくしが務めさせて頂きますわ!」
カエデの機体構成は、いってしまえば純アタッカーでしかない。
リリカがブランシュを使っていた頃は、タンク役を担うために前に出ることも多かったが、ウイングゼロヌーベルの本質は、トリッキーなマニューバを活かして敵との距離を詰めた上で必殺の一撃を叩き込むというものだ。
だが、だからこそ、こういったチェイスシーンにおいて、これといった役割を持てないからこそ、多芸をビルド構築の方針に掲げたリリカが作り出そうとしているチャンスへの水先案内人となるには最適なのだ。
どこまでも合理的な判断を、勝利のためではなく、決意を固めた瞳を持つ、いうなれば自分が惚れ込んだリリカのため、という非合理的な理由で下す己の矛盾に苦笑しながらも、カエデはウイングゼロヌーベルのスラスターを全開にして、その手札を──必殺技を切ることを選ぶ。
「さあ、ご照覧あれといったところですわね! これがわたくしの必殺技……『シューティング・ミーティア』なのですわ!」
シューティング・ミーティア。
それはどこまでも単純で、そしてGBNにおいてはメジャーな、突撃系の必殺技に他ならない。
ゼロシステムの残光を纏いながら、地上に新たなる星座を刻み込むような急速マニューバでカエデはユユのG-イデアへと向けてシザーソードを構え、一心不乱に突撃していく。
この突撃系の必殺技は、それこそ「リビルドガールズ」のアイカであるとか、「FOEさん」ことキョウスケであるとか有名なダイバーが使っているそれと特徴をほとんど同じとするが、一つだけ違うことがあるとすれば、ゼロシステムと併用できることだろう。
真正面から突っ込み、そして突っ切っていく都合上、誘導を切っていたとしても正面方向からの迎撃に弱いという弱点は抱えてこそいるものの、接近するまでの間に、ミサイル類程度の誘導であれば切って、容易く張り切れることこそが、「シューティング・ミーティア」の最大の強みであるといっていい。
そして、カエデはifsプロージョン・フルドライブという強固な鎧に守られているG-イデアが相手では、自分の一撃が通用しないということなど全て承知の上だった。
シザーソードを構えて一心不乱に突撃するカエデに対して、ユユが何を思ったのかはわからない。
侮蔑なのか喜悦なのか、失望なのか歓喜なのか──妖艶な微笑みからそれを窺い知ることはできなくとも、カエデは、そして、ポップした通信ウィンドウに映っているユユは、双方ともに不敵な笑みを浮かべ、そして両者の必殺技が激突する。
矛と盾がぶつかり合った場合、大きく優位を取るのは矛の方であると、時代の流れはそれを幾度も突きつけてきた。
それでも、盾が勝っていた事例があったように、高密度で吹き荒れるIフィールドの乱流を一点に収束させたその盾に、カエデが繰り出した渾身の一撃は防御され、シザーソードの刃はあえなくへし折れていた。
二桁の魔物と呼ばれるだけあって、その実力は本物だということだろう。
カエデは思わず滲んできた悔しさに歯噛みするものの、この戦いはただ、相手を倒せばいいというものではない。
時間にして十数秒という僅かな時間だったかもしれない。
G-イデアの頭部から放たれるフォトン・バルカンによって機体を引き裂かれながらも、カエデはごしごしと眦に浮かんできた涙を拭って、その瞬間を、ずっと待っていたその一欠片を手につかんだことを見届ける。
「……頼みましたわ、リリカさん! ミワさん!」
「……ブランシュアクセル、フルブースト!」
「了解了解だよぉ! これでぇ……っ!」
フォトンの光弾によって機体をズタズタに引き裂かれ、地面へと落下していきながらも、カエデは確かにその役割を全うして、勝利へと続く光明を、そのバトンをリリカたちへと繋いでいた。
文字通り、ここで目論見が潰えたのならば負けになる。
リリカは小さく深呼吸をして、荒らいだ息を整えながら、フルブランシュに生まれ変わったことによってその特性を大きく変えた必殺技を始動させた。
今までは余剰出力と排熱の処理が課題であったものの、AGE-FXをベースとして、FXバーストを組み込むことによって、ブランシュにおいては行き場がなかった余剰出力と、熱を外に逃がすことに成功したものの、モーションの倍速化という特徴はあくまでも二倍速までに制限されるのが、新たなるブランシュアクセルの姿だった。
だがその分、余剰出力はビームへと転換されて、FXバーストと全く同じ特性を纏い、そして機体の加速という点においては余剰出力の処理という課題を解決することによって、強制ログアウト措置が取られる寸前までそのスピードを引き上げることが可能となっている。
四倍速。
かつての限界であった速度にいとも容易く到達したフルブランシュは駆け抜ける閃光の矢となって、ユユが駆るG-イデアへと肉薄していく。
だが、ユユもそれがわかっているからこそ、カエデをあしらった時と同じようにIフィールドを一点に収束させて、リリカの攻撃を防ごうと試みた、その瞬間だった。
『──っ!?』
「この土壇場で読んでくるなんてねぇ……まさかまさか、だよぉ」
既に射出されていたフォトン・ファンネルによって機体を大破状態寸前まで切り刻まれながらも、対艦ライフルだけは死守していたミワが、最後の悪あがきとばかりに放った一撃が、ユユの注意を引き付けて、一点に収束させたIフィールドの防護を狙撃に向ける。
ユユの戦闘経験、そして勘の良さを逆手に取った三段構えの作戦──それはカエデが欠けていても、ミワが欠けていても成り立たないものだった。
その作戦全てを賭したリリカは、その白と黒というツートンカラーに黄色と赤をアクセントとして加えた、νガンダムを彷彿とさせる色合いの機体へと一撃を叩き込むために、倍速化したモーションによる腕部ビームサーベルの一撃を叩き込まんと試みる。
『ふ……ふふ……ふふふ……まさか、ここまでとは……』
「……っ、く……」
ユユはこの事態にあっても尚、ぞくりと押し寄せてくる恍惚に身を震わせて、リリカはただ、四倍速のスピードと倍速化されたモーションでも届くことがなかった、という事実に、自身のコックピットに突き立てられたビームサーベルによる敗北に涙を流しかけていた、その時だった。
【Mission Success!】
【Winner:アナザーテイルズ】
システム音声がダイアログに告げたのは、ユユの勝利ではなく、「アナザーテイルズ」の勝利だった。
コックピットを串刺しにされ、シグナルロストしていたためにわからなかったものの、リリカはあの瞬間、確かに腕部ビームサーベルをユユのG-イデアに、その張り出した形状の肩に掠めさせることに成功していたのだ。
『約束通り、私の負けですね……ふふ、良い勝負でした、「アナザーテイルズ」……そして、リリカさん』
確かに一撃を加えられたかのように抉れている右肩をなぞりながら、ユユはどこかこうなることを予見していたかのように、柏手を打ちながら「アナザーテイルズ」を称賛する。
ただ一撃を加えた、それだけかもしれない。
だが、敗北は敗北だ。
コックピットを貫かれ、矢尽き、刀折れようとも戦い抜いた新たなる女王たちを称えるかのように、ユユは、まるで年相応の子供のようにくすくすと微笑みながら、己の至らなさにも苦笑を浮かべる。
「……か、勝った、の……? そっか、勝ったんだ……私たち……」
『ええ、おめでとうございます、リリカさん。貴女たちの絆が、ユユに膝をつかせたのですよ、ふふ……』
そして──リリカもまた、遅れて押し寄せてきた疲労感と感動、改めて感じさせられた二桁という世界の壁の高さと分厚さに対する実感など、様々なものが綯い交ぜになった笑みと共に、静かに眦にじわり、と涙を滲ませるのだった。
絆が紡ぐ新たなる女王、その冠