ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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初投稿のアトリエです。


第五十二話「わたしの目線でできること」

 地獄のクリエイトミッションを完遂してロビーに帰還したリリカたちを包み込んでいるのは、達成感と疲労感が半々といった具合の重苦しい感覚だった。

 一か八かの賭け、それも上手くいったとはいえない、擦り抜けのような勝利であったこともまた疲労感に拍車をかけているのだが、もしも全てが自分たちの想定通りに進んだなら、ユユは個人ランキング64位というような場所に収まってはいないのだろう。

 

「……わかってるけど、疲れたね……」

「然り然り……ミワちゃんちょっと頭使いすぎちゃったなぁ」

「ですが勝利は勝利ですわ、そう思えばこの疲れも……少しわたくしも休憩したいですわね」

 

 ミッション自体の時間は短かったとはいえ、針の穴を通すような極限の緊張を強いられる修羅場に放り込まれていたのもあって、さすがのカエデであっても音を上げてしまったようだった。

 ロビーの壁に設けられた手すりに背中を預けて、はぁ、と息をつくカエデの姿は今の、満身創痍な「アナザーテイルズ」を象徴しているようで、リリカもがくがくと震える脚がそうさせるがままに、ロビーの床へぺたんと座り込む。

 立っているのは寄りかかっているとはいえカエデと、そして手すりに体重を預けてそのまま寝落ちしてしまいそうなミワの二人だけといった具合の自分たちに、何があったのやらと奇異の視線を向けるダイバーたちは多かったものの、つかつかと踵を鳴らしてロビーの向こう側からやってきた人影を見て、合点がいったかのように、そうでなければ同情をするように目を見開いては去っていく。

 

「ふふ……楽しい時間でした、リリカさん、ミワさん、カエデさん……」

 

 高らかに踵を鳴らしてロビーを歩むその、黒髪にゴシックで丈の短い黒い和装という出で立ちの人物こそ、疲労の元凶にして、あの地獄のような鬼ごっこを提案してきた、ユユ本人に他ならなかった。

 

「……え、えへへ……その、私、ちょっと足に力が……」

「ふふ、愛いですね……リリカさん。でも、一撃とはいえユユに一撃を喰らわせたのですから、もっと誇ってもいいんですよ……?」

「でもでも、誇る前に精魂尽き果てたからねぇ……」

「全くですわ、生きた心地がしませんもの」

 

 楽しそうに微笑んでいるユユと違って、死屍累々といった調子のリリカたちは、一様に滲む疲労を隠すことなくユユの言葉にそう返す。

 勝てるとは思っていなかったにしろ、二桁という世界の壁を、その実力を、この身をもって教えられたことに対する、挫折感と紙一重のその感覚は、GBNをやっていれば避けられないものであるとしても、それにしたって一足飛びが過ぎると、カエデは小さく肩を竦めるのだった。

 ただ、リリカはユユに言われた通り、ほんのりと、一雫が心の水面に落ちて波紋を生むように、微かな達成感じみたものが顔を出してくるのを感じていた。

 たった一発、されど一発。

 GBNで恐れられている「二桁の魔物」に自分たちが食い下がって、なんとか、一発当てるだけ、クリエイトミッションという形とはいえ勝利を収めたことは、確かに自信を持っていいことなのかもしれない。

 おずおずと俯く顔を上げるリリカの心の内にある疑問を肯定するかのように。ユユは変わらず、淡く妖艶な微笑みを浮かべたまま、小さく首を縦に振る。

 

「ふふ……ユユ、負けちゃいました。お兄様にどう言ったものでしょう」

「かのFOEさんにお礼参りとかされたら堪ったもんじゃないけどねぇ」

「まあ、ミワさんはお兄様のことをご存知でしたか……『緋きスナイパー』の二つ名は伊達ではない、ということですか、ふふ……」

「あのねあのね、その二つ名は絶賛返上中だよぉ……というか、GBNやっててFOEさんのことを知らない人の方が少ないってミワは思うなぁ」

 

 FOEさん。

 それはハードコアディメンション・ヴァルガにおいて一種の災厄と絶望を意味する符丁であり、あるダイバーに付けられた二つ名なのだが、ミワが言った通りに彼を知らないダイバーは恐らくGBNの中でも少数派か、ライトな層のどちらかになるのだろう。

 そして何を隠そう、そのFOEさん──ダイバーネーム「キョウスケ」の実妹にして、「黒髪黒和装災害系妹」なる物騒な二つ名を持っているのが目の前にいるユユ本人に他ならない、というのもまた、GBNにおいては有名な話である。

 

「あのキョウスケさんのことならよく存じ上げておりますわ、いつかリベンジを果たすその時まで絶対に忘れませんもの」

「ふふ……最近ヴァルガで突っかかってくるダイバーがいるとは、お兄様から聞いていましたが……カエデさんのことでしたか」

「え、えふおーいーさん……? ヴァルガ……?」

 

 何やら合点がいったように肯くユユと、そしてため息混じりにハンカチを噛みながらあの白亜のダブルオーガンダムを操るダイバーの冷徹にして完徹を貫き通すどこか死んだような目を想起しているカエデとの間で視線を彷徨わせながら、リリカはそう問いかける。

 

「えっとねえっとね、まあ有名なランカーの人だよぉ」

「そ、そうなんだ……」

 

 ミワから教えてもらったのはありがたいが、悲しいことにリリカはその少数派だった。

 その人がとんでもない、ユユ以上の強さを持っていてそんなダイバーがお礼参りに来ましたとなれば確かに自分たちは数秒程度で蒸発するのだろうけれど、その実感が湧かないというのもなんだか寂しい話だと、リリカはしょんぼりと肩を落とす。

 

「よろしければ今度、お兄様にお会いになりますか……? ふふ、きっと皆さんのことを気に入ってくれると思いますよ……」

 

 ああ見えて、お兄様は結構な寂しがりですから。

 そんな兄からすれば爆弾発言を投下して、ユユはくすくすと、口元を指先で覆い隠しながら妖艶に微笑む。

 孤高の天才にして天災として知られているキョウスケことFOEさんがFOEさん呼ばわりされるようになったのは、元を辿れば「強くなってからフォースに入ろう」と考えていてソロでの攻略を続けていたら、いつの間にか強くなりすぎたのと一人に慣れてしまったせいで今もフォースに入れずにいる、という事情がある。

 ただ、そこまで言ってしまえばさしものユユとて怒られることは目に見えているから、心の中で敬愛する兄のそんなドジでお茶目な一面を思い浮かべて、はにかむのに留めているのだ。

 

「御目通りが叶うのならば、それはリベンジを果たしてからでないとわたくしの気が済みませんわ。して、ユユさん。グッドゲームの挨拶にしては随分と長いですけれど、わたくしたちに何か?」

 

 お喋りをしたいというだけでも構いませんけれど、と、どこか勿体つけているようなユユの態度に秘められているものを鋭く見抜いて、カエデはそう問いかける。

 確かに、言われてみればユユの態度は不自然なものだ。

 グッドゲームの挨拶に来ただけであれば兄の話など口にしないだろうし、どこか煙に巻くような掴み所のなさはいつも通りだとしても、本題を隠して話をしているような雰囲気があることは、リリカにもなんとなく感じられた。

 

「ふふ……カエデさんはせっかちさんですね、ユユはもう少しお話しを楽しみたかったですけど……本題に入りましょう」

 

 カエデの、どこか試すような視線に臆することもなく、少しだけ残念そうに肩を竦めながら、ユユはくすくすと口元に笑みを浮かべたまま、リリカを見据えてその言葉を紡ぎ出す。

 

「ふふ……リリカさん、『アナザーテイルズ』のリーダーは貴女で良かったですね?」

「……あ、えっと、はい……一応……」

 

 リーダーと言われてもそんな自覚などどこにもないし実感も湧かないのだが、一応フォース設立申請の時に、リリカが申請を出したこともあって、名義的には自分がその立場にいることぐらいは把握していた。

 とはいえ、リリカに実感がないだけで「アナザーテイルズ」は、彼女を柱として成り立っているフォースである、というのがユユの見解だったし、カエデもミワもそれは同じだ。

 自覚がまだないままに頷いたリリカへ、自信を持っていいのだとばかりに目線を合わせて微笑みかけると、訪れた微かな沈黙を破ってユユは口火を切る。

 

「ユユは、貴女たちとの勝負に負けてしまいました……」

「……え、えっと、その……でも、私も、最後に撃墜されちゃったから……」

「ふふ、それ自体を責めている訳ではないのです……ただ、ユユはもしも負けたら、心に一つだけ決めていたことがありました」

 

 カエデやリリカたちと比べればやや小ぶりであるものの、十分に豊かな胸元に手を当てて、ユユはどこか芝居がかった大仰な仕草で天を仰ぐ。

 まるで歌劇のワンシーンを切り取ったようなその美しさは衆目にもどこか神聖に映ったのか、足を止めて「アナザーテイルズ」に視線を向けているダイバーは数多い。

 それも手伝って押し寄せてくる緊張感にリリカはごくり、と生唾を呑み込むが、ユユはそれさえ意に介した様子もなく、台詞を諳んじるかのように、或いは言う機会をずっと待っていたかのように、薄い唇から続く言葉を紡ぎ出す。

 

「ユユを……どうか貴女たちのフォースに入れていただけませんか?」

 

 ユユからすれば、その感情は不可解なものだった。

 だが、リリカが「パロッツ・パーティー」を相手に見せた奇跡の大逆転であったり、或いはレイドバトルにおける、カエデを助けた一幕であったり、そこに感じたものは、奇しくも兄であるキョウスケが、強敵に挑む時と似た、凄まじい「決意」の力に他ならない。

 ユユは、自分の何かがどこかで欠けているような、そんな感覚をずっと抱きながらこのGBNをソロで放浪してきた少女である。

 誰にも話したことはないし、これからも話すことはきっとないのだろうが、戯れに傭兵をしてみたり、或いはハードコアディメンション・ヴァルガを遊び場にしてみたりと色々な楽しみ方をしてきたつもりだが、ここまで胸が高鳴るのはいつも、兄と死合を果たす時だけだった。

 そんな自分が不可思議な感覚で満たされているというのは、ユユにとって意外なことであったし、そして、掲示板やら何やらで情報を調べる内にわかってきたのは、この「アナザーテイルズ」というフォース自体がそもそも奇跡的なバランスで成り立っている、ということだった。

 そして、その中心となっている存在こそが、他でもないリリカなのだ。

 今もどこか戸惑った様子で、本人にその自覚はないのかもしれないが、リリカが見せた「決意」は、そして臆病であるが故に強かであれる判断力や優しさは、どこかで瓦解しそうなミワとカエデの間を取り持って、そして絆へと変えることに寄与している。

 ならば、そんな「アナザーテイルズ」であれば、自分の胸の内側にぽっかりと一つだけ穿たれた穴を埋めてくれるのだろうか。

 それが、ユユの抱えていた疑問にして、そして今日、リリカを前にして確信を得た答えでもあった。

 

「え、えっと……その、いいん、ですか……?」

「ふふ……ユユは一向に構いません、むしろこうしてお願いさせてもらっているのです」

「……え、えっと、私たち、そんな、ランキングとか、そういうのにはあんまり、っていうか、全然縁がなくて……」

「それはユユも同じです……ふふ、確かに三桁がどうの、二桁がどうのと言われている渡世なのは否定しませんが、GBNにおける本質はそこにない……ユユはそう考えているのです」

 

 それは確かに綺麗事で、理想論に聞こえるかもしれない。

 だが、ユユが二桁まで上り詰めた理由は兄と一緒に遊びたいから、というものに他ならなかったし、傭兵稼業だとかディメンション探訪だとかをやっているのも、心に空いた穴を埋め合わせるためでしかない。

 その結果、なんだかいたずらにどこかに現れては気まぐれに戦場をしっちゃかめっちゃかにしていく災害系妹などという呼び名を頂戴してしまったものの、ユユが求めているものは闘争ではない。

 奇しくもそれは、「繋がり」だったのかもしれないと、ユユはリリカの求めているものを知らずとも、その答えに辿り着いていた。

 既にもう完成されているのかもしれない「アナザーテイルズ」に自分が割り込むのは無粋だと、そういう向きもあるかもしれない。

 だからこそユユはぺこりと、丁寧に腰を折ってリリカに頼み込んでいるのだ。

 

「……え、えっと……その……」

 

 二桁ランカーが頭を下げてまで自分のフォースに入ろうとしている。

 その事態がそもそもリリカには呑み込まずに脳味噌はキャパオーバーを起こしかけていた。

 思わずミワやカエデに助けを求めたくなったものの、ユユが頼み込んでいるのはあくまで自分であることぐらいは、今のリリカにも理解できる。

 どうするのが正解なのか、思わずそれを誰かに委ねたくなってしまうものの、一瞬だけ交錯し視線の中に滲んだものを思い出して、リリカはぐっと固めた拳を胸に当てて踏みとどまった。

 あれは、孤独だ。

 決めつけてしまうのはきっと失礼に当たるのだろうし、「貴女は孤独なんですね」なんて、相手がユユであろうがそうでなかろうが出会い頭に一発もらってもおかしくないような言葉だ。言えるはずもない。

 ただ、ほんの刹那の間に覗き込んだユユの瞳が孤独を抱えていると確信できたのは、リリカの中にもかつて同じものが存在していたからだった。

 思い出すのは、中学生までの日々。

 いつも教室の隅っこで、何をするでもなくただぽんやりと本を読んだり、ただ座って昼休みを過ごす傍に、窓辺から眺める上級生、同級生、下級生を問わずに仲の良い者たちが固まって楽しそうに上げている叫び声のこと。

 リリカは──「梨々香」はずっとそこに混ざりたかった。

 誰かと一緒に他愛もない時間を過ごして、他愛もない言葉を交わして。

 そんな、皆が当たり前にできていることができない自分が嫌で嫌で仕方がなくて、教室の隅っこで唇を噛んで、時には誰もいない空き教室で、先生に心配されないように涙をこぼしていたこともある。

 リリカは、言ってしまえば弱いからこそ孤独だった。

 ドッジボールでボールがぶつかった時、あまりの痛みに泣いてしまってからは露骨に誘われなくなったし、体育の授業で球技をする時だって、リリカはどこかいないものとして扱われ、パスが回ってくることは基本的になかった。

 そんな弱さが嫌で、嫌で仕方なくて、そんな弱さに臍を噛んで蹲っているのが嫌だったからこそ、高校では変わろうとして──そして、失敗したのだ。

 ユユの孤独はきっと、リリカとは真逆のものだ。

 強すぎるが故に、孤高であると思われているが故に、誰もが一緒に手を取ってほしいという同じ目線で向き合ってくれることなく、畏敬であったり、或いは恐怖であったり、そういう感情の中で取り残されてきたのだろう。

 ならば、自分にできることは何か。

 問いかける。自分の意味を。

 どうやって生きていくのかなんてわからない、だけど、どうしたって生きていかなければいけないこの世界で今、リリカに──「蔵前梨々香」という一人の人間に求められていることは何か。

 刹那が永遠に引き延ばされていくような重い沈黙の中で、リリカは何度も深呼吸をして、高鳴る心臓の鼓動を抑えるように、そして不正解を恐れてぴたりと閉じようとしている唇を引き上げるように、その言葉を発するのだった。

 

「……え、えっと……私たちでよければ、その……一緒に、GBN……しませんか……?」

 

 二桁の魔物を引き入れるのに自分たちのフォースがふさわしい存在であるとはリリカも思っていない。

 だが、そんな事情は二の次三の次だ。

 今目の前で、自分と同じ理由で苦しんでいる誰かがいる。

 ──ならば、弱い自分だって、そこに手を差し伸べることぐらいはできるはずだから。

 そんな、リリカの優しい決断にカエデはどこか満足げに微笑んで、ミワもまた、妹の成長に、そして、少しずつ自分から離れていってしまうような感覚に、涙を滲ませる。

 

「ふふ……ありがとうございます、リリカさん。ミワさん、カエデさん。これからも……ユユをよろしくお願いしますね……?」

 

 妖艶に微笑むユユだったが、その眦には涙の雫が滲んでいた。

 きっと、初めて流した等身大の涙。

 差し伸べられた手にぱたり、と落ちる、色のない血液に、その痛みに寄り添うようにリリカは、四人目のフォースメンバーを、「アナザーテイルズ」へと、笑顔で迎え入れるのだった。




五十二話にしてフォースメンバーがやっと揃う話があるらしい
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