リリカたちがカーンの一団を始末して尚、ヴァルガの地に平穏が訪れることはない。
鳴り響くレッドアラートは絶え間なく、そして少しでも気を抜いてしまえば、彼方からダインスレイヴやサテライトキャノンといった戦略兵器が飛んでくるこの地は、ユユが言った通り、正に「大戦争」の練習としてはこれ以上ないほどに適任だった。
『貰ったぜ……ってうわああああッ!?』
「遅いですわよ、ステルスで奇襲するなら気配を読まれるより先になさいな」
ミラージュ・コロイドを解いて背後から襲いかかってきたブリッツガンダムを、カエデは逆手持ちにしたシザーソードで貫き通すと、地上と空中の双方から飛び交う弾幕砲火を、舞い踊るようなマニューバで捌いていく。
ヴァルガは確かに地獄に違いない。
「……そ、そこっ……!」
『な、何故バレて……うおおおおお!?』
ドッズライフルを収束モードに切り替えて、物陰に潜んでいた都市迷彩のジムスナイパーIIを撃ち抜きながら、リリカは胃袋がキリキリと痛むような錯覚と共に、はぁ、と荒い息を静かに吐き出す。
無制限のフリーバトルが理論上タイムアップなしで展開されているこの戦場は、上下左右の全てが敵の巣窟であり、しかも下手に撃墜数を稼いで目立ってしまえば、自分たちがヘイトを買って集中狙いを受けるというおまけ付きだ。
そんな状況下でも、安定した回避と攻撃による漸減をこなしているユユは流石「二桁の魔物」というべきだし、彼女には及ばないとしても、ヴァルガに足繁く通っているだけあって、カエデの立ち回りもまたこなれたものであるのに違いはない。
ヘイトコントロールの一環として、あえてキョウスケのようなハイランカーの戦いを突っ切って離脱するという戦法も存在するらしいが、それもハイリスクな択であることには違いなく、否応なく目立った状況に対してのリアクションを取らなければならない、というのは、ヴァルガ慣れしていないリリカにとっては重荷だった。
だが、住めば都などとは冗談でも言えたものではない場所ではあるものの、ある程度対応するためのコツを掴めば、生存し続ける、逃げ続けることだけはそう難しいものではない。
リリカがCファンネルを巧みに操って、死角から飛来する弾丸への防御に充てたところから射線を逆算して、ミワがGNスナイパーライフルIIによるピンホールショットで、狙撃手として潜んでいたガンナーガンダムを撃墜する。
「大丈夫? リリカちゃん」
「う、うん……ありがとう、お姉ちゃん……っ、そこ!」
お礼を言っている暇すらならない。
リリカは手短にミワへと返礼を伝えると、直上からの降下を試みていたウェイブライダーにドッズライフルの一撃を見舞う。
息をつく間もない波状攻撃にリリカたちは確かに適切な対処をしていたが、それでもユユクラスの腕前であっても、擦り傷一つ負わずにこの三百六十度全てが敵で満たされている戦場を切り抜けるのは難しい。
フルブランシュが告げているイエローコーションに焦りを感じながらも、リリカはCファンネルの残弾数を数えて、トライバードを肩から切り離すという選択肢を取る。
「行って、トライバード……!」
無人の自律支援機と化した両肩のパーツに備えられているシグマシスキャノンが、左右からリリカを挟み撃ちしようとしていたフォビドゥンガンダムとレイダーガンダムのコックピットを焼き払い、真下に控えていたカラミティガンダムをミワの弾丸が撃ち落とす。
確かにここは地獄には違いない。
心拍数は跳ね上がり、今もこめかみの辺りに脂汗が滲む嫌な感じがしていることは確かで、もう一度潜りたいかと問われれば、リリカは即座に首を横に振るだろう。
だが──
「背中は任せてねぇ、リリカちゃん……!」
「うん……! お願い、お姉ちゃん……!」
次第に、バラバラだったミワとの呼吸が重なり合っていくようなこの焦燥感と絶望感と隣り合わせになった、まだ名前の見つけられない感情の萌芽は、そう悪いものじゃない。
リリカはその奇妙な感覚に、引き立ったような笑みを浮かべつつ、眼前に迫ってきたガンダムエクシアに向けてトリガーを引いた。
爆炎がモニターを遮った隙を窺うかのように、エクシアの背後に控えていたソードストライクがリリカに向けて対艦刀、シュベルトゲベールを振りかぶるが、それを残ったCファンネルで処理すると即座に、リリカは強行軍の戦列へと復帰する。
「リリカさんに負けてはいられませんわね、わたくしも……と言いたいところですけれど!」
「ふふ……そう、ここでは焦った方が負けるのです……こんな風に」
リリカとミワが背中合わせになりながら奮闘する光景に心打たれたのか、カエデも鼻を鳴らしながら、自身に切り掛かってくる、種類もバラバラなガンプラの一団をシザーソードの一撃で叩き斬っていく。
そして、カエデが大振りな一撃を放った隙を狙って飛びかかってきたガイアガンダムへと、妖艶な笑みを浮かべたユユが予め「置いて」いたフォトン・ファンネルが突き刺さり、その機体をテクスチャの塵へと帰せしめる。
百花繚乱というにはあまりにも物騒だが、青いクリアパーツが乱舞して虚空に軌跡を刻む様は、どこか花弁が舞い散るように場違いな優雅さを、見る者に感じさせるほどに、ユユの戦いは洗練されていた。
「これが、ヴァルガ……」
「ええ、ユユたちの遊び場、そして修練の場です、ふふ……」
かつて「リビルドガールズ」のアイカはログイン初日からヴァルガに飛ばされて、尚生還してみせた猛者であるという噂をリリカも耳にしたことはあったが、ある程度慣れてきた自分ですらいっぱいいっぱいなのに、初日で生還したのが本当の話であれば、相当なことだ。
そして、こんな物騒な場所を修練の場としている上級者たちも同じである。
だが、こんな地獄だからこそ、忘れてはならないことはユユたちのような上級者であったとしても共通のものだ。
それは──「ハードコアディメンション・ヴァルガに、安息の地などというものは原則的に存在しない」という先人たちの金言に他ならない。
瞬間、リリカの脊髄をびりびりと灼けるような痛みにも似た感覚が走り抜ける。
それが擬似的な感覚のフィードバックの範疇であるのか、錯覚であるのかは定かではない。
だが──とびきりの、何かが確実に「ヤバい」と思わせる予兆がリリカの脳裏には閃いていた。
「お姉ちゃん! カエデさん! ユユさん……!」
「これは……」
『……』
レーダー前方から迫り来るその点は静かに、文字通り歩くような速さで悠然とリリカたちへと迫り来る。
否──「それ」の瞳には、リリカたちなど映ってはいないのだろう。
ポップする無数の通信ウィンドウには怒号と悲鳴が巻き起こり、そして「それ」が歩いた道には光の柱が林立し、巻き込まれたダイバーたちの機体を、その装甲の厚みや特殊性の有無を問わずに破壊していく。
暴力の化身とでもいうべき、理不尽の体現というべきその存在が歩む度に数多のダイバーがテクスチャの塵へと化していくというのに、どこか「浄化」とでも表現するのが相応しいような妖しい美しさを兼ね備えているそのガンプラは、辛うじてストライクフリーダムをベースにしたのであろうことだけが伺えた。
だが、わかるのはそれだけだ。
「……これはこれは、ヤバいねぇ……!」
「逃げるのは自由、ということですのね……!」
その光の柱が何であるのかはわからない。
だが、ストライクフリーダムをベースにしている以上、ドラグーンのようなものか、あるいはヴォアチュール・リュミエールないしアルミューレ・リュミエールをベースにしている可能性は高い。
ミワは一瞬、悠然と歩むその破壊と破滅、浄化の化身のコックピットを狙い撃とうとしたが、背筋を伝う猛烈な殺気と覇気とでもいうべきものに気圧されて、震える指先はトリガーを引くことはなかった。
結果論ではあるが、その光の柱や纏う光の衣がアルミューレ・リュミエールをベースにしていたのなら、ミワが今用いているGNスナイパーライフルIIでは容易く防がれて──ABAPSFDSですら、通用していたかどうかわからない──のだから、彼女の選択は賢明なものだった。
「ふ、ふふ……ふふふ……」
「ユユさん……?」
「『野生のレイドボス』……何もかもが不明で包まれている謎の実力者が、ヴァルガにはいると聞いていましたが、よもやこれまでとは……!」
その破滅の化身は、ただ「野生のレイドボス」という二つ名で呼ばれていることと、堕天使の王をモチーフとしたダイバーネームを冠する女性が操っている、ということしか周知されていない。
それは単純にエンカウント率が低いのもあれば、エンカウントしたダイバーが彼女をじっくりと観察できるほど長時間、生存することが不可能であるということも大きい。
個人ランキングが何位であるとか、どの大会で優勝しただとか、そんな肩書きも襲いくる破滅の前には、何の意味もなさない。
何を想い、何を描き、「彼女」はこのディメンションへといたずらに終末を齎しているのかを窺い知ることは、リリカにはできなかった。
だが──逃げようにも逃げることができない。
ただ、遭遇した時点で詰んでいる。
ユユもまた戦慄に背筋を震わせている時点で、それは明白だった。
『……』
「……っ、怖い……」
「……大丈夫……じゃないねぇ、ミワも……あの手の相手は苦手だよぉ」
チャンピオンとして君臨するクジョウ・キョウヤがもしも敵対する存在の全てを冷徹に排除し続け、誰と馴れ合うこともなくその座に居座り続けていたのならば、ちょうど彼女のようになったのだろう。
ただ威圧と戦慄を振り撒く恐怖の化身にして、強さという暴力の頂点。
孤独であるが故に、孤高であるが故に上り詰めることができたのであろうその執念や強さに、リリカが思うことは何もない。
何もない、というよりは何かが湧いてくる余地がない、という方が正しいのだろう。
だが、このままもたもたしていれば、あの「光」は自分たちを呑み込んで、喰らい尽くすことは明白だ。
リリカは迷うことなく必殺技のスロットを選択し、ブランシュアクセルによる離脱を試みる。
「カエデさん、お姉ちゃん、私と手を繋いで……! ユユさんは……!」
「ええ、わかりました……ifsプロージョン、どこまで通用するか……!」
『……!』
その選択が、彼女の逆鱗に触れたのかどうかはわからない。
或いはノーモーションでその速度が倍化して離脱していくリリカのフルブランシュに手を引かれているミワとカエデの姿も、それに続く形で全力のブーストを噴かしているユユのG-イデアも、ただ視界に捉えた存在として等しく映っているだけなのかもしれない。
ただ、わかることは──
リリカはがくん、と、両肩に鉛の塊がのしかかってくるような恐怖と絶望──それすらも通り越して、ただ「重い」という感覚に全てが支配されたような錯覚を抱いていた。
瞬間、「それ」はただ手を掲げただけだった。
だが、ただそれだけで立ち並ぶ無数の光の柱が何であるのか、ということを否応なく、リリカたちと、その巻き添えとなった大勢のダイバーへと刻み込んでいく。
駆け抜ける光の軌跡には、最早いかなる護りも意味を持たない。
「これ、は……!」
「ひか、り……なん、ですの……!?」
穿たれるのは破壊にして浄化の痕。
曇天が支配するヴァルガの空を切り裂いて、荒れ狂う極光が全てを──リリカを、ミワを、カエデを、そしてユユをも呑み込んで、ただ無へと帰していくだけだ。
ifsプロージョン・フルドライブの護りによってユユだけはリリカたちより長く生き延びることができたものの、スリップダメージのように蓄積していた戦闘ダメージも相まって、テクスチャの塵へと還ったことは同じだった。
ハードコアディメンション・ヴァルガは魔境である。
蠱毒の壺にして戦闘狂のラスト・リゾート、様々な蔑称で呼ばれているその所以はただ、シンプルに地獄を体現しているからに他ならない。
確かに得るものこそ大きかったものの、そのデス・エンカウントによって全てを消し飛ばされた無力感もまた大きい。
GBNという大海が果てしないものであることをその身に刻みながら、リリカたちはロビーへと強制送還されていくのだった。
◇◆◇
「……と、まあ、最後の方はともかくとしても、大戦争イベントはあんな調子で、四方八方から敵が襲いかかってくるのです……ふふ」
撃墜されたのはいつ以来だろうかと、ユユはどこか喜悦にも似た感情に胸を躍らせながら、いつものように妖艶な流し目を送りながら静かに微笑んでみせる。
「わかっちゃいましたけれど、貴女は相当な大物ですわね……」
ヴァルガ慣れしているはずのカエデにとっても、あの理不尽の化身との遭遇は相応に堪えるものがあったらしく、カフェテリアの椅子、その背もたれに体重を預けながら、どこか投げやりにそんなことを言い放った。
とはいえ、黙り込んでいる、というよりは机に突っ伏してへたり込んでいるリリカもそれは同じだった。
長らく忘れていたが、自分のエンカウント運はあまり良い方ではないのだ。
それにしたって限度があると呟きたくもなったが、あれだけの強者がGBNに存在しているというのは、途方もない壁が目の前に現れたような挫折感と、そしてどこか悔しさのようなものをリリカに抱かせていた。
強くなりたいと、そう願う。
あれに勝てるかどうかは別な話であるとしても、かつて貰った言葉に報いるように、「クジョウ・キョウヤには誰でもなれる」という激励に応えられるようにはなりたいという気持ちが、確かにリリカの胸の内側には芽生えていたのだ。
「……ま、負けちゃいましたけど、その……」
「うむうむ、リリカちゃん」
「……その、『大戦争』、私も頑張ろうかなって……だから、その……ありがとうございます、ユユさん……」
「ふふ……ユユとしても予定が少しばかり狂ってしまいましたけれど、リリカさんのお役に立てたのならば幸いです……ふふふ」
あははは、と、ユユは普段のどこか超然とした雰囲気からかけ離れた、年頃の少女のような笑い声を上げると、眦に浮かんだ涙を拭う。
「ふふ……ごめんなさい、お友達とこうして遊んだのがいつ以来なのか、ユユにも思い出せなくて、それがどうにも可笑しかったのです……ふふふ」
「いつ以来でもいいんじゃないかなぁ、今のミワたちは……フォースなんだからねぇ」
まだ引っかかりのようなものが拭えているとは言い難い。
リリカもミワも、そして新たに加入したユユも、カエデだってそれぞれの都合を抱えていて、そういう寄り合いがこのフォースで、「アナザーテイルズ」であるということは頭の中でわかっていたけれど、それがどこか心で理解できたような感覚に、ミワも、カエデも、そしてリリカもまた、声を揃えて一頻り笑う。
それでも、祭りはまだまだ始まってすらいないのだ。
頼んでいたアイスココアをNPDの店員から受け取りつつ、リリカたちは相も変わらず「アトミラール」がアンクル・サムのオマージュとして「GHC」の戦力を募集する広告が表示されている街頭ヴィジョンを見上げ。
「え、えっと……それじゃあ、その……『大戦争』に向けて……」
「乾杯乾杯、だねぇ」
「ええ、乾杯ですわ!」
「ふふ……乾杯です」
四つのグラスを宙に掲げて、「アナザーテイルズ」として四人は、来るべき祭りに向けて、杯を交わすのだった。
メガトンエンカ第四弾