ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

6 / 75
低コストにすっかり乗れなくなったので初投稿です。


第六話「ブランシュ、大地に立つ」

 艶消しのトップコートを施されたことで完成を迎えたガンダムAGE-1ブランシュ、その勇姿は、梨々香にとってはただ眺めているだけで充足感が湧いてくるような出来栄えだった。

 実際、既存キットを自分専用カラーに塗り替えるというだけでも手間暇がかかる塗装作業をこなした果てに、思い描いた通りの形が出来上がったのなら、そこに充足感を覚えるのは自然なことだ。

 だが、梨々香がブランシュを作った理由は、飾って嬉しいコレクションにするためではない。

 ドライブースという文明の利器によって、自然乾燥よりも遥かに早く仕上がった己の愛機を手に取ると、梨々香はどこか恍惚とした目で、シールによって光を灯したその双眸をじっと見つめる。

 ELダイバーや、一部の人間……共感覚、シナスタジアを持つ人間であればガンプラの声が聞こえるらしいが、梨々香にはまだAGE-1ブランシュの声は聞こえない。

 それでも、早く旅立ちたいと、あの空を飛び、大地を駆け、海を征きたいと、そう願っているように思えたのだ。

 

「あ、あのっ。これ……」

「利用料金ね。はい、確認したよ」

 

 恐る恐るといった風情で、梨々香は財布からそれなりの制作ブース利用料金をマツムラ店長へと手渡すと、震える手で代わりに帰ってきた領収書を受け取った。

 人と話すのはまだまだ怖い。

 それでも、きっとこの人は悪い人じゃないんだろうな、と、梨々香の中で直感がそう告げる。

 実際、マツムラ店長は気前の良い人として常連客からは「ケンさん」の愛称で親しまれているし、梨々香は知る由もないが、バイトである愛香やヒナタ──ムカイ・ヒナタ、ヒロトの同級生である──からの評判も決して悪いものではない。

 シーサイドベース店にこの人あり、と言わしめるまで彼がどんなキャリアを積み上げて、そこにどんな苦労があったのかもまた梨々香にはわからないことだった。

 だが、マツムラ本人からすれば、いつだってこんな風にガンプラを手に取って目を輝かせている誰かを見ていられることが至上の幸せなのだ。

 代金を受け取るなり、そそくさとゲームブースに足を運んでいく梨々香の背中を見送りながら、マツムラはそこに、かつてこのシーサイドベース店を訪れた客たちの姿を、そしてヒロトの姿を、愛香の姿を重ね合わせて小さく微笑む。

 

「あの子も、何か見つけられたみたいでよかったですね」

 

 ちょうど梨々香とすれ違う形で、棚卸しの作業を終わらせた愛香は、どこか満足げな顔をしているマツムラ店長に向けてそう言った。

 それは他でもない、愛香自身もかつては追い求めていた何か。

 そして仮想郷に潜り、希求し続ける理由。

 

「愛香ちゃんも随分と風格が出てきたねぇ、流石は『リビルドガールズ』の切り込み隊長ってところかな」

「あはは……いや、そんなことないと思うんですけどね」

 

 どこか冗談めかしたマツムラ店長の言葉に苦笑しながら、「リビルドガールズ」きっての武闘派扱いされている己の現状を鑑みて、愛香はがくり、と、肩を落とすのだった。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ダイバーギアの上にガンダムAGE-1ブランシュをセットして、ゴーグル型のデバイスを装着すれば、「蔵前梨々香」の意識は解けて、仮想と電脳の海の中でダイバー、「リリカ」として再構築される。

 特に何も考えず、リアルネームをそのままダイバーネームにしたリリカだったが、あの時はGBNへの期待で頭がいっぱいだっただけで、今思えば少し凝った名前を付ければよかったのだろうか、と、小さな後悔に胸がちくりと痛む。

 蔵前と梨々香をもじって「クラリス」だとか……などと、ロビーに転送された後もリリカは小首を傾げて考え続けていたものの、悩み続けている時点で答えなんて出ないものだ。

 だからこそ、問題を先送りにする形でリリカは、初心者狩りに出会わないことを祈りながら、しばらくロビーを散策する。

 

「……濃いなあ、GBNって」

 

 周囲を見渡してみれば、ガンダムのキャラになりきったアバターをメイクしている王道派のロールプレイヤーもいれば、己の趣味を限界まで積み込みました、とばかりに属性過多なダイバーもいて、それぞれが、忙しなくロビーを闊歩している。

 中でも埴輪か粘土細工にガンダムのアンテナやザクのモノアイを貼り付けたような独特の質感をしたダイバールック──ピキリエンタポーレスというらしい──だとか、リリカはその出典を知らないものの、漫画作品「機動戦士クロスボーン・ガンダム」に登場するキャラクター、ザビーネ・シャルの格好をしながらも両眼に眼帯をつけているという奇妙な出で立ちのダイバーが一際目を引いていた。

 

「……っと、いけない。ミッション受けなきゃ……」

 

 消え入りそうな声で呟くと、ダイバー観察をやめて、リリカは受付ロビーのNPDに、例によっておすすめのミッションを問う。

 

「ログイン二日目のお客様には、こちらがおすすめとなっております」

 

 応答するなり、一秒もかからず多くのミッションをリストアップしてくれるあたり、GBNに実装されているAIの技術も相当なものなのだろう。

 前回とは打って変わって、ずらりとリストに並べられたミッションの数は膨大で、どれを受けたものかとリリカは逡巡する。

 採取ミッションが一番楽なカテゴリであることは、己のダイバーランクが最低値であるFであることからも察せられるが、心機一転、愛機を作り上げたのだ。

 ならば、その初陣を飾るのはバトル系のミッションがいいと、リリカはタブを操作して、戦闘関連のミッションへと絞り込みをかける。

 Fランクダイバーに与えられるミッションはどれも似たり寄ったりといった風情ではあるが、それでも対MS戦なのか、対MA戦なのか、あるいはどの作品の機体と戦うかによっても、その難易度は大きく変わってくる。

 ただ致命的なのは、リリカにガンダムの知識がほとんどないことだった。

 グルドリンだのザムザザーだの言われても、どれが強いのか、そしてどれが戦いやすいのかなんて判別がつくはずもない。

 ほとほと困り果てた末にとりあえずリリカが選んだものは、「ガンプラ、大地に立つ」というリストの一番上に表示された初心者向けのミッションだった。

 

「えっと……じゃあ、これで……」

「承りました。お客様のご武運をお祈りしています」

 

 ぺこり、と折り目正しく腰を折ってお辞儀をする辺りもよく作り込まれている、と感心している間に、リリカの意識は解けて、ロビーから格納庫エリアへと転送されていく。

 ガンプラ、大地に立つ。

 それは他でもない、映像作品「機動戦士ガンダム」の第一話をオマージュしたものであり、スペースコロニーサイド7を模したステージで、ザク二機と戦うというミッションだった。

 勝利条件はザクの撃破。

 敗北条件は自機の撃墜。

 極めて単純明快な討伐系ミッションではあるが、何せクソゲー遍歴があるとはいえ、リリカはまだまだログイン二日目のダイバーにすぎないのだ。

 出撃前のブリーフィングフェイズとして与えられた数十秒という時間の中で、リリカは自分の頬をぴしゃりと叩いて、気合を入れ直す。

 

「あいたた……擬似感覚、ここまでフィードバックされるんだ……」

 

 とはいえ、その痛みは擬似感覚としてひりひりと、ダイレクトに頬へと伝わってくるのだから気合を入れるというよりかは、出鼻を挫かれたような気分になる。

 肩を落としつつも、落ち込んでいる時間はない。

 感じるのはGや上昇する感覚ではなく、何かに覆われているような闇の暗さだ。それは奇しくもどこか、遮光カーテンを閉め切った自分の部屋によく似ていた。

 このミッションは、いつも通り搬入口からカタパルトへと機体が運ばれていくのではなく、今回は野ざらしになっているトレーラーに仰向けで乗せられるという特殊なスタートが設定されている。

 だからこそ、立ち上がるのにはカタパルトの補助ではなく自身の操縦が必要になってくる。

 

「え、えっと……リリカ、頑張ります……!」

 

 早速レーダーに敵機を示す赤い点が二つポップしたのを確認すると、リリカは自身のガンダムAGE-1ブランシュを覆っていた布を勢いよく剥ぎ取って、その白亜の機体を円筒の大地に直立させる。

 双眸に灯す光は黄色。HGのAGE-1に余剰パーツとして付いてくる蓋パーツをセットしたことで「ガンダムAGE-1フラット」がベースとして判定されたのか、それともただの不具合かはわからない。

 だが、その目覚めはファーストガンダム……リリカが借り受けていたEGガンダムと同じような構図を描き出す。

 そして、立ち上がったことを視認した二機のザクのうち、おそらくジーン役として設定されているであろう一機がブーストを噴かし、「シャア少佐だって、戦場の戦いの中で出世したんだ」とばかりに突出してくる。

 ザクマシンガンによる銃撃を、機体を跳躍させるのではなく真横にステップを踏む形で回避すると、リリカはAGE-1ブランシュが装備しているビームライフル、もといドッズライフルでジーン役のザクへと狙いをつけた。

 

「お願い、当たって……!」

 

 ロックオンマーカーが赤く染まったのを視認して、リリカがトリガーを引くと、螺旋状に回転を伴ったビームが、AGE-1ブランシュが構えていた銃口から迸る。

 本来、コロニーで相手を誘爆させる危険があるビーム兵器を使うのは褒められた行為ではないがそこはそれ、ここはGBNで、そしてこのミッションはFランク相応の難易度に設定されているのだから問題はない。

 見事にコックピットを撃ち抜かれたことで、爆散したジーン役の機体を確認すると、デニム曹長役のザクはようやくヒートホークを構えて襲いかかってくる。

 

「格闘戦……? あ、えっと」

 

 ザクマシンガンでは痛手を与えられないとAIが踏んだのか、手斧を構えてのしのしと走り寄ってくるザクを再びロックオンマーカーの中心にセットして、リリカはその引き金を引く。

 ドッズライフルから迸る光を、一応ジーン役よりは上位の思考ルーチンが組まれているデニム曹長役のザクは肩の盾で受けようとした。

 が、無情にもその盾ごと貫かれる形で、ザクはあえなく爆散していく。

 元よりビームライフルを防げるような装甲値ではない、ということはさておくとしても、ドッズライフルは通常のビームよりも弾速と貫通力に優れたものとしてパラメータが設定されている。

 そのため、チャンプのように作り込んだダイバーであれば、並のアンチビームシールドだとか、ナノラミネートアーマーのパッシブ効果も踏み倒す形で、強引に破壊できるという特性を持っているのだ。

 

「勝った、のかな……?」

 

 リリカは額に浮かぶ汗を拭って、コックピットで一人ぽつりと呟くが返事がくることも、そしてミッションのクリアを告げるアナウンスもない。

 バグにでも遭遇したのだろうかと、リリカが己の屑運を呪いかけていた、その時だった。

 

【Secret Success!】

 

 見慣れない通知とアラートが、コックピットの中に響き渡る。

 そして、遠方からザクマシンガンのものと思しき銃撃のけたたましい音が、リリカの鼓膜を震わせた。

 

『連邦のモビルスーツ……よもやあんなものまで作っていたとはな』

「……え、えっ? これって、どういう……」

 

 リリカは無意識にではあるが、シークレット……隠し条件として非公開でこそあるが設定されている、「二機のザクを三十秒以内に撃墜する」という条件を達成していたために、本来は現れるはずのない、赤いザク──【シャア専用ザク】と、そしてNPDとして再現されたシャア・アズナブルが現れたのである。

 シークレットエネミーは、通常の場合そのミッションよりもワンランク上の思考ルーチンが設定されていることが多い。

 コロニー内に専用のザクで侵入してきたというイフの設定を忠実に反映した赤いザクの攻撃速度は、あのジーン役のザクと比較して三倍以上早いものがある、と、攻撃を回避するリリカの直感がそう告げる。

 

「よくわからないけど……やるしかないなら……!」

『モビルスーツの性能の違いが、戦力の決定的な差ではないということを、教えてやる!』

 

 とはいえ、ログインボーナスを受け取ろうとしていたら襖を突き破って長ドスが飛び出してきて天誅を下されるだとか、リスポーン地点で復活した瞬間に斬りかかられて天誅されるよりはよっぽどマシな部類だ。

 リリカのAGE-1ブランシュは、自慢の機動性でシャア専用ザクが放ってくるザクマシンガンを回避しながら、ドッズライフルによる攻撃を行うが、相手も相手で腐っても、ランクが低くてもネームドのAIであることに違いはない。

 ロックオンマーカーを頼りに狙っただけの射撃など、当たらなければどうということはないとばかりに、シャア専用ザクはガンダムAGE-1ブランシュの「銃口を読む」形でその攻撃を掻い潜って、巧みに距離を詰めてくる。

 

「……そっか、銃口……」

 

 かつてプレイしていたクソゲーでも、相手が持っているリボルバー式の拳銃に刀で挑みかからなければならない時、見ていたのは常にその銃口だった。

 オートロックとオートエイムは確かに便利なシステムではあるが、100パーセントの必中を約束してくれるわけではない。

 最後の一発は偏差射撃を狙って「置いた」ものの、惜しくもそれはシャア専用ザクのスパイクショルダーを吹き飛ばしただけで、致命の傷には至らなかった。

 

『なるほど……できるようだな、連邦のモビルスーツ!』

 

 連邦がどうとかジオンがどうとか、そんな事情をリリカは知らない。

 だが、本気を出す、ついてこられるかとばかりにその動きをさらに機敏なものとした、シャア専用ザクの飛び蹴り──代名詞ともいえるシャアキックは確かに、AGE-1ブランシュの胴体に直撃していた。

 

「か、はっ……」

 

 衝撃のフィードバックに思わず息が詰まるが、ここで体勢を崩したまま倒れてしまえば、それこそ相手の思う壺だ。

 リリカは歯を食いしばって機体に制動をかけると、後詰めとしてシャア専用ザクが振り下ろしてきたヒートホークを、左腕に装着していたAGE-3オービタルのバックラーで受け止める。

 

『なんと! ええい、連邦のモビルスーツは化け物か!』

「こ、この子は……!」

 

 そのまま衝撃を受け流す形でバックブーストを噴かし、リリカはAGE-1ブランシュを上昇させる。

 ただ飛び上がっただけでは隙を作るだけだというのはクソゲー遍歴からわかりきっていることだ。

 故に、リリカは弾切れとなってリキャストを待つ必要があったドッズライフルを躊躇いなくシャア専用ザクへと投擲して、わずか数秒の猶予を作り出す。

 

『そんな、散漫な攻撃では!』

「……この子は……ガンダムAGE-1ブランシュ……私の、私の……ガンダムです!」

 

 そして、バックラーから抜き放ったビームサーベルで、ライフルを切り払うという選択肢をチョイスしたシャア専用ザクを、リリカはけさがけに、一刀の下に斬り捨てる。

 

『ええい、認めたくないものだな、若さゆえの過ちというものは……!』

「はぁ……っ、は、あ……っ……」

 

 紙一重の勝利だった。

 リリカが安堵に、肺の辺りで滞留していた息を吐き出すのと同時に、シャア専用ザクが沈黙したことで、改めて「Mission Success!」の通知がコックピットにポップする。

 GBNには、知られていないものも含めて多くのユニーク要素やシークレット要素が眠っているともいわれている。

 今回リリカが引き当てたのはその一端だったが、相も変わらず運がいいんだが悪いんだかわからない己の体質に苦笑しながらも、その心はどこか、安堵と充足感に満たされていた。

 

「勝った……勝ったんだよ、私たち……ブランシュ……」

 

 ──こんなに嬉しいこと、ないよ。

 気付けば、リリカはにへら、と笑いながら、愛しい人にでも囁きかけるかのように、或いは己の相棒を労うように、そんな言葉をぽつりと呟いていた。

 そして、勝利の凱旋とばかりに、意識は解け、ロビーへと再構築されていくのだった。




泣き虫リリカの初陣、そして初勝利

【シークレット要素】……読んで字の如く隠されたGBNにおける様々な要素であり、例えば採取系ミッションの中でも規定時間以内に一定数以上を納品すると敵の乱入が起こる、といったものから、ガチの超低確率でのレアドロップといったものまで様々であり、検証班の頭を日々悩ませているフレーバーでもある。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。