リリカたち「アナザーテイルズ」がGHC艦隊の包囲を突破して、ヨコスカ基地へと降下する傍らで、もう一つのフォースが同じように大気圏突入を試みていたことを知るものは少ない。
かつてロータス・チャレンジという難攻不落の要塞に吶喊し、そして第二次有志連合戦では奇しくも今回と同じように、「AVALON」の本拠であるフォースネストが存在するエリアまで奇襲をかけたあの「BUILD DIVERS」が有するペンギンを模したスペースシャトルが、降り注ぐ弾幕砲火の中を駆け抜けて、今大気圏へと突入しようとしていた。
「コーイチさんはナノラミネート塗料で強化してたって言ってたけど……!」
そのシャトルに格納された白亜の機体──【ガンダムダブルオースカイメビウス】のコックピットで、それを操る今最もチャンプに近い男と噂されるダイバー、「リク」は絶え間なく響く振動に奥歯をきつく噛み締めた。
GHC艦隊の統率は、旗艦である「扶桑」がセルピエンテ・クーのナユタによって撃沈させられたことで乱れつつあったものの、後続の「山城」がそれを引き継ぐことで、揺らぎかけていた衛星軌道絶対防衛線は、立て直しつつあった。
だからこそ、無理やり突入するのであれば今しかない。
と、いった風情でシャトルを操縦しているコーイチとモモは弾幕砲火の雨霰を無理やり掻い潜り、そして時には主砲の直撃を受けながらも、ヨノモリ塗料謹製のナノラミネート塗料と、そして対ビームコーティングトップコートという二重の防壁を駆使することで強行突破を試みていたのだ。
ダブルオースカイメビウスやジェガンブラストマスターといった、ビルドダイバーズが抱えている戦力を宇宙における陣取り合戦に投入しないのかという懸念は確かにあった。
だが、事前に話を合わせていたロンメルからは、「GHC」が最も力を入れる場所があるとするならばそれは本拠地であるヨコスカ基地に他ならず、この「大戦争」の趨勢が決まるとするならばいかに早く大本営を壊滅させられるかということにかかっているということで、リクたちは遊撃隊としてヨコスカ基地への急襲に加担する──はずだった。
大気圏を突破したビルドダイバーズを待ち受けていたのは、トーチカや固定砲台、配備されたMSによる迎撃ではなかった。
「気をつけて、リク君! 何かが物凄いスピードで接近して──!」
『あーっはっは!!! 悪いですけれどこれも大人の事情、このバエルと……アリア・ファリドがお相手仕りますわ、「ビルドダイバーズ」!』
コーイチが警告するよりも早く、そして
だが、その名乗りを聞いて安堵の表情を浮かべられるほど、リクは己の実力を過信していなければ、その馬鹿げたと評されてもおかしくはない無謀な賭けに出た女性の覚悟を笑い飛ばすことなどできない人間だった。
アリアが突撃すると同時に振り下ろしたバエル・ソードの一撃は、ナノラミネート塗料による全塗装が施されているはずのスペースシャトル、その装甲を易々と切り裂いて両断せしめる。
バエル。
その存在はリクもよく知っていた。
映像作品「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」に登場する、ソロモン七十二柱の悪魔の名を冠するガンダム・フレームモデルの一号機にして、劇中ではマクギリス・ファリドが操ることで、実に三百年という間改修らしい改修を受けていなかったのにもかかわらず、大規模改装されたガンダム・キマリスヴィダールと互角以上に打ち合うという活躍を見せている。
そして、目の前に聳え立つガンダム・バエルは、HGのそれをベースにしながらも関節部以外は徹底的な作り込み──ほぼゼロからの作り起こしが施されていることでほぼ別物と化しており、原作におけるその勇姿を遺憾なく再現しているものだ。
それだけでアリアというダイバーが、バエルという機体に並々ならぬ情熱を注いでいることが窺える。
両断されたことで格納庫が露わになりながらも、「ビルドダイバーズ」の面々は散り散りになることで続く電磁砲からの追撃を逃れ、迎撃の弾幕砲火が待ち構える戦場へと飛び去っていく。
『あのジェガンの改造機を基地の攻略に回したのは賢明ですわね、しかしわたくしとてただ「GHC」にここの守護を任されたわけではありませんことよ!』
「わかってます、だからこそ俺は……あなたを倒して前に進む! アリアさん!」
『その意気や良し! わたくしとバエルの力……しかとその目に焼き付けるのですわああああああッ!!!』
背部にマウントされたメビウスビームキャノンを変形させて、メビウスアロンダイトを展開したリクは、アリアのバエル・ソードによる剣戟に怯むことなく光の翼を広げて突撃する。
その勇姿は、今最もチャンピオンに近い男と評されただけあり、アリアほどの実力者を前にしても尚怯むことはない。
だが、これは一対一の決闘ではなく、リアルタイムで戦況が目まぐるしく移り変わっていく陣取り合戦だ。
極端な話、アリアは別にリクを倒せなくとも、彼をここに足止めしているだけで仕事になるし、リクの側としては一刻も早くアリアを倒すかその追撃を振り切るかして、どうにか戦況を好転させなければならないのである。
そういう意味で今、戦況を握っているのはアリアの方だった。
──だが、そんな遅滞戦を繰り返したところで何が面白いのだろうか。
確かにハイランカーを基地に侵入させるなとは言われたが、別にあれを倒してしまっても構いはしないのだろうと、アリアは口元に獰猛な笑みを浮かべて、瞬きをする間も与えないほどの剣戟を、ダブルオースカイメビウスへと浴びせかけた。
アン、ドゥ、トロワのリズムで放たれる斬撃の輪舞は、リクほどの腕前をして守勢に回らざるを得ないほどに苛烈なものだ。
それでも、アリアのリズムを一瞬で掴んだのは彼がチャンプに最も近いと言わしめただけのことはあるだろう。
「はあああああッ! トランザム……インフィニティだ!」
『もっと……もっとですわ! わたくしにその力を示すのです、バエル!!!』
返す刀をぶつけて、激しい鍔迫り合いを繰り広げながら、リクとアリアは闘志を剥き出しにして剣を振るう。
だが──その横顔には、微かながらも笑顔が浮かんでいた。
楽しい。
確かに焦燥感が今もリクの、そしてアリアの脊髄をちりちりと焦がしているが、その感覚も含めて「楽しい」と感じるからこそ、このGBNなのだ。
白亜の機体が真紅に染まり、そして悪魔の王は紅い眼光の尾を引いて、大空高くぶつかり合う。
しかしまだ、大戦争は、この一心不乱の戦いは、まだまだ始まったばかりなのだ。
それを示すかのように、「AVALON」と「第七機甲師団」が中軸となって勢力の盛り返しを図っている宇宙だけではなく、「BUILD DIVERS」と──そして「アナザーテイルズ」が降下した地上でも、鉄風雷火が吹き荒れているのであった。
◇◆◇
「……こうも早く大気圏降下組が現れてくるとはね」
「チャンプの足止めには成功してるはず……」
「コンゴウ、今回の戦い、有望な新人が多いようだ……我々も覚悟を決めなければならないのかもしれないだろうね」
ヨコスカ基地の司令部にして、ドックに今は係留されている改ドゴス・ギア級戦艦「天城」のブリッジで、予想以上にハイスピードで展開されている宇宙の戦況と、そして今ビルドダイバーズや「アナザーテイルズ」に続いて次々と降下してくる傭兵部隊を俯瞰しながらそっと目頭を押さえた。
確かに問題のチャンプと、そして因縁のロンメルをなんとか抑えるために宇宙エリアは最初からルナツーを放棄する前提で、絶対防衛線を衛星軌道上に構築、ゼダンの門とコンペイトウになるべく上位の戦力を集結させることで遅滞戦を行う──それまでは恙無く進んでいたのだが、見誤ったとするならば「セルピエンテ・クー」の連中と、「アナザーテイルズ」なる新鋭フォースだろうか。
とはいえ、地上も地上で問題がなくなったわけではない。
『なんだこいつ、どこから──』
『死ぬぜぇ……俺の姿を見たやつは、皆死んじまうぞ!』
「……『死神』か、これはベルリンも持たないかもしれんな」
地上における主要な拠点は今回ベルリン、トリントン、北京、ニューヨーク、ブラジル、そして南アフリカに策定しているが、その一つが早速、ランキングには名を連ねていないものの、気ままに現れては戦場を荒らし回っていくとされるデスサイズの改造機を使うダイバーにしっちゃかめっちゃかにされ、そしてかの修羅場、「マゼラン大陸」からの来訪者たちは南アフリカ支部を破竹の勢いで踏み荒らしているのが現状だ。
いきなり領土の七割が失われるという懸念はないもの、戦力の逐次投入が悪手である以上、このヨコスカ基地だけは文字通り死んでも守り抜かねばならないし、それは各サーバーにおける主要な拠点も同じなのだ。
「全く……二万の軍勢を率いてもこれだ、だから」
「だから……GBNは面白いデスか、テイトク?」
「ああ、全く持ってその通りだ! 全軍に伝えろ、ここに蟻の一匹であっても踏み入れさせてはならないとな!」
アトミラールは脊髄を燃やされるような焦燥と、胃の辺りに痛みを感じながらも不敵に微笑んで、二万の軍勢に激励を下す。
そして、遊撃隊が上空からの迎撃を試みているヨコスカ基地──その対空砲火は更に激しさを増して、戦場の隙間を縫って降下してきたのであろうレイダーガンダム制式仕様を引き裂いて、テクスチャの塵へと帰せしめる。
「僕とて伊達に……『GHC』の名を背負っているわけではないぞ……!」
眼光鋭く、アトミラールは静かに呟く。
そうだ、チャンプがなんだ。ロンメルがなんだ。
この戦いは、まだまだ始まったばかりなのだから。
そうとばかりにモニターを睨み付ける伴侶の姿にコンゴウは苦笑を浮かべながらも、「GHC」の副将として、各地の支部から飛び込んでくる悲鳴に対しての対処とそして戦力の配分というタスクに戻っていくのだった。
◇◆◇
ヴァルガが何もかもが野放図になった地獄だとしたら、このヨコスカ基地は理路整然とした地獄が展開されているといっていい。
なんとか対空砲火を切り抜けて、着水点からヨコスカ基地に上陸を果たしたリリカたちであったが、その苦労を嘲笑うかのように、いつぞやのレイドバトルを思い起こさせる大戦力が、寡兵であっても容赦はしないとばかりに怒涛の勢いで押し寄せてくるのだ。
「さてさて、どうしたものかねぇ……っ、と……!」
遥か遠方に備え付けられている「アルテミスの傘」──アルミューレ・リュミエールが展開されているユニットを超長距離射撃でぶち抜きながら、ミワはこめかみにじわり、と脂汗が滲むのを感じていた。
『蟻一匹たりとも入れるなとは提督のお達しだ! 野郎共、ボーナスが貰えるかもしれないんだから全力を果たせ!』
『コンゴウさんからエールを貰ったんなら、頑張らないわけにゃあ行かんよなあ!』
ロービジカラーに統一されたウィンダムが、次々と基地から発信しては、水中からの上陸を試みているゾゴックやズゴックといった水陸両用型のモビルスーツへと爆撃を加えて、基地正面からの正面突破を愚直に試みるリリカたちにはドッペルホルン連装砲による手厚い歓迎が届けられる。
「……っ、お願い、Cファンネル!」
上陸したのはいいが一歩も前に進めていないという現状を憂いながらも、リリカは決して焦ることなく、迎撃を一つずついなしながら、じりじりと、狙われやすいミワを守る形で戦線を押し上げていた。
思い返すのは、この「大戦争」に向けて参加した練習の記憶。
ヴァルガでは、今と同じように四方八方からの攻撃が飛び交い、挙げ句の果てには振り切ることも耐え切ることもできない「光」によって蒸発させられるという理不尽な経験をしたが、それに比べれば、現状はまだマシな方だ。
そして、その隙間で密かに参加していた武術大会──タイガーウルフが主催する「龍虎祭」において、最近破竹の勢いでフォースランキングを伸ばしているだけでなく、運営が作った金策ミッションで大当たりを引き続け、殿堂入りを言い渡されるなど様々な伝説を現在進行形で作り上げている「ビルドライジングのケイ」と戦ったときのことを、リリカは想う。
ミサイルの中にトリモチを仕込むという搦手によりCファンネルの斬れ味を鈍らされたのは痛手だったが、なによりも対応できなかったのはあの必殺技だ。
今考えてみても、引き分けという結果に持ち込めたのが不思議な戦いであったが、あれだけの激戦に比べれば、推定戦力比が何対一であるかもわからない現状は、まだまだマシな方だと胸を張って言える。
そして、ドッペルホルンや基地に張り巡らされたトーチカから飛んでくる弾にあの瞬間接着剤が仕込まれたトリモチが詰まっていない以上──Cファンネルによる防護は、十全に機能するということだ。
「……お、お願いします! カエデさん、ユユさん……!」
「リリカさんのためならば……お任せあれ、ですわ!」
「ふふ……これだけ固まってくれていると、かえって都合がいいというもの……!」
どんなに無尽蔵に見える戦力だとしても、どんなに絶え間なく降り注いでいるように見える弾幕でも、それを操作しているのが人間かAIかという事情の違いはあったとしても、共通して「隙間」が生まれるというのが、リリカの得た教訓であり見解だった。
ブランシュに乗っていたときに戦った「MS斬りの悪魔」ことアズキは確かに強敵で、その洗練された剣術の型を一つ一つ繋ぎ合わせる戦い方には終始圧倒されていたものの、人間が呼吸を必要とする生き物である以上、リリカがそこに一瞬の隙を見出したのもまた確かなことである。
そしてそれは、「GHC」が誇る正面警護であっても同じだった。
微かに弾幕砲火が途切れた一瞬、その瞬間を見出してリリカはカエデとユユに、ツインバスターライフルと、IFBRによる掃討射撃を要請する。
目の前に見えるロービジカラーに統一されたウィンダムの編隊は、全身にくまなくディテールが追加されるなど、相応にカスタマイズが施されているが、同じように作り込まれたカエデやユユが持っているツインバスターライフルと、そしてIFBRを耐えられるほどの装甲値は備えていないというのが、リリカの推測だった。
そして、その推測が正解であったことは程なくして証明される。
『来るぞ、構えろ!』
『構えろったって、うわああああッ!』
それでも反応して、アンチビームシールドを構えられた辺り、ヨコスカ基地に配備されている戦力は末端であったとしても一流だということだろう。
しかし、圧倒的な、不可避の暴力から逃れることはできない。
あの日リリカたちが遭遇した「光」を纏う極光の化身であったり、或いはグラン・サマー・フェスティバルの時に鉢合わせてしまったオーマ・リ・オーが振るった超広範囲攻撃の余波で蒸発した時であったり、範囲で巻き込んで威力で圧殺する攻撃の奔流から逃れることは極めて難しいことなのだ。
ウィンダムの大群がテクスチャの塵に還ったことによって生まれた戦場の空白地帯に、次々と海中で息を潜めていた水陸両用型のモビルスーツがぞろぞろと上陸していく光景を横目に見て、リリカはほっと胸を撫で下ろした。
第一の防衛ラインは突破できたということだ。
そして、一際高く水飛沫を上げて上陸してきたそのガンダムを、リリカは小さく一瞥する。
『水中戦力の掃討は俺たちがやっておいた。その……ありがとう、「アナザーテイルズ」……コアチェンジ・マーキュリートゥアース、ドッキング・ゴー……!』
そのガンダム──群青色のアーマーに身を包んだ【メルクワンガンダム】のアーマーが外れて、海中から飛び出してきた支援機から分離した青色のアーマーに身を包んでいく姿を、リリカはただ見送ることしかできなかったものの、彼の顔と、そして今【アースリィガンダム】に姿を変えたガンダムには、見覚えがあった。
レイドバトル「アルス」戦の立役者である「もう一つのビルドダイバーズ」こと「BUILD DiVERS」は、海中からヨコスカ基地への上陸を試みていたのであった。
そして、彼の──「ヒロト」のアースリィガンダムに続く形で、【ガンダムイージスナイト】や【ウォドムポッド】、【エクスヴァルキランダー】といった「BUILD DiVERS」の面々が次々に海中から姿を現し、第二防衛ラインへと戦線を押し上げていく。
ヒロトからすれば、些細な一言だったのかもしれない。
リリカは眦にじわり、と滲んだ涙を拭いながら、彼らに続く形で第二防衛ラインまでフルブランシュを加速させる。
「……ありがとう、って……言ってくれた……」
知らない人から疎まれることはあっても、感謝されることは人生で数えるほどすらなかった。
だからこそ、そんな些細な一言が、だけど、リリカにとっては大きな一言が、ただ嬉しかったのだ。
「……良かったねぇ、リリカちゃん」
「……うん、お姉ちゃん……!」
だからこそ、負けられない。
泣き虫な自分は、些細なことで今みたいに涙を零してしまうかもしれないけれど、誰かの厚意に報いるために、そして今側で支えてくれているミワたち──「アナザーテイルズ」の仲間たちと、フルブランシュのために必ず勝利を持ち帰らんと、リリカは静かに、しかし激しく、心火の炉に炎を灯すのであった。
それは小さく、大きな贈り物