一桁の現人神、二桁の魔物、三桁の英傑。
その名を轟かせる彼らと鉢合わせた時、並のダイバーは何もできずに死んでいくしかないのだろうか?
答えは否である。
確率論的な、極めて考えるのが馬鹿馬鹿しくなるような可能性の話ではあるのだが、例え始めたての初心者であっても、「一撃当てる」という条件だけなら、相手がチャンピオンであったとしても達成できる可能性はあるにはあるのだ。
それがどれだけ天文学的な数字で、かつ現実的でないかを考慮しなければの話ではあるのだが、少なくともゼロであるということはあり得ない。
だからこそ、彼らは誰よりも臆病でいることを是としている。
ゼロにならない可能性を限りなくゼロへと近づけるために、そして下からは追いかけられ、上へは登り詰めなければならないという甚大なプレッシャーを常に受けているハイランカーたちが取る戦術は、概ね似通っているといってもいい。
即ち、勝ち筋を拾うのではなく負け筋を潰すのだ。
トライスラッシュブレイドと切り結んでいたかと思えば、テトラが操るザ・ギャンは突如としてリリカのフルブランシュを蹴り飛ばして、弾頭一つ一つがフルスクラッチのシールドミサイルを発射する。
明るく、誰にでも優しいその人柄からは想像できないほどに冷徹なその戦い方から伝わってくる勝利への執念とでもいうべきものは、リリカの背筋を震え上がらせ、満身創痍のフルブランシュを追い込んでいく。
だが、負けられないのはリリカもまた同じなのだ。
「ブランシュアクセル、フルブースト!」
『お、来たね来たね、例の必殺技……!』
ノーモーションで突如として倍速化したフルブランシュの挙動に若干面食らいながらも、テトラはその余裕を崩すことなく、進行方向を見切って、そこにビームサーベルの斬撃を「置いて」おく。
事前にアトミラールから知らされていたから良かったものの、もしも全くの初対面であったなら確かにこのブランシュアクセルという必殺技は厄介なものであっただろう。
テトラが全てリリカの行動を読み切っていたことで、リリカは置いていたサーベルによる斬撃に自ら飛び込む形となる。
トライスラッシュブレイドを保持していた右腕を切り飛ばされたリリカは愕然として、眼前に聳える白磁の機体をただ見つめることしかできなかった。
確かに一撃、鍔迫り合いに持ち込むことはできたかもしれない。
だが、それだけだ。
逆にいってしまえば、テトラがそれ以上を許してしまえばそれは負け筋に直結しかねないファクターであったからこそ、彼女はランキングだけを見るならば遥かに格下であるリリカに対しても侮ることなく、本気で挑んでいたのだ。
だが、リリカももう、ただ泣いているばかりではない。
ごしごしと眦に浮かんだ涙を拭いながら、リリカは瞬時に使える武装の残りを把握する。
左腕は健在、右腕は肘から先が切り落とされたものの、トライバードの使用に支障はなく、そしてブランシュアクセルを発動させているために今のフルブランシュは、全身が攻撃判定に包まれているということになる。
それでも、勝てる可能性は少ないだろう。
と、いうより、例えフルブランシュが万全であったとしてもテトラにリリカが勝てる可能性は皆無に等しい。
だからこそ、選択肢はただ一つだ。
速度を活かし、ザ・ギャンを振り切って逃走する──だがそれも、あの神がかった精度の予測斬撃が許してくれないだろう。
ならば、どうにかこの場を生き延びる以外に選択肢はない。
リリカが腹を括って、ザ・ギャンへと特攻をかけようとしたその瞬間だった。
『後ろ!』
「読まれてたか……!」
先ほどまでビグ・ザム(連邦仕様)の相手をしていたリライジングガンダムのコアユニットとなっていたコアガンダムIIが小型のアッザム・リーダーを投擲したものの、テトラはそれさえも読み切って斬り払ってみせる。
「えっと……『アナザーテイルズ』、こっちは『BUILD DiVERS』だ。支援する」
ぶっきらぼうにそう告げたコアガンダムIIを操るダイバー、ヒロトはビームサーベルを展開して、ザ・ギャンへと斬りかかっていく。
他の面々は地上で未だに尽きることを知らない「GHC」の戦力に苦戦させられていた中、ヒロトだけが空中に飛び上がれたのは一度装着したアースアーマーをボルト・アウトすることで隙を作り出したからだった。
だが、リライジングガンダムへの合体は著しくエネルギーを消耗する。
今のヒロトができることといえば足止めが精一杯だったが、蒼天を裂いて降り注ぐのは何も、彼一人だけではなかった。
「ごめん、手間取った! こちら『BUILD DIVERS』のリク、今から君たちを援護する、『アナザーテイルズ』!」
同じく満身創痍といった風情で、右肩にはバエル・ソードの破片が突き刺さり、そして全身各所に大小様々な傷を負いながらも、なんとかアリアを下していたリクとガンダムダブルオースカイメビウスも、最前線に立つリリカを支援すべく、残された左腕に構えたメビウスアロンダイトでザ・ギャンへと勇猛に斬りかかっていく。
『テトラお姉ちゃん……!』
「おっと、悪いですけれど……貴女の相手はわたくしでしてよ!」
『っ、強い……!』
ユニが慌てて三対一という状況を打開すべく、テトラへのカバーに入ろうとしたのを見計らって、カエデもまた、満身創痍のウイングゼロヌーベルのスラスターを全開にして、ビームサーベルをギャン・ダムへと振り下ろした。
混沌とした戦場ではあったが、その趨勢は、均衡を保つ天秤は確実に傭兵連合の側に傾きつつあるのは最早火を見るよりも明らかだった。
各地の拠点の制圧率は約四割に達しつつあり、その間にこのヨコスカ基地が落とされてしまえば、「GHC」はその自慢の統率力を失って瓦解することだろう。
だからこそ、リリカたちは死に物狂いでこのヨコスカ基地を制圧しにかかっているのだが、それがわかっているからこそ「GHC」も事実上、最終防衛ラインを押し上げる形でなんとか巻き返しを図ろうとしているのだ。
つまるところ、「GHC」にはまだ逆転の切り札が残されている。
リリカは戦線をじりじりと押し上げながらも、どこか根底に抱いていた違和感の正体に気付いて、はっ、と思わず顔をあげる。
テトラとユニも彼らが温存していた切り札であることに間違いはないだろう。
特に、ギャン・ダムによる火力支援は一時的にとはいえ傭兵連合の地上戦力の大半を喪失させるほどに強力なものであったし、なんなら今も超小型ダインスレイヴという、掠っただけでもヤバい代物を撒き続けている。
リクとヒロト、そしてリリカの三人に包囲されたテトラは一転して防御態勢に追い込まれていたものの、それでも、その瞳から焦りの類は伝わってこない。
むしろどこか余裕さえ感じさせるのは、虚勢も少なからずあるのだろうが、一桁ランカーとして戦場における状況の把握を適切に行えているからだといってもいいだろう。
ならば、この状況を覆せる切り札とは何か。
リリカはTRYファンネルをリクとヒロトが斬りかかるタイミングを作りやすいように、死角へと回して射出しながら考える。
あのビグ・ザムは確かに防衛ラインの切り札として相応しいものだったといえるだろう。
だが、ミワの狙撃によってそれがご破算になったからこそ今、傭兵連合は有利に戦えているのだが、それさえひっくり返せるものがあるとするなら──
刹那、宇宙での記憶がリリカの脳裏にフラッシュバックする。
一瞬にして、衛星軌道上に展開した傭兵連合の六割が壊滅したあの拡散ハイパーメガ粒子砲。
あれがまだ残されていて、そしてヨコスカ基地に配備されているとしたら。
「っ、皆さん……!」
だが、それを何と伝えたものか。
大地が鳴動し、木々が悲鳴を上げるようにざわめいたのは、リリカが言葉に詰まったその一瞬、刹那の隙を突いてのことだった。
要塞化された「GHC」の本拠であるヨコスカ基地の司令部が二つに割れて、その地下から抜錨してくる白亜の巨体が、もはや1/1サイズに拡大されたモビルスーツですらも比較の対象とするのが馬鹿馬鹿しくなるほどの威容を湛え、大空高く抜錨する。
そして、その白亜の方舟がただ何もせず地下で起動の準備を待っていたわけではないことぐらいは、リリカにも瞬時に理解できた。
──逃げて!
リリカが咄嗟に叫んだ言葉が、どれだけのダイバーに通じていたのかはわからない。
だが、その巨体が、戦艦が浮上した瞬間に多くのダイバーたちは本能でそれを悟っていたといってもいいだろう。
『ここまでよく戦った……君たちの敢闘は素晴らしいものだった、傭兵諸君』
白い滅びをもたらす巨艦のブリッジからポップした通信ウィンドウには、軍帽を目深に被った長身の青年──アトミラールが、いつになく低く威圧的な声音で無慈悲に告げる姿が映し出されていた。
『だが、これでお別れだ──フォトンリングレイ、射出』
それを止められるだけの余力は、最早リリカたちには残されていなかった。そしてそれは、前線で侵攻してくる傭兵連合を食い止めていたテトラとユニをはじめとした「GHC」の兵士たちも同じだった。
『離脱! ボサボサしてるとあーしたちも巻き込まれっかんね!』
ザ・ギャンを操るテトラはいつになく切迫した声で叫び、カエデが今大上段から振りかざしたビームサーベルでそのコックピットを切り裂かんとしていたギャン・ダムを、ユニを掻っ攫って浮上した巨艦、改ドゴス・ギア級戦艦「天城」の背後へと一息に駆け抜けていく。
「どうする、ヒロトォ!? リライジングはもう使えねえぞ!」
「……っ、すまない、カザミ! 俺のミスだ、あれはもう──」
「……いいや、まだだ! ユッキー!」
「……カエデさん、お願いできますか!?」
「合点承知ですわ! この場にいる全ダイバーに通達しますわ、少しでも生き延びたければ……わたくしに続きなさい!」
どうするかを決めている時間の一秒でも惜しいとばかりに、「天城」の艦首に設けられた二門の特装砲が光を帯びていく刹那、リクは戦力として温存していたユッキーの【ジェガンブラストマスター】に、そしてリリカはカエデにツインバスターライフルによる迎撃を指示して、テトラたちが駆け抜けていった方向へと全力でブーストを噴かした。
それは、死にに行ってこいと、そう言っているのと同義であるとリリカも把握している。
だが、カエデは何一つ嫌な顔をせずに、むしろそれでこそとばかりに毅然と笑顔を浮かべて、フォトンリングレイが展開された真正面に機体を運ぶ。
「ビルドダイバーズのユッキーさんでしたわね、貴方も大概物好きですわね」
「まあ、そうですね。でも……カエデさんもそうなんですよね?」
「ええ、全く。むしろこの状況でこそ、わたくしの望んでいるものは手に入る……!」
傭兵連合のガンプラたちも、カエデの呼びかけに集う形で、真正面から拡散ハイパーメガ粒子砲を止めるべく、続々と火力自慢たちが戦場へと集い、青空にその威容を誇る「天城」を撃ち落とすべく、各々の武器にチャージを始める。
それは最早狂気の沙汰だといっても良かった。
勝ち目が万に一つもない無謀な賭けであることに、何ら疑いはない。
だが──この「大戦争」イベントにおける戦場は、何もヨコスカ基地に限定されたものではないのだ。
自分たちがここで倒れたとしても、相手に「天城」という切り札を使わせたというだけで、それだけで価値がある。
無論、相当な兵力を喪失することも織り込んだ上で尚、総大将であるアトミラールをこの戦線に引きずり出せたというのはアドバンテージとして勘定できるものに違いはない。
『……力は更なる力によって滅ぼされる。ハイパーメガ粒子砲、放て!』
『Fire! 撃ちー方ー始め!』
「ここでわたくしが倒れようとも……」
「僕たちが倒れようとも……」
『死なば諸共だあああああッ!!!』
瞬間、真白く爆ぜた閃光がリリカたちの視界を塗り潰していく。
ジェガンブラストマスターと、カエデのウイングゼロヌーベルのツインバスターライフル、そして無数の傭兵連合のガンプラたちが放った照射ビームは確かにぶつかり合い、僅かにハイパーメガ粒子砲の気勢をある程度は削ぐことに成功していた。
だが、フォトンリングレイという強烈な増幅装置を経由して発射されたそのビームを、いかに出力自慢であるとはいえモビルスーツが持てる最大火力で捌き切れるかといえば、答えは否であることぐらい自明の理だ。
フォトンリングレイを起点に拡散したビームはその勢いを、威力をある程度削がれながらもヨコスカ基地に無数の光の柱を立ち上らせて、前線に残存していた傭兵連合のガンプラたちを次々に破壊していく。
それでも、カエデたちの行いが決して無駄であったわけではない。
白い極光が全てを塗りつぶしていく中で、「それ」は確かに、異色の光を纏って輝いていた。
それがここにいたことは、そしてカエデたちが息を合わせて一斉射を放つことで、絶妙にハイパーメガ粒子砲の威力を削げたのは、何千分の一、何万分の一という偶然であったのかもしれない。
だが、大気圏内という条件も手伝って減衰したビームは辛うじて、戦線の中心で棒立ちになっていたその黄金の機体──全身にヤタノカガミ加工を施し、最早原型が胴体と頭部とフォルファントリーぐらいしかないほどにカスタマイズされた【スペリオルスーペルシュペールスーパーハイペリオン】の装甲で弾き返せるほどにまで、弱体化していたのである。
「ぬううあああああッ!? 何が、何がどうなっている!?」
何万分の一という奇跡を掴み取ったそのダイバー……「ホッシー」もまた、何が起きているかを理解してはいなかった。
ようやくベルリン支部の制圧が終わってヨコスカ基地に乗り出したかと思いきや、突然目の前で眩しい光が照らしたとしか、彼には認識できていない。
だが、ホッシーとスペリオルスーペルシュペールスーパーハイペリオンがそこに立っていたのは、アトミラールが愕然とする大誤算にして、そして傭兵連合にとっては、望外の幸運であったといってもいい。
バリア効果のあるフォトンリングレイによってある程度減衰しながらも、自らが放ったハイパーメガ粒子砲がそのまま跳ね返ってくるという予想外の事態にアトミラールは愕然とし、コンゴウもまた口元を手で覆って目を丸く見開いていた。
結論ならいってしまえば、それだけで「天城」が沈むことはなかった。
だがそれは艦体に重篤なダメージを負わせ、前線に展開していた傭兵連合のほぼ全てが壊滅するという結果と比べても、差し引きマイナスと言って差し支えない大打撃を、「GHC」へと与えていた。
──そして。
「……どうやら間に合ったようだ、アトミラール! これで終わりにさせてもらおう!」
「合わせるぞ、キョウヤ!」
宇宙に聳える三つの拠点、ルナツーとゼダンの門、コンペイトウの制圧を完了させた「AVALON」というよりはチャンピオンたるクジョウ・キョウヤと、同じく「第七機甲師団」でただ一人生き残ったロンメルが「天城」の直上へと降下するのと同時に、それぞれの得物を第一艦橋へと叩きつける。
そして、同時に降下してきた「セルピエンテ・クー」のナユタもまた、手にしていたソードピストルを「天城」の主砲を目掛けて投擲した。
それは確率に起こすのであれば何千万分の一、或いはそれにも満たない奇跡だったのかもしれない。
だが、確実にこの場において「天城」を、そしてアトミラールを仕留められるだけの札は、満身創痍になりながらも傭兵連合に残されていたのだ。
蒼空に立つ「天城」の真下という死角に潜んでいたミワは、右手だけで残りの弾数が一発だけという状態になっていた対艦ライフルを、そのエンジン部に狙いを定めて着実に構える。
「スナイパーを放っておくと、こうなるってねぇ……!」
『……いけません!』
「させっかよ! 行け、『アナザーテイルズ』! ここは俺に……任せときなぁ!」
ルヴィーラはそれに気付いていたものの、構えた狙撃銃の一撃を、眼前に躍り出たカザミの【ガンダムイージスナイト】が身を挺して防ぎ切ったことで、その妨害行動は不発に終わってしまった。
チャンスがあるならば今しかない。
リリカもまた、ヒロトとリクがテトラを抑えているその一瞬の隙を見計らって、機体の出力を一気に引き上げていく。
「ブランシュアクセル……マキシブースト!」
四倍速を超えたそのスピードは、中破状態だったことも手伝って、フルブランシュでさえも処理しきれないほどの過剰出力と余剰の熱を生み出して、白輝の機体を大きく軋ませる。
強制ログアウト寸前まで加速したフルブランシュは、全身に攻撃判定を纏っていることも手伝い、放たれた銀弾と化してただ「天城」のエンジン部を目指して突き抜けていく。
『いっけええええええ!!!』
ミワとリリカの叫びが重なり合う。
先行して放たれたミワのABAPSFDSが微かに穿った孔を広げていくように、全身をFXバーストモードのような攻撃判定に包んだリリカのフルブランシュが突き抜け、そして。
『……力は、更なる力によって滅ぼされる、か……確かに、その通りだったのかもしれないな』
『テートク……!』
燃え盛るブリッジの中で、涙に暮れるコンゴウを抱きしめて、アトミラールは微かに目を閉じて、優しくその髪を撫でながら天を仰いだ。
そして──空に聳える白銀の城塞、夢想にして仮想の方舟は、爆炎の中に沈んでテクスチャの揺らぎの中に掻き消えていく。
【Result:ヨコスカ基地が制圧されました】
無機質な機械音声は、事実上とはいえ傭兵連合の勝利を告げるのにはあまりにも淡々としていた。
だが、それを意に介するダイバーなどどこにもいない。
ある者は歓喜を、ある者は落胆を、全身で表現するかのように、怒号にも似た歓声と、そして悲鳴が戦場だった場所に響き渡る。
紙一重だった。どちらが勝ってどちらが負けるかわからない勝負だった。
だからこそ、喜びも嘆きもまた、大きな渦となってこの仮想の海を包み込むのだ。
「……やったよ、フルブランシュ……えへへ」
そして、リリカもまた──胴体、正確に言うならば分離させていたコア・ファイターのコックピットで一人、にへら、と頬を緩めて──静かにその美酒を、勝利を呑み干すように、控えめな笑みを浮かべるのだった。
それは繋がりが導き出した、何万分の、何千万分の一の奇跡