フラッグ戦をやるに当たっての課題、というより戦略的な駆け引きは二種類存在する。
フォースバトルトーナメントに参加を決めたリリカたちだったが、問題はそこにあった。
「以前にもお話ししましたけれど、通常であれば『AVALON』のようにフォースリーダーがそのままフラッグ機を務めるケースが多いですわね」
カエデはコンソールを操作し、以前に開催された大会のログを表示していく。
ピアニストのようにしなやかな指先が踊る度に、各大会の戦歴を元にして運営が公表しているデータの数々がリリカの眼前に表示されるが、やはり、カエデが口にした通り、参加したフォースにおけるフラッグ機の割合は、フォースリーダーが大半を占めていて、「第七機甲師団」のようにあえてリーダーをフラッグ機としないフォースは少数派である、ということを、そこに記された数字が物語っていた。
GBNにおいてフォースを結成する場合、その場において一番ランクや実力の高いダイバーがそのリーダーを務める、というのは割と一般的なケースである。
そしてそれは単純に、実力者をフラッグ機とする向きが強いということでもあった。
現に、フォースリーダー以外をフラッグ機としたフォースを見ていても、そのフォースの中で一番ランクであったり実力が高いダイバーをそれに選定している、という統計データが公開されている以上、慣例に従うのであれば、「アナザーテイルズ」もまた、リーダーであるリリカではなく、個人ランキング64位のユユをフラッグ機と定めるのがベターなのだろう。
注文したアイスココアをすすりながら、リリカはふむふむと小さく首を縦に振って、相槌を打つ。
カエデの言葉にリリカは納得していた。
自分がリーダーといってもそれは名義上の話だし、それ以上でも以下でもないのだから、勝てる確率が高い作戦を選ぶというのはそこまで間違っている考えではない。
だが、それに異を唱えたのは他でもないユユ自身だった。
「ふふ……お待ちください、カエデさん」
「なんですの、ユユさん?」
「その提案……少しだけひっくり返した視点で見てはいかがですか?」
ユユは口元を長い袖で覆いながら妖艶に笑う。
想定した盤面をひっくり返す。さながらチェス盤を対局する側の視点から俯瞰するように。
囁くように彼女の薄い唇から紡がれたその言葉に反応したのは、リリカでもカエデでもなく、今の今まで眠たげに机に突っ伏していたミワの方だった。
むくり、とおもむろに身を起こして、くぁ、と小さく欠伸をすると、ミワはユユの言葉を補足するように語る。
「ふむふむ……なるほどねぇ、ミワたちが取るべきは『第七機甲師団』式の方がいいってことかな〜」
「ふふ……流石です、ミワさん。ユユはその方が……勝ちを拾える確率が高いと、そう踏んでいるのです」
「……え、えっと、どういうこと? お姉ちゃん……」
第七機甲師団。
それは「智将」の異名をほしいままにするやたらとモコモコしたオコジョのダイバールックにその獰猛にして冷徹な本性を包み隠した食わせ者として有名である「ロンメル」が率いる戦略派フォースの名前である。
三年前に開催された、第十四回フォースバトルトーナメントの決勝戦ではチャンピオンであるクジョウ・キョウヤ率いる「AVALON」に辛酸を舐めさせられているものの、それでもその奇策はチャンプの喉元にまで届きかけた、鋭い牙であったことは間違いない。
フラッグ機をスナイパー役に設定することで自身の存在を囮とし、チャンプを引きつけるその作戦は、可変合体機構を用いているMS【バウ】によって人数の誤認をかけるなど、様々な副次策を用意していたからこそ成功に届きかけていたのだ。
しかし、自分たちが同じことをするとしても、四人という人数とそして特殊な分離合体機構がある機体は存在しないため、成功には程遠いのではないだろうかと、リリカは小首を傾げてミワへと問いかける。
「えっとねえっとね、敵のまさかと思う瞬間が、ミワたちにとってはチャンスになるっていうか……言い方は悪いけど、ユユさんを囮にする、ってことだよぉ」
「ふふ……その通りです、ミワさん。敵はユユのことをよく知っているなら、慣例通りの戦術を取ればユユに狙いが集中する……その間に戦場を撹乱できて、いざという時には逃げられるリリカさんがフラッグ機を務めていれば、ユユが落ちても、敵にとっては徒労に終わるということです」
──相手の裏をかく、というものです。
ユユは注文した玉露を優雅にすすりながら、ほっと一息をつく。
「確かに……」
囮といえば確かに聞こえは悪いかもしれないが、IFBDを搭載しているユユのG-イデアがタンク役を務めるというのは戦術的にも理に適っているし、最悪何かがあればブランシュアクセルによって戦線を仕切り直すことができる、というリリカのフルブランシュがフラッグ機を務める適性があるというのもまた確かだ。
だがそれは、事が全て上手く運べばの話である。
ユユがタンク役を務めている時点でフラッグ機ではないと悟られる可能性だってあるし、逆にリーダーをフラッグ機とする慣例を信じてリリカが集中的に狙われる可能性もある。
作戦とはそんなものであるとはいえ、痛し痒しだ。
リリカはぷすぷすと黒煙を噴き上げそうな勢いで頭を抱えて、どちらを採用したものかと思い悩む。
「ふむ……一理ありますわね、ただ、リリカさんが集中的に狙われる可能性もありましてよ、ユユさん?」
「ふふ……それはユユも織り込み済みです。そしてリリカさんなら確実に、とは言わずとも生き残れる手札を持っているのですから……それに、そうなったらカエデさん自身が敵を許しておかないはず……ふふふ」
「むむ……まあ、言われてみればその通りではありますわね」
ユユの言葉は巧みであり、自分の望む方向へと意見を誘導しているようにも聞こえるが、二桁ランカーとして名を連ねる彼女がその戦略のリスクとリターンを理解していないはずもない。
ただ問題があるとすれば、リリカの心理的な負担だろう。
カエデはしてやられたとばかりに唇を渋く引き結んで、アイスココアを啜っているリリカをちらりと一瞥する。
リリカに何かあればすっ飛んでいく覚悟があるのは事実だし、その時が来ないのが戦略的には一番であるものの、やはり事が全て想定通りに運んでくれないのが実戦だ。
リリカのことを信頼していないのではなく、むしろその反対であるからこそ、ブランシュアクセルがあるとはいえフラッグ機としての責任に緊張を感じないかどうかを、どうしてもカエデは気遣ってしまうのである。
「……え、えっと……ありがとうございます、カエデさん……」
「ええと……何のことですの?」
「……わ、私のこと、心配してくれて……でも、私、頑張ってみようと思うんです……」
頑張る。それが結果としてどうなるかはともかくとして、フォースバトルトーナメントに挑むこと自体が一つの決断であったのだから、やれることはやらなければいけない。
そんな責任感がリリカを駆り立て、普段は控えめに八の字を描いている柳眉をきりっ、と逆立たせる。
「リリカさん……ええ、リリカさんがそう仰るのなら、わたくしとしては言うことなどありませんわ、ユユさん、ミワさん、どうやら多数決でそちらのプランを採用ということでよろしいですわね?」
「ミワはそれで問題ないよぉ」
「ふふ……ありがとうございます、それではフォースバトルトーナメントに向けて、張り切っていくといたしましょう、リリカさん」
「え、えっと……頑張ります、えい、えい、おー……!」
リリカが音頭を取ると、きぃん、とグラスの角を触れ合わせて、四人は戦場に赴く決意を一つ、確かなものとして杯を飲み干した。
フォースバトルトーナメント。
GBNの頂点を決める戦いの一つに数えられる大舞台に、緊張していないかといえば嘘になる。
だが、それでも──カエデが、ユユが、ミワが頑張っているのなら、自分も頑張らなくてはならないのだから。
リリカはそう強く心に誓って、今も襲いくる恐れを踏み倒すように、ごくり、となくなったアイスココアの代わりに、お冷やを一息に飲み干すのだった。
◇◆◇
『さあ始まりましたフォースバトルトーナメントォ! 実況はご存知窓辺のモクシュンギクことミスターMSが務めさせていただきまっせ! 誰が一番強いのか、誰が一番上手いのか! それを叫びに来た猛者たちの激戦が今、幕を開けようとしていまっせ!』
やたらとハイテンションな関西弁の青年がマイクに向けて大声を張り上げる傍で、リリカはフルブランシュのコックピットで出撃までの瞬間を、押し寄せる緊張と背中合わせになりながら待機していた。
運がいいのか悪いのか、抽選の結果「アナザーテイルズ」の配置は、Aブロックの第一試合というトップバッターを飾ることに決まっていて、それがより、ばくばくと跳ね回る心臓の鼓動を急き立てている。
落ち着け、と自分に言い聞かせても、そうそう上手くいくものではない。
フラッグ機を引き受けた重圧、そしてこのフォースバトルトーナメントという、勝ち抜き制であるが故に無意識に感じさせている緊張。
その全てがリリカを鉛の綿で包み込んで、締め付けているかのような錯覚を与えるのだ。
『──と、長々と前置きをするのも野暮ってもんですわな! それじゃあ始まりまっせ、Aブロック第一回戦! フォース「アナザーテイルズ」対「ホロウ・ヴァイキング」! 両者出撃の準備をお願いしまあああす!!!』
対戦相手として決められた「ホロウ・ヴァイキング」は、ミワによる事前調査によれば、あの「エヴァンジェルミ」と肩を並べる新進気鋭の実力派フォースであるらしい。
それがいかほどのものであるかは、残念ながら戦ってみなければわからないものの、一戦目から油断のできないカードの配置は流石、フォースバトルトーナメントといったところだろう。
カタパルトから滑り出すフルブランシュの機動を制御しながら、リリカは、ミワのフリーダムルージュティラユールから送られてくる情報から戦況を分析しつつ、ユユとカエデを前衛に、そしていつでもミワを庇える位置に陣取って、敵が攻めてくるその瞬間を待つ。
『ふふふ……まさかいきなり噂の「アナザーテイルズ」と戦わされることになるとは思ってなかったけど、ここで仕留めれば大金星、何よりあたしたちが狙ってるのはチャンプの首だ! 野郎共、花火を上げて突っ込むぞ!』
『了解っす、船長!』
ミワが展開していたクリアインコムが敵の通信を傍受して、「アナザーテイルズ」にその情報が共有される。
開幕に何かを仕掛けてから突っ込んでくるのだろう。
バトルフィールドに設定された漆黒の宇宙、デブリ帯に身を潜めていたミワは恐らくそれを範囲攻撃だと推察して、リリカと合流する。
「とりあえず、位置は割れてるねぇ……仕掛けるよぉ!」
観測機として改造したクリアインコムから、相手の機体構成と位置は既にわかっているのなら、初手で仕掛けてくることに、後の先を取るのは容易なことだ。
ミワはヅダの対艦ライフルを構えると、敵の青と黄色のツートンカラー……ハリソン・マディン専用機を意識して塗装されたのであろうクロスボーンガンダムX1が放ったその弾頭を狙って、引き金を引いた。
銃口から吐き出される徹甲弾は偏差を全て読み切った上で、クロスボーンガンダムX1が放ったその一撃──核弾頭を的確に射抜いて誘爆を引き起こす。
『船長、赤砂です!』
『そんなのわかってる! 全員射線は見たな!? フリント隊はスナイパーを狙え! あたしとウィタエはあのG-イデアを殺る!』
初撃の奇襲を潰されても動揺しないのは、流石の実力派といったところだろう。
ミワは小さく舌打ちをしながら、クリアインコムを回収しつつ、狙撃ポイントを変えるために慣性移動でゆっくりとデブリ帯の中を泳いで回る。
「……お姉ちゃん」
「大丈夫だよぉ、最初のがブラフだったのはちょっと痛いけど、でもねぇ……!」
射線から狙撃位置を割り出せる辺り、確かにあのX1を駆るダイバー、「トルマリン」は結構な実力者なのだろう。
宣言通りに前線へ展開していたユユのG-イデアに向けて、ムラマサブラスターのビーム刃を発振しながら切り掛かっていくトルマリンのX1をフォローするように、続く、白く塗られたX2と銀色に塗られたX3がカエデの足止めにかかる。
「抜けられた!? くっ、二対一で挟まれたとはいえ失態ですわ……!」
『悪いけどこっちも命がけだよ! 船長の行く道を邪魔させたりなんかしないんだから!』
ビームザンバーを両手に携えた白いクロスボーンガンダムX2を駆るダイバー、「ウィタエ」はカエデの焦燥を見抜いたように獰猛な笑みを浮かべて、ミワとリリカの元へと強襲をかけるフリント二機の背中を一瞥する。
スナイパーは見つけたのなら親の仇のごとく追い回して撃破しろ。
それは誰が語ったともしれないGBNの不文律であり、ウィタエたち「ホロウ・ヴァイキング」はそれに従っただけのことだ。
そして、フリント隊二機は切り札ともいえる核弾頭を温存している。
完璧に射線と狙撃位置がわからなくともいい。
デブリ帯ごとスナイパーを消し炭にしてしまえばそれで済む話なのだから、とばかりに、二機のフリントが、X1のそれと同じ形状をしたザンバスターの先端に接続した核弾頭の引き金を引こうとした瞬間だった。
「お願い、Cファンネル!」
ミワを守るために、そして何かあった時は前線に合流できるようにという位置どりをして待機していた白輝のガンダムが、リリカのフルブランシュが左手を掲げ、分離したファンネルがフリントの右腕を切り落とす。
『真下か! クソッ、こんな単純な手に……』
『落ち着け、まだ右手がもげただけだ! 負けが決まったわけじゃない!』
宇宙というのは当然ではあるが、前後左右だけでなく上下もまたバトルフィールドに含まれる。
だからこそ全方位への警戒をしなければならないために、ダイバーたちは宇宙戦を忌避する傾向にあるのだが、その理由が今リリカがそうしたように、真上や真下という、人間の死角をついた奇襲をかけることが常道になっているからだった。
だが、フリント隊も冷静だ。
右腕とザンバスターを喪失したのを確認するなり、その場から急速に離脱してミワの追撃を回避して、襟に当たる部分からビームサーベルを引き抜いてまずはリリカから仕留めようと、意趣返しに、そのフレキシブル・スラスターの特性を活かして上下からの挟撃を試みる。
『近づけばぁッ!』
『まさか味方ごと撃ってくるわけでもないはずだ!』
「……っ、嫌な位置取りされちゃったねぇ、でも……!」
「……お願い、お姉ちゃん!」
挟撃というシンプルながらも極めて有効で対処しづらい相手の選択に対してリリカはまず、直上から急降下してくるフリントへの攻撃を反撃の手札として選択した。
バックラーから発振したビームサーベルを先読みでぶつけて、鍔迫り合いに持ち込んでいるその隙をついて、真下からの突撃をかけてくる敵を、あえて懐に誘い込む。
かつての姉であったなら、そして自分がフラッグ機でなかったなら、ミワは確かにリリカごと二機を殲滅するという道を選んでいたことだろう。
──だが。
下からの突撃を敢行したフリントが掲げるビームサーベルがフルブランシュの脚部へと触れようとするその一瞬を狙って、ミワは徹甲弾のトリガーを引く。
がぁん、と、強烈なリコイルがフィードバックされて銃身にブレが発生しながらも、放たれた弾丸は、フリントのコックピットを撃ち抜いていた。
『緋きスナイパー……ッ……!』
「悪いけど、そのあだ名は全力で返上中だよぉ」
そして、爆発に巻き込まれそうになったリリカはブランシュアクセルを数秒間だけ起動するという荒技で、残されたフリントの左腕を切り刻みながら、その真後ろへと回り込む。
『なんだ、何が起こって──!?』
「これで、終わりです……っ!」
ブランシュアクセルは攻防一体の切り札ではあるものの、札を温存して試合に負けたのであれば本末転倒だ。
クイーンをうかつに動かすなというのはチェスの定石だが、それでも高い制圧力を持った駒を寝かせたまま腐らせているというのもまた悪手には違いない。
だからこそ、結果的にいえばリリカのとった戦術は間違いではなかった。
急速に、そしてノーモーションで背後に回り込んでくるフルブランシュに反応しながらも、対応が間に合わず、ビームサーベルを突き立てられたフリントは、爆散、テクスチャの塵へと還っていく。
これで、後顧の憂いは断ったといってもいいだろう。
──だが、戦いはまだ続いている。
リリカは束の間の安らぎに小さく息を吐き出しながら、前線で挟撃を受けているカエデを支援するために、愛機を、フルブランシュを加速させるのだった。
フォースバトルトーナメント、開幕