フリント隊が撃破されたという報せは、トルマリンの元にも飛び込んできた。
今のところ、フリント隊がミワとリリカを抑えているうちになんとかカエデをウィタエとあと一人、X3を操るダイバーである「クエリ」が挟撃し、自身がなんとかタイマンでフラッグ機と目しているG-イデアを撃退しよう、というのが彼女の作戦だったのだが、その目論見はフリント隊が撃破されてしまったことで崩れたといってもいい。
さりとて、トルマリンの元に次に切るための手札は残されていなかった。
漆黒の宇宙にフォトンが描く蒼光の尾を引いて、自身の構えたムラマサブラスターとIFBSで鍔迫り合いを繰り広げているユユを睨みつけながら、身体を蝕む焦燥から、トルマリンは思わず喉を掻き毟りたくなる衝動に駆られる。
「ふふ、見たところ、貴女がフラッグ機のようですね……?」
『それを知って何になる!?』
「そうでなくても落とすだけのことです……ふふ」
ユユがその妖艶な笑みを崩していないのは、勝者の余裕といったところだろう。
G-イデアの肘から分離したビギニングガンダムのビームサーベルが柄の上下から薙刀のようにビーム刃を発進したかと思えば、それらは敵を切り刻む光の車輪となって、トルマリンが操るハリソンカラーのX1を切り裂かんと、その死角から回り込んでくる。
二桁の魔物。
対峙する、νガンダムを思わせるその機体を見て、トルマリンはただ恐怖にも似た感情を覚えていた。
確かに自分たちはチャンプを倒すと意気込んで、そのための練習だって欠かさずにやってきた。
ある日は高難度ミッションの攻略に丸一日を費やして、ある日は買い込んだ高速リペアキットを利用して、ハードコアディメンション・ヴァルガに潜り続けて──そうしてやっと見えてきた光明があったからこそエントリーしたフォースバトルトーナメントのはずが、今自分たちが翻弄されているのは、「二桁の魔物」を擁するとはいえまだまだ駆け出しのフォースに過ぎない相手だ。
これを悪夢と呼ばずして、なんと呼べばいいのか。
理不尽にも似た現実を前にトルマリンは歯噛みする。
そして何も、苦戦を強いられていたのは彼女だけではない。
ウィタエとクエリ──白いクロスボーンガンダムX2と、銀色のクロスボーンガンダムX3を操る彼女たちもまた、カエデという、ランクだけを見れば自分たちよりも格下であるダイバーのマニューバに翻弄されて、トルマリンの救援に向かうことができずにいたのだ。
『この、のらりくらりと!』
「あら、ごめんあそばせ。あちらは片付いたようですし……こちらから行かせてもらいますわ!」
『だめ、クエリ! 焦らないで!』
一向に攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、クエリは手にしていたショットランサーを構えると、来るなら来いとばかりに、戦場へと優雅に佇むウイングゼロヌーベルを標的に据えて突撃を敢行する。
結果からいってしまえば、無情ではあるがそれはただの愚策でしかない。
特にフリント隊が落とされたことによって、リリカとミワがフリーになっている、ということを、頭に血が上るあまり忘れていたのは致命的だといえるだろう。
クエリがカエデの喉元を食い破ろうと突撃を敢行したその瞬間に、銀色の対ビームコーティング塗装が施されたクロスボーンガンダムX3の五体が切り刻まれて四散する。
『な、何!? 何があったの!?』
「……お、遅れてごめんなさい、カエデさん……!」
「いいえ、グッドタイミングですわリリカさん!」
彼方から飛来してきたそれの正体は、果たしてフリーになったリリカが、フルブランシュが放っていたCファンネルであり、完全に意識をカエデだけに釘付けにされていたクエリではそれを見切ることが出来なかったのだ。
だから焦るなといったのに、と、ウィタエもまた業を煮やしながら、両手に保持していたバタフライ・バスターで新たに参戦してきたリリカへと牽制を加える。
とはいえそれが焼け石に水であることぐらい、ウィタエにもわかっていた。
カエデが手強い存在であり、飛び込み参上してきたリリカというダイバーがそれなりに名を上げている存在であることもさながら、何よりも大きいのはこの場における数的有利が丸々ひっくり返ったことだろう。
この戦いにおけるフラッグ機は自身ではなくトルマリンのX1であるものの、クエリのX3が四肢をもがれてコックピットを撃ち抜かれたことで、絶対数で見れば二対四、そしてうち一機は今も隠れ潜み、どこから撃ってくるのかわからないスナイパーだ。
そこに勝機があるかないかで問われれば、悔しいもののウィタエもまた、首を横に振らざるを得ない。
だが、だからといってそれが諦める理由にはならないこともまた、わかっていた。
『生きてさえいればチャンスはある……! 船長の夢を叶えるために、そこをどけええええッ!!!』
「……わ、私だって……!」
「そう、わたくしたちだって退けと言われて素直に退くような理由など、ハナからここに持ち合わせてなどいないのですわああああッ!!!」
二刀流を振りかざし、無謀だと知りながらもトルマリンのためにその小数点以下の確率を、神が見離しても尚その手につかみ取ろうとするウィタエの姿勢は、リリカもカエデも嫌いではなかった。
むしろ、誰かのためにここまで必死になれるという、それだけで、十分すぎるほどにリリカから見ればウィタエの献身は眩しいものであったし、そこまでの覚悟を持って一人の戦士として挑みかかってくるならば、カエデにとってそれはこれ以上ないほどの喜びなのだ。
シザーソードを構えたカエデのウイングゼロヌーベルと、リミテッドコールによって呼び寄せたトライスラッシュブレイドを構えたリリカのフルブランシュもまた、ウィタエの覚悟に応えるかのように突撃を敢行して、宇宙にスラスターが描く星座を刻む。
『負けられない……負けられないの! 船長のために!』
「……わ、私だって……っ……!」
「負けられないのはこちらも同じ! ならばそれ以上は剣で語ることですわ!」
言葉など無粋だとばかりに問答を一方的に打ち切って、カエデはシザーソードを白く塗られたX2に向けて振り下ろす。
退けない理由を互いに持ち合わせているなら、現実ならまだしもここはGBNで、今行われているイベントはフォースバトルトーナメントだ。
ならば拳で、剣で、銃火を交えて語り合う他に手段はない。
カエデのシザーソードを受け止めた一瞬、足を止めたその瞬間を狙って、ブランシュアクセルによって加速したリリカのフルブランシュが胴薙ぎにウィタエのクロスボーンガンダムX2を切り裂いていく。
『きゃあああああっ!』
『ウィタエ! くそっ……私たちは、「ホロウ・ヴァイキング」は!』
ウィタエは、胴体が裂かれた瞬間、即座にコア・ファイターによる離脱を試みたが、カエデのマシンキャノンによる追撃で四散して、テクスチャの塵へと還っていった。
確かに彼女も腕は悪くないダイバーだった。
だが、リリカたちもまた激戦の中で成長しているのだ。
いつまでも、蹲って泣いてばかりの自分ではいられない。
ずきり、と胸の奥に何か形容し難い痛みが走るのを覚えながらも、リリカは残った機体──フラッグ機であるトルマリンのX1を追撃すべきか逡巡し、周囲を警戒しつつもこの場に留まることを選択する。
「……はぁ、っ……はぁっ……」
「お疲れ様ですわ、リリカさん。とはいえ……まだ終わったわけではない以上、油断は禁物ですけれど」
どうしてこんなに息が詰まるのだろう。
カエデからの激励を受け取りながらも、リリカはどこか居心地が悪いような、そうでなければ呼吸の循環がうまくいっていないような圧迫感を、胸の中に感じていた。
その理由はわからない。
ただ、どうしても我慢できないほど重く、鋭い痛みが胸に、心臓に張り付いて離れてくれないのだ。
そして、とうとうトルマリンのX1だけを残すに至った「ホロウ・ヴァイキング」だったが、船長と慕われる彼女は、目に涙を溜めながらも、まだ諦めてはいなかった。
あえてフルクロスを採用せず、近接戦によって圧倒することを選んだ戦略。フレキシブル・スラスターを活用することで相手を追い込むための戦術。
全ては裏目に出たり無駄になってしまったかもしれないが、それはトルマリンが仲間たちと──彼女が「船員」と呼ぶフォースメンバーたちと寝る間も惜しんで一生懸命に考えてきたことだった。
無駄かもしれない。そこに意味などないと笑われるかもしれない。
『……ぅ、ここで……ここであたしが負けたら、本当に意味がなくなっちゃうんだっ!』
それを無駄にしたくはなかった。
打倒クジョウ・キョウヤという、人が聞けば嘲笑か憐憫を向けられるような笑みを本気で信じて、そしてここまで戦い抜いてきた努力が、ただ一度の敗北で水の泡と消えるかもしれないのが、フォースバトルトーナメント……つまるところ、勝ち抜きという試合形式が抱える根本的な問題点、とも呼ばないような、些細な構造の弊害だ。
トルマリンは本気だった。
誰かに笑われたとしても、誰かに後ろ指をさされたとしても、本気で自分と船員たちがいつかあの「AVALON」を、クジョウ・キョウヤを打倒するという夢を描き続けて、そして初めてその舞台に立ったのが今回の大会なのだ。
だがそれは今、夢と共に水泡へと帰そうとしている。
ユユが放ったサーベルファンネルによって全身を刻まれながらも、フラッグ機と目していたユユだけを倒してしまえばまだそこに光明は見出せると信じて、トルマリンが突撃を試みた次の瞬間だった。
がぁん、と、重苦しいリコイルの反動が伝える音が響いたかと思えば、虚空から飛来する鉛弾が、ユユの懐に飛び込もうとしていたハリソンカラーのクロスボーンガンダムX1、そのコックピットを貫く。
『……そ、そんな……あたしたち、ここで……』
「……っ……」
通信ウィンドウにポップした悲壮な表情を見て、リリカはそこにかける言葉など見つけられるはずもなかった。
ミワもまた、少しだけ気まずそうに目を逸らしながら、試合を決めた弾丸を放った対艦ライフルのストックを岩壁に突き立てて、ふぅ、と、小さく息をつく。
【Battle Ended!】
【Winner:アナザーテイルズ】
そうして、無機質な機械音声がリリカたちの勝利を告げる。
当たり前のように、それ以上でも以下でもないとばかりに淡々と響き渡るその声が、リリカは今、お門違いであるとわかっていながらも、どこか恨めしいような、そんな気分を抱かずにはいられなかったのだった。
◇◆◇
「いやー、負けちゃったね……うちの船長が話せる状態じゃないから、代わりに私が代理だけど……グッドゲームだったよ、『アナザーテイルズ』。私たちの分も……次も、頑張ってね」
リリカたちがロビーへと帰還したその瞬間に目撃したのは、子供のように泣きじゃくっているトルマリンと、そしてその傍らで彼女を宥めるようにその背中をさすっている、フリント隊の二人とそしてクエリという構図だった。
その輪から抜け出てきたウィタエが求めてきた握手に応じながらも、リリカはどこか暗澹とした気分で、「グッドゲーム」と返すことはできたものの、それ以上の言葉は何も紡ぎ出さずにいた。
きっと、トルマリンは本気だったのだろう。
今も涙を流し続けている彼女を見れば、それはすぐにわかることだ。
だが、リリカたちだって決して手を抜いていたわけではないし、むしろ全力でぶつかり合ったからこその結果だったからこそ、ウィタエはトルマリンに代わって、「グッドゲーム」と言葉をかけてくれたのだろう。
いってしまえば、GBNは遊びでしかない。
この大会だってそうだ。
勝てば、勝ち抜けば、確かにこのアクティブユーザー二千万人という膨大な数を誇るゲームにおける名声を欲しいがままにすることができるかもしれない。
だが、それだけだ。
副賞としてBCやトロフィーの類も贈呈されるかもしれないが、極論を述べるのであれば、それ自体には何も意味がないのだ。
だからこそ、勝てば嬉しい、負ければ少し悔しい程度に、さながら記念受験のようにフォースバトルトーナメントに挑むダイバーは多いと聞くが、トルマリンたち「ホロウ・ヴァイキング」は決してそうではなかったのだろう。
遊びだからこそ。そこに何の意味もないように見えるからこそ、本気になれる。
だから、負けた時の悔しさだって人一倍に膨れ上がるのだ。
そんなことはリリカにもわかっていた。
いや、違う。
わかっていた、つもりだったのだ。
勝って次の試合に駒を進めたというのに、暗澹とした気分で満たされている己の胸の内側にある悲鳴の、痛みの、その名前をリリカは何よりもよく知っている。
悲しいのだ。そして、悔しいのだ。
自分が自分であることでさえも、むしろ自分が自分であるということそのものが、恨めしくて仕方なくなるその感情と──自己嫌悪とあるいは憎悪と、いつだってリリカは背中合わせに生きてきたのだから。
この戦いは、負ければそこで終わりなのだ。
ここ最近はずっと戦いに身を置いていたから、感覚が麻痺していたものの、そもそもトーナメントというのはそういうもので、「次」があるかどうかわからないという重圧はリリカにものしかかっている。
思い出す。
幼い頃に、いつも姉の後ろを走ることしかできなかった徒競走のことを。
いつも、テストで頑張って八十点を取っても、姉は軽々と百点を叩き出して、それに対して関心も示さなかったことを。
リリカが申し訳なさそうに、しかし、フラッシュバックに怯えて震えながら向けてきたその視線に、ミワは少しだけ気まずそうに顔を逸らした。
「……そっか……負けたら、終わりなんだ……」
「ええ、そうよ。それがこのフォースバトルトーナメント」
どこか諦めたように、全てを投げ出すようにリリカが言葉を紡いだその瞬間だった。
つかつかとロビーの中心へと歩み寄ってきた、リリカよりも小柄な体躯に、腰まで伸ばした銀色のロングストレートという出で立ちをしたダイバールックの少女が──ユキが、それをぴしゃりと突っぱねるようにそう断言する。
「……あ、貴女は……」
「……二回戦まで駒を進めたと……私たちと次に当たるかもしれないから聞いたから来てみれば、その醜態は何? 悪いけれど……半端な覚悟で私たちと当たるつもりなら、今ここでリタイアすることを勧めておくわ」
動揺するリリカに対して遠慮も何もすることなく、ユキは氷のような温度をその視線に込めながら、テクスチャの塵となって解けていく。
どうやら、彼女の率いる「エーデルローゼ」はブロックの一回戦第二試合目に選ばれていたらしい。
実況席がやたらとハイテンションな関西弁で捲し立てている何事かも遠く、リリカはただ、この電子の海で一人、自分が置き去りにされたような感覚に溺れていた。
「なんですの、あの女は!」
「……エーデルローゼのユキさん、でしたか……ふふ、少しばかり血気に逸ったお方のようですね……」
「……リリカちゃん……」
カエデたちが三者三様に発した言葉でさえも止まない耳鳴りにかき消されてノイズと化していくような錯覚に蝕まれながら、リリカはロビーにへたり込む。
「……半端な、覚悟……」
そうだ。命こそかかっていなくとも、これはゲームであって遊びではない。
己が呟いた言葉に打ち震えながら、そして涙をこぼして船員たちに運ばれていくトルマリンの姿を脳裏に描きながら、リリカもまたはらはらと、静かに涙を零すのだった。
勝てど、その気分は晴れず