ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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最近ドライフルーツに嵌っているので初投稿です。


第七話「気になるあの子はお姉ちゃん」

 初陣を勝利で飾ったリリカを出迎えてくれるダイバーは一人もいない。

 それもそのはずだ。

 自分はただNPDを相手に、江戸の仇を長崎で討つような真似をしただけで、この仮想郷の中でもまだ、一人ぼっちなのだから。

 そんなことを想いながら、再構築された意識に従って電脳の躯体をリリカが動かした瞬間だった。

 ぱん、と、何かが短く炸裂する音と共に、金銀のラピーテープやメタリックな加工が施された紙吹雪……を模したテクスチャが展開されて、数秒間空間に留まったのちに消えていく。

 

「初ミッション、そして初クリアおめでとう〜! リリカちゃん、シークレットまで出しちゃうなんて、もしかしてGPDでもやってたのかしら?」

 

 筋骨隆々とした躯体をぱっちりとしたスーツに包んだ、褐色肌に紫色の髪という、それだけでも大分属性過多気味なのに、特徴的なオネエ言葉。

 聞こえてきた音と声に戸惑いながらも、リリカは小首を傾げて彼女の、GBNにおいてはチャンプを除き、色んな意味で随一の知名度を誇る漢女(おとめ)の名前を口にする。

 

「ま、マギーさん……?」

「ピンポーン! ふふ、じっくり見てたわよ、リリカちゃんのミッション」

 

 マギーは悩ましげに体をくねらせながら、ロビーエリア中央に鎮座している巨大なディスプレイを指差してリリカの問いにそう答えた。

 彼女が指差した通り、ロビーエリアにおいては、ライブモニターが設置されているため、大会などが映されていない時は、その時点でミッションを受けているダイバーの視点がランダムで再生されることになっている。

 そして、マギーの話を鑑みれば、その抽選の一つに引っ掛かったのがリリカだった、ということなのだろう。

 今は桜色を基調とした塗装が施され、羽をAWACSディンのものに、そして脚部や胸部をジャスティスガンダムのものに換装したフリーダムガンダムが、持ち前のスナイパーライフルで何か遠くにいる敵を撃墜する勇姿が収められている。

 リリカはそのフリーダムを一瞥すると、まるで我が事のように自分の帰還を喜んでくれているマギーに視線を移す。

 きっと、いいひとなのだと、そう思った。

 わざわざフレーバーアイテムであるクラッカーを使ってまで自分を祝福することに対して、恩義や嬉しさを感じていないかといえば嘘になるどころか真逆で、青色に染まったリリカの両眼はその眦に大粒の涙を湛えている。

 ただ、なんだか申し訳ないような、そんな気分がするだけだ。

 ごしごしと涙を拭いながらも、止め処なく溢れてくるそれに困惑しつつ、助けを求めるようにリリカはおずおずと顔をあげて、自分に視線を合わせてくれているマギーの瞳を覗き込む。

 

「……ま、マギーさん……」

「なぁに、リリカちゃん?」

「……その、いいんですか。私なんか……」

「リリカちゃんは遠慮がちなのねぇ、そういう謙虚なところはいいところ。でも、これはアタシがしたくてしてることなんだから、受け取ってくれる方が嬉しいわ」

 

 言葉が足りていない、リリカの声に挟まった行間を完璧に読み取って、マギーはばちこーん、と得意げにウィンクを決めてみせる。

 褒められたことなんて、数えるほどしかない人生だった。

 リリカはこみ上げてくる感情にはらはらと涙をこぼしながら、己の半生を振り返る。

 徒競走ではどんなに頑張ったって銅メダルすらもらえなくて、勉強だって、中学に通っていた頃までは頑張っても平均よりちょっと上にいるぐらいで、そんな自分が両親から褒めてもらったのは一体いつだっただろうかと、思い返すだけで虚しく、そして悲しくなる己の人生に、リリカは堪らず嗚咽を漏らしていた。

 

「……っく、ぐすっ……えぐっ……」

「あら……その様子だと、リリカちゃん。大変だったのね」

 

 それが大変だった、という言葉で片付くようなものでないことはマギーも、背景こそ分からなくともリリカの態度から察することができる。

 良くも悪くも、マギーがリアルで経営している酒場にも、そしてこのGBNで開いているバーにも、訳ありの客が訪れることは少なくない。

 そして、今のリリカはそんな彼ら彼女らと同じ、怯えた目をしているのだから、何があったのかはわからなくとも、何かを抱えていることぐらいは容易に判別できるのだ。

 

「……ぐすっ、ごめんなさい、私……こういうの、あんまり慣れてなくて……」

「ふふ、大丈夫よリリカちゃん。少しずつ、少しずつ慣れていけばいいの。少なくともアタシはアナタの味方。それはわかってくれたでしょう?」

「……は、はい……え、えへへ」

「そうそう、笑った顔もキュートだわリリカちゃん」

 

 GBNの治安は、第二次有志連合戦を境に──「ビルドダイバーズのリク」が全世界に向けて切った啖呵に触発されて、その治安は劇的なまでに改善されたといってもいい。

 それでも、アクティブユーザー二千万人という膨大な数を抱えていれば、問題行動に出る困ったダイバーがいることは確かで、キョウヤからリリカが初心者狩りに遭っていた、という情報を聞かされた時は、マギーも気が気でなかったのだ。

 だが、それでもリリカはGBNに戻ってきてくれていて、それどころか初めてのミッションでシークレットクリアまで成し遂げるという快挙まで達成している。

 それが嬉しいことでなくてなんなのだろうか。

 笑顔を浮かべようとして、涙でくしゃくしゃになっているリリカをそっと、優しく抱きしめて、マギーはまるで母親のような慈しみを込めてその茶髪をそっと撫でる。

 ──嬉しかった。

 リリカが今の気持ちを一言で表すのなら、それに尽きるのだろう。

 だけど、どんな言葉も今は嗚咽にかき消されて意味を、形を成さない。

 寄り添ってくれるその温かさに、そして懐の深さに縋り付くようにリリカも抱擁の熱を受け入れて、ただ静かに落涙するだけだ。

 無粋な通行人たちが無遠慮な視線を向ける、ということがないのは、彼らも少なからずどこかでマギーに助けられてきたからに他ならない。

 底抜けのお人好しで、そして一度鎌を手に取れば無慈悲な刑死を相手に告げる、そんな個人ランキング23位の強者が初心者を慈しむ光景は、ある種GBNにおける風物詩ともなっているのだ。

 

「落ち着いた? リリカちゃん」

「はい……その、ごめんなさい……」

「ノンノン、違うわ。だってアタシは迷惑なんて感じてないもの」

 

 マギーの行動理念は、その殆どが善意で占められている。

 見返りを求めることのない無償の愛が、報われないことだって数多い。

 それでも、このGBNに、仮想にして理想の郷に何かを求めて潜ってきたダイバーたちに対して、さながら神父のように祝福を授けるのはある種のライフワークのようなものであり、誰かにやめろと言われたって譲る気のない、信念のようなものだ。

 

「……あ、ありがとう……ございますっ……」

「どういたしまして。アナタならきっと……そうね、近い内にきっと高みまで上り詰められるわ。アタシ応援しちゃうんだから」

 

 ごめんなさいより、ありがとうを。

 それは押し付けかもしれない。だが、マギーにとってそれは曲げることのできない心情なのだ。

 にへら、と緩んだ笑いを浮かべようとしながらもまだ涙に引っ張られているリリカを抱擁し、耳元で優しく囁くその光景は正に母と娘といった風情であり、そんな様子を見守る歴戦のダイバーたちもまた、己の過去を振り返って、ほろ苦くも甘酸っぱい思い出に浸る。

 

「見ろよ、あの子マギーさんに抱きしめてもらってるぜ」

「懐かしいなあ、ブレイクデカールが流行ってた頃、コテンパンにされて、悔しくて泣いてたらあたしもマギーさんに抱きしめてもらったっけ」

 

 見知らぬ男女が腕を組みながら、リリカたちの様子を一瞥して感慨深そうにそんな言葉を残す。

 リリカは知らないものの、忌まわしき、ブレイクデカールというチートツールが流行った三年前、そしてそれ以前のGBNを知る者たちからすれば、今のGBNはユートピアに他ならない。

 そしてそれは、マギーやチャンプといった有名ダイバーたちの地道な啓蒙活動が身を結んだ結果であるともいえよう。

 

「それじゃあ次のミッションも頑張ってね、リリカちゃん。あとこれ、アタシがやってるフォースネストの場所。いつでも困ったらここに来てちょうだいね」

 

 一頻り泣き止んだのを見計らって、マギーはそっとリリカに自身の率いているフォース「アダムの林檎」の本拠地であるフォースネストの所在地を託して、雑踏に溶け込んで消えていく。

 

「……え、えへへ……ありがとう、ございます……」

 

 まだ、素直にその言葉を受け取れるかどうかは自信がない。

 それでも、いつ以来か、誰かに褒めてもらえたという体験は、リリカの中に得難く、そして燃え上がるような熱を感じさせる。

 にへら、と、今度は口元を緩めてちゃんと笑えていたその笑顔がマギーに届いたかどうかはわからない。

 それでも、またGBNにログインしてみようかな、と、そう思えるぐらいには、褒めてもらったことは嬉しかったし、何より。

 

「……楽しかった、な……」

 

 リリカは、己の愛機であるAGE-1ブランシュと共に駆け抜けた戦場のことを思い返す。

 順風満帆というには少しばかり格好のつかないスタートダッシュだったかもしれないけれど、それでも、あのシャア専用ザクと戦っていた時に感じていたものは、紛れもない高揚だった。

 ふと見上げたライブモニターには、先程の桜色に染められたフリーダムが各部を損傷しながらも、二本のビームサーベルを引き抜く形で、同じようにボロボロになった、金色のレジェンドガンダムと対峙する姿が映っている。

 フリーダムもレジェンドも、互いに負けられない、といわんばかりに激しく燃やしている闘志は、モニター越しにもびりびりとリリカの脊髄へと伝わってくる。

 きっと──彼か彼女かはわからないが、あの二人もそれぞれの理由を胸に秘めて、戦いの場に赴いているのだろう。

 動き出したレジェンドが携えていた、同じように金メッキが施された対艦刀「エクスカリバー」による一撃を読んでいたかのように回避して、桜色のフリーダムは二刀流による剣撃で二度はその手を使わせまいと、手数でレジェンドを圧倒する。

 

「わ、背中から何か……飛んでる?」

 

 だが、幸いなことにレジェンドにはドラグーン・システムという切り札があった。

 攻勢から一転して守勢に回らされたフリーダムは回避運動を選択し、その隙をつく形でレジェンドは再び黄金の対艦刀を構えて、タップダンスを踊っているかのような機動でドラグーンを回避していたフリーダムへと切り掛かっていく。

 

『死ねよやああああっ!』

 

 威勢の良い、そして微妙に引っかかる言い回しで、褐色肌のレイ・ザ・バレルといった風情のダイバールックに身を包んだレジェンドの操縦者は叫びを上げる。

 だが、フリーダムは黙したまま、大上段に振りかぶったその一撃を、敢えて最低限、コックピットへの直撃だけは避ける形で顔面受けし、カウンターとして連結させたビームサーベルをレジェンドのコックピットへと迷いなく突き立てた。

 肉を切らせて骨を断つ、ということわざを体現するかのような立ち回りだ。

 リリカは思わずログアウトするのも忘れて、その戦いに見入っていた。

 

「あえて直撃を受ける……っていうのもあるんだ」

 

 このGBNにおいても、旧世代のレバーをガチャガチャと操作して機体を動かすタイプのゲームでもそうだが、漫画作品「機動戦士ガンダムSEED XASTRAY」において、ライバルキャラにしてもう一人の主人公ともいえるカナード・パルスが放った、「生きている限り負けじゃない」という言葉はどこでも通用する金言だ。

 最期の瞬間まで諦めない限り、勝利の可能性は僅かにではあるが手元に残り続ける。

 それを信じられるかどうかが、裏を返せば、優勢であったとしてもそこから一息に巻き返される危険性を警戒できるかどうかが、勝負を分けるというのは、ある種、初心者と中級者のボーダーラインにして、上級者が常に意識していることだった。

 リリカは顔面受けからの逆転に感心しつつ、ログアウトのボタンに指をかけて承認する。

 そして、長いエレベーターを降ってきたのとは対照的に、今度はどこまでも上に引っ張られていくような感覚を共にして、解けたリリカの意識は、「梨々香」として現実へと回帰していくのだった。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 疲れた。

 GBNの筐体に設けられたゲーミングチェア、その背もたれに体重を預けながら、梨々香は凝り固まった背筋を伸ばす。

 今の心境を表すのならば、それはただ疲れたという他になく、ダイバーギアにセットしていたAGE-1ブランシュを回収すると、梨々香はどこかふらふらとした足取りで筐体を出る。

 もうなんだか甘いものでも食べたい気分だ。

 そんな風に思考が横道に逸れていたからなのだろう。

 どん、と、鈍く肩と肩がぶつかり合う音と鈍い痛みが駆け抜けて、不幸にも誰かにぶつかってしまったのだと梨々香は悟って、顔を青ざめさせた。

 

「ご、ごめんなさい! 私、周り見てなくて……」

「ううん、大丈夫ですよ〜、美羽も周り見てなかったから……って、おお?」

「……えっ……?」

 

 梨々香と肩がぶつかってしまった人物は奇しくも、というより必然的に、梨々香と瓜二つの容姿をしていた。

 同じ色の髪の毛でこそあるが、ふわふわとウェーブがかかったそれは真っ直ぐストレートに伸ばし放題な梨々香とは対照的で、どこか眠たげな目つきもまた、垂れ気味であることは似ているものの、梨々香のそれとは微妙に趣を異にしている。

 

「おお……梨々香ちゃん、ガンダムベース来てたんだ」

「……う、うん……お姉ちゃんも……」

「うんうん、何を隠そう美羽ちゃんもGBNやってたんだよ〜」

 

 くぁ、と、気怠げに欠伸をしながら、美羽と名乗った少女──梨々香の双子の姉である、蔵前美羽はえっへん、とばかりに、梨々香と同じように豊かな胸を反らしてみせる。

 そんなどこまでもマイペースな美羽とは対照的に、梨々香はどこか居た堪れないような、そして気まずい感覚に、胸の奥へ鉛の綿を詰められているような暗澹たるものを抱いていた。

 

「……お、お姉ちゃんは……」

「なになに、この後ソフトクリームでも食べに行く?」

「う、うん……じゃ、なくて、その……」

「うんうん、美羽はそういうの、気にしないから大丈夫だよ〜」

 

 以心伝心、といった風情で梨々香の足りない言葉に挟まっていた行間を読み取って、美羽は少し得意げに、眠気を誘うような声で答えると、ピースサインを浮かべてみせる。

 その言葉に、梨々香はほっと胸を撫で下ろすが、気まずいものは気まずい。

 んじゃ行こっか、と、気怠げに言った美羽は梨々香の手を取って、フードコートへと向かっていく。

 どこかベルトコンベアに流されるように、そして気まずさの沼にずぶずぶと沈んでいくように、思わぬところで再開を果たした姉妹はG-Cafeの客席に陣取って、提案した通りのソフトクリームを二つ、注文するのだった。




お姉ちゃんはいつも眠たげ

【蔵前美羽】……蔵前梨々香の双子の姉。双子といっても二卵性であるために、ロングストレートな梨々香とは対照的な、父親似の癖っ毛をミディアムロングにしているのが最大の特徴。だが、なんやかんやで顔が似ていることも確か。ただしいつも眠たげなためにその点でも判別は容易であり、家族やクラスメイトも二人を間違えたことはない。
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