『ミワあああああッ!!!』
スナイパーを見かけたのなら、或いは射線から位置を割り出したのなら、親の仇の如く追い詰めろ。
誰が語ったのかは知らないが、それはかつてGBNが普及するよりも、GPDが巷を席巻していた頃より更に昔、ジョイスティックとボタンで機体を操作して戦うアーケードゲームの時代から語り継がれてきた格言であり、立派な戦術の一つであった。
だからこそ、というには私情と私怨が混ざっているものの、サーヤが新たに作り出したドレッドノートオメガは、全身にスナイパーの天敵ともいえるオールレンジ兵装を搭載することで決して足を止めさせずに制圧する、というコンセプトでもって作られている。
そしてそれは、正統派なスナイパーとして鳴らしているミワにとって、サーヤが不倶戴天の天敵へと進化したことを意味することに他ならない。
オート操作も混じっているとはいえ、全身に装備したドラグーンユニットや、プリスティスビームリーマーからの補助射撃による弾幕は、さながら、雑談の代わりにビーム兵器を搭載した、エンドレスワルツ版のガンダムヘビーアームズ改に匹敵するといってもいい。
「これはこれは……ちょっとまずいねぇ……」
なによりもスナイパーにとっての相棒は、長大な狙撃銃だ。
武器の長さや大きさはそのまま当たり判定の大きさに直結し、そして、フリーダムルージュティラユールにとって最大の武装であるヅダの対艦ライフルを撃ち落とされてしまえば、この戦いにおいてミワが果たせる役割は、ほとんど皆無になるといって差し支えない。
ミワの戦闘センスは、リリカと比べて狙撃技術に偏重している。
リリカは超長距離からのピンホールショットなど、逆立ちしてます真似できないが、ミワの場合はその逆で、普通のクロスレンジにおけるドッグファイト──多くのダイバーが得意とする量分を、若干ではあるが苦手としているのだ。
だが、その「若干」が致命に至りかねないのが「エーデルローゼ」であり、そして愛機を新たなるものへと変えることで、自身の天敵へと羽化したサーヤであった。
ミワはティラユールへと強化する前から愛用しているサブマシンガンを腰部のマウントラッチから取り出すと、円周軌道を描いて自身の死角へと回り込もうとするファンネルを叩き落としながら、モニター越しにも伝わってくるその憎悪に、嫌な汗が滲んでくるのを感じ取る。
『……ユキは過去に囚われるなと私に言ったわ』
「……」
『だけど、ミワ……貴女を屠らなければ私は……「私のエーデルローゼ」は前に進めない!』
勝利を至上命題として掲げるが故に、手段を選ばず勝利をもたらしてきたミワという災禍に耐えきれず、去っていったメンバーがいた。
だが、ミワにそう望んだのは、駆け出しながらも超新星の狙撃手として名を馳せている彼女をかつての「エーデルローゼ」に引き入れたのは、サーヤ自身に他ならない。
時間差でマニュアルとオートを切り替えて放たれるオールレンジ攻撃によって、じわじわとフリーダムルージュティラユールの装甲値を削りながら、サーヤはぎり、と強く奥歯を噛み合わせる。
そうだ。自分の選択がこの因縁を生み出したのなら、そこにけじめをつけなければいけないのは、他でもない自分なのだ。
サーヤは構えていたユーディキウムビームライフルの三点射で、ミワをドラグーンの射線へと誘導するように追い込みながら、その瞳に憎悪と後悔、そして慚愧の念を滾らせる。
ミワはその憎悪を、ただ受け止めることしかできなかった。
対艦ライフルを死守し、ドラグーンを叩き落としながらも深紅の狙撃兵は確実にその耐久値を、嬲られるかのように消耗し、じりじりと撃墜の二文字まで追い詰められている。
「……そっかそっか……ごめんね、サーヤ……」
『何を今更ァッ!!!』
「……でもねぇ、ここではいそうですかって負けてたら、ミワだって、前に進めないんだよぉ!」
自身と同じく、旗揚げの頃からメンバーとして在籍していたリーシャが残ってくれたことで辛うじて「エーデルローゼ」が持ち直したのであろうことは、その影には血反吐を吐くようなサーヤの努力と、そしてリーシャの献身があったのであろうことはミワにも予想がつく。
確かに自分は、謝っても許されないようなことをした。
去っていったかつての「エーデルローゼ」に在籍していた面々の顔と名前を思い浮かべて、罪悪感に胸の奥底を切りつけられながらも、ミワは歯を食いしばって、網をかけるように巧みに操られるオールレンジ攻撃から逃れ続ける。
だとしても──いや、だからこそ、ここで負けてやるわけにはいかないのだ。
手を抜いて、サーヤに撃墜されることで気晴らしをさせてやることは簡単だろう。
だが、それは単なる侮辱でしかない。
既にミワが「ホロウ・ヴァイキング」という敗者の屍の上に立っているのなら、そして何より、リリカが率いる「アナザーテイルズ」の一員として戦場に立っているのなら、そんな私情に引っ張られて、わざわざ負けてやるというチョイスは最初から存在しないのだ。
『そうよ……それでいいわ! 手を抜かれたって腹が立つだけ! 本気のあんたを倒してこそ、私は、私たちはァ!!!』
「……ごめんね……だからミワだって、本気でやらせてもらうよぉ!」
サーヤの瞳に映っているものは過去の残滓でしかない。
踏み砕かれてバラバラになった思い出の破片を自らの心臓に突き立てるかのように悲痛な叫びを上げて、徹底した中距離戦を仕掛けてくるサーヤは最早慚愧の化身といっても過言ではないほどの執念と圧をその瞳に宿している。
網をかけるように展開されたドラグーンやCファンネルは確実に、ミワの迎撃によってその数を減らしていたものの、元から積んでいる数が数だ。
何基撃墜したかを数えるのさえ馬鹿らしくなるほど全身から生えたその無線兵装の数々にミワはサーヤの怨念を感じながら、じわじわと削られていく装甲値と、そしてなんとしても死守しなければいけない対艦ライフルの間で視線を往復させる。
引いた撃鉄がかちり、と虚しい音を立てたのはその時だった。
サブマシンガンの弾が切れたのだ。
「……っ……!」
『貰ったァ!』
そして微かにミワが足を止めたその一瞬を見計らって、サーヤはドラグーンシステムと、己が手にしているビームライフルによる一斉射撃を仕掛けてくる。
またとない好機を逃すかとばかりに放たれたその閃光は怨念と憎悪を乗せて、深紅の狙撃手を喰らいつくすかのように波濤となって押し寄せてくるが、それでもミワは諦めていなかった。
まだ、やれることはある。
もしもこの地形を引いていなかったら、諦めていた。
もしも自分が──否、リリカがGBNを始めていなかったら、そして「アナザーテイルズ」にならなければその瞬間にミワは、勝利へと残されていた、たった一つの光明に気づくことなく、それを投げ捨てていただろう。
いってしまえば、それは博打でしかない。
当たるも八卦当たらぬも八卦という次元ではなく、純粋に、負ける確率の方が圧倒的に高い賭けだ。
それでも──やらないよりは、何も足掻かずに仮想の死を受け入れるよりは何百倍も、何千倍もマシな話に違いはない。
ミワは反射神経へと任せるままに素早くコンソールを操作すると、対艦ライフルに装填している弾の種類を徹甲榴弾へと切り替えると、砲をサーヤではなく足元のミラーに向けて躊躇いなく撃ち放った。
『何を……まさか、自爆……? いや、違う!』
「……然り然り、当たりだよぉ……!」
確かに、着弾した瞬間に目標へと陥入し爆発する徹甲榴弾を足元に放つというのは、広義の自爆であることに間違いはない。
だが、ここでVPS装甲に守られているとはいえ自らの手で自らの装甲値をゼロまで追い込むなど、最早侮辱を通り越して尊厳に対する蹂躙であり殺戮だといってもいいだろう。
しかし、ミワの目的は、当たり前だがそんなところにはなかった。
果たしてその答えは徹甲榴弾の爆発によって巻き上げられるソーラ・システムIIを構成する破片にこそある。
『な……ッ……!?』
巻き上げられた無数のソーラ・システムIIの破片は、サーヤが放ったフルバーストがフリーダムルージュティラユールへと着弾するほんの一瞬だけ前に、機体を覆いつくすガラスの霧か、そうでなければ宙を漂うひとひらの塵たちの集まりとなって、フルバーストの一部を反射することに成功していた。
とはいえ、その全てを反射できたわけではない以上、フリーダムルージュティラユールの損傷も著しく、首の皮一枚繋がったとでもいうべき、這々の体といった具合である。
対艦ライフルの銃身は僅かに歪み、メインカメラも半分以上が消失、そして左脚部に至っては脱落、バックパックのウイングバインダーについても同様だった。
「でもでも……それだけ大盤振る舞いしたんだから、エネルギーなんて残っちゃいないよねぇ……!」
オールレンジ攻撃は、確かにスナイパーにとっての天敵にも等しい。
だが、GBNにおいてもガンダムの劇中においても、持っているだけで相手の全てを全滅しうるようなチートアイテムなど存在しないように、サーヤが操るドレッドノートオメガにも弱点は存在する。
それはひとえに、エネルギー残量の問題だった。
サーヤがそれを知らずにバカスカとドラグーンを撃ち放っていたわけではない。
あくまでもサーヤが目論んでいるのは早期の決着と味方との合流だ。
だからこそ、私怨もあるとはいえ、序盤から潤沢に、ミワという脅威を、放置すれば災禍を呼び込むスナイパーというポジションに陣取った敵を排除するために全力を尽くしていたのだが、結果からいってしまえばそれは焦りすぎていたといったところだろう。
勿論、ミワが奇策に打って出て、それを成功させたことが紙一重の延命に繋がったのだから、いってしまえばそれは結果論でしかない。
だが、失敗は失敗であり、敵の失敗は、こちらが攻勢に出る好機になるということだ。
ミワはここぞとばかりに、失ったセンサー類を補うように、必殺技の起動を選択する。
──SEEDセンス・レイライン。
武装欄に設けられた「Finish Move01」のスロットに装填されたミワの必殺技は、ある意味では不要の長物であった。
と、いうのも、この必殺技の効果はシンプルなもので、敵機の未来における機動を演算してその可能性を数秒間のみ、「線」としてパイロットに提示するという、ある意味では原作と全く別物になったゼロシステムに酷似したものであり、普通であれば有用なそれであることに違いはない。
だが、ミワは天凛の狙撃手だった。
そこにシステムのアシストなど必要とせず、超長距離射撃や偏差射撃、果てはピンホールショットという曲芸じみた芸当を行えるからこそこの必殺技も長い間塩漬けになっていたのだが、戦いというのは思わぬところで思わぬものが役立つものだ。
トーリスリッターをミキシングしたことにより展開が可能となった左肩のサブアームと右腕で微かに曲がった銃身を構えて、ミワはサーヤが逃亡の一手を選ぶであろうその先をシステムを利用して予測し、そして砲身が歪んだことによるブレと反動、全てを計算に入れた上で、引き金を引く。
「これがミワの……全力だよぉ、サーヤ!」
弾種を徹甲弾へと切り替えて、ミワが叫びを上げるなり、奇怪な電子音と共にフリーダムルージュティラユールのダクトが赤熱化し、そしてその双眸は翡翠から紅玉へと装いを改める。
時限強化システムとして機体に組み込まれた、トーリスリッター由来の「HADES」、その力をも上乗せした必滅の弾丸は、果たしてミワへと提示された未来線の中から一つの光軸をなぞって、サーヤのドレッドノートオメガ、そのコックピットを捉えていた。
──貫け。何より早く、奴より早く!
内心で叫んだのはミワであったのか、それともフリーダムルージュティラユールであったのか、その声を聞ける者がここにいない以上、それはわからない。
だが、放たれた弾丸は確実に、残されていたCファンネルを貫き、砕き、果敢なる挑戦者の、ドレッドノートオメガのコックピットを狙い通りに撃ち抜いていた。
『……ッ、こんなところで……こんなところで負けるの、私は!? 私が止まったら、「エーデルローゼ」は……!』
『しっかりして下さい、サーヤ!』
コックピットに鳴り響くレッドアラートが途絶えて、シグナルロストによってブラックアウトした中で慟哭したサーヤを諫めるかのように、カエデと鍔迫り合いを続けていたリーシャが、通信ウィンドウ越しにそう叫ぶ。
『……私たちを、私を信じてください。いつだって、サーヤはそうしてきたでしょう?』
『あ、ああ……っ……』
『それに、今ので緋きスナイパーは……ミワは行動不能になったはずです! 貴女の戦果は無駄ではない! だから、私も!』
涙に暮れるサーヤを宥めながら、リーシャは変幻自在の軌道を描くカエデのウイングゼロヌーベルを視界の中心に、照星の真ん中に捉えて、ストライクハイペリオンにも引き継がれたアルミューレ・リュミエールを展開する。
確かにリーシャが言う通り、フラッグ機が撃墜されるまでこの戦いは終わらない。
そしてリリカとユキの交戦状況はあまり思わしくないものである以上、止まらないのは何もリーシャだけではないのだ。
カエデは迷うことなくゼロシステムを発動して、敵機からの誘導を切りながら、今度は避けるのではなくぶつかり合い、損傷することを覚悟で吶喊をかける。
「そうですわね、リーシャさん! わたくしも……わたくしが抱く愛のために、リリカさんのために、こんなところでは止まれないのですわ!」
『だったら……!』
「ええ、仰る通り! あとは剣で語るのみ、このわたくしの必殺技を……!」
『私の必殺技を……!』
──ぶつけ合うのみ!
カエデはゼロシステムとの併せ技で起動させた必殺技である「シューティング・ミーティア」を、そしてリーシャはハイペリオンが備えている必殺技であるリュミエール・ランサーを展開して、雄叫びとともに突撃していく。
もしもこの戦いに勝機があるのなら、それは頭数を残しておくことだ。
ユユがナユタに釘付けにされている以上、一人でも多くユキを倒せるだけの戦力が残っていなければ、勝つのは絶望的なのは、火を見るよりも明らかである。
それにもしもナユタがフラッグ機を務めているなら尚更のことだった。
だが、今この瞬間、カエデとそしてリーシャの脳裏に閃くものは、そんな戦いの大局ではなく、まさしくこの時に、相対する好敵手を討ち果たすことのみだった。
リュミエール・ランサーは本来、機体の防御に回すためのアルミューレ・リュミエールを攻撃に転用した、ビームとは微妙に異なる性質を持った武装である。
だが、対ビームコーティングに対して弱点を持っているのは同じであり、リーシャはそれを、必殺技により密度を強化することで補っていた。
そして、カエデのシューティング・ミーティアは真正面から相手に高機動力を利用した一撃を叩き込む、極めてシンプルな必殺技である。
ならばこの二つがぶつかり合った時、勝者となるのはどちらであるのか──薄々その答えを、リーシャは勘付いていたのかもしれない。
光の槍に灼かれながらも、波をかき分けるように突き進んでくるウイングゼロヌーベルの姿が、今眼前にある。
ならば、その軍配はカエデの方に上がったということだ。
対ビームコーティングが施されたシザーソードが展開し、光の槍を跳ね除けながら、ストライクハイペリオンのコックピットを挟み込む。
「これがわたくしの……愛の力ですわあああっ!」
『愛……そうですね、それは力になる……そして、私たちは──』
──囚われすぎていた。
愛を抱きながらも嫉妬に狂うことなく、自らを御していたカエデだからこそ成し遂げられたのであろうこの結果に、リーシャはどこか満足したように、しかし、微かな悔しさを滲ませてそう呟いた。
しかし爆煙のヴェールが晴れて、漆黒の宇宙に露わとなったウイングゼロヌーベルの姿も無惨なもので、その損傷は必殺技同士のぶつかり合いによって中破を通り越し、大破に片足を突っ込んでいる。
だが、生きている限り戦いは続く。
カエデはきっ、と、死闘の余韻が現れていた表情を引き締めると、苦戦しているリリカを支援すべく、そしてミワもまた、もう一つ用意していた秘策に打って出るべく、それぞれに行動を起こすのだった。
愛とは時に妄執となる