ガンダムビルドダイバーズ アナザーテイルズ   作:守次 奏

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ヴァジラが最終解放されたので初投稿です。


第六十八話「リビルドガールズ」

「私から何も言うことはないわ。グッドゲーム、『アナザーテイルズ』、また刃を交える機会があれば……次は負けない」

「……こちらこそ、グッドゲーム、でした。私も……私たちも、おんなじです」

「……それもそうね、それじゃあ、健闘を祈っているわ」

 

 フォース「エーデルローゼ」との戦いを勝利で飾り、帰還したロビーでリリカとユキは握手と言葉を交わしていた。

 思い返してみれば、紙一重の勝利だったと、リリカは深く息を吐く。

 薄氷を踏むように、蜘蛛の糸を手繰り寄せるかのように、いくつもの偶然と必然を積み重ねた末に手にした勝利は、リリカたちをその栄光で照らしていたが、強く光が生まれ出でれば、そこに刻まれる影もまた深く、色を濃くするものだ。

 ロビーの片隅で泣きじゃくっているサーヤを宥めるリーシャと、そしてユキを一瞥すると、リリカは喉元まで出かかった言葉をぐっと呑み込んで、何も言わずに踵を返す。

 

「……リリカちゃん、強くなったねぇ」

「……そうかな、よくわかんない……でも」

「でも?」

 

 そんなミワもまた、勝敗という形で現れたフォースバトルトーナメントがもたらす痛みを胸の内側に隠しながらも、どこか誘うようにリリカへと問いを投げかける。

 リリカとしては、自分が強くなったという実感は正直なところあまり湧いていない。

 一回戦も二回戦も、作戦勝ちと綱渡りのような戦いを制しただけで、あのチャンプのように誰も彼もを圧倒する、一騎当千の戦いを見せたわけではない、というのはさすがに欲張りすぎだとしても、根本的な部分で何か自分の中で決定的な変化があったとは思えないのだ。

 

「でも……もしそう見えてるなら、それは、その……お姉ちゃんやカエデさん、ユユさんのおかげだ、って……そう思う……」

 

 ただ、他者の視線から見た自分と、自らの視点で俯瞰した自分の像に齟齬が生まれるのは必然で、もしもミワたちから見て自分が強くなったように感じられるのなら、それは他でもないミワたちのおかげなのだと、リリカは素直にそう感じていた。

 思えば、GBNを始めた時から、あまりいい滑り出しとはいえないような不運に見舞われたり、自分より遥か格上の相手と戦ってきたりで、そんな日々が金床となり、鎚となり、確かにリリカを鍛えてきたのかもしれないが、そんな日々を過ごしてこれたのは、このゲームを続けられたのは皆がいてくれたからだ。

 

「まあ、わたくしがリリカさんの一助になれていたのならこれ以上光栄なことなどありませんわ!」

「むむ……でもでも、ミワもそれは同じかなぁ」

 

 ぱん、と柏手を打って全身で喜びを表現するカエデと、どこかそれを冷ややかに見詰めながらも妹の言葉に同意を示すミワを、そしてそんな二人の様子に苦笑を浮かべているリリカを一望すると、ユユはくすくすと妖艶に、しかし少しのあどけなさを残してその口許に笑みを浮かべる。

 

「ふふ……仲良きことは美しきこと、ですね」

「……え、えっと……ユユさんも、その……」

「ふふ、ありがとうございます……わかっています、リリカさん。ユユも……ユユも貴女の『お友達』だと言ってくれるなら、それに勝る喜びはありませんから……ふふっ」

 

 きっと、繋がりをどこかで求めていた。

 それは、ユユの偽らざる本心であり、リリカを、その人柄を信頼しているからこそ打ち明けられた言葉でもある

 兄のように孤高なプレイスタイルを貫いて頂点の近くまで駆け上がることへの憧れを捨てたわけではない。

 ただきっと、どこかでこんな風に放課後の一時にも似た、木漏れ日が差し込む窓辺で過ごす時間のような穏やかさを求めていたことも確かであり、だからこそユユは気紛れに傭兵をしてみたり、ディメンションを散歩してみたりしていたのだが、結局それはどこまで行っても「一人」だった。

 だからこそ、四人でいる今が愛おしい。

 軽口を叩き合って、反駁しながらもリリカが大好きだという点では互いに譲ることのないミワとカエデが、そしてその間に挟まれておろおろと困惑しているリリカが。

 その輪の中に自分がいる、という事実が、ユユにとっては数多葬ってきた敵の数より、築き上げてきた伝説や異名よりも価値のあるものなのだ。

 

「ふふ……ユユもこのままではリリカさんのことを、もっと、もーっと好きになってしまいそうですね……?」

「なんですの!? ここに来て煌めく舞台に飛び入り参戦ですの!?」

「むむむむ……リリカちゃんのおねーちゃんとして深刻なリリカちゃん成分の欠如が恒常的になっちゃうよぉ……」

「ふふふ……冗談です。でも、お友達として仲良くなりたいのは本心ですよ……? ふふ……」

 

 しなだれかかるようにリリカの右腕に抱きつきながら、ユユは火に油を注ぐように、いがみ合っていたカエデとミワに向けてちょっとした冗談を飛ばしてみせる。

 勿論、本気でリリカを奪い合う親愛なんだか友愛なんだか、それとも一つ線を画した恋愛なのかはわからないが、そんな番外戦をやるつもりはユユにはないし、カエデとミワもそれをどこかでわかっているからこそ、困ったように笑っているのだ。

 そんな、他愛もない──あまりにも、大人たちから見れば取るに足らないような時間が何よりも愛おしくて。

 リリカはじわり、と眦な涙を滲ませる。

 どうやらまだ、泣き虫が治ってくれるまでは時間がかかりそうだ。

 その声が聞こえたのは、そんなことを茫洋と考えながら、ごしごしと袖口で、リリカが涙の雫を拭っていた時のことだった。

 

「えっと……貴女たちが『アナザーテイルズ』でいいんだよね?」

 

 取り立てて特徴があるわけでもなく、年相応のハイトーンボイスといった風情の声がリリカたちの耳朶をふるわせて、音の鳴る方へと振り返れば、そこには、フリルが多くあしらわれた、アイドル風の衣装に身を包み、ふわふわとウェーブがかかった長いピンク髪で頭頂部にお団子を二つ結えたといった風情の髪型をした少女と──その少女の左腕に縋り付く、銀髪に鳶色の瞳をした少女が直立している姿がある。

 その声を、リリカはどこかで聞いた気がした。

 その姿を、リリカはどこかで見たような気がした。

 そして、その答えがリリカの喉元まで出かかった直前、かつてない動揺を示しながら目を白黒させて、カエデが一足先にそれを叫ぶ。

 

「ま、まさか……『リビルドガールズ』のアイカ様ですの!?」

「さ、様? うーん……なんていうかそこまで大層な人間じゃないんだけど……」

「とんでもない! わたくし、カエデ・リーリエと申しますわ。貴女に……貴女たちに憧れてこのGBNを始めた一人ですのよ、だから、わたくしにとってアイカ様、貴女は憧れの人なのですわ!」

「あ、あはは……なんていうか、そりゃどうも……」

 

 やたらとハイテンションに、興奮した様子でアイカの両手をとって目を輝かせるカエデの姿に、リリカは少しだけ胸にささくれが立つような痛みを感じながらも、その感情そのものには理解を示していた。

 

「……アイカさん、随分有名になったんですね……」

「うーん……まあ、やらかしたことはいっぱいあるからね……」

 

 そして、カエデにアイカの両手をとられたことで、リリカと同じようにむくれていた銀髪の少女──エリィが、どこか皮肉まじりに頬を膨らませながらアイカへと囁くように語りかける。

 やらかしたことはいっぱいある、というのはアイカとしては不本意な部分が大半で、ファンアートの差分の八割が大体包丁やら長短を問わずドスを持って返り血に塗れている辺りは特にそうなのだが、それでも、自らの意思であの「ELダイバー争奪戦」を起こしたのは確かなことで、それは認めざるを得なかった。

 

「……え、えっと……アイカさん、ですよね……?」

「うん。アイカ。あたしはアイカ。こっちは……恋人のエリィちゃん」

「……こ、こい……こいびと……!?」

「まあ、ふふ……」

 

 いい加減匂わせることにも限界があったので、一年ぐらい前にガンスタグラムの中でアイカはエリィと付き合っていることをカミングアウトをしていたのだが、ガンプラバトル一辺倒のリリカはそれを知らなかったため、ぼふ、と湯気が爆ぜるような音を立てて顔を真っ赤にしてしまう。

 ユユはなんとなく、二人の手の絡め方やら指の這わせ方でそれを察していたものの、真っ赤になってフリーズするリリカが面白かったため、いつも通り妖艶に微笑むだけで、それ以上何も言うことはなかった。

 

「お、誰かと思えば次の対戦相手はあん時のねーちゃんか」

「チィ、知っているのですか?」

「んー、まあ知ってるといえば知ってるかな」

 

 アイカとエリィに送れる形でつかつかと踵を鳴らし、ロビーの中心へと歩んできた人影は、さながらデコボココンビといった風情で、大人と子供くらいの身長差があったのだが、リリカはその内一人──小さい方こと、チィの存在はしっかりと、はっきりと覚えている。

 あの時自分に「前衛のお仕事」を教えてくれた恩人にして、普段は何重にも猫を被りながらガンダムベースシーサイド店で「会いに行けるELダイバー」として接客に勤しんでいる銭ゲバ。

 そうなると、その隣に佇むすらりと長い脚をした金髪の女性が、消去法で「リビルドガールズ」のタンク役を務めている「アキノ」ということになるのだろう。

 本来であればリリカもカエデのようにアイカにサインをねだってみたり、他愛もない言葉を交わしてみたりしたいところだが、わざわざ数あるフォースの中から自分たちをあの「リビルドガールズ」が探し当ててきた理由は、チィが呟いた通りなのだろう。

 次の対戦相手。

 その言葉に、底冷えがするような不安を感じて、リリカは思わず背筋を震わせる。

 確かに「エーデルローゼ」は強敵だった。

 彼女たちと戦うときにも、不安の全てを擲って戦っていたかと問われればそれは勿論否であるし、緊張で冷や汗を流していたことだって覚えている。

 ただ、色んな意味で有名なフォースであり、そしてリリカ自身にとっても一つの出発点となったフォースであるあの「リビルドガールズ」が次の試合の相手である、という事実は、それとはまた違った、胃が締め付けられるような緊張感をもたらすのだ。

 

「え、えっと……その……次の対戦相手、って……」

「うん、あたしたち『リビルドガールズ』と貴女たち『アナザーテイルズ』が戦うから挨拶だけでもしようと思ったんだけど……なんていうかごめんね、騒がしくて」

「い、いえ……! そ、その……私も、アイカさんに憧れて……『リビルドガールズ』に憧れて、このGBNを始めたので……」

「あはは、そっか……何か嬉しいな、そう言ってもらえるの。じゃあ、次の試合で会おうね、えっと……」

「……り、リリカ、です……っ!」

「うん、リリカちゃん。しっかり覚えたからね」

 

 要約すると顔と名前は覚えたから確実に仕留めてやる、という一種の宣戦布告のようにも聞こえかねないが、アイカにそういう意図はないのだろう。

 嫉妬でむくれていたエリィの機嫌を取るように他愛もない言葉を交わしながら、カフェブースのある方向へと去っていくその背中と、相変わらず二人の仲良しカップルぶりを冷やかすチィとそれを咎めるアキノという、「リビルドガールズ」を象徴するような光景をリリカはただ、静かに見送ることしかできなかった。

 

「うむうむ……あれが噂の『リビルドガールズ』かぁ、なんだか色んな意味で濃い人たちだったねぇ」

「何を言ってますの、あの胃もたれしそうなくらいお互いにお熱な無垢な愛情こそ尊ぶべきものなのですわ! アイエリは世界の真理ですのよ!」

「ふふ……恋ならぬ、濃いという意味なら、ユユたちも大概ですけどね……?」

 

 相変わらず、同じ方向を向いているのか明後日の方向を向いているのかわからないフォースメンバーの様子にどこかリリカは胃痛を訴えていた腹部が少し癒されていくのを感じながらも、それはそれとして押し寄せてくる緊張に、手汗を滲ませる。

 本人たちにはその自覚はないのだろうが、今や「リビルドガールズ」は実力派フォースとして数えられる強豪だ。

 そういう意味では自分のエンカウント運は悪い方に働いたのかもしれない。

 情報の洪水に頭を抱えそうになりながら、勝利と敗北、その狭間でちりちりとリリカの心は静かに焦げ付いていく。

 

「リリカさん」

「……あ、えっと、はい、カエデさん……」

「何もそんなに緊張することはありませんのよ?」

「……で、でも……カエデさんも……相手は、あの……」

 

 そんな落ち着かない様子を察してか、歩み寄ってきてくれたカエデからふい、と視線を晒してしまうことに罪悪感を感じながらも、リリカはどうしてもその全てを見透かしたような蒼い瞳を覗き込むことができなかった。

 負けたくない、という気持ちは、どうやら自分の中にも深く根を張っていたらしい。

 敗者として去っていくトルマリンたちを、そしてサーヤたちを思い返しながらリリカは、再び押し寄せてきたここで終わってしまう、凍りつく恐怖に足が竦んで、歩みを止めてしまう。

 だが、カエデは吹き抜ける春風のように、そうでなければ安らぎの里に零れ落ちる陽だまりのようにリリカ手を取ると、優しく微笑んで、その唇から言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫ですわ、リリカさん。相手が誰であっても何でもあっても……わたくしたちは、わたくしたちでしょう?」

「あ……っ……」

「何も終わりませんわ。むしろ勝とうが負けようが、これから続いていくのですわ」

 

 勝負が見せる明暗に、そして敗北が見せる闇に引き摺り込まれそうになっていた足首からその手を振り払うように、カエデは満面に笑みを浮かべてふんす、と気合を入れるようにそう語ってみせた。

 

「ふふ……カエデさんの言う通り、ユユはまだ、加入して日が浅い身……皆様のことをもっと知りたいですし、もっとお話したい……それは別に、フォースバトルトーナメントの勝敗に関わらないこと、でしょう?」

「然り然り。リリカちゃん、リーダーとして強くなってくれたのは嬉しいけど……あんまり気を張ってばかりだと、パンクしちゃうよぉ」

 

 参加しているのがトーナメントである以上、勝敗を気にするなというのは土台無理な話でもある。

 それでも、そこだけに囚われて、呑まれてしまったのでは──自分が何のためにこのゲームを始めたのか、他の誰かの理由ではなく、リリカ自身の理由を見失ってしまったのでは、本末転倒もいいところだ。

 折れそうになった背骨を支えてくれる温かな言葉の掌に、その温もりにリリカはじわり、と涙を滲ませて、ぺこり、と小さく頭を下げる。

 

「……え、えっと……ぐすっ、その……ありがとう、ございます……」

「わたくしとリリカさんの仲ですわ。これぐらいどうってことありませんことよ!」

「然り然り、ミワとリリカちゃんの姉妹仲ならこれぐらい当たり前だよぉ」

「ふふ……お二人とも、仲がよろしいのですね……ですが、ユユも同じですよ……? うふふ……」

 

 相も変わらず、真剣な場面だというのにどこか締まらないやり取りを繰り返している「アナザーテイルズ」の面々に、リリカはつられて笑みを浮かべながらも、心の底から「良かった」と、そう安堵の念を抱く。

 もしもここにいるのがミワじゃなかったら、カエデじゃなかったら、ユユじゃなかったら、きっと自分はどこかで潰れていただろうから。

 そして、その糸を手繰り寄せたのは、他でもなく、まだ震えている小さな自分の掌がそうさせたのだ。

 だからこそ、リリカは気紛れで意地悪な、天の上でサイコロを降る女神様へと感謝を捧げるのだ。

 自分たちを引き合わせてくれたことを。そして、きっと──「リビルドガールズ」とあの日出会ったことと、これから、刃を交えることを。

 それら全てに感謝を込めて、リリカは「ありがとう」と唇から言葉を紡いで、蕾が綻ぶような笑みを、満面に浮かべるのだった。




その出会いは偶然に、そして必然に

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